六畳一間 転 [後編] ~in the after~

「何方様でございますか?」




私はドアを開け、型通りの事を云う。例え、相手をしていても、相手は私の事を知らない。それが、彼を招き入れるには必要だと感じた。私の白髪交じりの髪を見て、彼は私のことをこう思うことだろう。50代前半だと。それは見当違いだ。私は未だ、40代なのだから。彼は私の顔を見て云った。




「私は一階の部屋に住んでいる者です。少し聞きたいことがありまして……。昨日の夜、確か1時頃だったと思うのですが。物音が聞えまして」




 何のことだろう。音?私はこの部屋に前から住んでいるが、聞いたことは無い。さて、どうしたものか。




 「そうですか、まだ聞こえるのですね」




 「ん?まだ?」




 彼は私の嘘に食いついた。そんな物音など私は知らないが、あのことに繋げるのであれば丁度いい。




 「恐らく、貴方は個々の不動産屋から何も聞いていないのですね」




 「何のことですか?」




 はぁ、と私はわざとらしく、ため息をついてみる。




 「立ち話は大変でしょう、上がっていってください」




 そう云い、リビングに向かい入れる。そして気づくことだろう。あの部屋の異質さに。あの部屋は人間の感情を歪まされるために、あれから幾つか拵えている。私の壁紙が綺麗な白壁に対し、彼の部屋は紅い壁。私の住む部屋には何も施していないため、築年数が分かる程、古びている。私はコーヒーを用意する。私の分と、彼の分を。彼の分には少量、睡眠薬を仕込んで。




 「さて、何処から話しましょうか。音の原因か、それとも、全てか」




 「全てでお願いします」




 「分かりました」




 さて、誘導は済んだ。あの話をして、どういった表情を見せるか、見物である。


 そう云い、あの出来事を私は語る。一部には嘘を仕込んで。




 「ここが、建造してから、20年が経過したころ、二人の若いカップルが、私の隣の部屋に住んでいました。とても、仲が良く、愛し合っておりました。そして、近々結婚する予定でもありました。そんなとき、男性のほうが、家を出てしまい、行方知らずとなってしまいました。彼女は警察に通報し、捜索願をお願いしたということでしたが、警察は捜索することまではしなかったとのことです。それから、一か月後、彼のほうは、とあることがきっかけとなり遺体となり発見されました。死後、1、2か月程が経過していたとのことで。その遺体は四肢が切り落とされ、和室の押し入れ下に袋詰めして置いてあったとのことです。きっかけというのは、下の階に住む、つまりは貴方の部屋に住んでいた方が、天井から血液のようなものが滴り落ちてくるというもでした。通報を受け、警察はすぐに出動し、二階に行ったとのことです。鍵は開いており、スムーズに入れたとか。警察が突入すれば、そこには、腹の裂かれた彼女の遺体があったとのことです。何故、彼女が亡くなっていたのか。彼女は何故捜索をお願いしたのか。警察の見解では彼女は浮気をしており、彼のいない間に他の男を招きいれて入れた。そして、偶然にも彼が早く帰ってきてしまい、彼と男が口論になり、取っ組み合いになる。そこで男は彼を殺してしまい、遺体を隠すためにばらばらにした。その後、彼女が行方不明を装うため、警察に捜索を依頼する。彼女と男は、ようやく邪魔者がいなくなり、幸せな生活を過ごせるに思えたましたが、彼女のお腹には彼の子供がいました。男は子を落とすよう説得しますが、云うことを彼女はききませんでした。だから、男は彼女を殺しました。子宮には妊娠20週目ほどの子供がいた跡が残っているとのことで。


まぁ、そこまでが、警察の見解ですが」




 「違うのですか?」




 「えぇ、私は違うと考えております。何故なら、私はあの頃からずっと、ここに来ていた男がいたというお話を聞いたことがありません。唯一、その頃から、度々、目撃されているのは彼女の弟くらいなものでしょう」




 「ということは……」




 「その当時は、空き巣の線も考えられましたが、物色跡がないことから私はその兄だと思っております。理由として挙げるのであれば、彼女が警察に依頼した二日前、僅かにぎいぎいという音が聞えましたので。その日は、朝早く、彼女が仕事を行くところを見ていますので、家には彼のほうしかいない。いえ、彼以外に弟がいた筈なのです。ですが、それは警察は知る由はありません」




 「その兄は今……」




 「普通の生活を送っていると思われます。そういえば、兄には何度か、お話したことがありますが、子供の時に出来た火傷の跡が今でも残っているとかで、右手は常に黒皮の手袋をつけているとのことです。実際にはその手は見たことないのですがね」


 






 さて、そんな長いお話を聞かせたころには、ようやく薬は効いてきてようで、すぅという寝息と共に眠りについている。本来であれば、彼に話す必要のないことを話してしまったが、どうせもう目覚めることは無い。そして、話したことには多くの嘘を含んでいる。彼らは愛し合っていたようにも見える。だが、その愛は一方的なものであったのだろう。何故なら、男には他にも女性と関係を持っていたのだから。そして、彼が二人を殺害し、私が遺体を処理した。そのため、警察になど云っていない。行方不明となり、七年が経過したため、現在では死亡となっている。故に事実など彼が殺したという事実のみ。私は彼が何故、黒皮の手袋をつけているのかなど、知らない。ただ、云えることはただ一つ。あの手は既に血に塗れている。そして、私自身もだ。だが、私は人を殺すこと自体、何も思わない。私においては仕事をする上で大切なことなのだがら。


 私は彼をあの部屋へと移動させる。理由は簡単だ。あの部屋は防音設備、処理設備が整っている。あの部屋の壁紙が赤いことには理由がある。それは、使用する者の精神状態に異常を与えることが出来る。また、もう一点。あの壁紙は簡単に剥がせるようになっており、一部には扉がある。それは、私の部屋とあの部屋を繋ぐための扉である。私はその扉を開ければ、そこには階段が出現する。彼を抱えながら、階段を下りる。そして、彼の部屋の扉を開ける。








 彼を浴槽に入れる。彼はすぅという寝息をさせながら寝ている。きっと良い夢を見ていることだろう。浴室にもいくつか細工しておいたが、彼は気づいていないことだろう。浴室の天井には長方形の蓋。蓋を開けると、そこにはおおきな滑車が露わになる。これは、人間を吊るすために用意した滑車である。私は、彼の両足をひもで縛り、吊るした。それは、まるで牛を解体するときのように。


 私はこれから彼の処理をする。私は自室から持ってきた工具入れに手を掛ける。そこに入っていたのは、複数の包丁だ。


 私は包丁を取り出すと、彼が身に着けている服に手を掛け、切り捨てる。全身の肌が露わになる。そして、睾丸に触れた。




「あら、なかなかのものを持っているわね……もしかしたら、既に経験もしているのでしょうね……ふふ、これはまた、価値が高くなるわ」


 


 私は眼で愉しんだ後、彼の頸筋に軽く切った。すると、どくどくと流れる赤黒い液体は浴槽を汚しながら、零れてゆく。血抜きには時間が掛かる。人間は大人くらいになると約6~7L。約1時間ほどかかるだろう。苦労するものだ。


 私はそれまでの間、暇になる。右ポケットから、スマートフォンを取り出し、血抜きが終わるまで、時間を潰した。二曲ほどクラッシクを流していた頃だろうか、彼から電話が来ていた。


 


「もしもし」


 


 男性らしい太い声が、流れた。彼からの電話だ。


 


「もしもし、あら、珍しいわね。あなたから電話してくるなんて」


 


「あぁ、そうだな。特に目的もなく、君に電話することなどしないほうがいいからね」


 


「そんなことないでしょう、別に私たちはただの知り合い。特に問題はないと思うのだけれど」


 


「ただの知り合いか……まぁ、そうとも云えるか。ところで、既に彼を処理したのか」


 


「今やっているわ……ん?何故、貴方が知っているのかしら?」


 


「よく、人の部下を処理していていうものだな」


 


「あら、そうなの?」


 


「白を切るか……まぁ、いい。で、何故、彼にしたんだ?」


 


 彼には事実を話してもいいだろう。


 


「そうね、彼は丁度良かったの」


 


「丁度いい?」


 


 彼にはこの意味が分からないのだろう。


 


「そういえば、云ってなかったね。私、とある料理店でシェフをやっているのよ」


 


「何の話だ?」


 


「いいから、私の話を聞いていなさい……最初は普通の料理店として、経営していたの。御客からはなかなか好評のお店でね。まぁ、私って、一時期はヨーロッパのお店で修行していた頃もあったから。ある日、私はふと、思ったの。今、御客に出しているのは、牧場主が丹精込めて生み出した、宝石のような家畜。その家畜を生み出すために、様々なものを使っている。良い物を食べさせてね。そこで、思ったの。その良い物を食べた家畜の肉が美味しいのならば、その肉を食べた人間はどのような味なのだろうかと」


 


「君は、つまり死体の処理が専門なのではなく……」


 


「そう、私は死体の処理ではなく、素材を選定し、料理店に出しているの。まぁ、お店自体、一見様お断りだから、今のところ、問題は無いのだけどね」


 


「そうか、なら、私の妹も」


 


「そう。彼女の卵巣は塩漬けにして、調理したわ。なかなか、好評だったわ」


 


「君は人間を喰う化け物だったのか……」




「人の事云えないでしょう。貴方だって、彼女の脳を食らったのだから。もう私と同類よ」




「そうかもしれないな」




「で、話は戻るけど、二か月ほど前の三月末に御客から要望があってね。内容はこうだった。『20代ほどの若者。中肉中背の男性を食べたい』ってね。だから、あの部屋を貸し出した。勝手に貸し出して悪かったわ」




「まぁ、いいさ。ちゃんと処理したのなら。ところで、その処理、興味がある。見学させてくれないか?」




「あら、いいの?気分を害すると思うのだけれど」




「問題ない」




「そう、じゃあ、あの部屋で待っているわ」




 そして、電話を切った。






 それから、30分したころだろうか。がちゃりとした音が、玄関から鳴り響く。


 予期せぬ来訪。何故、ここの鍵を持っているのだろう。そして、気づいた。彼には彼女がいることに。さて、どうしたものか。正直を云えば、選択肢は一つだ。




「はぁ、一日に二人の処理なんていつぶりかしら」




 私は、音を立てずに、”六畳一間”へと向かった。




「さー君、どこ?」




 彼女は部屋を慌てた足通りで、隣の部屋の扉に手を掛ける。だが、いない。そして、スマートフォンに手を掛けると、誰かに電話しているようだ。私はその時、瞬時に動ける準備をする。恐らく、既に彼女は彼に何かあったことは分かるはずだ。部屋には強烈な鉄臭い香りが漂っているのだから。だが、問題はなかったようだ。なぜなら、彼女が電話を掛けたのは




「もしもし、あの……課の……に用があるのですが?」




 彼なのだから。さて、電話に意識を捕られているうちに、先手を打つ。




「そうですか。ありがとうございました」




 彼女が電話を切った瞬間、私は手に持っていたナイフの柄を彼女の頸筋に叩き、意識を落とす。彼女の体は意識が落ちたため、崩れ落ちる。私は彼女を抱くようにして、包み込む。その時、血抜き用に使っていた黒皮の手袋ははらりと、床に落ちた。今の状況では取れない。取るのは彼女をあの浴室に持って行ってからでいいだろう。


 


 時間は夕刻。アブラゼミは泣き止み、ひぐらしのかなかなかなかな、という音色へと移り変わっていた。


 


End




and




After Higurashi Cried


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