第5話 漁港の王様
漁業が盛んな港町。
人々は活気に溢れている。漁港という事もあり県外からの旅行客が新鮮な海産物を求めて足を運び、その活気に拍車をかけている。
平日休日に限らず賑わう港町には笑顔が溢れている。
新鮮な海産物をその場で食べられるという事もあり、テレビ局が取材に来るほどに有名な場所だ。
人々の活気と笑顔の集まるその場所に、一つの
染みは瞬く間に広がり、港町を覆う。
磯の臭いに腐敗したような悪臭が混じり、澄んだ空気が灰色に淀む。
街並みは酷く崩れて湿り気を帯び、陰鬱な霧が立ち込める。
ゲコ。
少し気の早い鳴き声が聞こえてくる。
ゲコ、ゲコ、ゲコ――
鳴き声は広がり、町を覆うようにこだまする。
この日、人々の笑顔と活気の溢れる街は暗い影と陰鬱な湿度を持つ霧の世界に変貌を遂げた。
――異譚侵度B『漁港の王様』――
静謐な授業中に鳴り響くけたたましいサイレンの音。
しかし、それはスピーカーからではなく、数人の携帯端末から発せられていた。
そのサイレンの音の意味を、この学校に居る生徒全員が知っている。
異譚の発生。その報告を知らせる警報。
教室中に緊張が走る。
そんな中、警報を切りながら少女達は立ち上がる。
「すみません、行ってきます」
「い、行ってきますぅ……」
「皆、応援しててよね!」
白奈、みのり、朱里は次々に教室を出ていく。
彼女達と同じ教室であり、彼女達と同じ魔法少女でもある春花も立ち上がる。
「すみません。僕も対策軍の仕事があるので」
春花が対策軍でアルバイトをしているという事は皆が知っている。こうして、異譚が起これば駆り出される事も最初の自己紹介の時に告げているので違和感はない。
少女達と共に、迎えの車に乗って対策軍へと向かう。
対策軍へと辿り着けば、春花は直ぐに少女達と別れる。
いつもの事なので少女達も気にする事は無いし、そもそも気に掛ける程仲良くも無い。
軽く挨拶をしてからアリスのプライベートルームへと向かい即座に魔法少女へと変身する。
虚空から現れた『Drink Me』と書かれた瓶に入った液体を飲み干す。
すると、瞬く間に春花の身体が光に包まれ、魔法少女アリスが姿を現わす。
アリスになった春花はそのままカフェテリアへと向かう。童話組の作戦会議はいつもカフェテリアで行われている。
カフェテリアに向かえば既に全員揃っていた。勿論、誰も魔法少女に変身をしていない。誰が出撃になるか分からないのだ。先走って変身をして魔力を無駄に消耗したくは無い。
「やっと来た。重役出勤ね、流石英雄様」
朱里の皮肉を気にした様子も無く、アリスは離れた位置に座る。
そんなアリスの態度が気に食わないのか、朱里は苛立たしそうに舌打ちをする。
「全員揃ったな。では、状況の説明をする」
沙友里がカフェテリアの天井から降りたスクリーンに映し出される写真を見つつ説明を始める。
「場所は漁業が盛んな港町だ。規模、魔力濃度、侵食力、どれをとっても数値が高い。特に、今回は規模が大きい。最初から町一つのみ込む程の大きさだ」
映し出されている写真は港町を半球状に覆う黒い靄を上空から撮影したものだった。
まだ飲み込まれていない建物などもあり、それと比較すると規模の大きさは容易にうかがい知れる。
「んで、異譚侵度は?」
「初期値でBだ。ただ、これ以上規模が大きくなれば話は別だ」
異譚は広がるものだ。初期値がBだからと言って、それ以上にならない訳では無い。急速に成長し、かつて見た事の無いほどの脅威になる可能性だってある。
「誰が出撃するのですか?」
「今回は合同任務だ。
「げぇっ、合同……」
合同と聞いて、珠緒が嫌そうな顔をする。
基本的に他系統の魔法少女は仲があまりよろしくは無い。内輪だけの任務の方が気が楽だし、連携も楽だ。
「メンバーはどうするの? 全員行くわけじゃ無いでしょ?」
童話の魔法少女は十一人。少数のため人員の取り回しが悪いので、半数を残して半数を向かわせる事が多い。
異譚侵度D、Cくらいであれば少数精鋭でも良いが、Bともなるとそうもいかない。それに、今回は範囲が広い。少数では捜索や住民の避難などに難航する事だろう。
「今回は五人だ。メンバーは私の方で選出してある。バランス重視で選んだ。今回は新人の育成も含めての編成になるので異議申し立ては受け付けないからそのつもりでな」
「良かったわね。早速出番みたいよ」
朱里が新人二人に視線を向ければ、二人共緊張した面持ちでスクリーンを見ている。
「申し訳無いが、今回は瑠奈莉愛だけだ。餡子はまた次の機会だな」
「そ、そうですか」
安心したような、がっかりしたような、そんな表情を浮かべる餡子。
「が、頑張るッス!」
がっつり緊張した面持ちの瑠奈莉愛に、沙友里が優しい笑みを向ける。
「安心しろ。今回は超過保護編成だ。気楽にとは言わないが、肩の力は抜いておけ」
超過保護編成。その言葉だけでメンバーの一人が確定した事を全員が悟る。
面白くなさそうな顔をする者を見て、失言だったなと反省する沙友里だが、表に出す事無く話を続ける。
「残りの四人は、白奈、みのり、朱里、アリスだ。最古参であるアリスとアリスに次いで経験豊富な朱里の二人から学べる事をしっかりと学ぶと良い」
この中で一番魔法少女歴が長いのがアリスであり、その次が朱里、その次が笑良という順になっている。
新人二人を抜いて一番経験が浅いのが菓子谷姉妹である。
「贅沢なお守ね」
「万一があっても困るからな。万全の体制で臨むべきと判断した。あと、瑠奈莉愛は接近戦が主体になるだろう。であれば、朱里の戦いぶりを見せておけばいい勉強になる」
現状、接近戦のトップツーが朱里とアリスの二人だ。接近戦のみの勝率で言えば朱里の方が勝ち越している。ただ、互いに毎度僅差でしか勝利をもぎ取る事が出来ていないという事実に、朱里は苛立ちと焦りを覚えている。
朱里の能力は近接向きなので、近接戦が一番得意なのは認めている。けれど、アリスはオールラウンダーだ。遠、中、近どれをとっても高水準を叩き出すが、悪く言えば器用貧乏。突出して得意なものが無い。そんなアリスに僅差でしか勝てないという事実が朱里を苛立たせている原因だ。
「唯も行きたかった」
「一も行きたかった」
「文句言わない。お菓子でも食べて待ってましょ」
「チッ……アリスが出るんなら待つ意味無くない? どーせ全部やってくれんでしょ」
「………………」
ぶーたれる菓子谷姉妹と、呑気に構える笑良。面白くなさそうに不貞腐れる珠緒に、部屋の隅っこでじっとしている詩。
そんな先輩達を見て、あわあわと慌てる餡子。
どういう訳か、他の魔法少女と違って童話系は色んな意味で個性が強いので、基本的に協調性というものを持ち合わせていない。
ただ協調性という点では、笑良が一番周りの事を良く見てくれており、五人が出撃しても残りの六人を上手くまとめてくれると沙友里は判断している。
逆に、白奈とみのりはアリスさえいれば協調性を保てる。良くも悪くもアリス絶対主義なのだ。
今回の編成、灰汁が強い面々を上手く纏められるように選んではみたが、それでも不安は残る。
なにせ、合同任務だ。アリスがワンマンなのは知っているし、白奈もみのりもそれに迎合してしまう。朱里に関しても、他の魔法少女と協力する事はしないだろう。
ただ、口は悪いが面倒見は良い子なのだ。瑠奈莉愛の事はしっかりと見てくれるだろう。
「では、選出メンバーは出撃だ。準備をして一一〇〇に出発だ」
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