第4話 チェシャ猫

 わいわいがやがや。


 少女達は時間を忘れて語らい合う。


 とはいえ、基本的に喋っているのは先輩魔法少女達であり、新人の二人は緊張した様子で話を聞いているだけだ。時折打つ相槌も緊張でどこかぎこちない。


 因みに、朱里と珠緒は一番遠い席に座らせている。


「あ、道下さん。どうでした?」


 カフェテリアの二階から沙友里が降りて来るのを見て、白奈が声をかける。


「駄目だった」


「そうですか……」


 沙友里の報告を聞いて、朱里が途端につまらなそうな顔をする。


「はっ、あんな奴もうほっときなさいよ。別に特別扱いしてやる必要なんてないでしょ?」


「ワタシも同感かな。無理に誘って空気悪くなるくらいなら、ね」


 朱里の言葉に、笑良も同意する。


 確かに、無理に誘ったところでアリスが楽しく喋っている様子など想像も出来ない。アリスに気を遣う必要があるのならいない方が気は楽である。


 いつもの面々であれば何とも思わないだろうけれど、新メンバーである二人には気の毒だろう。


「ていうか、道下さんアリスに甘すぎない?」


「別段甘くしてるつもりはない」


「いや、どー見ても甘いでしょ」


「そうか? ふむ、ならお前達も存分に甘やかすとしよう」


 言って、どこからかチラシを取り出す沙友里。


 それはピザチェーン店のチラシだった。


「好きなだけ頼んで良いぞ。今日は歓迎会だからな」


「え、ほんと!? やった! アタシ、シーフードが良い!」


「唯はハーフ&ハーフ」


「一もハーフ&ハーフ」


 ピザのチラシに群がる少女達。


「一応言っておくが、食べきれる分だけにしておくように」


 沙友里の言葉に、少女達は『はーい』と聞いているのか聞いていないのか分からないような返事をする。


 これで誤魔化せた、とは思っていない。


 沙友里がアリスを特別扱いしているという事実に変わりはない。それは、沙友里自身も分かっている事だ。


 アリスが英雄だからではない。アリスが男であるゆえに、彼女達と同列に扱う事が出来ない。少女と同じように接する事も出来ない。そういう意味では、彼は紛れもなく特別だ。


 それに、沙友里はただの少年が十万人分の死の責任を受け入れられるとは思っていない。


 国が消えるかもしれない程の大災害をアリスは一人で終息させた。そう、一人でだ。責任も功績も分散が出来ない。彼のレポートと映像を見て彼一人の力で成し遂げられた事ではない事は確実だけれど、それでも、最後に生き残り、最後に終わらせたのはアリスなのだ。


 国はアリスに英雄である事を望み、功績も責任も、アリス一人に押し付ける。


 気にするさ。一人で到底抱えきれない物を抱えてしまったのだから。





 少し寝ようと思ったら思ったよりもがっつり寝てしまっていた。


 起きれば時計の針は八時を指していた。


 急いで帰る支度をして、春花は家へと向かう。


 因みに、春花は対策軍でバイトをしているという事になっている。バイトの内容は書類の整理やら広報の補佐、という事になっている。因みに、何も無い時は実際にバイトとして働いている。


 なので、対策軍に出入りをしている事を疑問に思う者はいない。魔法少女達とも面識があり、彼を見たところで今日もシフト入っているんだ、くらいにしか思わない。


 対策軍と家までは徒歩で移動できる程の距離だ。基本的に、異譚高校の生徒は寮に住んでいる。が、春花のようにアパートに住んでいる者も居る。


 加えて、魔法少女の場合、基本的には寮や国が用意したセキュリティのしっかりしたマンションに住んでいたりする。


 だが、春花と同じように例外も存在する。


「あら、有栖川君、今帰り?」


 部屋に入ろうとしたところで、声をかけられる。


 見やれば、そこには黒髪の美少女――姫雪白奈が立っていた。


 動揺は無い。彼女が同じアパートに住んでいる事は知っているのだから。


 そう。どういう訳か、白奈も春花と同じアパートに住んでいるのだ。しかも隣の部屋だ。


「うん」


「お帰り」


 言って、白奈はにこりと微笑む。


 そんな白奈に春花は曖昧に笑みを返してから、部屋に入った。


 春花の部屋はとても質素だ。ベッド、テーブル、ノートパソコン。備え付けのクローゼットや冷蔵庫に洗濯機。生活に必要最低限の物しか置いていない。


 ノートパソコンは沙友里から貰ったものだ。無いと困るだろうと言われたけれど、あってもそんなに使わないので殆ど置物状態だ。ノートパソコンを使う用のデスクとチェアも沙友里が買ったのだけれど、それも使っていない。


 質素というよりは簡素だろう。生活の痕跡は限りなく少ない。


 マンガもゲームも無ければテレビも無い。


 必要最低限の生活が出来れば良い。そんな部屋模様だ。


「アリスの部屋はつまんないね。キヒヒ」


 何処からともなく現れたチェシャ猫が馬鹿にしたように言う。


「良いだろ別に。住むのに問題なんて無いんだから」


 春花はベッドに腰掛け、チェシャ猫はノートパソコンの方へと向かう。


 チェシャ猫は器用にノートパソコンを開き、電源を入れる。


 猫がパソコンをいじっているという異様な光景だけれど、有栖川家では日常茶飯事だ。そもそも、チェシャ猫は普通の猫では無いのだから。


 春花が使っていないだけで、チェシャ猫はノートパソコンを使っている。


 器用に前足でぽちぽちとキーを打ち、調べものをしたりノートパソコンに元々入っているゲームをしたりしている。


 今日はソリティアをやっているようで、カードの捲れる音が聞こえてくる。


 チェシャ猫。不思議の国のアリスに出てくる不思議な猫。


 春花が魔法少女になったその日からずっと一緒に居るけれど、その正体は謎に包まれている。


 本人は案内猫と言っているけれど、それが本当かどうかも怪しい。


 そもそも、魔法少女にチェシャ猫のようなマスコットは付属しない。


 よくある精霊だとか妖精、あるいは裏で糸を引いている元凶的な存在と契約をして魔法少女になる訳では無い。


 少女達はある日突然魔法少女に選ばれるのだ。


 春花もそうであり、魔法少女という事を自覚したその時からチェシャ猫はずっと一緒に居る。


 春花にとっても、他の魔法少女にとっても、チェシャ猫はとても不思議な存在だ。チェシャ猫のような存在は類を見ず、他に報告例は無い。


 それがまたアリスが特別であると思わせる理由にもなり、やっかみの原因にもなっていたりするのだけれど、春花は気付いていない。


 戦闘面において、チェシャ猫は居ても居なくても困らない。そもそも、戦闘にチェシャ猫は付いて来ない。なので、存在しているというだけで特に役に立つ訳では無い。


 今もこうしてノートパソコンで遊んでいるだけであり、ただただ電気代を食っているだけの猫なのだ。冷凍庫にはチェシャ猫のためのバニラアイスが入っており、春花の食べる分の冷食を圧迫しているし、出てきたら出て来たで余計な事しか言わない。


 朝は六時に起こされ、夜は十時には勝手に布団に入ってじっと春花を見詰めて寝るように催促してくる。


 喋るだけの変な猫。居ても居なくても変わらない。


 得をする事といえば、撫で心地がとても良いという事くらいだろう。後、お日様の良い匂いがする。


 チェシャ猫を抱きながら眠ると、とても心地の良い夢を見れる。


 そう考えると、セラピー効果はあるように思える。


 菓子谷姉妹も良くチェシャ猫を撫でているのを見かけるし、マスコットとしては有能なのかもしれない。


 そんな事を考えていると、チェシャ猫はぐるっとアリスの方を向く。


「アリス。フリーゲームをダウンロードしておくれ。キヒヒ」


「……」


 しかして、やはり面倒な生き物だとは思う。


 自分には必要が無いと思いつつ、春花は乞われるままにチェシャ猫がやりたいと言っていたフリーゲームをダウンロードするのだった。

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