六畳一間 柊(前編)

12月18日


 俺は7時間という長時間残業を休憩なしで乗り切った。流石に肉体も精神も疲れ果て、ふぅと一息ついた。咄嗟に口から零れだしそうな愚痴を押さえる。あの糞野郎の顔が一瞬脳裏にちらつかせるが、すぐに振り払う。そう、今回の残業は予定していないものだ。糞野郎、ではなく、うちの課長は二週間前の会議で取り決められた追加業務内容を締め切り四日まで放置していた。正確には会議後から年休をとり続けてたのだ。たしか理由は海外旅行だったか。行く前に俺たちに電話でもすればいいことなのにすることなくそのまま、旅行へ。結果がこれだ。まぁ、課員の業務効率がかなり良かったため、期日には間に合ったが。俺は身支度を整え、帰宅することにした。さて、夜食はどうするかな。近くには牛丼がある。値段も手頃で24時間営業。よし、牛丼にしようか。


 オフィスから出ると、強い風が吹いていた。乾燥した冷たい風が、覆っていない顔や腕に当たり、ずきりと痛んだ。かなり冷え込んでいるな。ニュースでは今日が今年一の寒さにもなると云っていたな。


 駅の方向に牛丼屋はある。そして、帰路としても電車で二駅したところなので丁度良い。駅に近づくにつれ、木々はイルミネーションにより輝いている。クリスマスまであと数日。俺にとって今年のクリスマスは瞬く間に過ぎ去っていくだろう。


 去年は永い夜だった。今でも”彼女”との時間は忘れられない、忘れることなんてできない。




 俺は夜食を済ませ、駅で二駅の自宅に帰った。俺の住んでいる辺りは住宅街が多いが、その割にコンビニエンスストアや薬局が一つもないところだ。正直不便でもあるが、アパートが安いのだから背負うがない。家賃は二万五千円。格安だ。それでいて、事故物件ではないのだから、不思議なところだ。お陰で財布の中はとても暖かいのだから、少しの不便など許容してしまう。鍵を開錠するとドアを開く。鈍い金属音が鳴り響く。靴を脱ぎ、六畳一間の部屋へと入る。部屋にあるのはベット、テーブル、そして、ノートPC。テレビは見ないため、買わなかった。ほとんどはクローゼットに入っている。云い方を変えるならば、クローゼットに入る程、物は少ない。


 俺は服を籠に投げ捨て、シャワーを浴びる。暖かな温水がとても気持ち良かった。すぐに眠気に襲われたため、数分で上がると、髪を不完全に乾かした状態でベットに身を投げ、意識を委ねた。




 『はぁ、はぁ、はぁ……』


  気がつくと俺の眼の前には女がいた。一目でわかる程、綺麗な顔立ち、腰まで長く切り揃えられた黒い髪。そんな美女は裸体を俺の前で晒し、肉体を密着させている。彼女の艶のある唇は俺の唇へと吸い込まれるように触れた。柔らかいの一言に尽きた。数秒の間、そうしていると俺は勢いで彼女の唇の向こう側へと入ろうをした。彼女の表情は変わらない。むしろ嫌がることなく這わせていっていた。這わせるごとにねっとりとした触感と痺れる感覚が伝達されてくる。甘く、懐かしさを感じた。


 俺は唇を放すと手をそっと彼女の乳房に添える。綺麗で魅力的な形をした乳房、桜のように染められた先端。次へ次へと急かす衝動を抑える。ゆっくりと添えた手を弧を描くように動かす。柔らかな弾力を余すことなく味わう。


 『もっと……好きにしていいんだよ……』


 彼女の誘惑に理性は溶け、消えた。既に体内の血液は沸騰し、一か所に集中していた。


 彼女は俺の”もの”を見てもなお、委縮することはなかった。


 『じゃあ、挿れるぞ』


 『うん……』


 彼女の返事を訊き終えると、俺はゆっくりと”もの”を彼女の”もの”へと挿れてゆく。なかなか、うまく入ってはいかない。だが、焦らずゆっくりとゆくっりと……そして、すべてを挿れ終えた。彼女の締め付けは強く、俺自身、我慢するのがやっとだ。俺は動かない。彼女の事を考えて、まだ動いてはいけない気がするのだ。


 『大丈夫か?』


 『うん……だいじょうぶ……だよ……だから、動いていいんだよ』


 なら、と思いゆっくりと腰を前後に動かす。最初程彼女の表情は痛みを感じているような表情であったが彼女の”もの”が濡れてきたこともあり、今では激しい運動となっていた。


 『はぁ……はぁ……』


 『んぅ……はぁ……』


 俺の腰もそろそろ疲れてきている。だから、俺と彼女の位置を変え、彼女を上にした。俺の上に騎乗した彼女は月夜の光に上半身が綺麗に照らされている。


 『綺麗だよ』


 『……ばか』


 俺は照らされた彼女を眺める。彼女はあまりにも綺麗で……衝動に任せ、乳房の先端を吸った。




12月19日 PM5:30


 業務を終え、帰宅の準備をする。今日は昨日のような急ぎの業務は無く、通常業務で済んだ。さて、今日は外食なんてせず、家で夕食を作ろう。そのためには、スーパーで買い出しをしなくては。確か、冷蔵庫には卵が数個とサラダの袋が二袋。そもそも、今日の夕食は何を作るか。季節的には鍋物がいいな。うーん。卵があるからな。すき焼きにするか。


 俺は駅に近いスーパーに行った。ここは駅の周辺ではほとんどの品物が、最安値となっている家計に優しいお店なのだ。一か月に一回、タイムセールで破格の値段にもしてくれるし、週一で野菜のつめ放題もしている。それゆえに、常に客で多い店だが、今の時間を考えればそこまでいないだろう。


 すき焼きに必要な食材と来週一週間分の食材をまとめて買う。大のレジ袋二袋分にもなった。これから電車となるとちょっと買いすぎたかもしれない。だが、気づくのは買ってから。仕方ない。




 ようやく、家に着いた。あまりにも両手のレジ袋が重すぎて腕が千切れそうだった。鍵を開けるとき、ふと気になったことがあった。隣の家のドアの目の前、そこには、扉をただ眺める少女がいた。


 見たところ、十五歳くらいだろうか。長い黒髪で顔こそ見えないが、身長的にそうだろうと思った。冬とは思えない、半袖の純白のワンピースを着ている。一瞬脳裏に昨日の夢を思い出すがすぐに振り払った。俺はそんな彼女に無意識に話しかけていた。

 

「あの君、どうしたの?」

 

 だが、彼女は反応がない。もしかしたら、俺が話しかけていることに気づいていないのかもしれない。だから、近づき、話しかける。肩をそっと触れる。人間とは思えないほど、冷えていた。若干、肌も蒼ざめているようにも見える。


 「おい、大丈夫か?」


 「ふぇ?」


 彼女は驚いたようで俺から、素早く遠ざかる。


 「いきなり、話しかけてすまない。ただ、ずっと突っ立ているようだったし、寒そうな格好もしていたから気になったんだ」


 「あの、何方さまで?」


 「黄原だ」


 「キハラ?」


 彼女は頸を傾げている。漢字が分からないのかもしれない。


 「黄色に原っぱだ」


 「あ、はい」


 「で、君は?」


 「はい?」


 またも、首を傾げている。


 「君の名だよ」


 「私の……名前……」


 「云いたくないのか?」


 「いえ、そんなことないです。ただ……」


 「ただ?」


 「覚えていないんです」


 「どういうことだ?」 


 「その、何も覚えてないんです」 


 つまり、


 「記憶喪失か。じゃあ、警察行こうか。捜索願とかすでに出ているかもしれないし」


 「それだけはやめてください」


 「え、なんで?」


 「私を探してくれる方なんていないです……親、いないです。」


 「親がいないか……」


 「私は今生まれてきたようなものだと思います」


 「は?」


 「その、寒いので入れてもらえませんか?」


 「あ、そうだな」


  確かにそうだ。法律上、誘拐になりかねないが仕方ないと思い、鍵を開いた。

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