六畳一間

Shirousagi

六畳一間

 オレは東北から東京に上京してから、三か月の新米の会社員だ。会社員と云っても、数多の職業があると思うが、ゲームクリエイターをやっている。最近は在宅ワークが極々当たり前の時代になり、オレ自身も六畳一間の築42年の古い建物に住んでいる。ゲームクリエイターと云えどもフリーでは無いので大した給料でもない。だからこそ、この家に住んでいるのだが、思ったほど内装に古臭さは感じず、またよくある和室も無かった。トイレも最新のウォシュレット付きの洋式。これで駅近とは思えない3万5000円なのだから正直疑ってしまう。

 オレはコップに沸かしたお湯を注ぎ、インスタントコーヒーを作り、作業場であるPCデスクの椅子に腰を掛ける。今日の午後からは上司とのリモート会議、そのため部屋は普段よりも入念に隅々まで掃除した。上司である課長は自分と同じ4月から移動してきた人だ。上司とは三度ほどあったが、それから自分はテレワークにしたためそこまで知らない。だからこそ緊張はするし、交流を深める機会だ。

 午後になり、Zoomを起動し指定されたコードを打ち込んで入室した。

 既に上司は入室していたようだ。上司は黒のスーツに青と白のチェックのネクタイ、そして黒皮の手袋をつけていた。暑そうだな、と思った。

 

「すみません、遅くなりました」


「そんなことは無い。むしろ私が早すぎただけだ。」

 

 と云って、上司である彼は早速会議に移った。

 現在の進捗状況から、今後の予定、また新機能の搭載についても話した。会議開始から30分ぐらい経過したところだろうか、予定した内容を話し終えたため、雑談に入ったところだった。


「にしても、君の部屋は綺麗にしているようだね」


「そんなことないですよ、見えるところだけを片付けしています」


「そうとは思えないな。今まで他の社員とも会議をしていたが真面目に片づけをし

ていたのは両手に収まるくらいだ。中田くんなんて部屋どころか寝ぐせに髭含めてあまり見ていて嫌だったよ」


「彼は社内のデスクも整理されてませんからね」


「ははは、そうだな。にしても君の部屋の壁紙の色は気になるがな」


「あ、これですか」


オレは後ろを振り返る。壁紙は赤黒く染まっている。まるで血で染め上げたようだった。ただ、その壁だけではなく天井から床、つまり部屋全体がそうなのだ。


「すこし不気味だな」


「自分もそう思います。ですが、借りた当時からこの色なもので好きに返ることは出来ないんですよ」


「そうか、でもほかにも家なんて幾らでもあるだろう、なぜそこにしたんだ?」


「他は10万台がざらですから。此処みたいに3万5000円の部屋を探すなんて簡単じゃないです」


「その部屋はどうやって借りたんだ?」


 不思議な質問だな。


「不動産屋で安くて、駅近って頼んだらここを勧めれたんです」


「勧めたか……。君は××駅から徒歩五分のとこだったかな?」

 

「ええ、そうです。あれ?前話してましたっけ?」


「何言ってるんだい?君、前の親睦会で云ったじゃないか」


「そうでしたっけ」


 ん?親睦会?


「初任給では色々と大変だろう?私も買いたいものを買うのに大変だったよ。あの当時は……。娘ももう20歳、君と同じくらいだ。美人で出るところは出ている。どうだ?今なら我が家もつけてやるが」


「娘さんのこと安売りしちゃだめですよ。娘さんだって好きな人と結婚したいだろうですし」


「君になら渡してもいいと思ったのだがね」


 次々に話は変わってゆく。


「さっきから私の右手を見ているようだけどどうしたんだい?」


「手袋をしていて熱くないのかと思いまして……」


「確かに暑いな。まぁ、君にだけ教えてあげるけどね小さい頃に火傷したんだよ。母が揚げ物をやっているのに、目の前で遊んでいた。その時に母にぶつかり、油を右手だけ被ってしまった。まぁ、そんな、エピソードがあるから恥ずかしくて隠してたんだ」


「そうだったんですね」


 そんな雑談を終えた時だった。急に彼の声にノイズがかかる。電波状況を確認した

が五本ちゃんとある。うーん。


「……とういことでよろしく頼む」


 最後のほう、上手く聞き取れなかったな。ただ、ノイズが掛かるとき僅かに申し訳ないともとれる表情から何が云いたかったのかは分からなくもないか。なにせ、このゲームはあと一か月でリリースというのに当初から予定していなかった機能を搭載するのだ。上司もそれを気にしているのだろう。




 二日後の土曜日に彼女は訪れた。当初は外でゆっくりと喫茶店などでくつろぐ予定だったが、今回の搭載の件で忙しくなったということもあり、中止にする予定だった。しかし、彼女が部屋で過ごすのも良いということで、一息ついたら来てくれる予定だった。


「おつかれさま」


 彼女はインスタントコーヒを持ってきたくれた。オレはコーヒを啜る。苦みが強いがそれよりもコーヒーの風味がインスタントのわりに強い。10代後半から飲み始めたが、最初は苦くてよくミルクを使っていたものの、今では苦みもコーヒーの魅力だと知った。大人になったのだろう。


「どう、調子は?」


「今日中にプログラム自体は組み上がるよ。そこから、実際にテスト、バグは小さなものでも、あってはならないから入念にチェックしないと」


「そっちじゃなくて、さーくんのほうだよ」


「体調はいつも通りかな、少し徹夜したから眠いくらいかな」


「じゃあ、わたしと寝る?」


「そういうのはまだはやいんじゃないか?」


「好きなんだからいいんじゃない?さーくんが一途でいてくれるなら」


「そう云われたら、羽目が外れそうだ」


「外してもいいんじゃない?そんなさーくんも好きだよ」


 それから、オレたちは夜遅くまで交わり続けた。初めての体験に最初こそはオレがリードし、彼女は恥じらいを見せていた。しかし、四度目程してからは彼女がリードし、恥じらいも消えていた。九度目でようやく彼女は疲れ、眠ってしまった。

 現在は午前一時。彼女の寝顔はとても魅力的で美しい。どちらかと云うと童顔で時折幼さを感じさせる表情を見る場面も見られた。彼女の体は薄いシーツで隠されており、体のくっきりとしたラインが伺える。頬に触れる。艶やかで僅かにひんやりとしていた。そのまま、吸い寄せられるようにして、唇に触れる。先程まで何度も口づけした唇。蕩けそうなほどに柔らかい。


 突然、ぎい、ぎいとした音が部屋に鳴り響く。それは一定の間隔で聞こえてきていた。その音は隣の部屋、先程まで使っていた作業場からのようだ。オレは彼女を起こさないようにして、ベットから降りた。

 喉を鳴らす。急激に心拍数は跳ね上がる。次の行動を体が危険だと判断している。額にはつぅ、と汗が染み出る。何故、ここまで第六感が動いているのだろうか。オレはゆっくりとスライドドアを開いてゆく。目の前には見慣れた家具。そのまま、ゆっくりとした足取りで六畳一間のリビングに入る。周りを見渡すが先程と同様、ぎいぎい、と音が聞こえる。何処からだ?オレは歩を進め、台所、トイレと回る。だが、音の発生源はここからじゃない。なら、あとは……。閉まり切った浴室。かたかたと音を鳴らしながら開く。目の前には長方形の鏡。特に変わりはない。耳を澄ませる。音の発生源は……この家じゃない。上の階からだ。だが、二階はたしか空き部屋だったはず。何故?ぎいぎいとした音。発生源のモノを想像させる。ぎいぎい、ぎいぎい、ぎいぎい、ぎいぎい、ぎいぎい、ぎいぎい、ごとん。僅かだがこの音は鋸で斬り落とす音に近い気がする。ごとんは斬った後の落ちる音だとしたら、こんな夜更けにナニヲキリオトシタンダ?

 途端、背筋からは大量の汗が滲みでる。この音は聞かなかったことにしなければ。でなければ、オレ自身の心からの悲鳴が上に住まうヒトに聞こえてしまう。音を立てず、寝室に戻る。オレは隣の彼女を抱き寄せ、寝ることにした。

 



 次の日の朝、彼女は朝食を用意してくれた。心の底から温まる味だった。

彼女はこれから、バイトだと云って、オレの家を出た。静まり返る室内。昨日の件が頭から離れない。今の時間なら、安全なはずだ。そう思って、オレは二階に向かった。

 二階、オレの真上はやはり空き部屋だった。ベルを試しに鳴らすが反応は無い。

ポストにも何か入っているような痕跡はない。なら、あの音は何だ?そう思い、二階の隣部屋へ向かう。こちらは、どうやらいるようだ。ベルを鳴らす。

 ゆっくりとドアは開かれる。

 

「どなた様でございますか?」


 白髪交じりの50代前半くらいの女性がオレの目を見ることなく、聞いてくる。


「私は、1階の部屋に住んでいる者です。少し聞きたいことがありまして……。昨日の夜、確か1時頃だったと思うんですけど。物音が聞こえまして」


「そうですか、まだ聞こえるんですね。」


「ん、まだ?」


「おそらく、貴方は個々の不動産屋から何も聞いていないようですね」


「何のことでしょうか?」


 はぁ、と彼女はため息をつきながら、


「立ち話は大変でしょう、上がってください」


 そう云われ、リビングに迎えられる。そのリビングはオレのリビングとは対照的な白の壁紙だった。部屋自体は築42年を思わせる程だった。

 彼女はコーヒーを持ってくると、オレの目の前に腰掛ける。


「さて、何処から話しましょうか。音の原因か、それとも全てか」


「全てでお願いします」


「分かりました」


 そういうと、彼女は細い目を俺の目と合わせるようにして話し始めた。



 「ここが、建造してから、20年が経過したころ、二人の若いカップルが、私の隣の部屋に住んでいました。とても、仲が良く、愛し合っておりました。そして、近々結婚する予定でもありました。そんなとき、男性のほうが、家を出てしまい、行方知らずとなってしまいました。彼女は警察に通報し、捜索願をお願いしたということでしたが、警察は捜索することまではしなかったとのことです。それから、一か月後、彼のほうは、とあることがきっかけとなり遺体となり発見されました。死後、1、2か月程が経過していたとのことで。その遺体は四肢が切り落とされ、和室の押し入れ下に袋詰めして置いてあったとのことです。きっかけというのは、下の階に住む、つまりは貴方の部屋に住んでいた方が、天井から血液のようなものが滴り落ちてくるというもでした。通報を受け、警察はすぐに出動し、二階に行ったとのことです。鍵は開いており、スムーズに入れたとか。警察が突入すれば、そこには、腹の裂かれた彼女の遺体があったとのことです。何故、彼女が亡くなっていたのか。彼女は何故捜索をお願いしたのか。警察の見解では彼女は浮気をしており、彼のいない間に他の男を招きいれて入れた。そして、偶然にも彼が早く帰ってきてしまい、彼と男が口論になり、取っ組み合いになる。そこで男は彼を殺してしまい、遺体を隠すためにばらばらにした。その後、彼女が行方不明を装うため、警察に捜索を依頼する。彼女と男は、ようやく邪魔者がいなくなり、幸せな生活を過ごせるに思えたましたが、彼女のお腹には彼の子供がいました。男は子を落とすよう説得しますが、云うことを彼女はききませんでした。だから、男は彼女を殺しました。子宮には妊娠20週目ほどの子供がいた跡が残っているとのことで。まぁ、そこまでが、警察の見解ですが」

 

「違うのですか?」

 

「えぇ、私は違うと考えております。何故なら、私はあの頃からずっと、ここに来ていた男がいたというお話を聞いたことがありません。唯一、その頃から、度々、目撃されているのは彼女の弟くらいなものでしょう」

 

「ということは……」

 

「その当時は、空き巣の線も考えられましたが、物色跡がないことから私はその兄だと思っております。理由として挙げるのであれば、彼女が警察に依頼した二日前、僅かにぎいぎいという音が聞えましたので。その日は、朝早く、彼女が仕事を行くところを見ていますので、家には彼のほうしかいない。いえ、彼以外に弟がいた筈なのです。ですが、それは警察は知る由はありません」

 

「その兄は今……」

 

「普通の生活を送っていると思われます。そういえば、兄には何度か、お話したことがありますが、子供の時に出来た火傷の跡が今でも残っているとかで、右手は常に黒皮の手袋をつけているとのことです。実際にはその手は見たことないのですがね」


 瞬間、全ては繋がった。そして、全身からは汗が噴き出て、急激に冷えた。


 アブラゼミのじーじじりじりじりじりとした音がじめりとした部屋に不気味に鳴り響いていた。

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