火、私を助けてください。

 魔女は丸一日眠り続けました。


「……おはようございます、火。自分が生かされていると感じるこんな目覚めは、二度とないと思います」


 魔女には行くあてはありません。この銀世界には、魔女と、魔女を敵視する人しか居ないと悟ったからです。幸い、人々から奪い取ることとなったこの地には、魔女と火が静かに暮らせるだけの物資があります。

 魔女は、家主が居なくなった家の暖炉に火を移しました。火は、もう無駄に何かを燃やす必要もありません。家が寒さから魔女を守ってくれるからです。

 家の地下には食べ物の蓄えもありました。食べ物は家とは違って消費するものなので、これに手をつければ、略奪になってしまいます。だから魔女はためらいました。けれど自分を無害な魔女と主張するには、あまりにその手を汚しすぎているのを思い出します。自分の身を守るために追手を殺し、人里の者たちを焼いたのです。食べ物を奪うことだけをためらうのは、筋が通らない話でした。魔女は誰かが蓄えた肉や魚や野菜や果物を料理して、美味しくいただきました。

 魔女は、しばらくその家で暮らしました。しかしある日のこと、家は雪崩に巻き込まれてしまいます。

 魔女と火は、一時は雪に埋もれかけましたが、なんとか脱出することができました。


「悪いことをして得た幸せというのは、こうもはかなく壊れてしまうのですね」


 さらに残念なことに、この日はひどい吹雪で、そのままにしていたら、火は消し飛んでしまいそうでした。魔女は自分の身体を盾に、火を守りながら道なき道を歩き続けました。

 もう歩けないくらい雪景色をさまよって、魔女はついに吹雪から逃れられる洞窟を見つけました。石が敷き詰められていて、人が造ったのは火を見るよりも明らかです。奥は真っ暗で、何も見えません。中に人がいたら、また魔女を迫害するでしょうか。それでも、猛吹雪に耐えながらあてもなく進むよりは、つらくないように思われました。

 都合よく、入口に杖になりそうなくらいの枝も落ちています。魔女は火を枝に移しました。


「火、もう少し大きく燃えなさい。足元が見えません」


 火は魔女が足元の石ころや岩の切れ目で転ばないように、洞窟を照らしました。

 洞窟の突き当たりには、空気のよどんだ四角い部屋がありました。人は誰もいません。入り口を向いて壁に寄りかかった、一人の骸骨だけが住民のようでした。魔女はほんの少し気分を害しましたが、吹雪がやむまで待つのに、困るほどでもありません。


「私もいずれこうなるのでしょう」


 魔女は不吉なことを呟きながら、骸骨に手を合わせて冥福を祈りました。ついでに、家にお邪魔する断りもいれたようです。

 そのとき、壁に記されたメッセージに気が付きました。一見ヘンテコな記号や落書きにしか見えないのですが、魔女たちの間でのみ伝わる、呪文を作るときの暗号です。

 こう書かれていました。


『わたしはどうしてここにつれてこられたの?』

『みんなわたしをころそうとする』

『わたしはなにもしていないのに』

『わたしが魔女だから?』

『魔女はいきていてはいけないの?』

『まっくらになった』

『ともだちがしんじゃった』

『ごめんなさい』

『いたい』

『くるしい』

『ゆるして』

『しにたくない』

『たすけて』

『みんなしね。みんなみんなしね。しね』


 魔女は、言葉に指をはわせていくうちに、涙が止まらなくなりました。


「……あなたも、私と同じ魔女……だったのですね」


 まるで将来の自分を見ているようで、魔女は頭を抱えます。


「……火、何か明るくなる話をしてください」


 火には口がないので、話すことができません。


「火、今すぐ私を、こんなところから連れ出してください」


 火には身体がないので、魔女を連れ出すことができません。


「火、私を助けてください」


 火には何もできません。ただそこで燃えて、魔女を照らし、暖かくするだけです。


「ああ」


 魔女はうずくまって、ずっと、ずっと、声を上げて泣きました。泣きつかれて眠ってしまうまで、ずっと、泣き続けました。

 半日が過ぎました。


「う……」


 魔女の赤く腫れた目が再び開いたとき、火は枝を燃やしきって、消えてしまう寸前でした。魔女は部屋を見回しますが、燃やせそうな物はありません。


「消えてはいけません、火!」


 魔女は残っていたもう片方の靴下と、それから長い髪をナイフで切って、火に与えました。火は息を吹き返しました。

 魔女は火を抱えて洞窟を出ました。ひどかった吹雪はすっかりやんで、雲の切れ間から、僅かに光も注ぎます。


「火、私は、ここから出ていくことに決めました。そしてそのためには、色々考えて手を打たなければなりません」

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