第2話 新人と自己紹介

 言う事は言ったとばかりに、アリスは一階の隅っこのソファに座り、手に持っていた文庫本を読む。


「チッ、気取っちゃって」


「アリスは気取って無いわ」


「うっさいアリス狂い。アンタの意見なんて聞いてないし」


 心底腹立たしそうに、赤髪の少女はそっぽを向く。


 アリスは誰にでも素っ気ない。同じ童話の魔法少女であり、同僚でもある彼女達に対してもそうだ。誰に声をかけられても関係無い。いつでも素っ気ないのだ。


 だから、大体の者は気にしていない。仕事の話であれば、アリスは普通に対応してくれるので、皆ビジネスライクな関係で済ませている。それ以上を求めようとするから、アリスの塩対応に腹が立つのだ。


 ただ、ビジネスライクな関係で留まりたくないと思っている者も、少なからず存在する。


「あ、アリス……」


 気弱そうな少女がちょこちょこと小走りにアリスに寄っていく。


 アリスはちらりと視線を向けるも、直ぐに本に視線を戻す。


「なに」


「え、えっと……お、お茶、飲みますか……?」


「自分でやるから良い」


「そ、そうですかぁ……」


 素っ気ない返答を貰い、少女はしょんぼりと肩を落としながら元居た場所へと戻っていく。


「まだまだね。まぁ、見てなさい」


 言って、今度は黒髪の少女がアリスの元へと向かう。


 途中で冷蔵庫へと向かい、ペットボトルのお茶を取り出す。


 そして、アリスの座っているソファのサイドテーブルにそっと置いてから戻ってくる。


 アリスはちらっとお茶を見た後、お茶を手に取って飲む。


「なっ!? あ、アリスがお茶を……!?」


「いや、アリスでもお茶くらい飲むでしょ?」


「ふふん。アリスはね、あらかじめ用意しておけば飲むのよ」


「アンタ得意げにしてるけど、アリスに一言たりとも声かけて無いわよね?」


「……声かけて、塩対応だったら傷付くでしょ?」


「ビビりなのかアクティブなのか分かんないわね……。ていうか、あんなのの何が良いんだか」


「あんなの以下の貴女には分からないわよ」


「はぁ?! アタシの方がすげーんですけど?!」


 やいのやいのと騒ぎだす二人。それもまたいつもの光景であり、他の者は特に気にした様子も無く各々の時間を過ごす。


 暫くした頃に、一人の女性が二人の少女を従えてカフェテリアにやって来た。


「待たせたな」


 パンツスーツをきっちり着こなした、ショートカットの女性――道下みちした沙友里さゆりは魔法少女達の直属の上司である。


 仕事に厳しいけれど、仲間想いであり、魔法少女達を妹のように可愛がっている。そして、アリスの情報を知る数少ない人物でもある。


 沙友里が入って来れば騒ぎも止み、全員が沙友里へと視線を向ける。アリスも本に栞を挟んでからサイドテーブルに置く。


「アリスから聞いているとは思うが、童話うちに新しい魔法少女が加入する事になった。右から上狼塚かみおいのづか瑠奈莉愛るなりあ猫屋敷ねこやしき餡子あんこだ。うちは人数が少ないからな。仲良くするように」


「上狼塚瑠奈莉愛ッス。お願いしますッス!!」


 くすんだ金髪の高身長の少女が勢いよく頭を下げる。


「猫屋敷餡子です!! よろしくお願いしまぁす!!」


 小さく愛嬌のある見た目と仕草の少女がぺこりとお辞儀をする。


「それじゃあ、お前達も挨拶だ。まぁ、数少ない童話系だ。知らない事も無いと思うが、一応な」


 沙友里の言葉の後、艶やかな黒髪の少女が一歩前に出て自己紹介を始める。


「私は姫雪ひめゆき白奈しろな。数少ない童話系同士、仲良くしましょう」


 言って白奈はにこりと可憐に微笑む。


「わ、わたしは指出さしでみのりって言います。よ、よろしく、です……」


 気弱そうな少女――みのりは白奈の影に隠れながら挨拶をする。


赤羽あかば珠緒たまお。よろしく」


 ソファに寝そべりながら挨拶をする、サイドテールの少女――珠緒。


「ワタシは新田にった笑良えら。よろしくー」


 にっこりと人好きのする笑みを浮かべる少女――笑良。


ゆい菓子谷かしたに唯」


はじめは菓子谷一」


「「よろしく」」


 姿形、声音までもが同じ二人の少女――唯と一。


魚海うおみうた……」


 暗い雰囲気の少女――詩。


「アタシは東雲しののめ朱里しゅり。ま、せいぜい頑張りなさいな」


 赤髪の勝気な少女――朱里。


 以上八人。テンポよく自己紹介をしたところで、全員の視線がアリスに移る。


 が、アリスは我関せずと言った様子で本を読んでいた。


 二人の自己紹介が終わった段階で既に本を読んでおり、自己紹介をする流れという事に気付いていない。


 そんなアリスの様子に、沙友里がやれやれと言った様子で首を振る。


「アリス。自己紹介だ」


「今言った。それで十分」


 沙友里が自身の名を呼んだ。それだけで、アリスの自己紹介は終わる。と、アリスは主張する。


 それもそのはずで、アリスの情報はその殆どが謎に包まれている。本名すら、沙友里しか知らないのだ。


 この場に居る沙友里以外が知っているアリスの情報と言えば、アリスという魔法少女としての名前とその強さのみ。ゆえに、自己紹介など必要無いのだ。


 だが、それで納得するかどうかは別である。


「あ、ん、た、ねぇ……!!」


 ずかずかとアリスに歩み寄り、アリスの手から本を奪い取る朱里。


「お高くとまってないで、自己紹介くらいしなさいよ!!」


「必要無い」


「あるから言ってんのよ!!」


「無い」


 言って、アリスは立ち上がる。いつの間にか、アリスの手には朱里が奪ったはずの本が収まっている。


「ちょ、アンタねぇ……!!」


 怒り心頭の朱里を避け、アリスは新人二人に視線を送る。


「私の事、知らない?」


 静かな淡々とした声音で問えば、二人はびくっと身を震わせた後に首を横に振る。


「し、知ってるッス!」


「じ、自分もです!」


「そう。なら、貴女達が知るべき情報はそれだけよ」


 言って、興味を無くしたのか、アリスはそのまま二階へと上がっていく。


「こら、待ちなさいよ!! 新人が入ったら親睦会するのがお決まりでしょうが!!」


「不参加。無理矢理参加させられる会社の飲み会みたいで嫌」


「具体的に否定してんじゃなわいよ!! 降りて来なさ――うべっ?!」


 二階に上がるアリスを止めようと階段に足をかけようとして、見えない壁に阻まれバランスを崩して見えない壁に激突する朱里。


「いったぁ……んのっ……魔法の無駄遣いしてんじゃ無いわよ!! 降りて来なさい!!」


 どんどんっと見えない壁を叩く朱里。


 そんな朱里を見て、他の面々は懲りないなぁと思い思いに顔に出す。


「はぁ……朱里、アリスは放っておいて、親睦会を始めておいてくれ」


 沙友里が言えば、朱里は承服しかねると言った顔で沙友里を見る。


「えーゆー様のアイツだけ特別扱いすんの?」


「違う。私が説得する。おそらく、私なら入っていけるだろ。その間、お前が場を温めておいてくれ」


 言いながら、沙友里は二階に続く階段に足をかける。阻まれるかと思いきや、沙友里はすんなりと入る事が出来た。


「頼んだぞ」


「……分かったわよ」


 心底不服そうにしながらも、朱里も諦めたのか皆の元へと戻る。


「よっし! 親睦会始めるわよー!! 指出!! 売店でお菓子買ってきなさい!」


「え、えぇ……わ、わたしが行くのぉ……?」


「御一緒します!!」


「じゃあ、自分も行くッス」


「今日は主役なんだから、貴女達は座って待ってなさい」


「てか、指図してないで自分で行きなよ。偉そう」


「はぁ? 実際偉いですけどぉ? 討伐数も攻略異譚侵度もアタシの方が上ですけどなにかぁ?」


「あ? あんたの方が先輩なんだから数こなしてて当たり前でしょ? 当たり前の事してるだけで偉ぶんなって言ってんのよ」


「あら、当たり前の事も出来ないぺーぺーの癖に口だけは達者ね。実力と実績付けてから出直してきなさいな」


 和やかムードが一転して、険悪なムードへと早変わり。


 そんな様子を見て、沙友里は痛くも無い頭に手を当てて溜息を吐く。


「どうして……お前達は仲良く出来ないんだ……」

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