第4話
今までに空を飛びたいと思ったことなどない。したがって、そんなものはいらないし、そもそも鬼を退治してどうするのだ。
犬はそういって、スーパーピーターパンの誘いを断った。
旅の途中で聞いた話によれば、その犬は団子程度のものでもほいほいと言うことを聞いてくれるとのことだった。それなら、空を飛べるティンカーベルの粉を提供したら二つ返事だろう。スーパーピーターパンはそう考えていたのだが、どうやらそう簡単な問題でもないようだ。そのあたりも理解はできないが、それはそういうものとして受け入れていくしかないのであろう。
旅を続けるうちに、スーパーピーターパンはそう思えるような柔軟性を獲得していた。そして、犬に対しても憤りを感じることなく、そのまま別れた。そもそも、鬼を退治するのに犬を連れて行く必要があるのかどうか、そのあたりが半信半疑だったこともある。
スーパーピーターパンは次に、地元住民の話に挙がっていた猿と雉に会いに行き同様の提案をしたが、犬とほとんど同じような反応で断られた。
雉に至っては、なぜすでに飛べる自分が改めてそのような得体のしれない粉をかけて飛ばなければならないのだあなた頭は大丈夫か、とキイキイ声でまくし立てて羽ばたいて行ってしまった。
その態度には少しムッとしたが、言っていることは至極もっともだったので追いかけて仕返しをするようなことはせずに、綺麗に忘れることにした。そもそも、住民の推薦があったからもののついでに声をかけただけで、本気で力を貸してほしいと思っていたわけではない。
悶々と思考をめぐらせながら歩いていると、木の家を吹き飛ばされ、旅に出てからのことが思い出されてくる。
狼を退けたあと、本当の強さを求めたスーパーピーターパンは、旅を続け情報を集めた。すると、どうも鬼が島にいる『鬼』という存在が、もっとも強く、そして邪悪だというのが、この世界の住人の一致した意見であることがわかったのだ。
それはネバーランドのフック船長よりも強いのかどうかという質問には、みな首をかしげて、それでも
「良くわからんが、そんなどっかの船長さんよりも、鬼のほうが、そりゃあ強かろう」
というのが大方の意見であり、それならば相手にとって不足はない、と彼は判断したのであった。
旅を続けること十日間――。
彼はようやく鬼が島に辿りついた。
しかし、そこで目にしたのは、倒された鬼たちの死骸の山であった。スーパーピーターパンがそのうちの一個体の肌に触れてみると、まだ温かく、死後何日もたっていないと思われた。
彼は唇をかみしめる。こんなことなら、船で渡ることになどこだわらず、島まで空をひとっ飛びすればよかったのだ――。
そもそも、近隣住民が鬼が島だと指さす小さな島が見える海岸までは、二日ほどでたどり着いたのだ。そこで少し感慨にふけってしまったのが良くなかった。目の前に現れた犬猿雉を従えて船出する青年の姿を目にして、「なるほど。舟か――これ、いとおかし」と思ってしまったのだ。
それから小舟を作るのに一週間ほどの時間をとられてしまったのであった。
死屍累々の鬼が島を練り歩き、さて、次はどうするか、と思案していると、ほんの一瞬ではあったが何か動くものが視界に入ってきた。
スーパーピーターパンはそちらへ歩いていく。すると、そこには一匹の鬼がまだ生きて動いていた。声をかけてみると、どうやらまだ子供の鬼のようだった。びくびくと肩を震わせながら、ときおりスーパーピーターパンの方に視線をやるだけで、口を開かない。
諦めてその場を去っていこうとする彼の懐から、するりと抜けだしたティンカーベルが、その子鬼の耳元に近寄り、何かを囁く。と、子鬼は初めてはっとしたような表情になりティンカーベルに目を向ける。ティンカーベルはくるりとその場で一回転。呆然と見つめる子鬼の耳元へ飛び、そこで一言。さらに一回転、そして一言――
そうして、ようやく彼女が聞き出した内容を断片的につなぎ合わせると、どうやら鬼達がやられたのは予想通りつい先日のことらしい。やったのは、桃太郎と呼称される、一人の青年。そしてその傍らには犬、猿、雉を引き連れていたという。
スーパーピーターパンは、胸をかきむしられるような焦燥にかられる。彼はこの鬼が島の向かいの海岸で、まさにその桃太郎なる青年が船出するのを阿呆のように見送っていたのだ。あろうことかその姿を見て、呑気にも舟を作ろうなどという着想を得ていたのだ。
子鬼には絶対に仇をとるという約束をしたスーパーピーターパンは、そのまま空へと舞いあがった。もう、小舟を使って優雅に移動することなど考えられない。急いては事を仕損じる、と昔誰かにいわれたことがあるが、時と場合によるのだ。今は一刻も早く、桃太郎を追わねばならない。すでに数日の遅れをとっており、早くしなければ行方を見失ってしまうかもしれない。
スーパーピーターパンは、高速飛行を試みる。そして、途中途中で地表に降り立ち、住民に聞き取り調査をして桃太郎がどちらへ向かったかを確認した。そして空に舞い上がり、また高速飛行。
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