スペシャリテ

 ふぅと一息をつく。オレは今、都会のオフィスでパソコンと向かい合い仕事をしている。時間が気になり、パソコンの右下を注視する。5時半。既に残業に入っている。少しくらい休もう。オレはオフィスから離れ、喫煙室に向かう。最近は国ぐるみで喫煙を悪としている。正直、喫煙場所が減っているため、オレとしては辛いところだ。まぁ、それもオレたちが正規の喫煙所以外で吸ったために起こったこと、云わば自業自得。


 喫煙室のドアを開く。既に先客がいたようだ。


「お疲れ様です。先輩」


「おお、お疲れ。休憩かい?」


 二年前に同じ業務をしていた三年先輩の方だ。仕事を短期間で処理するため、今では規模の大きいプロジェクトに携わっていると聞いている。今はフロアが異なるため、喫煙室でしか出会えない存在となっている。


「ええ。ただオレはもう大体片付けたんでそろそろあがります」


「そうか、俺もそうなんだ。久しぶりに食いに行かないか?おごってやるから」


「おごりは遠慮させていただきますが。そうですね……いいですよ」


「分かった。じゃあ、6時に玄関前な」


「了解です」


 そして、先輩は喫煙室から出て云った。オレは電子タバコを口にくわえる。


 右ポケットからスマホを取り出す。上部の表示画面にはニュースが数々出てくる。芸能界の不倫騒動から、国会議員の汚職まで。いつも通りだ。ふと、目につくものはあった。5歳児の行方不明事件だ。あれから、5日ほどたっている。聞いている限り、親の不注意から起きてしまったことだ。オレの予想では既に死んでいるだろう。側溝あたりか。最近は結構物騒になってきている。殺人事件が数件。行方不明はここ数日で6件、全て子供だ。つい先日は2か月前から行方不明だった少年の遺骨が見つかった。奇妙な話だ。骨になる期間が早すぎる。ま、オレには関係のない話だが。


 オレは先輩の云ったとおり、6時にあがり、玄関に行った。玄関は外の職員と帰りの時間が重なったこともあり、人通りが多い。


「おお、丁度だったな」


 オレのほうに手を振る先輩。手なんかふらなくたって分かるのに。


「はい、先輩もですか」


「あぁ。じゃあ、いくか」


「今日は何処に行くんですか?」


「最近できたお店だ。予約制の店で当日予約は難しいんだが、電話したら空いているとのことだったから、そこに行こうと思っている。」


「分かりました」


 オレは店の場所を知らないので先輩の歩を追うことにした。


「最近はどうだ?」


「順調ですよ。ただ、最近は飲み会とか出来なくて残念ではありますが」


「後輩はどうだ?」


「後輩はテレワークにしてから全然です。課長とはつい先日、リモートワークをやったと聞きましたが。後輩はなんだか、そこから連絡が途絶えててですね。ちゃんとリリースまでには間に合わせる気ではあるようでデータだけ送られてきているんですけどね」


「そうか。もしかしたら、課長となにかあったのかもな」


「確かに。今の課長、常に黒革の手袋つけてて、不気味ですからね。」


「だな、あの人とはプロジェクトで何度か組んでいるんだが、仕事はするが行動や感情が読めくて大変だった」


「先輩のほうはどうなんですか?」


 すると、先輩は腕を組む。


「うーん、どうか、か。一時期は大変だった。規模が大きいいからな。想定では100万人のプレイヤー、そして、開拓し終えたMMORPGの新作。作るのは簡単だが、ありふれたゲームはプレイヤーは求めていないうえ、俺はサービスが長続きなんてしないと思っている。だから、俺なりに色々と考えた。そして、思ったのはPKを推奨させ、特殊ドロップもするよう手を加えること。あとはレベル制を撤廃し、熟練度性とすることだ。簡単に言えば、通常レベルで上がるステータスを失くして、使った技術やステータスが上がる、昔流行した、自由なRPGを現代の技術で改良することだ」


「PK推奨。バトルロワイヤルですか。そうなると、大規模ボス討伐とか混乱しませんか」


「そうだな、そこらへんは困りものだな」


「あとは考えているんですか?」


「そうだな、後は実際にやってくれ」


「云うと思いましたよ」


「だろ。さて、着くぞ」




「ここですか?」


「あぁ。店こそ新しさは感じない。だが、ちゃんと新しくできたお店で希少な材料も扱っている。酒が進むだろう?」


「えぇ。確かに」


 店は何処にでもあるような古臭さを感じる。暖簾を潜り、店内に入った。

 物静かで白を基調にした空間。雰囲気は悪くない。座敷はなく、どちらかと云うと洋食店だ。外と中の雰囲気は全く別であった。


「俺たちが最初の客だったようだな」


「そうみたいですね」


 「いらっしゃいませ」と云って、席に案内する女性店員。そして、水、おしぼり、御品書きが各々に渡される。オレは御品書きを開く。そして、先輩に聞いた。


「ここ、高いんじゃないですか?」


「そんなことは無い。ただ、値段が均一なんだ。」


「そうでしたか。ちなみにいくらですか?」


「コース料理が5000円、一品料理は1000円、酒は500円。」


「思ったより……」


「安いだろ?」


「えぇ。そうですね。お酒が特に。」


 オレはとりあえず、御品書きに戻る。洋食から中華に和食何でもある。うーん。


「先輩は決まりましたか?」


「あぁ。」


「ちなみにおすすめとかありますか?」


「コース料理だな。値段が少し高い分、酒は飲み放題、十分料理も楽しめていい」


「そうですか。ではコースにします」


「そうか」


 店員がオレたちに気づき、向かってくる。先輩はコースを二つ頼んだ。

 それから、オレたちは場に応じ話さなかった。五分くらいだろうか、前菜と赤ワインは目の前に置かれた。前菜はサーモンのタルタル。刻んだサーモンは小さなホールケーキのように盛り付けれ、上には苺ではなく、キャビアが乗っている。また、こんがりと焼かれたラスクが二枚ほど添えられている。オレはスプーンで掬い口に入れる。シャキシャキとした食感。きゅうりだろうか。サーモンは思っていたより脂っこくなくむしろさっぱりしている。塩味が丁度良く、またレモンによる酸味や香りがサーモンとよく合っていて旨かった。ラスクに着ける。キャビアもつけてみよう。香ばしい。食感が変化し、様々な食べ方が出来る。食べていて楽しい料理だ。期待以上。むしろ、次への期待は上がった。


「うまいだろう」


 先輩はドヤ顔に近い表情で話していた。別に先輩が作ったわけではないのに。


「えぇ。旨いですよ」


「本当にうまいのはここからだ。ここからは中毒性があるからな」


 え、中毒性?


 次に目の前に置かれたのは、野菜がごつごつと入ったコンソメスープだった。正直、料理自体は家で出されるコンソメスープと何ら変わりなかった。オレはスプーンを持ち、琥珀色のスープを掬い口に運んだ。じっくりと野菜が煮込まれているため、スープは野菜の優しい甘味、そして丁度良いソーセージの香辛料のスパイシーな辛味、塩味がゆっくりと体全体に染みわたってゆく。優しい、その一言に尽きるだろう。先輩は女性の定員を呼び、訊いた。


「今日のスープはいつもよりうまいな。ソーセージはいつ仕入れたモノを使っているんだ?」


 先輩は不思議、むしろ奇妙なことを云っていた。


「五日ほど前に仕入れたモノを使っております」


「そうか、年モノは?」


「5年くらいでしょうね」


「若いモノを使っているんだな」


「年を取ると、臭みもあり、調理に苦労しますから」


「たしかにそうだ。ありがとう」


 そして、女性店員は立ち去った。


「先輩どうしたんですか?」


「どうしたというのは?」


「先輩が定員さんに聞いていた内容が不思議だったので」


「あまり気にすることでは無いよ。ここ、自家製のソーセージを使っていてね。いつ仕入れた材料を使っているのか、ちょっと気になったんだ」


「自家製だったんですね。とても、香辛料が効いていて旨かったです。売っているのであれば、買いたいぐらいです」


「売るってことは無いな。材料の仕入れが難しいだろうしな」


 ん、材料?作るのではなく、材料。もしかしたら、希少な香辛料や高級な肉を使用しているのかもしれないな。




 次に出されたのはメインとなる、ステーキのフォアグラ添え。300g程の肉の上にはフォアグラ、そして、ソースがかけられていた。皿が芸術的なアートとなっていた。食べるのが勿体ないとも思った。先輩は既に口にしている。オレはフォークを使い、一口大にステーキを切ると、フォークで口に運ぶ。厚い肉の割に、柔らかく、臭みがない。岩塩の塩味、そして、バルサミコソース独特の蒲萄の甘味と酸味が絶妙だった。そう云えば、この肉、牛よりは脂身が少しある、豚のような牛のような。オレ、こんなに肉の区別が分からないのは初めてだった。

 その後はデザートを一瞬で平らげ、最後にワインをお代わりする。結果、4杯くらいか。


「先輩、旨かったです」 


「そうか、この店を教えて良かった。さっきの女性店員がすべて作ったいるんだ。彼女のこのコースはスペシャリテ(特別料理)なんだ」


「特にメインのステーキ、今まで食べてきた中で、一番かもしれないです」


「癖がないからな。どんな味付けをしても、問題ないからな」


「よほど、高価な牛肉なんですね」


 すると、先輩の表情は険しくなる。オレ、何か云ったかな。


「何を云っているんだ。これは牛なんかよりも貴重なものだぞ」


「え」


「まぁ、いい。それよりも、どうだ?自分がカニバリズムになった気分は?」


 え、ナニヲイッテイルンダ?カニバリズム?


「カニバリズムってなんですか?」


「そこからの説明か。カニバリズムっていうのは……」


 オレの体内温度は急激に落ち、冷え切った。時が長く感じられる。




「食人のことだよ」


 




”「今日のスープはいつもよりうまいな。ソーセージはいつ仕入れたモノを使っているんだ?」


 先輩は不思議、むしろ奇妙なことを云っていた。


 「五日ほど前に仕入れたモノを使っております」


 「そうか、年モノは?」


 「5年くらいでしょうね」


 「若いモノを使っているんだな」


 「年を取ると、臭みもあり、調理に苦労しますから」”


 この会話の意味はようやく分かるようになった。そして、最近の行方不明者、若い子供ばかりが行方不明になる理由が。そして、オレが食べたのは5日ほど前に行方不明になり、いまだに分からずにいる五歳の少年。そして、側溝にをおちたのではなく、この店に運ばれ、調理された。そして、オレの体の血肉となった。


 そう考えた途端、オレの心臓の音がいつもより激しく鳴り響ている。そして、今一番オレが求めているのは、また、喰いたいという、食欲だけだった。


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