六畳一間 柊(中編)

「んぅ~ん、美味しいぃ。美味しいです!」


 彼女は美味しそうにすき焼きの牛肉に食らいつく。正直、箸の使い方に戸惑っているようだったの

で、フォークを持ってきた。正直なところ、食い方は汚いが、それ程にお腹を空かせていたのだろう。


 「それは良かった。で、大丈夫か?」


 「ん、だいひょうぶぅだよ」


 「口の中の物を処理してから話してくれ、中が見える」


 「んぅ……ふぅ。正直に云いますと私って本当に人間なのかなって思ったりするんですよね」


 「なんだそれ?」


 「さっきも云ったと思うけどさ、お父さんに話しかけてもらう前の記憶がそもそもないんだよね」


 「はぁ。って、俺はお前のお父さんじゃないし。お前のような大きい娘持ったら俺、幾つの時の子

だよ」


 「ま、そのあたりはいいじゃないですか。私の親がいないのであれば、ずっと一緒に入れるんです

し」


 「いやだ。俺はまだ……」


 「まだ?」 


 「それ以上は云わない」


 「あ、わかっちゃった」


 彼女の視線はゆっくりと俺の下へ。


 「いや、それに関しては経験ありますけど」


 「えぇ、ばっちぃ」


 「思春期の娘みたいなこと云うな」 


 「にしても、ここって遊べるものないんだね」


 「まぁな」


 「休日はどうしているの?」


 「え、寝てますけど」


  えぇ、と彼女に引かれる。


 「いや、最近残業ばっかで疲れてるんだよ」


 「ふぅん」


 「まぁ、たしかクローゼットの中にトランプくらいはあったと思うが」


 どん、と彼女はテーブルを叩く。彼女の眼には好奇心の塊、云わば無邪気な子供のような感情が伺える。


 「とらんぷ!」


 「行儀悪い」 


 「ごめんなさい」


 「じゃあ、飯終わった後にでも、やるか」


 「やった」


 そこまで喜ぶ女子高生(?)いるのだろうか。彼女の云っていた”人間ではない”が妙に引っかかっていた。




 トランプなんていつぶりだろうか。確か前は半年前だっただろうか。同級生を読んでタコパやってた時に遊んだきりだ。現在はテキサスホールデムポーカーをやっている。ルールとしてはプレイヤーに二枚ずつカードを配り、フィールドには5枚裏にしたカードを配置する。配られた二枚を見て、他プレイヤーに勝利できる役が作れる可能性があれば、チップを掛ける。可能性が低ければ、チップを掛けることをせず、降りることもできる。順番に全員の判断を決定させていき、全員のかけ金(チップの額)が決れば、フィールドに置かれた5枚のカードの三枚を表にする。それ以降流れは、チップを掛ける→フィールドのカードを一枚表にする、を最後の一枚が表になるまで繰り返す。フィールドの5枚が表になったとき、手札を相手に見せ、役を宣言する。最も強い役が出来れば勝ちとなり、チップを全て手に入れることが出来る。チップの枚数はゲーム開始時に決まっており、今回は5000pとした。このチップをすべて失った場合、そこでゲームは負けとなる。


 で現在はと云うと、


 「コールです!」


 と叫ぶ彼女。それに対し、俺は


 「レイズ」


 「うぅ、ベットです!」


 六戦目となったポーカーは現時点で俺が8000p、彼女が2000pだ。彼女は正直云うと心理

戦に弱いのか、俺が常にベットし続けていることを気にすることなく上げ、最終的に俺がオールインを制限すると彼女は自信を無くし、降りる。その流れが六戦続いているのだ。


 「降ります」


 彼女は頬を膨らませ、不満そうにしている。


 「絶対にイカサマをしています!」


 「悪いがそんなことしていないぞ。なんなら、カードを切るのはお前がやってもいいぞ」


 「なら、そうさせていただきます!今度は騙されませんよ!」


 実際、俺は六戦とも役など出来てもいないにもかかわらず、上げているというイカサマなんてせずとも勝ててしまっているだけなのだが。


 そろそろ、つまらないな。俺は種明かしをするため、あえて、今回は上げずに最後を迎える。


 手持ちのカードはハートの2、クローバーの5。フィールドにあるのは、ハートのエース、スペードのキング、スペードの7、クローバーのジャック。さて、彼女はどう動くか。


 「コールだ」


 「レイズ1200です!」


 お、上げてきたな。


 「ベットだ」


 俺、彼女はお互い手札を見せる。彼女のカードはクローバーのエース、ダイヤのエース。最後の一枚を表にする。カードはスペードのエース。


 つまり、


「フォーカードです、私の勝ちですね!ニヒッ!」


「やっとな」


「意地悪な云い方しないでください!」


「俺が種明かしするまで勝てなかったじゃないか」


「種明かし……?」


「俺はこれまでただ、上げ続けてただけだ」


「そんなのずるいです!最低です!正々堂々勝負してくださいよ!」


「このゲームのルールないだろ。それにここまで気づかないの滅多にいないぞ」


「なっ、私のこと、馬鹿にしましたね、許しません!」


その後、12戦続き、18戦目にして、俺のチップは底をついた。彼女が楽しそうにしているのだから、結果オーライとも云える。彼女の笑顔があまりにももう、会うことのできない”彼女”の笑顔にそっくりだったなんて云えない。




12月21日


 俺は残業4時間程でして帰ってきた。俺は鍵を開け、ドアを開いた時だった。隣の部屋のドアが開いた。あれっ、確か隣は……


 「こんばんは」


 「え、ええこんばんは。あれ、最近引っ越してきたんですか?」


 「あ、はい。つい、数日前に引っ越してきた柴藤と申します。挨拶にお伺いできず、申し訳ありま

せん」


 「あ、いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」


 彼は整えられたすっきりとした髪型で灰色のスーツだ。爽やかさのある口調だった。


 「柴藤さん、これからごみ捨てですか?」


 「えぇ、そうです」


 指定のごみ袋には、幾つかの弁当トレイと、箸。それから、女性もののワンピースが入っている。


 「あ、これですか。これは、つい数日前に弟夫婦に引っ越しを手伝ってもらったときに、姪が服を

汚してしまったということで、置いていったんですよね」


 「へぇ、そうなんですね」


 よく見ると、赤黒いシミが出来ている。醤油だろうか。にしても、シミくらいで服を捨てるなんて

よほど裕福な家庭なのだろう。


 俺はお辞儀をすると、自室に入った。


 「がう」


 「痛でっ」


 俺は痛みのある右腕を見る。彼女が俺の腕を噛んでいた。


 「お前は犬か」


 「夕ご飯、お腹へったよぅ」


 「確かに九時過ぎだしな」


 「昼ご飯とおやつは用意してくれていたのに」


 「お前に任せて火災を起こさせたくもなかったしな。ん?おやつ?」


 満面の笑みで頷いている。


 「綺麗な包装紙に包まれたお饅頭」


 とりあえず、彼女の頭部目掛け、小突く。


 「痛っ」


 「それはおやつじゃねえ、先日、隣の人が引っ越すことになったからって貰ったんだよ。よく仲良

くしてたからな」


 「へぇ」


 どうでもよさそうな顔しているな。


 そんなことはもうどうだっていい。とりあえず、飯を作ろう。今日は鮭ときのこのホイル焼きにするか。




12月23日


 今日は土曜日。彼女と一日中、ゲームで遊んでいた。彼女を外で遊ばせてもいいのだが、記憶がない以上、正直不安要素が多すぎる。金曜の内に家庭用ゲーム機とプロジェクター、あと幾つかゲームソフトを購入しておいた。本来であれば、親を探すことが重要なのだが、彼女が云う”人間ではない”というのも引っかかるため、保留にしてしまっていた。


 今、彼女は一人で遊べるソフトで遊んでいる。スマートフォンのニュースを見る。真夜中の連続殺人事件、自殺橋での事故。どれもが付近で起こっていることなのだが、彼女に関わる記事は見つからない。警察のホームページで捜索願のHPを見た時だった。


 「あった」


 制服を着た彼女とも思われる写真だ。名前は……雪野皐か。高校はここから15分ほどと近辺だ。彼女で間違いないだろう。


 「何見てるの?」


 俺はスリープさせ、ポケットの中に入れる。


 「何も見てねぇよ」


 「うわ、その反応、えっちなのだ」


 「悪いがそんなものを見ていないし、反応だってしていない。反応しているように見えるか?」


 「あの、女の子に下の話はちょっと」


 「お前からしたんだろ」

 



 12月24日 未明


 深夜。俺にしては珍しく、目が覚めた。急に用を足したくなったため、ベットから起き上がる。やけに閑散としている。近くは国道が通るため、普段は車の音がこの辺りまで響いてくるというのに。


 「ん?」


 俺は何か踏んだような感覚があった気がした。だが、足元には何もない。ただ、水滴が落ちている。それは一つではなくぽつり、ぽつりといくつもあった。


 俺はそれがきになり、それを辿っていく。そして、気が付いた。この先にあるのは風呂場だ。


 俺は浴室のドアを恐る恐る開く。何もいないはずなのだ。だから、調べる必要なんてないのに意識とは裏腹に行動している自分がいる。


 ゆっくりと開けたドアの先には何もなかった。急に背筋から大量の汗が沸き上がる。手汗もひどく、呼吸も荒くなっている。落ち着け、何もなかったんだ、だから。俺は一呼吸すると落ち着いた。だから、安心してしまった。


 だが、


 「うぅぅぅぅぅぅぅ」


 「えっ?」


 今のは……女性の悲鳴か。


 「……た……す……け……て」


 今回ははっきりと聞えた。”たすけて”と。


 瞼を開く目の前には先程まで何もなかった浴室に女性が現れた。腰まで伸びた黒い髪で女性の顔は見えない。だが、全身が焼けただれ、服も皮膚と癒着している。


そんな女性が右腕を俺のほうへ向ける。皮膚が、肉がゆっくり捲れ、下に落下した。


 「た……す……け……て」


 「おい、だれなんだお前」


 「た……す……け……て」


 ゆっくりとこちらへと歩き出す。


 「おい、教えろ。お前は誰だ!」


 俺は反応のない目の前のモノから逃げるように六畳一間へと逃げる。


 「なんで……って」


 逃げた先には腕が千切れた少年。頭巾を被った幼い少女、軍服を着た少年。俺を囲う無数の者たちはみな同じ方向を向いている。そして云う。


「たすけて」「たすけて」「た……す……け……て」「タスケテ」「たすけて」「たすけて」「たすけて」「たすけて」「たすけて」「たすけて」「たすけて」


「もうやめてくれ!」

 



 あれは夢だったのか。俺は気が付くとベットで彼女と寝ていた。彼女はすぅと寝息をしながら安らかに眠っている。


 「なんだったんだ」


 あれは死者だ。あの世のモノたちはみな現代に生きていた者たちの恰好ではなかった。


 そして彼らはみな同じことを云っていた、訴えていたのだ。今まで、ここでこのようなことはなかった。なら、これが悪夢なのではなく、死者からのメッセージなのだとしたら?


 もし、死者からのメッセージなのだとしたら、なぜ、俺に対して訴えたのか。俺に関わることだからか。あの世のモノたちの事を思い出す。浴室には焼けただれた女。部屋には腕が千切れた少年。頭巾を被った幼い少女、軍服を着た少年。こんなの思い出しても意味がない。なら、あの世のモノたちの位置か。みなさしていた方向は隣だ。そして、思い出す。


 ”隣の家のドアの目の前、そこには、扉をただ眺める少女がいた。見たところ、十五歳くらいだろうか。長い黒髪で顔こそ見えないが、身長的にそうだろうと思った。冬とは思えない、半袖の純白のワンピースを着ている。”


 『あ、はい。つい、数日前に引っ越してきた柴藤と申します。挨拶にお伺いできず、申し訳ありません』


 『あ、これですか。これは、つい数日前に弟夫婦に引っ越しを手伝ってもらったときに、姪が服を汚してしまったということで、置いていったんですよね』


 『それはおやつじゃねえ、先日、隣の人が引っ越すことになったからって貰ったんだよ。よく仲良くしてたからな』


 『たすけて』


 そして、すべてのピースは繋がった。


 「行ってくるぞ」


 「んんう、行ってらっしゃぃ」


 寝言で応援された。


 俺は玄関のドアを開け、隣の部屋へと向かった。

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