六畳一間 柊(後編)

 俺は隣の部屋のチャイムを鳴らす。


 すると彼、柴藤は数秒後にドアを開けた。


 「どうされました?」


 「わるいがちょっと入らせてもらうぞ」


 俺は彼の承諾なしに入る。


 「ちょっと勝手に入らないでください。警察呼びますよ」


 「呼べるものなら、呼べばいいさ」


 俺は続ける。


 「どうせ、呼べないだろう。誘拐犯および空き巣をお前は犯しているのだから」


 「何を云っているんですか?」


 俺は六畳一間に入る。入った先には予想通り、彼女、行方不明となった雪野皐がいる。長い黒髪で俺の部屋にいる彼女と瓜二つの少女がいた。叫べないよう口には猿轡が嵌められ、腕と脚は紐で縛られている。制服はやや乱れている。


 「柴藤さんと会ったとき、俺は不思議に思ったんだ。あなたはつい先日に引っ越してきたと云っていた。だが、前回そこに住んでいたの人はつい数日前に引っ越したばかりだった」


 「それがなにか?引っ越したあとすぐ、すぐ入居することは普通なのでは?」


 「あぁ。だが、入居前には一般的に大家がハウスクリーニングをするんだ。前住んでいた人は十年程住んでいた人だった。十年。たとえ、掃除をする人でも通常行き届かない部分はある。ハウスクリーニングだって一日では終わらない。なら、お前はいつ入居したんだろうと思ってな」


 彼は何も云うことなくただ黙っている。


 「ま、ここまでは怪しいと感じただけった。ただ、思ったんだよ。柴藤さん、見たところ、20か

ら25歳、俺と変わらないはずなのに云っていたよな。弟夫婦が着て、姪が服を汚していたと。だが、思ったんだ。服のサイズからして子供と云っても10歳くらいではなく、15から18歳くらいの女子高生の服だなと。」


 「弟夫婦と云っても弟の嫁の連れ子かもしれないのでは?」


 「うーん、それも考えたんだけどなぁ。ふつう自分の血筋でもない子のこと姪っていうかなって。

しかも柴藤さんと大して変わらない年齢の子に」


 「はは、やっぱりもう少し注意するべきでしたね。ただ、貴方は間違ってます。私は空き巣などし

てませんよ。だってここは大家から許可を得て使わせてもらっていますから。まぁ、そんなことどうだっていい。私の邪魔をする人はちゃんと黙らせないといけない。だから、さよなら」


 彼は右ポケットから取り出した刃渡り15センチ程のサバイバルナイフを俺に向けた。そして、ゆっくりとした足取りで迫ってくる。俺は急所をとりあえず隠すような構えをとり、相手の出方を伺う。俺からは攻撃はしない。彼を殺してしまった場合のための正当防衛だ。彼はナイフを俺の頸目掛け、突き刺す。俺は左手で相手のナイフの軌道を逸らし躱す。そのまま、俺は右手を彼の鳩尾に入れようとするが、彼の左手で押えられる。俺は一度後退する。


 「貴方、なかなか、躱すのが上手いですね。そして、反撃も出来る。武道でもされていたんですか?」


 「俺は武道の経験なんてないさ。ただ本能のままに従うだけの猿みたいなものだ」


 「はぁ、そうでしたか。なら、なんとかなりそうです」


 彼は何かを落とした。ただのハンカチか。そう注意した時だった。すでに彼は俺のすぐ目の前まで入ると、ナイフは俺の腹部目掛けて、迫る。俺はすぐに躱し、左手を彼の右手頸、目掛け払う。彼の

持つナイフを落とすためだ。だが、俺の期待通りの展開にはならず、右手頸にはあてられたものの、落とすことは出来なかった。そして、俺はあのとき彼が落としたハンカチに足を滑らせ転倒した。


 「チェックメイトです。このセリフ云ってみたかったんですよね」


 俺の目の前にはナイフの先端が突きつけられていた。ナイフは蛍光灯に照らされ、怪しく光る。


 「悪いがそれはお前だよ」


 「何?」


 俺は右手からスマホを取り出す。スマホには通話中と書かれている。


 「なぁ、聞こえないか、パトカーのサイレン音が」


 パトカーのサイレン音はゆっくりとこちらに近づいてきている。


 「は、何を云っているんだ。ただの偶然だろう。お前が警察を呼べる暇なんて与えていなかっただろう」


 俺は頸を振る。


 「別にお前と話している間に連絡したわけじゃないさ。俺はここに入る前に既に連絡していたんだ。だから、俺はそれまでの時間稼ぎをしていたんだ。都会の癖に15分もかかるなんて警察も何やってんだかって云いたくなるがな」


 「嘘だ!」


 「いいや、嘘じゃない。俺にはお前が誘拐犯だという確証があったからな。まぁ、そうじゃない可能性もあったから、賭けでもあったんだがな」


 「くそっ」


 彼は部屋から出ようとする。


 「逃がさねぇよ」


 俺は彼の右腕を掴んだ時だった。彼は左ポケットから取り出したものを俺の頸筋へ向けた。それが、スタンガンだと気づいた頃には、俺は既に半分、気を失っていた。彼が部屋のドアを開け放ち逃げる瞬間を見たのが、最後であった。




 俺が意識を取り戻していたころにはすべてが終わっていた。警察が来ていたのだ。流石に警察にも説明が不足していたため、事情聴取された。事の顛末を話したものの犯人をとり逃したため、説明が大変であった。しまいには俺まで疑われたのだが、拘束されていた女子高生、雪野皐が説明したためなんとか俺の疑いは晴れた。数日後、警察から、連絡はあったものの、未だに犯人は逃走中とのこと。




 「わぁ、綺麗ですね」


 「あぁ、そうだな」


 目の前には装飾されたモミの木、クリスマスツリーがある。あまりにも鮮やかに彩られていたため、若干眩かった。


 「まさか、こんなクリスマスになってしまうとはな」


 「そうですね」


 ちなみに彼女にも事情は話している。そして、


 「お前の親について何だがな」


 「はい?」


 「もう、探すのはやめた。これからは俺のところで住んで構わない」


 彼女はきょとんとしている。確かに無理もないだろう。俺は最初、彼女の親を探し、家に帰らせようとしていたのだから。だが、彼女が何で当たるかもう既に気づいてしまった今、探すことは無意味に近いことだ。


 「お前は俺が呼んだようなものなんだから、だからこのまま……」


 「えぇ、住まわせてもらいます」


 「あぁ、これからもよろしくな、でさ、俺、お前の事なんて呼べばいいんだ?」


 「そうですよね……。じゃあ、黄原唯と呼んでください」


 「あぁ、分かった。っておい、苗字がなんで黄原なんだよ!」


 「別にいいではないですか。お父さん」


 去年、俺の彼女だった弥生のお腹には子供がいた。俺と弥生の子。俺は彼女と結婚する予定だった。だが、未だ捕まらない殺人鬼により、殺害されたのだ。だから、思ったのだ。彼女が、俺に少し早いクリスマスプレゼントを与えたのだと。


 俺は夜空を見上げる。ゆっくりと舞い散る雪の結晶。あぁ、今年はホワイトクリスマスか。



ー---------------ー了ー-------------ー----


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