移りゆく現実
キーボードをひたすらに叩く。だからと云って、粗々しく叩いている訳ではなく、必要最低限の力で素早く叩く。画面上にそれは反映され、僕の仮想体は機敏に動いていた。僕が今していること、それはMMORPGである。数日前にリリースされた新作。新手のゲーム会社からリリースされた、それは瞬く間に1万人規模のユーザーを獲得した。ゲーム性はありふれたものだ。広大なフィールドを探索しながらマップを広げていき、モンスターを倒しながら、レアな武器を手に入れたりレベルを上げたり。時には、家を買って、家具を揃えたり、ゲーム内でプレイヤーと結婚したり。そんな、ありふれたものだが、細部まで作り込まれていることや、3Dのグラフィクが現実に近いといえるほど、綺麗であることが、ユーザーが増えた主な理由であると思う。だが、僕に限ってはそういった理由でプレイしている訳ではなかった。つい昨日、とあるサイトに投稿された内容に触発されてプレイしてしまったのだ。
それは、“このゲームで死神のキャラに負けた場合、現実においても死亡する”というものだった。僕は最初聞いたとき、耳を疑ったものだ。そんなこと、PCのゲームにおいて、不可能だからだ。ゆえに僕はそのサイトに書かれた内容を否定するためにこのゲームをプレイすることを決めた。別に死にたいわけではない。僕はゲームが好きであるゆえにそういった嘘の情報でゲームのイメージが悪くなることが嫌だった。
僕は死神と戦闘する前のウォーミングアップで死神の地まで徒歩で進む。目の前に現れるモンスターたちはノーダメージで倒してゆく。
今、僕の目の前には骸骨の剣士が5体ポップする。僕はポップしたと同時に敵の間合いまで詰めると下から上へと剣を斬り上げる。骸骨の剣士からは光のエフェクトが溢れ、後ろへとのけ反る。そのまま、切り口を狙うようにして剣を斬り下ろす。周囲を見回せば、4体の骸骨の剣士たちは、僕に攻撃するべく、剣を振りかぶる動作に移動している。僕は上半身を捻じり、周囲に横払いの一撃を叩き込む。のけ反らせるには程遠く、この場にいれば、瞬きのうちに、僕はダメージを受けることになってしまう。2ステップ程、後退する。敵のモーションは大きいことから、反撃にはちょうどいい。僕は再び、彼らの背のほうへ回り込み、
首筋を横に斬りつけ、落とした。ダメージは大きく、緑色だったHPゲージは瞬く間に赤いゲージへ移り変わり、そして、黒に染まった。つまりは、HP0。その瞬間、一体の骸骨剣士は光が弾けるようにして消滅した。
残りの四体もそう時間はかからず、消滅した。結果的に僕が受けたダメージは0であった。
ウォーミングアップにはちょうど良い相手ではあった。僕は目的地へと足取りを早め、向かった。
廃墟の神殿。それが、死神が出ると呼ばれる地の名称である。名前の通り、石細工の建物は神聖な雰囲気を醸し出す。苔や蔦だけが目に留まる程度で、廃墟と呼ばれるにはいささか、物足りない印象を与えるが、そこはいいとして。僕は建物の中へと足を踏み入れた。
薄暗い空間。それが、この部屋へ入っての印象だった。建物のサイズはおそらく縦横100m程度。死神は巨体なのだろうか。そう思った瞬間に周囲にあった灯篭は火を灯した。蒼い炎が周囲を照らす。そして、気づいたときには僕の正面にはローブを身に纏う何者かが露わになる。背丈は僕と同じ、そして、死神と呼ばれるには似つかわしい両刃の剣を握っていた。表示は赤。つまり、モンスターであることは変わらない。なら、殺れる。
僕は相手の出方など、待たない。敵の攻撃するモーションなど、臨機応変に対応すればいい。僕は指定の構えを取ると、スキルを瞬時に発動させる。“十字斬り”、正面を横払い、切り下げをする技である。スキル能力は“通常攻撃の1.2倍のダメージを与える”。
僕の攻撃を受けることなく、1歩分後退、同じく“十字斬り”を発動させた。受けるわけにはいかない。僕は相手の剣を交え、その反動を使い、後退する。僕は空中を舞う。相手は追撃するべく、間合いを詰める。やや、相手が間合いを詰めるのが、速い。彼の剣は鞘に戻されていることから、これは、抜刀術スキルか。大半の抜刀術スキルは受ければ少なくともHPの半分は削られる。そして、地に足がついたころにはすぐに訪れることだろう。なら、受け止めて、弾くまでだ。僕は重攻撃スキルを放つ。落下攻撃によるダメージ上昇する。相手の頭部目掛け、放ったスキルは致命傷を当てることなく、相手の左腕を斬り落とした。宙に舞う左腕。赤いエフェクトが弾ける。相手のHPバーは4割削りとる。だが、相手の攻撃モーションが終わっていないことに気づく。次の瞬間に相手の抜刀術は僕の腹部目掛け、放たれ直撃した。
HPバーは緑から黄色へと変わり、2割削られた。だが、落下と同時にやや後退したことで、完全な直撃は避けられた。2割で済んだのなら、いい。抜刀術後のモーションは遅くなる。だからこそ、僕はスキルを使うことなく、複数斬りつける。右腕、腹部、肩、右足、左足、15連撃もの攻撃を与え、2割削り取る。残りHPは4割。既にHPバーは黄色からオレンジ色へと変わっている。4割、それは中ボスクラスのモンスターであれば、攻撃モーションが変わる頃である。僕は一度、様子を見るべく、後退する。距離で云うのならば、10m。さて、どう変わるのだろう。
「うぅぅぅぅぅ、うぅぅぅぅぅあぅぅぅっぅぅ」
聞き覚えのある声が、神殿の中に響く。だが、聞き覚えはあるのに、答えが浮かび上がってこない。なぜだ?
「◇―×〇■―■◇◇―〇◇◆▲―■!」
突如、相手の肉体から浮かぶ蒼い模様。そして、突如として、相手は跳躍。一瞬にして、間合いに入る。あの模様、肉体強化か。そして、相手から放たれるものは速く、そして、思い剣だった。僕は躱し、交え、後退し、時にくるスキルを同じスキルで相殺し、致命傷を避ける。攻撃に俊敏性が増したこともあり、反撃の余裕がない。相手はMPC。僕は人間だ。
このままの状態が続けば、僕は確実に殺られる。
僕は、剣を交えたと同時にスキルを発動させる。多重スキルと呼ばれる、スキルを連続して放つ技だ。与えれば、確実にHPを削り取り、倒せるが、失敗すれば、スキルポイントが0になったと同時に硬直状態が時間にして30秒続く、諸刃の剣だ。十字切り、斬り上げ、斬り下げ、突き。次々に繰り出される技に相手は同じスキルにより、相殺してゆく。だが、スキルポイントは相手のほうが続かないはずだ。なぜなら相手は……。脳裏によぎる可能性、もし、これが本当であれば、倒した後、自分はどうなるのだろう。
「はぁ、はぁ……はぁ」
目の前に移るのは消えゆくローブを纏う人型のモンスター。ゆっくりと、着実に消えゆく姿。
モンスターはただ、何も云わず、ただ、口を歪めながら、消えていった。
一瞬、頭部に掛かっていたフードは脱げ、僕は笑った。
あぁ、そうか。これで、謎は解決した。
僕はただ、その時を待つようにして嗤い続けた。
―もう、あれからどれほどの時間が経過したのだろう
―この神殿の地に、訪れるものはいない
―あくまで噂。そんな噂。とっくに流行から遠ざかり、みんな、忘れていることだろう
―だが、云いたい
―こんな噂、確かめることなどしないほうがいい
―死神を倒した先に待つものは自分が死神になるという結末だけだ
―ただのPCゲームというのに意識はゲームから抜け出すことはできず、
ただ、僕を倒してくれるものが現れるのを待つばかり
―僕が現実に戻ったのはサービスが終了した14年後のことだ
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