第6話 童話の魔法少女

 対策軍のシンボルの入った装甲車が、サイレンを鳴らしながら現場に急行する。


 装甲車の中で、緊張で顔を真っ青にさせている瑠奈莉愛をみのりが元気づけるように声をかけている。


「だ、大丈夫、だよ? こ、今回は、あ、アリスも居るし、ね?」


「う、うッス……」


 それでも、瑠奈莉愛の緊張はほぐれる様子は無い。


 新人である瑠奈莉愛を気にかけているのはみのりだけであり、アリスと白奈、朱里は各々好き勝手に過ごしている。


 アリスは本を読み、白奈はアリスの隣に座って端末から異譚の情報を頭に入れ、朱里はスマホを眺めている。


「す、凄いッスね……皆さん、落ち着いてて……」


 そんな彼女達を見て、素直に凄いと思う瑠奈莉愛。緊張で今にも吐きそうになっている自分とは大違いだ。


「当たり前でしょ。何年魔法少女やってると思ってるのよ」


 スマホを置き、当然と言った様子で返す朱里。


「何年って……貴女だって二年くらいでしょ?」


「馬鹿ね。二年、よ。アンタも知ってるかもしれないけど、魔法少女の死亡率は高いのよ」


 異譚という脅威に立ち向かう魔法少女はいつ死んでもおかしくは無い。極論を言えば、今日の異譚で死ぬ可能性だって十分にあるのだ。


「二年もやってればベテランよ。いい、上狼塚? 現場ではアタシの言う事をよく聞く事。分かった?」


「う、うッス!」


「ちょっと、なんで貴女がリーダーぶってるのよ」


「当り前でしょうが! 自己中に狂信者、ビビりにトーシロしかいないのよ? 誰がリーダーかなんて一目瞭然でしょうが!」


「貴女の作戦なんて突撃の一つしか無いじゃない」


「撤退も在りますぅ! てか、もっとちゃんと考えてますぅ! アンタなんて、直ぐにアリスに意見求めるじゃない!」


「経験も実力もアリスが魔法少女随一なのは事実よ。そのアリスに意見を求めるのはおかしな事では無いわ」


「アタシと一緒の時は一切意見とか求めずに勝手にやってるわよね?! 経験も実力もアンタより上なんですけど?!」


「判断力と冷静さに欠けるじゃない。それに、突撃以外の選択を聞いた事が無いわ」


「だから撤退とかしてるっての! 潜伏も陽動もしてるし!」


「でも八割突撃でしょ?」


「八割突撃で余裕だったって事でしょうが! 突破力があるのよ、突破力が!」


 ぎゃーこらぎゃーこら、朱里と白奈は言い合いをする。騒ぐ二人に、アリスは迷惑そうな顔をしながらも本を読む手を止めない。


「こんな時でも自然体……先輩達、流石ッス」


 まったく緊張した様子の無い三人を見て、目をキラキラさせて感心する瑠奈莉愛。


 いつも通りの彼女達だけれど、だからと言って異譚を舐めている訳では無い。


 異譚の恐ろしさを一番よく知っているのは彼女達魔法少女だ。


 恐ろしさに飲み込まれないためにはいかに自然体で居られるかが重要である。


 異譚は入れば精神を侵される。傍らには闇が寄り添い、影が心を這いずろうとする。呑まれれば死あるのみだ。


 確立された自己こそ、異譚で生き抜くために必要なものなのだ。つまり、我が強い者の方が異譚では生き残りやすいという事だ。


 二人が騒ぐ中、アリスは静かに本を閉じる。


「うるさい」


 それだけ言って、二人の口に唐突に現れたパンが突っ込まれる。


「もごっ!? もごもごもも!!」


「もももももも……もももも……」


 朱里は怒り、白奈はうっとりとした顔でパンを食べる。


「……ずっと不思議だったッスけど、アリスさんの魔法ってなんなんッスか?」


 瑠奈莉愛が聞けば、アリスは無表情で答える。


「知る必要は無い」


「もぐもぐごっくんっ。アリス、流石に魔法の事は話さないと連携が取れないと思うわ」


 パンを食べ尽くした白奈が澄ました顔でアリスに言う。


「連携とか必要無い」


「んっぐっ! 無駄よ無駄無駄! こいつに何言ったって必要無いの一言しか返ってこないんだから!」


 パンを飲み込み、ふんっと鼻を鳴らして吐き捨てるように朱里は言う。


「アリスの魔法は不思議の国のアリスアリス・イン・ワンダーランドよ。アリスが最強たる所以ゆえんの魔法ね」


「えっと……つまり?」


「なんでも出来んのよ。こいつの魔法の効果範囲なら何でも・・・出来んの」


「なんでも、ッスか……」


 いまいちぴんと来ていないのか、瑠奈莉愛は口を空けて小首を傾げている。


「さっきも見たでしょ。パンが何の前触れもなく出てきたりすんの。魔法の効果範囲も広いから、相手がクソ雑魚だったらこいつに近付く事すら敵わない。ムカつくけど、正真正銘最強の魔法よ」


「す、凄いッス……! 効果範囲って、どれくらいなんッスか?」


 瑠奈莉愛がアリスに訊ねるも、アリスはすでに本を読んでいて答える気が無い。


「知らないわよ。こいつの情報って基本的に全部極秘事項トップシークレットだから。何でもできる魔法って事しか知られてないのよ」


「私の目測になるけど、一キロはあったように思うわ」


「直径ッスか?」


「半径ね」


「っぱねぇッス!!」


 きらきらと目を輝かせる瑠奈莉愛。


 世界の童話、星、花の魔法少女を合わせても、アリス程の射程距離を持つ魔法少女は存在しない。加えて、魔法少女の魔法には出来る事の限界が在る。出来る事、出来ない事も魔法少女によってピンキリだ。


 けれど、アリスに出来ない事は無い。それがどれほど規格外なのかは新人である瑠奈莉愛にも分かる事だ。


「じゃあ、アリスさんが居れば楽勝ッスね!」


 にかっと笑みを浮かべて瑠奈莉愛が言えば、アリスはじろりと容赦無く瑠奈莉愛を睨みつける。


「楽な異譚なんて一つも無い。異譚を軽く見ないで」


 底冷えするような威圧的な声音に、瑠奈莉愛はびくりと身を震わせる。


「ご、ごめんなさいッス……」


 アリスにきつい声音で叱責され、しゅんっと肩を落とす瑠奈莉愛。


 肩を落とす瑠奈莉愛を見て、アリスは視線を本に戻す。


 落ち込む瑠奈莉愛をみのりがおどおどと慰める。


「ま、今のはアンタが悪いわね」


 アリスは十万人を助けられなかった過去がある。それに、死者無く異譚が終わった事など一度たりとも無いのだ。誰かが死んでしまう以上、軽々けいけいに異譚を語る事を容認する事は出来ない。


 特に、アリスの前で異譚を軽々に見るのは愚の骨頂だ。日本で異譚侵度Sの異譚を生き残った魔法少女・・・・はアリスただ一人。その苦しさも、恐ろしさも、アリスにしか分からないのだから。


 ぱたんっとアリスが音を立てて本を閉じる。


「着いた」


「アンタ閉じたり開いたり忙しいわね」


「うるさい」


 朱里の茶々を冷たく流す。


 アリスの言葉通り、装甲車は徐々に速度を落として最後にはゆっくりと停止する。


 五人が外に出れば、視界に入るのは半球状に広がる異譚を覆う黒々とした境界の暗幕カーテン


 現地スタッフが降りて来たアリス達の元へとやってきて敬礼をする。


「星と花は既に揃っています。ご準備の方、お願いします」


「せっつかないでよ。主役は遅れてやってくるって相場が決まってんだから」


 言いながら、朱里は自身の前に現れた赤い靴・・・に足を入れる。


 白奈はいつの間にか手に持っていた赤色の林檎・・を躊躇いなく齧る。


 みのりは目の前に現れたチューリップにぴょんっと飛び乗る。


 瑠奈莉愛は手に持ったチョーク・・・・をばりぼりと嚙み砕く。


 赤い靴から上がる炎は朱里を包み込み、林檎を齧った白奈から色という色が抜けていく。みのりを包み込んだチューリップは徐々に小さくなり、チョークを嚙み砕いた瑠奈莉愛の頭から耳が、臀部からは尻尾が生えてくる。


 まるで炎が形を得たような衣装を身に纏った朱里。


 全ての色が抜け落ち、白一色の衣装を身に纏う白奈。


 親指程の大きさになりお姫様のように可愛らしい服装に身を包んだみのり。


 獰猛な牙が生え、手足が肉食獣のように獰猛に変化した瑠奈莉愛。


 まるで童話の中から現れたようにメルヘンチックで可憐な少女達――すなわち、童話の魔法少女である。

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