時間にルーズなモデルさん 後編
クレープ屋さんでクレープを買った。俺がチョコフルーツ味で、奏美お姉ちゃんがストロベリークリーム味だ。
二人でクレープを食べながら、街をブラブラとする。こういう遊びは男友達の間ではしないので、なんだか新鮮な気分だ。
「あー、これいい休日だわー。めっちゃ充実してる」
クレープを頬張りながら、奏美お姉ちゃんは幸せそうに頬を緩めた。
「しかも今日は土曜日だから明日も休みだよ」
俺も自分のクレープを頬張りながら、人の行き交う道を歩いていく。
二人並んでクレープを食べながら歩いている姿は、他から見たらカップルに見えるだろう。まさか姉弟だとは、誰も思うまい。
「明日はバイトがあるんだよね〜。だから一日丸ごと休める日は今日だけだね」
「奏美お姉ちゃんってバイトしてたのか。なんのバイトしてるんだ?」
「んー? モデルの仕事してるー」
しれっとした顔で、奏美お姉ちゃんはとんでもないことを言った。
今モデルの仕事をしてるって言ったのか……? モデルってあれだよな、オシャレな服を来て撮影して、その写真が雑誌に載ってしまうようなお仕事。
「えっ。本当にモデルさんなんですか?」
「なんで敬語に戻ってるのさ。モデルのバイトしてるのは本当だよ。まあ読モだけどね」
「ど、読モ……?」
「読者モデル。まあ簡単に言うとアマチュアだね。お金もちょっとしか貰えないよ」
「それでも雑誌とかに載ったりするんだろ?」
「そりゃあそうだね。帰ったらアタシが乗ってる雑誌見せてあげるよ」
なんてことはないように言うと、奏美お姉ちゃんはクレープにパクリとかじりついた。
そんなことを聞いたあとだと、奏美お姉ちゃんの隣りを歩くのが緊張してくる。
俺の中では普通のモデルも読者モデルも変わらない。どちらも同じモデルさんだ。
「モデルやってたんだ……知らなかった」
「言ってなかったもんね。聞かれたら言おうと思ってたから、この機会に言えてよかったよ」
奏美お姉ちゃんは笑顔をこちらへと向けた。
たしかに奏美お姉ちゃんは顔が綺麗だ。女性ながらに『かっこいい』と感じさせる顔は、他にないだろう。それに身長も一七〇センチはありそうなので、読者モデルになれたのも納得だ。
「すごいなあ……でもどうしてモデルの仕事を始めたんだ? もっと他にも色々なバイトあるのに」
「あー、それは──」
奏美お姉ちゃんは何かを言おうとすると、そっと口を閉じた。そして──にこりと笑顔で誤魔化そうとする。
「いや、さすがに笑顔じゃ誤魔化せないからな。もったいぶらないで話してよ」
俺が急かすように言うと、奏美お姉ちゃんは観念したように苦笑いを浮かべた。
「アタシの弟は鋭い子だね。まあいいよ。別に隠すことじゃないし」
奏美お姉ちゃんは「はあ」とため息を吐いてからクレープをかじり、重たそうな口を開く。
「アタシさ、有名人になりたかったんだよね」
「有名人? モデルじゃなくて?」
「そう。有名人。あ、でも勘違いしないで欲しいんだけど、有名人になりたいってのは将来の夢みたいな立派なものじゃなくて、ほんと漠然と「有名人になりたい」って思ってただけだから」
「あー、俺もアニメとか見てて「俺もヒーローみたいになりてえ」って思ってたから、多分それに近い感じだよな」
「そうそう。そんな感じだと思う。でもヒーローになりたいだなんて思ってたんだ。可愛い〜」
からかうような口調で、奏美お姉ちゃんは俺の頬をつついてくる。それが照れくさくて鬱陶しかったので、優しく手で払っておく。
「俺のことはいいから。でも漠然と思ってただけなのにモデルになっちゃったんだな」
「そうなんだよね。ファッション雑誌読んでたら『読者モデル募集』みたいなのがあったから、すぐに応募しちゃった」
「行動力エグい」
「あっははは! たしかに行動力はあるかもね」
「でも応募しただけじゃモデルにはなれないよな」
「そうだね。オーディションやって受かったんだよ」
俺の口からは「うわあ。すご……」と素直な感想が漏れた。すると奏美お姉ちゃんは俺の肩に手を置きながら、声を上げて笑った。
「まあね。そんなこんなで、今も読モやらせていただいてまーす」
砕けた口調で言いながら、奏美お姉ちゃんは額に手を当てて軽く敬礼をした。
「それじゃあ『有名人になる』は叶ったんだ」
「それがねえ。まだ読モ歴一年目のペーペーだから、認知度もないようなもんなんだよ」
「え、モデルってそんなにシビアなのか」
「そーなの。あーあ。早く有名になりたーい。街で声とか掛けられたいなー」
うたかたの夢でも仰ぐように、奏美お姉ちゃんは笑顔のままクレープを口にした。
一年で何度モデルの仕事をしたのかは分からないが、まだ有名人にはなれてないらしい。俺が思っているよりも、モデル業界は生半可なものではなさそうだ。
「奏美お姉ちゃんなら有名人になれるよ」
特になんの根拠もなく、そんなことを言ってみる。
「お、嬉しいこと言ってくれるね」
奏美お姉ちゃんは理由も聞かずに、俺の言葉を笑顔で受け取ってくれた。
この奏美お姉ちゃんの言葉を最後に、俺たちの間に会話はなくなった。けれどもこの沈黙は決して気まずくなく、むしろ心地いい。
二人並んでクレープを食べながら、人の行き交う街をブラブラとする。
こんな休日も悪くない。そう思っていると──
「あのお……萩野奏美さんですよね」
突然目の前に、茶髪のポニーテールの女の子が現れた。同い年くらいだろうか。
それに『萩野』とは、奏美お姉ちゃんの前の苗字。つまり母さんの旧姓だ。
誰だろうかと思いながら隣りを見ると、奏美お姉ちゃんは驚いたように目を丸くさせていた。知り合いではなさそうだ。
「そうですけど。どなたですか?」
奏美お姉ちゃんが聞くと、ポニーテールの少女は前髪を直しながら口を開いた。
「ア、アタシ。桜瀬紬(さくらせつむぎ)って言います。あの、たまに『mow mow』に出てるの見てます! 奏美さんは背が高くてかっこよくて、一目見た時からファンになりました!」
それを聞いた奏美お姉ちゃんの瞳が、驚きで大きくなる。
『mow mow』とは有名な女性向けファッション雑誌のことだ。その雑誌で奏美お姉ちゃんを見かけてファンになった……そんな子とこんな場所で会えるなんて、お互いにツイてる。
「だからその……デートのお邪魔じゃなければ一緒に写真を撮ってください!」
勇気を振り絞るように、桜瀬さんは頭を下げた。
俺と奏美お姉ちゃんは、互いに驚いた顔を向け合う。しかしすぐに、奏美お姉ちゃんの口角が釣り上がり、目に見えて嬉しそうな表情に変わった。
「はい! 是非一緒に写真撮りましょー!」
テンションが上がった奏美お姉ちゃんは、ノリノリで桜瀬さんの隣りに立った。
それから桜瀬さんのスマホを受け取り、俺が二人のツーショット写真を撮影した。二人が体を寄せ合い、笑顔でピースをしている最高の写真が撮れた。
それから奏美お姉ちゃんと桜瀬さんは、二人で楽しそうにお喋りをしていた。
その際に桜瀬さんが「弟さんだったんですね! 弟さんもオシャレでかっこいい!」と言っているのが聞こえてきたので、俺も嬉しい気持ちになった。
三分程お喋りをすると、桜瀬さんは感謝を述べてどこかへと行ってしまった。桜瀬さんを見送ってから、奏美お姉ちゃんと顔を合わせる。そこにあった彼女の顔には、『幸せ』と書いてあるようだった。
「ねえ、マジやばくない? アタシのファンだってよ」
「ヤバいな。まさか奏美お姉ちゃんのファンが居るなんて」
「ほんとそれ。アタシのファンなんか実在したんだ。初めて会ったよ」
奏美お姉ちゃんは嬉しそうに言うと、おもむろに俺の腕を取り、体をぎゅっと密着させた。
「アタシ、プチ有名人になれてるのかも!」
心から嬉しそうに笑いながら、奏美お姉ちゃんは俺の顔を覗き込んだ。その喜びに溢れた表情を見て、俺まで嬉しくなってくる。
「ああ。プチ有名人にはなれてるよ。絶対」
「だよね! ああ、最高すぎる。アタシもう死んでもいい」
「死んじゃダメだわ。これからもっと有名人になるんだから」
こんなところで死んだら、絶対にもったいない。
こんなところにもファンの子が居たのだから、これからモデルの活動をしていけば、絶対にファンも増える。そうすれば憧れの有名人になれるのだから。
「そうだね。こんなところじゃ死ねない。絶対にもっと有名人になって見せるから」
奏美さんはにっと笑うと、俺の頬をつねった。
「瑞稀くんも応援してよね。アタシのこと」
頬をつねるのは照れ隠しだろうか。なんて思いながら、俺は首を縦に振る。
「もちろん。これからずっと応援するよ。でもまずは、帰ったら奏美お姉ちゃんが載ってる雑誌見せてな」
まだ奏美お姉ちゃんがモデルをしている写真を見たことがない。まずはそれを見てから、奏美お姉ちゃんのファンを始めることにしよう。
奏美お姉ちゃんは頷くと、俺の頬をつねるのをやめてから、大きな口でクレープを頬張った。
奏美お姉ちゃんは時間にルーズだが、夢に貪欲なモデルさんだ。
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