そういうところだよ

 昼休みになり、昼食を食べ終えて男友達数人と雑談をしていると、飲み物がなくなってしまった。

 だから男友達との雑談もほどほどに、教室を出て自動販売機に向かうことにした。


 俺の所属している一年三組の教室は三階にあり、自動販売機は別の校舎の一階にある。少しだけ距離があるが、五分もすれば戻ってこれるだろう。

 昼休みは残り十五分ほどあるので、余裕で戻って来られる。


 ウチの高校は学校でのスマホの使用が認められている。だから廊下を歩く時はいつも、スマホを見ながら歩いている。


 今日もスマホを見ながら、一人で廊下を歩いていると。


「よっ。瑞稀」


 女の子の声とともに、後ろから肩を叩かれた。

 スマホに集中していたので、急に肩を叩かれて驚きながらも、足を止めて後ろを振り返る。

 そこには赤茶髪をハーフアップにしていて、綺麗な二重瞼が特徴の白塚莉愛(しろつかりあ)が立っていた。

 莉愛とはクラスメイトで、女友達の中で一番仲がいい。おそらく男友達を含めても、莉愛の方が仲がいいかもしれない。それくらいよく話す間柄だ。

 莉愛は黒色のネイルをしていて、耳にはピアスを空けている。それに薄くだが化粧もしていて女の子らしいが、性格はサバサバとしているように思える。


 ウチの学校はスマホの使用が自由なだけあり、化粧やネイルやピアスも自由なのだ。校則が緩いから、生徒のみんなも伸び伸びと学校生活を送れる。


「莉愛か。こんなところで奇遇だな」


「奇遇じゃないよ。瑞稀が教室を出てくのを見て追いかけて来たんだから」


「またどうしてそんなことを」


「今日は瑞稀と一回も喋ってなかったなーって思って」


「あー、たしかに今日喋るの初めてだな」


「そう! っていうことで瑞稀と喋りに来ちゃった」


「てへっ」とあざとく舌を出して、莉愛は顔の横でピースをした。その手首には、水色のシュシュが巻いてある。


「今から自販機行くけど一緒に来るか?」


「うん、あたしは飲み物買わないけど着いてくよ」


「はいよ。ちょうど話し相手が欲しかったところだ」


「ならちょうどいいね。自販機までレッツゴー」


 莉愛が拳を掲げたのをきっかけに、俺たちは歩き出した。隣を歩く莉愛は機嫌が良さそうだ。

 莉愛の身長は一五二センチしかないそうで、俺と二十センチ以上も差がある。なので二人並ぶと、凸凹感が否めない。


「そうだ。瑞稀に一つだけ聞きたいことがあったんだ」


「なんだ?」


「今日の朝。めっちゃ可愛い子と一緒に登校してきてなかった?」


「あー」


 莉愛が言っている『めっちゃ可愛い子』とは、鈴乃さんのことで間違いないだろう。

 やっぱり鈴乃さんは、女の子から見ても可愛いんだな。


「たしかに、めっちゃ可愛い子と登校してたな」


「え、もしかしてその言い方だと彼女とか?」


 驚いているような不安そうな複雑な表情をしながら、莉愛が俺の顔を見上げた。

 やっぱり男女が二人で登校するとなると、恋人同士だと勘違いされてしまうのか。


「いや、姉だな」


「あ、姉? 姉って……お姉ちゃんってこと?」


「そうだな。お姉ちゃんだ」


 堂々と言い放つと、今まで複雑な表情をしていた莉愛はポカンと口を開いた。


「あれ、瑞稀って一人っ子じゃなかったっけ」


「つい数日前までは一人っ子だったな」


 特に隠すこともせずに正直に話すと、莉愛は口をポカンと開いて、俺の顔を見たまま数秒固まり──何かひらめいたのか、手の平に拳をポンと乗せた。


「瑞稀パパが再婚したのか」


「大正解だ」


 なんて察しのいい子なんだ。普通「姉が出来た」と言われて、父親が再婚したのだと気づくだろうか。

 でもまあ、莉愛は俺が父親と二人で暮らしていたことを知っていたから、再婚したのだとすぐに分かったのかもしれない。

 それを聞いた莉愛は、こちらに向けて小さく拍手をした。


「えー、おめでとう。それで再婚した相手が娘さんを連れてたんだね」


「そうそう。しかも三人も」


「三人!?  歳はいくつくらいの人たち?」


「上から順に、二十一歳、十九歳、十七歳だな」


「い、意外と近い……十七歳の人なんて一つ上じゃん」


「その十七歳の人が、今日の朝一緒に登校してきた人だぞ」


「あの人先輩だったんだ。そっか。その人が」


 自分に言い聞かせるように何度かコクコクと頷くと、莉愛はほっとした顔をした。しかしすぐに、莉愛はジト目をこちらへと向ける。


「彼女作ったのかと思ってびっくりしたじゃん。私の告白を保留してるのに」


 その莉愛のセリフに、俺の心臓はギクリと跳ねる。莉愛のジト目から逃れるようにして、俺はそっと目を閉じた。


 ーーー


 あれは一ヶ月前のこと。

 莉愛と一緒に下校をしている時に、コンビニでアイスを買って公園で食べることとなった。一ヵ月前は八月の下旬だったが、まだまだ夏の暑さが続いていたのだ。

 莉愛と二人でベンチに座り、適当な話をしながらアイスを食べていた時のこと。


「瑞稀ってさあ。彼女とかいないんだよね」


「ああ、いないな」


 突拍子のない莉愛の質問だったが、俺は淡々と答える。

 すると莉愛は、俺の顔を覗き込んだ。そこにあった莉愛の顔は、さくらんぼのように赤みがかっていた。


「好きな人とかもいないの?」


「いないな」


 性欲がないから、好きな人なんて出来ない。

 恋愛に対する俺の考えは、男が恋をするのは性欲があるからだと思っている。

 しかし俺が恋できないことを知らない莉愛は、口をモゴモゴとさせてからこんなことを口にした。


「それならあたしと付き合ってみない?」


 なんとなく、告白されそうな流れだったので、特に驚く素振りも見せずにアイスクリームを口にする。

 口の中のアイスクリームがとけるまでの一瞬のうちに、色々なことを頭の中で考えた。


「それは俺が好きだからか? それとも遊びで付き合おうって言ってるのか?」


「瑞稀のことが好きだからに決まってるじゃん。遊びで告白なんか出来ないよ」


 その莉愛の声色に嘘はなさそうだった。

 だからこそ、俺も本気で考えなければいけない。今付き合ったらどうなるか。将来はどうなるか、などなど。

 アイスクリームを口に含み、飲み込んだと同時に答えがまとまった。


「ごめん。莉愛とは付き合えない」


 しっかりと莉愛の目を見て言うと、彼女は唇をきゅっと噛み締めてから、無理矢理に笑顔を作った。


「そっか。ちなみに理由とかって聞いてもいい?」


 もっと説得されるかと思ったが、莉愛はすぐに引いてくれた。

 でも彼女は理由を求めている。振った理由を教えないのはズルいんじゃないかと思い、俺は友達の誰にも言っていない秘密を、莉愛に打ち明ける。


「俺、性欲がないんだ」


 俺の言葉を聞いて、莉愛は笑顔を忘れて目を見張った。


 ーーー


 一ヵ月前のことを思い出して、目を開く。

 でも俺はまだ、莉愛の告白を保留にしている申し訳なさがあった。


「俺に性欲が戻ったら、ちゃんと返事するから」


 莉愛に告白された日。もしも俺に性欲が戻ったら、もう一度ちゃんと考えてから返事をすると伝えてある。

 それをもう一度言うと、莉愛は「そっか」と笑ってくれた。莉愛は頭の後ろで手を組むと、顔を進行方向に向けた。


「でもあたしは瑞稀に性欲がなくても全然いいけどね」


「俺がダメなんだよ。性欲がないのに誰かと付き合うなんて、失礼じゃないか」


「失礼ねぇ」


 性欲がなければ、もちろん『そういった行為』も出来ない。そうなれば、彼女とより特別に、より親密になることが出来ないんじゃないか。それは彼女に対して失礼だと、俺は思う。

 だけど莉愛は気にしないようで、一ヶ月前からこんな調子だ。


「じゃあ性欲がついたら、絶対ね」


「ああ、絶対に返事する」


 互いに顔を合わせて、笑顔で頷き合う。

 するとちょうど、目的の自販機に辿り着いた。

 自販機に五百円玉を入れて、緑茶のペットボトルを買う。取り出し口からペットボトルを取り出して、一歩だけ後ろに下がる。


「莉愛はなにがいいんだ?」


「なにって?」


 キョトンと目を丸くさせながら、莉愛は首を傾げた。


「ここまで話し相手になってくれたお礼に奢ってやるから、俺の気が変わらない内に選んでくれ」


「え、ほんとに? 奢ってくれるの?」


「ああ、なんでもいいぞ。二百円くらいするエナジードリンクでも許してやる」


 ふざけた口調で言うと、莉愛はぷはっと吹き出した。


「ほんとそういうところだよ。瑞稀って」


 莉愛は笑いながら言うと、オレンジ味の炭酸水を買った。

 そういうところって、どういうところだ。莉愛の言った意味が分からなくてモヤモヤとしながら、俺は自販機からお釣りを取り出した。

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