魔法少女異譚
槻白倫
第一章 漁港の王様
第1話 魔法少女
世界に異なる法則、異なる環境、異なる生命、異なる未来をもたらす負の領域。人々はそれを
「このように、異譚は領域、つまり一種の別世界のようになっています。別世界ですので、世界の法則も変化します。例えば、動植物は形を変え、人ですら形をたもてなくなる事が多くあります。こちらをご覧ください」
壇上に立つ、フリル過多の衣装を身に纏った少女が、スクリーンに映し出された写真にレーザーポインターを向ける。
スクリーンに映し出されているのは、一つの樹木。
樹木はねじれるように渦を巻いて聳え立ち、枝の先からは人の拳ほどの大きさがある目玉が幾つも生えている。
その写真を見た者達は一様に顔を歪めて嫌そうな声を漏らす。
「ちょっ、これモザイク処理してないの?!」
「してないです。上からの資料そのまま使ってます」
「お馬鹿! 健全な少年少女に見せて良いものじゃ無いでしょ?」
「でもこれ果実ですよね? じゃあ大丈夫ですよ」
「良くなぁい! また苦情が来ちゃうじゃないの!」
舞台袖で一人の少年と二十代後半程の女性がひそひそと話をしている。
壇上の少女はちらりと視線を向けるも、特に反応するでもなく説明を続ける。
「このように、世界の法則が変わると果物でさえも形を変えます。これ、元は林檎だったんですよ?」
少女の言葉に、えぇっと少女の言葉の真偽を疑うような声が上がる。
ここはとある中学校の体育館。体育館にて行われているのは、この世界に突如として出現する異譚についての講義であった。
正体不明。原理不明。発生条件不明。
とにかく突然現れ、世界を侵食しようと広がり続けるこの世界とは事なる領域。それが、異譚である。
動物が入り込めば姿形が変わり、見るも無残な姿に変貌を遂げる。それは人間もまた例外ではない。
元々その地域に存在していた者も後から異譚に入り込んだ者も変わらず変貌する。
そして、異譚の中には異譚生命体と呼ばれる異譚の中に元々存在していた生命も存在する。異譚生命体は異譚の外に出て人々を襲う事も在れば、異譚の中でのんびりと暮らしている事も在る。
異譚生命体は強靭な身体を持ち、人間を遥かに圧倒する身体能力を持っている事が多い。銃火器でも刃が立たず、今までに大勢の人が異譚生命体によって命を落としている。
人類に異譚に対抗する術は無い。このまま異譚に世界を飲み込まれる。
そう世界中の人が諦めかけたその時、一人の人間が異譚を破壊してみせた。
この世の法を逸脱した力を使い、異譚生命体をものともしない強靭な肉体を持った少女。
人は畏怖と畏敬を込めて彼女をこう呼んだ――魔法少女、と。
講義が終わり、撤収作業に移る中、体育館から出ていく生徒の多くが壇上に立つ少女に手を振っていた。
壇上に立つ少女も、笑顔を向けながら手を振っている。
それを見ながら舞台袖で撤収作業をしている少年――
全員が体育館から出た後、手を振っていた少女は手を下ろし、笑顔を引っ込めてから変身を解く。
「ごめんね。私も手伝うよ」
「いいよ。
「慣れてるからへーき! さ、撤収撤収~!」
言って、少女は笑顔を向ける。
彼女、
魔法少女にも幾つかの種類があり、花、星、童話の三種類に分類される。舞は花に属する魔法少女だ。
てきぱきと機材を片付ける舞を見て、周囲のスタッフは思わず笑みをこぼす。
「はぁ……小日向さん、可愛いし気が利くし、良い子だなぁ」
「優しいしなぁ。あれで彼氏がいないって言うんだから、不思議だよなぁ」
舞や春花と同じ制服を着ている男子が、鼻の下を伸ばしながら話をする。
「はい無駄話しない! さっさと撤収作業に入る!」
それを、近くに居た女子が面白くなさそうに注意する。
彼等は国立異譚対策科第一高等学校、通称異譚高校の生徒である。
異譚高校は異譚に対する見識を深め、異譚への対策や防護策などを勉強する学校である。
将来的には異譚対策の専門部隊である国立異譚対策軍に所属する事になる。
と、いうのは卒業生の半分ほどであり、残りの半分ほどは普通に就職をしたりする。
異譚高校は異譚被害にあった子供が通う学校でもあり、異譚に対するトラウマを抱える子も多い。そのため、二度と異譚に関わりたくないと思う者も少なくない。
魔法少女も異譚高校に通っており、異譚が発生しない限りは普通に高校生として生活をしている。
今日の講義は異譚の危険性についてのものであり、講義自体は異譚高校の生徒の活動でもある。
講義を行うのは魔法少女であり、春花達はその手伝いに来ている。土曜日の午前中とはいえ、相手が魔法少女であると知れば大半の者はその時間を楽しみにしていたりもする。
舞も有名な魔法少女であり、全国にファンが居る程の有名人でもある。
魔法少女は国を護る守護者であり、国を代表するアイドルのような存在なのだ。だからこそ、魔法少女に講義を任せているのだ。
因みに、舞以外の者は内申点が良くなるから手伝いをしている。加えて、舞と少しでもお近づきになれればと下心を持って参加していたりもする。
「有栖川くん、これどこに置けば良い?」
「パソコンと周辺機器は鞄の中に入れておいて。プロジェクターは
「分かった~」
てきぱきと働く舞。
魔法少女として
何をして魔法少女らしいのかは定かではないけれど、人を思い、人を助け、明るく、屈託の無い純粋な少女。それが、春花のイメージする魔法少女という者である。
舞はそんな魔法少女のイメージとぴったりと当てはまる。おそらく、他の者もそのようなイメージを持っている事だろう。
その笑顔の裏に何を隠しているのかを、知りもしないで。
〇 〇 〇
異譚対策軍の本部はおよそ四つの区画に分けられている。
一つは花の区画。花の魔法少女達が集まり、花の魔法少女達をサポートするための区画。
一つは星の区画。星の魔法少女達が集まり、星の魔法少女達をサポートするための区画。
一つは童話の区画。童話の魔法少女達が集まり、童話の魔法少女達をサポートするための区画。
一つは総務の区画。事務仕事などやその他諸々の仕事をこなすための区画。
それ以外にも食堂やらカフェテリアやらなんやらが備わっている。大きく分類するのであれば、その四つの区画に分類されるという話である。
四つの区画の中、童話の区画に存在するカフェテリアにて魔法少女達は思い思いにくつろいでいる。
「暇ぁ……退屈ぅ……」
赤髪の少女がだらーんと足を延ばしてソファに寄りかかる。
「へ、平和なのは良い事だと、思うな!」
背の小さい、気の弱そうな少女が答えれば、赤髪の少女はぎろりと気弱そうな少女を見やる。
「平和な世の中じゃ商売あがったりでしょうが。魔法少女の必要無い世界とか、アタシ達の存在意義かんっぜんに欠落するんですけど?」
「で、でもでも! 誰も死なないのは、凄く、良い事だと思うよ!」
「別にアタシだって誰かに死んで欲しい訳じゃないから。ちょーっと美味しい思いしたいだけだし」
深々とソファに身体を預け、退屈を全身で表現する。
「その発言、魔法少女としてギリギリだと思うわよ」
ソファでだらける赤髪の少女に、黒く艶やかな髪を持つ少女が凛とした声音で言う。
「うっさいわねぇ。表じゃ言わないわよ。イメージ崩れるし。ていうか、アンタもアリス狂い直せば? 煙たがられてんじゃん」
「煙たがられて無いわ。アリスは誰に対してもあんな感じよ。それに、私に対する態度は他の人より軟化してるわ」
「どっから来るのその自信は……」
赤髪の少女から見て違いがあるようには見えない。
呆れたように言葉を漏らしたその時、カフェテリアの二階から一人の少女が降りて来る。
艶やかな金の髪。空色のエプロンドレス。ビスクドールを思わせる整った顔のこの世の者とは思えない程の美少女。
彼女こそ、今しがた話題に上がった童話の魔法少女・アリスである。
「珍しいわね、アンタが二階から降りて来るなんて」
カフェテリアには二階があり、一階からも二階からも出入りが出来るようになっている。基本的にアリスは二階で一人で本を読んでいる事が多く、積極的に誰かに関わろうとはしない。
加えて言えば、常に魔法少女の姿をしており、その本当の姿は不明。本名も不明。一部の役員を除いてその情報を有している者はおらず、また、アリスに関する情報の全てがトップシークレット扱いになっている謎多き魔法少女。
巷では様々な憶測や考察が立てられているほど情報の少なすぎる人物。もちろん、仲間である童話の魔法少女である彼女達もまた、アリスの事は殆ど知らない事が多い。
唯一知っている事と言えば、反則なまでの強さと、世界に三人、日本に一人しか存在しない双剣戦乙女章という勲章を受勲していることである。
日本最強の魔法少女とは誰かと聞かれれば、皆が口々に同じ名を口にするだろう。
アリス、と。
ゆっくりと階段を降りるアリスは、綺麗な声音で言葉を返す。
「
「新人? 珍しいわね」
「そ、そうだね」
他の魔法少女には被りがある。例えば、桜の魔法少女は日本中にかなり多く存在する。
星の魔法少女も同じであり、黄道十二星座などメジャーな星座は被りが多い。
対して、童話の魔法少女には被りが無い。どのような原理があるのかは知らないけれど、二人も同じ童話の魔法少女が居たという記録は公式には残されていない。
なので、他の魔法少女に比べて新人が入って来る頻度はあまりにも少ない。
対策軍は各地に支部があるけれど、童話の魔法少女の区画があるのもこの支部だけである。
つまり、日本中の童話の魔法少女はこの支部に集められるという事にもなる。
それでも、この支部に居る童話の魔法少女の数は九人。他の魔法少女よりも圧倒的に少ないのだ。
「新人って、何人よ?」
「知らない。興味無いし」
赤髪の少女の言葉に、アリスは関心の無い声音で返す。
「はっ、そーよねぇ。天下のアリス様は下々が増えたところで興味も無いわよねぇ」
厭味ったらしく返すも、アリスは別段反応を示さない。
それが面白くないのか、赤髪の少女は舌打ちを一つした。
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