私の裸じゃたたないの?
夕飯を食べ終わり、リビングのソファーに寝転がりながらテレビを観る。
父さんと母さんは「ちょっと出てくる」と外に出てしまったため、今は俺と姉の三人しか家に居ない。
姉の二人は自分の部屋に戻っているようで、あとの一人はシャワーを浴びているようだ。同じ家に居るのに、今誰がシャワーを浴びているのか分からない。
夕飯を食べ終わったあとも、姉たちとは必要最低限の会話しかなかった。
だから一人リビングで、お笑い番組をボーッと眺める。
父さんと二人で暮らしていた時はよく家で留守番していたので、一人の時間は苦じゃない。むしろ一人の方が落ち着く。
こんな時間がずっと続けばいいのになと思っていると、なんだかトイレに行きたくなってきた。
トイレまで行くのには、ソファーから立ち上がってリビングから出て、廊下を進まなければいけない。なんだか面倒だなと思いながらも、尿意には勝てずに立ち上がる。
スマホを起動させて、ネットサーフィンをしながらトイレに向かう。
ドアを開き、廊下を進んでいるところで事件は起きた。
スマホを見ながら歩いていると、突然近くのドアが開き、なにか温かいものにぶつかった。
「おわっ」
いきなりのことにビックリして、思わず声が漏れた。
しかも足が何かに絡まり、そのままバランスを取ることが出来ず前のめりに倒れてしまう。
スマホが床を転がる音とともに、ガタガタガタと人間が倒れる大きな音も耳を襲った。それに伴い、手や膝に痛みが走る。
けれども顔から床に突っ込んだはずなのに、俺の顔はふわふわモチモチなものに包まれているようだ。
しかもしっとりと湿っていて、心が安らぐような温かさがある。それにボディソープのいい香りもする。
「いってえ……」「痛い……」
俺の声に女の子の声が重なった。
しかもその女の子の声は、俺のすぐ頭上から聞こえる……めちゃくちゃ嫌な予感がするんだけど……。
嫌な予感で背筋に冷たいものを感じながら、ゆっくりと顔を上げてみる。
そしてやはり、そこには更に背筋が凍るような光景が広がっていた。
「あ……いや……これはその……まじでごめんなさい……衣緒さん……」
倒れた俺の下敷きになっていたのは、文字通りすっぽんぽんの衣緒さんだった。シンボルであるピンク髪は濡れていて、Dカップはありそうな胸はあらわになっている。
そんな産まれたままの姿をした衣緒さんを、俺が押し倒している構図となる。うん。これはヤバいなんてもんじゃ済まない。
不幸中の幸いだったのは、衣緒さんが大きな悲鳴をあげなかったことだ。けれども衣緒さんは目を大きくさせながら、俺と視線を合わせている。そりゃあ驚くよな。
なんで裸なんだ……とも思ったが、衣緒さんの近くに落ちているバスタオルを見て、お風呂上がりなのだと気がついた。
「おーい、なんかすごい音したけど」
「衣緒お姉ちゃん。また何かドジしちゃったのー?」
大きな音に気がついた奏美さんと鈴乃さんが、階段を降りてくる音が聞こえてくる。
まずい。非常にまずい。この『俺が衣緒さんを押し倒したような図』を見られるのは非常にまずい。
何を誤解されるか分かったもんじゃない。
しかし不思議なことに、衣緒さんと視線が合っているからなのか、俺の体は全く動こうとしてくれない。
俺の体よ早く動いてくれ……! そう何度も心の中で唱えたのだが……。
「え……瑞稀くん……? なにしてるの……?」
ドン引きしている奏美さんの声が聞こえて来た。そちらを振り向くと、階段で足を止めて驚き顔を作っている奏美さんと鈴乃さんが立っていた。
「い、いや……これはその……ちゃんとワケがあって……」
動揺からか言葉が全く出てこない。奏美さんと鈴乃さんのドン引きしている目と、俺の下敷きになっている衣緒さんからの視線がツラい。
つい数分前まで時間を巻き戻せたら……なんて現実逃避をしてみる。
「ほらあ! やっぱり男子高校生はいつ狼になるか分からないんだって! わたし言ったじゃん!」
鈴乃さんが俺のことを指さしながら、そんなことを言った。
この状況では俺が狼になったと誤解されても全くおかしくない。ああ、どうして俺はスマホを見ながら廊下を歩いてしまったのか。数分前の後悔が、頭の中をグルグルと駆け巡る。
後悔の念に駆られていると、俺の股間辺りに何かが触れた。無意識に自分の股間へと視線を向けてみると、衣緒さんの綺麗な白い足が俺の息子を触っていた。その触り方は決して雑ではなく、足の甲や指先を器用に動かしていて、どこか色っぽくもある。
どうして俺の息子を足で触られているのだろうか……と思っていると、衣緒さんが口を開く。
「待って。瑞稀くん、
俺の息子を足で擦りながら、衣緒さんはそんなことを言い出したのだ。
それを聞いた奏美さんと鈴乃さんは、目をギョッとさせた。
「え、まじ? 興奮して押し倒したんじゃないの?」と奏美さんが。
「ちょ、ちょっと衣緒お姉ちゃん! 男子高校生のチン……大事なところをそんなに刺激するもんじゃないから!」と鈴乃さんが言った。
この状況に対する三姉妹の反応はそれぞれで面白い……なんて言ってる場合じゃない。
この状況で俺がするべきことはたった一つ。今すぐに衣緒さんの上からどいて、土下座するしかない。
そう考えて立ち上がろうとすると、衣緒さんが首を傾げた。
「私じゃ興奮しなかった?」
俺に押し倒される形になったのに、衣緒さんは怯えもせずにキョトンと首を傾げた。その間も衣緒さんの足は、俺の股間をさすさすと摩っている。
「そ、そういうワケじゃないんですけど……」
「けど?」
「俺、性欲ないんですよ。枯れてるんです」
俺の性欲は皆無だ。きっかけなんてものはないが、物心がついた時から性欲なんてものを感じたことがない。
友達とエッチな動画を見た時も、『こんな職業があるんだなあ』という感想だけで、特に興奮などしなかった。
それに性欲がないからなのか、まだ誰かに恋なんてしたことないし、エッチをしたいとも思ったことがない。
だから「枯れている」と正直に言うと、衣緒さんは押し倒された時よりも目を大きくさせて驚いた。
「少しもないの?」
「はい。少しも」
「私の裸見て。おっぱいに顔埋めたよね。それでも?」
「ごめんなさい。本当に枯れてるんです」
裸を見て、おっぱいに触れても興奮出来ないのは、衣緒さんに対して失礼だと思った。
だから素直に謝ると、衣緒さんは驚いた表情のまま、優しい手つきで俺の頭を撫でた。
姉に初めて頭を撫でられた感想は、くすぐったくて照れくさかった。
「男の子なのに可哀想。それに色々と誤解してた。瑞稀くん、今から私の部屋に来て」
衣緒さんはそう言うと、俺の返事を待たずに、階段からこちらを見下ろす奏美さんと鈴乃さんの方に顔を向けた。
「奏美と鈴乃も今から私の部屋に来て。会議する」
衣緒さんの部屋で会議をする? 俺には衣緒さんの言っていることが全く理解できないが、奏美さんと鈴乃さんは何かを察したのか、「わかった」と口を揃えた。
衣緒さんを押し倒した挙げ句に、「興奮しない」と断言したんだ。部屋で姉たちから何を言われても文句は言えない。
これから衣緒さんの部屋で何が行われるのかを想像して重くなる足を動かしながら、姉たちのあとを追うようにして、衣緒さんの部屋へと向かうのだった。
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