お姉ちゃんって呼んで
昨日は姉たちと仲良くなれてよかった。
まだ顔に衣緒さんのおっぱいの感触が残ってるけど、全く嫌な感じじゃない。大学生のおっぱいって、弾力があるのに柔らかいんだな。ひとつ勉強になった。
姉たちと仲良くなれて、おっぱいの感触も知れたのは昨日のこと。
今日は金曜日。学校だ。
明日になれば休日が待っているので、学校に対するモチベーションは高い。
そのモチベーションのまま、家族全員で朝食を食べ終え、制服にも着替えた。あとは家を出るだけだ。
玄関で靴を履き替えて、いつも通り一人で家を出ようとすると。
「あ、瑞稀くん。ちょっと待って」
その声に後ろを振り向いてみると、そこには制服姿の鈴乃さんが立っていた。
うちの高校は男女共に紺色のブレザーで、男子はグレーのスラックス、女子はチェックのスカートを履いている。俺と鈴乃さんが持っているスクールバッグも、学校指定のものだ。
「どうしました?」
「高校同じなんだし、一緒に学校行かない?」
そんなことを尋ねながら、鈴乃さんはこちらへと歩いてきた。こうやって近くで見ると、鈴乃さんの口元から八重歯が覗いていることに気がついた。
クリクリとした大きな瞳に、無邪気な八重歯がよく似合っている。
「いいですけど、逆にいいんですか?」
「どうして?」
「男と登校してるところを同級生に見られるの嫌じゃないですか?」
「わたしは別に気にしないよ。それに瑞稀くんは弟だし」
逆に何がマズイの? とでも言いたげな顔で、鈴乃さんは小首を傾げている。
鈴乃さんがそう言ってくれるのなら、一緒に登校するのもアリだろう。俺も全然気にしないし。
「じゃあ一緒に行きますか」
「うん! 一緒に行こ!」
嬉しそうな笑顔を作ると、鈴乃さんは靴を履いた。
俺と鈴乃さんが「行ってきます」と声を揃えると、母さんが「行ってらっしゃい」と言いながら玄関へとやって来てくれる。母さんは水色のパジャマ姿だが、それすらも着こなしてしまうのですごい。
父さんは仕事に出ていて、衣緒さんと奏美さんも大学へと行ってしまっているので、家には母さんしか居ない。
母さんは昨日も夜遅くまでスナックの仕事をしていたのだが、誰よりも朝早く起きて、皆を見送ってくれる。すごい人だなと高校生ながらに思う。
「今日は二人一緒に学校行くのね」
嬉しそうな母さんの笑顔は、鈴乃さんの笑顔にちょこっとだけ似ていた。
「うん! せっかく同じ高校に通ってるんだから一緒登校したいなって思ったの!」
「鈴乃からお誘いしたのね。鈴乃と瑞稀くんが仲良くなれて嬉しいわ」
「えへへ。瑞稀くんは男の子だけどいい子だからね」
「あら、あんまり男の子が好きじゃない鈴乃が珍しいわね」
「まあね! 昨日色々あったから!」
鈴乃さんは母さんや姉の前だと無邪気になるんだな。さすがは三姉妹の末っ子だ。
「そう。私たちが居ない間に仲良くしていたのね」
頬に手を当てて、母さんは柔和な笑顔を作った。
「うん! それでねそれでね! 瑞稀くん男の子なのに性よ──」
「す、鈴乃さん。そろそろ学校行きましょう。遅れちゃいます」
俺に性欲がないことを教えようとしていたので、強引に鈴乃さんの言葉を遮る。
なんとなく、母さんに性欲がないことを知られるのは恥ずかしい。
言葉を遮ぎられた鈴乃さんは、「たしかに!」と手をポンと叩いた。
「それじゃあママ! 行ってくるね!」
「はーい。行ってらっしゃい。二人とも気をつけてね」
ひらひらと手を振る母さんに、俺と鈴乃さんは「行ってきます」と声を揃えてから家を出た。
☆
鈴乃さんと並んで、秋の温かさが心地よい通学路を歩く。学校が近くなって来たので、そこらにウチの制服を着た生徒の姿も増えてきた。
鈴乃さんの身長は俺の肩あたりなので、一六〇センチはあるだろう。
「瑞稀くんってずっとここら辺に住んでるの?」
「ずっとここです」
「へー、そうなんだ! 家から近いって理由で学校も選んだの?」
「そうですね。電車にも乗らなくていいし、一番近かったので」
「それで高校選んじゃうんだね。すごーい」
「あはは。ありがとうございます」
他愛もない会話をしながら、通学路を進んでいく。
他の人からみたら、俺と鈴乃さんはカップルに見えるだろうか。
「鈴乃さん、転校してウチの高校入ったんですよね」
「そうだね。前の学校じゃ、今の家からだと歩いて登下校できない距離だから」
「でも衣緒さんと奏美さんは同じ大学に通い続けてるんですよね」
「お姉ちゃんたちは車持ってるからね。車があればどこでも行けるもん」
「そういえば二人とも車持ってるんでしたね。大学生すごいな……」
「だよねー。あー、わたしも早く車乗りたいよー」
歩くのが面倒なのか、鈴乃さんはだるそうな顔で青空を見上げた。それからすぐに、鈴乃さんは何か思い出したかのような顔をこちらへと向けた。
「てかさ、瑞稀くん」
「はい、なんでしょう」
「なんでずっと鈴乃『さん』って呼ぶの?」
「え、嫌でした?」
「嫌って言うか──姉弟なのに他人行儀じゃない?」
「あー、そう言われてみればそうですね」
「あとそれ! 敬語もおかしい!」
たしかに鈴乃さんの言う通りだ。普通の姉弟であれば姉のことを『さん』付けで呼んだり、敬語で話したりしないだろう。
「たしかにおかしいかもしれないですね」
「でしょ!? だから瑞稀くん、さん付けと敬語禁止ね」
「え、いつからですか?」
「今からに決まってるでしょ!」
「えー」
「えーってなによ、えーって」
さっきまで敬語で喋っていたのに、いきなりタメ口で話すとなると、ちょっとだけ勇気がいる。
「それにさん付けがダメならなんて呼べばいいんですか?」
まさか呼び捨てで呼ぶワケにもいかないし……と思っていると、鈴乃さんはクリクリな目を丸くさせた。
「そんなの決まってるでしょ」
「なんですか?」
「『鈴乃お姉ちゃん』って呼んでよ」
「えっ」
「なんでそんな嫌そうな顔するのよ」
ムッとした表情で、鈴乃さんは俺の顔を見上げた。ほんと、鈴乃さんは表情豊かだ。
「別に嫌そうな顔はしてませんよ」
「じゃあお姉ちゃんって呼んでよ」
「えー」
「ほら嫌そうにしてるじゃん!」
鈴乃さんは恨めしそうな顔で、ついに「むー」と唸りだしてしまったので、ここは俺が折れるしかなさそうだ。
「じゃあ学校から帰ったら敬語とさん付けやめます」
今この場から『鈴乃お姉ちゃん』と呼んで、なおかつ敬語を使わないなんて無理な話だ。少なくとも俺は、恥ずかしくて出来ない。
だから少しでも逃げようと「家に帰ったら」と言うと、鈴乃さんは目をキラキラと輝かせた。
「ほんと!? 約束だよ! 絶対!」
俺の胸に人差し指を当てて、鈴乃さんは念を押すように言った。
「はいはい、絶対絶対」
適当にあしらった言い方になってしまったが、鈴乃さんの目の輝きは消えない。
そしていつの間にか、俺たちは学校の正門を抜けていた。
すると鈴乃さんは俺の前に回り込み、目を細めて満面の笑顔を作った。
「じゃあわたしは先に行くね! 今日、家に帰るのすごく楽しみにしてるから!」
鈴乃さんは嬉しそうにハニカムと、こちらに手を振ってから早足で校舎へと行ってしまった。
俺に『お姉ちゃん』と呼ばれることと、タメ口で話されることがそんなに楽しみなのだろうか。
あれだけ楽しみにされたら、今になって「やっぱり無理です」なんて言えないな。
鈴乃さんのせいで、家に帰るのが少しだけ憂鬱になってしまった。
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