三姉妹会議
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「ということで! 萩野(はぎの)改め本間三姉妹の会議をはじめます!」
末っ子である鈴乃の堂々たる声が、長女である衣緒の部屋に響き渡った。
衣緒の部屋に集まった本間三姉妹は、とある会議をするべく衣緒の部屋に集まっていた。
ちなみに『萩野』とは、母親が再婚する前の苗字である。母親が再婚する前は『萩野三姉妹』と呼ばれていたので、昨日から『本間三姉妹』となったのだ。
「三姉妹会議も恒例行事になりつつあるね」
次女である奏美はクッションに座りながら、ポッキーを片手に笑顔を作っている。
奏美と鈴乃が囲むローテーブルには、ポッキーやクッキーなどのお菓子が置かれている。
「いつも鈴乃が私たちを集めるんだけどね」
自分のベッドでうつ伏せになりながら、衣緒は顔だけを鈴乃へと向けている。衣緒の柔らかそうなピンク髪が、枕にぐしゃりと押し付けられている。
「だって今日は緊急なんだもん! 今日の議題は──」
「瑞稀くんについて、だよね?」
鈴乃が言おうとしていたことを、奏美が先回りして口に出した。
衣緒も分かっていたのか、その名前を聞いても驚くことはなかった。衣緒はあまり感情を表に出さないので本当は驚いているのかもしれないが、そこは姉妹である二人も分からない。
「そう! 瑞稀くんについて!」
奏美のことをビシッと指さしてから、鈴乃は真剣そうな表情を作った。
「単刀直入に聞くけど、お姉ちゃんたちは瑞稀くんのことどう思う?」
鈴乃の質問に、衣緒と奏美は互いに目を合わせた。衣緒はいつもの無表情だが、奏美はどこか苦い顔を作っている。
奏美は衣緒から視線を離すと、ローテーブルの上で頬杖をついた。
「ぶっちゃけて言うとちょっと怖いよね」
「その心は?」
「男子高校生って、性欲の塊っていうイメージ」
奏美がポッキーをかじりながら言うと、衣緒と鈴乃はうんうんと頷いた。
「やっぱり奏美お姉ちゃんもそう思ってたんだ」
「ってことは鈴乃も?」
「うん。わたしもいつ襲われるのかなって、不安になってたとこ」
「でも鈴乃も高校生でしょ? 同い年くらいなのにそんな心配する?」
「するする! だって今日もクラスの男子が「最近彼女といつやった?」とか「昨日観たAVがさあ」みたいな話してるんだもん! ホント男子高校生って性欲で生きてるんだなって改めて思った!」
「まあ思春期の男子だからねえ」
興奮する鈴乃をなだめるように、奏美がため息混じりの声で言った。
頬を膨らませた鈴乃と、困ったように眉尻を下げた奏美は、揃ってベッドで寝そべる衣緒の方を向いた。
とつぜん妹二人から視線を向けられて、衣緒は目を丸くさせながら首を傾げた。
「衣緒お姉ちゃんは瑞稀くんのことどう思う?」
鈴乃が尋ねると、衣緒は感情のない表情のまま唇を尖らせた。
「私もちょっと怖いかも。瑞稀くん男子高校生だから、いつ狼になるか分かんないし」
「分かる〜! 寝てたら襲われるかもしれないよね!」
「そこまでは考えてなかった。けど、有り得るかもね」
またまた興奮し始めた鈴乃に、衣緒がこくこくと頷く。
瑞稀に夜這いされるところを妄想して、三姉妹は同時に生唾を飲み込んだ。
「まあ……健全な男の子ってことでいいんじゃないかな」
「ええ!? 襲われてもいいの!?」
奏美の言葉に驚いて、鈴乃は思わずその場で膝立ちになった。
鈴乃に見下ろされる形になった奏美は、「違う違う」と顔の前で手を振る。
「アタシが言ってるのはそういうことじゃなくて、瑞稀くんも健全な男子なんだからそれが普通でしょってこと。それに突然出来た姉を襲うほど、見境ないワケじゃなさそう」
「うん、悪い人ではなさそう」
「衣緒お姉ちゃんの言う通り。多分瑞稀くんは悪い人じゃないよ。ただ男子高校生ってだけで、少し警戒しちゃうだけ」
「そう。私も奏美と同じ気持ち」
どうやら衣緒と奏美は同じ気持ちだったようだ。
しかし鈴乃はどこか納得いかないのか、片頬をぷくっと膨らませた。
「お姉ちゃんたちは男の人に慣れてるからいいよね」
鈴乃の拗ねたような口調を聞いて、衣緒と奏美は揃って目を丸くさせた。
「アタシ、別に男の人には慣れてないよ?」
「私も」
「だよね。アタシも衣緒お姉ちゃんも彼氏出来たことないし」
「うん。彼氏出来たことない」
衣緒と奏美があっけらかんとした顔で言うと、鈴乃はブンブンと首を横に振った。
「お姉ちゃんたちは彼氏どうこうの問題じゃないから! 衣緒お姉ちゃんはママのスナックでバイトしてるし、奏美お姉ちゃんなんかモデルのバイトしてるじゃん!」
衣緒はお母さんが働いているスナックでバイトしてるので、当然男性のお客さんと沢山接する。
奏美はファッションモデルのバイトをしていて、男性のモデルさんと腕を組んだりしている写真を雑誌で何回か目にする。
男の人となんの接点もない鈴乃からしたら、衣緒も奏美も男性に慣れているようにしか見えなかった。
「いやー、仕事だからなあ。仕事とプライベートは全然違うのよ」
「そう。お金貰ってるから頑張ってる。仕事モード」
「そうそう仕事モード。あとやっぱり彼氏が居たことないのはデカい。マジで」
「奏美の言う通り。間違いない」
大学生組の衣緒と奏美がどこか余裕そうなので、鈴乃は悔しそうに「うー」と唸る。
そんな鈴乃のことを見て、奏美は肩をすくめた。衣緒に至っては、会議に興味をなくして眠たそうにしている。
「はいはい。ちょっと早いけど今日の会議はここら辺で終了しよ。もう日付け変わったし寝る時間だよ」
「ちょっと! まだ何も解決してないから!」
「解決もなにも、瑞稀くんのことをどう思うかってことだったよね?」
「それはそうだけど……これからどうやって瑞稀くんと接するかも話したかった」
「どうするって、出来るだけ普通に接するしかないよ。もうアタシたちの弟なんだから」
「でも……」
まだ瑞稀とどう接していいのか分からない鈴乃は、どこか不安そうな表情をしている。瑞稀とはこれからずっと一緒に暮らして行くことになるので、そんな人間をまだ信用できていないのが不安なのだ。
そんな鈴乃の頭を、奏美が乱雑に撫でる。
「瑞稀くんも普通の男子高校生なんだから、一線は越えてこないよ。多分」
「多分……」
奏美の『多分』という言葉に、鈴乃はさらに不安になる。しかし奏美は言葉を訂正するよりも先に立ち上がった。
「ほらほら、衣緒お姉ちゃんも寝たことだし、アタシたちも部屋に戻ろ」
「え、衣緒お姉ちゃんもう寝たの?」
「寝てるよ。ほら」
奏美が指をさした先には、ベッドの上で体を丸めながら気持ちよさそうな寝息を立てる衣緒の姿があった。その寝顔は繊細で、飴細工のような美しさがある。
そんな綺麗な寝顔を見せられては、衣緒の部屋に長居することも出来ずに……。
「分かった。今日の会議は終わりにする」
「いい子だね。それでこそアタシの妹だ」
まだここに居たそうな鈴乃の頭を、今度は優しく撫でてあげる。奏美に撫でられるのが好きな鈴乃の表情は、だんだんと柔らかくなっていく。
「じゃ、衣緒お姉ちゃんを起こさないように出るよ」
「そうだね。おやすみなさい。衣緒お姉ちゃん」
鈴乃が小さな声で言うが、衣緒は寝息を立てるばかりで聞こえていないようだった。
でもこれが私たちの長女らしいと、奏美と鈴乃は顔を合わせて笑顔を見せあってから、部屋をあとにした。
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