第3話
海岸線のずっと先で、一匹の亀が子供たちにいじめられている。
斥候として先に走らせていたティンカーベルが戻ってきて、ピーターパン・グレートに報告したのが、この一件だった。
自分のわらの家を破壊した狼を盛大に叩きのめしたのがつい先日だったが、まだ彼の中ではそのときの罪悪感が抜けず、悶々としたままの日々をすごしていた。そして亀をいじめる子供に懲罰を与えることが、今抱えている負の感情を吹っ切るのにうってつけのように感じたピーターパン・グレートはすぐさま現場に向かった。
報告のとおりの光景が、目の前にあった。亀は比較的大きく、何百年かは生きているような固体に見えた。一方、亀の首を木の枝でつついたり、甲羅に石をぶつけたりしているのは、『子供たち』とは聞いていたが、実際には十代前半の少年たちのように見えた。人数は三人だ。
音もなく近づいた彼が、まず棒切れを持っている少年の肩に手をかけてその腕をとる。と、少年は一瞬動きを止め、ピーターパン・グレートのほうを振り返った。
「ななな。何だ、君は!」
「おおう、兄ちゃんに何する!」
少年たちは口々に叫びながら、その矛先はすぐに亀からピーターパン・グレートに移る。
そのすきに、亀はのろのろとした足取りで、ピーターパン・グレートの後ろに回った。
「じゃじゃじゃ、じゃまするない!」
「そいつは悪い亀だ。僕らが退治するんだ!」
そうなのか、とピーターパン・グレートが亀のほうを振り返り問うような視線を送ると、亀は必死でその短い首を振り回して否定している。
やっぱり違うのか、と今度は幾分きつい表情を形作ってぎろりと少年たちのほうへ向き直る。すると、一番後ろにいた太った少年が「ひ、ひええ」と情けない悲鳴を上げながら突然逃げ出した。
逃げ出すということは後ろ暗いことがあるからだ。つまり、非は完全に少年たちにあるのだ。ピーターパン・グレートはそう判断して、少年たちに懲罰を与えることにした。まず、ひらりと宙を舞った彼は、逃げ出した太った少年に瞬く間に追いつき、宙返りして両足のひざで少年の頭――両耳の部分を挟み込んで固定し、ぐりん、とひねりを加える。錆びついた鎖が無理やり引きちぎられたような鈍い音とともに、少年がその場にくずおれ、動かなくなった。
その光景を目にした残り二人の少年も、一瞬だけあっけに取られてその場に立ち尽くしていたが、すぐにはじかれたように背を向けて走り出した。ただ、砂浜に足を取られて思うように前に進めない様子であり、宙を舞うピーターパン・グレートは難なく距離を詰めることができた。その姿に度肝を抜かれた一人が、体勢を崩してその場に転んだ。
転んだ少年はとりあえず放っておくことにしてその上を飛び去ったピーターパン・グレートは、まだ背中を向けて逃げ続けている少年の背中に体当たりを食らわせた。風船がはじけたような妙な悲鳴とともに前のめりに崩れ落ちた少年の両腕をとり、その勢いのままぐりん、と一周させる。と、その両腕は妙な角度で静止し、空を指差す形で動かなくなった。泡を吹いた少年はそのまま動かなくなる。
すでに失禁してズボンを黒くぬらし、腰を抜かしてその場に座り込んだまま動かなくなった最後の一人に、ゆっくりと歩み寄っていったピーターパン・グレートは、部屋に飾る調度品でも吟味するようにその少年の左足と右足をゆっくりと値踏みして、結局右足のほうを両手で持ちあげる。そのまま手近な岩場まで少年を引きずっていった。そして、右足の足首を左手で持ち、ひざの辺りを右手で持ち、あたりを見まわして手ごろな岩を見つけ、その上に何度か振りかぶったあと、躊躇なく叩きつけた。
少年の方は、何をされるのかがわかった瞬間に気を失っていたため、ただ何か硬いものが折れる音が海岸に響いて、そして消えただけであった。
すべてを終えた瞬間、彼は自分の胸から、すっとつかえがとれていったのがわかった。
「竜宮城へ案内します」
亀の言葉に従って、その甲羅に乗ったピーターパン・グレートは、海の世界へと旅立っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます