第5話

 一度体を休めるために手ごろな宿場に泊まり、さらに翌日、彼は桃太郎のあとを追っていると、見たことのある景色が眼下に広がっていることに気づく。少し低空飛行を試みて調べてみると、なんのことはない。そこは、彼ら、三匹のピーターパンが、最初に居を構えていた高台であった。いつのまにか彼はそこまで舞い戻ってきていたのだ。


 もともと自分の家があった場所に降り立つと、そこには吹き飛ばされたままの木の家の残骸が、そのまま残されていた。

 旅に出てから、一か月ほど経っていたものの、それほど感慨にふけるような期間ではない。しかし、彼にとっては非常に長く感じるものではあった。

 スーパーピーターパンは背を向ける。今は、この周辺のどこかにいるはずの桃太郎を探さねばならない。


 途中、木の家と同様、吹き飛ばされたままのピーターパン・グレートの住んでいたであろうわらの家を横目に、歩を進める。

 と、視線のはるか先に、ぽつん、と一件の建物が見えてくる。ピーターパン・オリジンのレンガの家だ。彼の家だけは狼に吹き飛ばされなかったのだろう。

 その家の前には、ピーターパン・オリジンが座り込んでいた。傍らには焚火があり、鉄の棒が何本も突き刺さっており、そこには真っ黒に焼けた何かがくっついている。全て半分ほど食べられていて、原型をとどめていない。ほのかに香ばしく、そして少し生臭いような臭いが、スーパーピーターパンの鼻腔の届いてくる。


「ああ、久しぶりだな」

 ピーターパン・オリジンはそういうと、スーパーピーターパンに手招きをして、自分の隣に座るように促してくる。

「久しぶりだ」

 その提案を受け入れたスーパーピーターパンが、ピーターパン・オリジンの隣に腰を下ろす。と、同時に、彼のティンカーベルが懐から飛び出した。すると、呼応するようにピーターパン・オリジンのティンカーベルも飛び出してきて、二匹で宙を舞い踊る。くるくると回転運動を繰り返し、そして、そのままどこかに行ってしまう。


「どこかに行ったな」

「ああ、彼女たちも、久しぶりだからな」

「そうだな……食うか?」

 ピーターパン・オリジンは、思いついたように、自分が持っていた串に刺さっている肉片をこちらに差し出してきた。断る理由もないスーパーピーターパンは、受け取り、そしてその赤黒いかけらを口へ持っていく。

 程よく焼けたその肉は、塩と胡椒が効いていて、美味であった。ちょうど腹が減っていた彼は、それを一気に平らげて串だけをピーターパン・オリジンに返却し、

「そういえば、訊きたいことがあるのだが」

 と切り出した。

「なんだい、スーパーピーターパン?」

 応えながらも、ピーターパン・オリジンは、次の肉を火で炙っている。

「桃太郎という青年を知らないかい? 今日あたりこの辺に来たはずなんだけれど」

「桃太郎?」

「中肉中背の青年なんだが」

「さあ。それだけじゃあなんとも」

 答えながら、がぶり、と肉片にかぶりつくピーターパン・オリジン。

「ああ、そういえば、動物を一緒に連れているはずなんだけれど」

「ほう、動物、ね」

 筋をかみ切るような咀嚼音が、スーパーピーターパンの耳にまで届いてくる。

「それはいったい、どんな動物だい?」

「犬、猿、雉、だそうだ」

「ほうほう」

 むしゃり、むしゃり、と串に残った肉片を食いちぎる、音。

 そして、ピーターパン・オリジンは、串をその場に置き、立ち上がる。

「知ってるよ」

「本当かい?」

 スーパーピーターパンも、その場に立ち上がる。

「見たのかい?」

「ああ、見たね」

「じゃあ、教えてくれ。彼らがそれからどこへ行ったのか」

「教えてほしいのかい?」

「ああ、そうだ」

「それを知って、どうする?」

「それは――」

 面倒ではあったが、仕方がない。スーパーピーターパンは事の顛末を説明し、自分は真実の強さを手に入れるために、桃太郎を打ち破る必要があるのだ、と結んだ。

「なるほどなるほど」

 大きく頷いたピーターパン・オリジンは、息をついて、大きく首を振った。

「だけど、それはもう無理だ」

「どうして? 僕には勝てないということかい?」

「いや――むしろ、逆だよ」

「逆?」

「そうさ……もう、勝っている」

 そういって、ピーターパン・オリジンが、スーパーピーターパンのほうを指さしてくる。その指先の方向を良く見てみると、彼の腹の方を向いている。

「どういう……ことだ」

「だから、君はもう、桃太郎に勝っているんだ……だって、桃太郎はもう、君の腹の中なんだから」

 その瞬間、さきほどピーターパン・オリジンから受け取った串に刺さった肉片が脳裏をよぎる。反射的に、焚火の方へと目を向ける。

 よく見ると、そこには串がちょうど四本ささっている。それぞれ原型をとどめていないとはいえ、最初からそういう予想をしてみてみると、犬、猿、雉、そして人間の姿に見えないこともない。

「仕方がなかったんだ。彼が急に家のドアをノックしてきたもんだから、とっさに棒で突いてしまったんだ」

「そうか」

 そうすると、どうなる?

 この場合、どう考えればいいのか?

 ひとしきりにらみ合い、そして、スーパーピーターパンは答えを出した。

「ピーターパン・オリジン。一つ、お願いがある」

「なんだい?」

「僕と――戦ってくれないかい?」

 桃太郎を打ち破ったのは、ピーターパン・オリジンだ。だからこそ、そのピーターパン・オリジンを倒すことが、真実の強さを身に着けることになる。彼はそう判断した。

「いいよ」

 あっさりとこう答えたピーターパン・オリジンは、さらに続ける。

「ただし、一つ条件がある。勝負は時の運、僕が勝つこともあれば、君が勝つかもしれない。いずれにしても、僕が勝ったときには、君の肉を食べようと思う……だから、君が勝ったら、僕の肉を食べてほしい」

「わかった。内臓も脳みそも、何もかも、食べつくそう」

 そういった会話を交わし、同時ににやりと笑みを浮かべた二匹のピーターパンは、目にもとまらぬ速さで、空へ舞いあがっていった。

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