第2話 従順
(それにしても……)
僕は一旦親子から離れて口座解約用の書類を用意しつつ、どうして
仮に、春花さんが未成年だとする。
身長が高いこともあって、見た目は大人のように見られてしまい、周囲から毎度そういう誤解をされるので母親が腹を立てているという風にも見えなくもない。
しかし、春花さんの身にまとっているもの、例えば服装は全身真っ黒なタイトなワンピースであるし、母親に似たのであろう、端正な顔にはしっかりと化粧がされている。またショートカットの髪から見え隠れする耳には、揺れるピアスがきらきらと光っていたし、爪も母親と負けないくらいのデコレーションがされていた。
しかし高校生であれば、これは校則違反だろう。少なくともこの辺りの高校ではピアスは禁止であるし、爪を飾っていくことも出来ないはずである。
また、僕は男なので見当違いということもあるかもしれないが、彼女が放つ雰囲気から察するに、大学生のような気がする。つまり18歳以上。ということは「成人」の括りに入れられる。
そもそも日本社会では、高校卒業と同時に社会に出て働く子もいるし、大学生だったとしても親からの仕送りで通帳を使う機会だってある。
そう考えると、春花さんは「通帳を解約するか否か」を自分で決められないほど「幼い」とは言えないのではないだろうか……。
(いや、そうじゃない)
違和感があるのは、母親が全面的に出てきて、娘の全てを決めつけようとしていることだ。爪のデコレーションだってよく見ると、ベースの色は違ったが、母親と娘が同じデザインをしていた。
それは変なことだろうか。いや、そんなことはない。きっと母と娘が仲が良ければそういうこともあるだろう。
だがこの二人は?
僕は目の前の二人を交互に見た。どうにも仲がいいようには思えない。
何故母親が答える必要があるのか。仮に必要があったとしても、あのようにヒステリックにならなくてもいいだろうに。
僕は口座解約用の用紙を準備し、親子の元へ持って行くと「この太枠の中をお書きください」と説明する。
それを春花さんに話したはずなのに、何故か母親がボールペンを持って書こうとするので「すみません、ご本人様に書いて頂くことはできますでしょうか」と尋ねた。もし本人が書くことができないのであれば代筆も可能だが、出来得る限り本人の筆跡である必要がある。
すると母親は嫌そうな顔をしつつも、雑に娘の方へ用紙をスライドさせた。
春花さんは、母親の態度に戸惑いつつもボールペンを取ると、じっと固まる。
何か分からないことでもあったのだろうか。
そう思ったとき、彼女は何を思ったのか、僕に対して「ここを書けばいいんですよね?」と強気で聞いて来たのである。
そもそもそんなことを強い口調で言うこと自体よく分からない行為なのだが、それよりももっと不可解だったのは、次の瞬間に「さっきそう言っていたでしょう!」と母親が娘を叱ったことだった。
途端、春花さんは目に見えて分かるほど「痛いところをつかれた」ような表情になったので、僕は泣くんじゃないかと思ってしまったほどである。だが彼女は泣かなかった。俯いて、ひたすらに太枠の中に住所と名前を書いて、僕に渡した。
それにしても母親の態度はまるで、「あんたにはそれを言う資格はない」とでも言っているかのようである。しかし資格はないのはむしろあなたの方であるし、責めるような言い方をされるいわれはどちらにもないという僕の考えは、この二人には通用しなさそうである。
「ありがとうございます」
僕は出来るだけ平静を装って書類を受け取ったのだが、そのとき母親のポツリと呟いた声が聞こえた。
「もっときれいな字が書けなかったの?」
それに対して春花さんは何も言い返さなかったが、僕は益々この二人の「母と娘」の関係が分からなくなった。
母親は自分たちが周りの人にどう見られているのか分かっているのだろうか。ローカウンターに座っているので、他のお客さんらは彼女たちの態度が目に入っていないようだが、少なくとも僕はとても違和感がある。
僕が書類を持って立ち上がったとき、春花さんが唇を強く閉じたことだけが見えた。
だが、それだけで親に言い返す素振りもない。僕の頭に「従順」という言葉が過った。
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