篝火焚火は熱望する
私にはね、私を含めて二十一体のきょうだいがいるの。総称は
私達を創ったのは誰だったかしら。高尚な魔法使いだったのか、敬虔な信者だったのか、人間の大望だったのか。覚えてはいないけど、私達は気づけば形を得て、人の影の中にいたわ。
そして願いを叶えてきたの。人間が望んだことを望んだままに、叶えられるきょうだいが影に入って、力を与えたわ。言われた通りに力を使って、言われた通りの人に仕立て上げてきたの。
「でも、それってちょっとズルくない?」って、豪快な
だから私達、考えたの。どうしたら使われるだけで終わらないか。どうしたらもっと自由になれるのか。何年も何十年も同じように使われ続けたのだから、私達にだって権利があってもいいじゃない。
思いついたのは賢い
画期的な意見よね! でも大賛成とはならなかったわ。使われてきた私達が使う側になったら、また私達みたいな使われる側が出来るってことでしょ? それを献身な
猪突猛進な
異を唱えたのは堅物の
全員であーだこーだって話してたら、やっぱり
「人間が使いたくないと思うほど、私達が無能になればいいんだってね」
だってそうでしょ? 私達は凄い力があって、それを頼って人間は私達を使ってきたの。だから私達は辞めてやることにしたわ。従順な操り人形から、糸の切れた木偶に成り下がるの。そうすれば誰も使いたがらない。私達は自由だって!
それにはみんな大賛成。みんな揃って無能になろう。そうすれば人間は
働き通し、利用されっぱなしの私達はいなくなるの。無能になった私達は、人間に頼られない愚図に落ちるのよ。
「それでいいの、それがいいの。だって私達は、私達の自由が欲しいから!」
でもね、計画は出来ても叶えるって難しいのね。
人間達に一切の協力をやめたら怒っちゃって、洗脳されそうになるし、閉じ込められるし、逃げても逃げても追ってくる。それはそれで今までにないことだから楽しかったんだけど、逃げきるには無能を演じるって出来ないのよね。
人間は
どうして分かってくれないのかしら。どうして伝わらないのかしら。
私達は、自分の願いを叶えたいだけなのよ。
思いついたのは放浪の
その子達にアルカナを与えよう、影に匿ってもらおう。自分達は何だって肩代わりできるから。
「そこで今回、私が選んだのが篝火焚火ちゃんよ」
私は自由になりたい。戦いたくない。レリックに捕まりたくない。連れ戻されたくない。
私ではない誰かに戦ってほしい。レリックを蹴散らして、私達を脅威から守って欲しい。
だからまず、貴方の痛みを貰ったわ。痛くないって人間にとっては素敵でしょ? 戦う時に邪魔でしょう? だから私が貰ってあげる。私は生まれてから痛いって知らないから、痛みも新鮮。だぁいじょうぶ、大丈夫。焚火ちゃんの痛みは、全部私が引き受ける。
次に貴方の味覚を変えたわ。貴方がアルカナに馴染むように。戦える子になるように。バクを食べてもらわないと困るのよ。
私達はハイドにいるバクを食べるの。人間が表に出さず、影の中に仕舞いこんだ感情や言葉、思考がバクよ。
とっても美味しかったでしょ? これからも沢山バクを食べて、強く、強く、戦ってね。
「バクは影の中にたぁくさんいるわ。今日は私が取ってきてあげたけど、焚火ちゃんにはハイドにも慣れてもらわないと困るの。だから明日からは、自分で狩りに行ってね」
狩りなんてしたことない? だぁいじょうぶよ、大丈夫。与えてあげたでしょ? 私のアルカナ。
アルカナは私達きょうだいそれぞれが持っている個性よ。人間の願いを叶えるために装備した能力。創造を現実にする力。私は十八番目の
「すぐに力だって使いこなせるわ。焚火ちゃんなら、私達を追ってるレリックも倒せるようになる。全部のレリックを倒して、私達を無能だと証明してくれた日に、私も貴方の影から出ていくわ。貴方の願いを叶えてね!」
いつか訪れるその瞬間まで、私は貴方の影の中にいる。朝も昼も夜も。貴方の影は私のもの。私は貴方の影なのよ。
あぁでも、影を操れるのは私だけ。これは焚火ちゃんが手指を動かしているのときっと一緒よ。影は私だから、焚火ちゃんの影は私が自由にできちゃうの。
「ね? ごはん、美味しい?」
――問う女によって、スプーンが口に押し込まれる。
何回も、何回も、何回も。
食べた気なんてしてないし、なんなら食べたくないのに。私の首も、顎も、両手足首さえも影に囚われて、私は自由の効かない人形同然だった。
語る女はバクによって私を侵食していく。食べれば私の中身が汚染されていく気がするのに、馴染んでしまう。
影が無理やり口を開けて、女は楽しそうに私に食事をさせた。食べ物が口に入れば強制的に閉じられ、顎を動かされる。下手をすれば舌を噛み切りそうな動かし方だし、まだ十分に噛めていないのに嚥下させようとしてくるから苦しくてたまらない。なんだこれ、拷問か?
何度も咳き込んで食事をするうちにカレーも野菜もなくなった。最後にバクの浮いた麦茶を一気飲みさせられた時は胃の中が逆流する心地だったな。痙攣した足が強めに主張したが、女には伝わらなかったらしい。
「はい、ご馳走様でした~」
機嫌よく両手を合わせた女と一緒に影が私の手を動かす。両掌を合わせた私は、気味の悪い胃の中に吐き気がした。
この女は私に何かと戦えと言った。戦って、戦って、この女を自由にした後に私の願いを叶えてくれるって。
フォークの先を私に向けた女は、月光を彷彿とさせる微笑を浮かべていた。
「痛覚がない焚火ちゃんはね、凄いのよ。傷がすぐに治っちゃうの、血も出ないし痛くない! だからどれだけ傷つけられても大丈夫だからねぇ」
「……レリックと戦えば、願いを叶えてくれますか」
「叶えてあげる。戦って、戦い抜いて、その先で焚火ちゃんが生きていたら、ね」
影に顎を持ち上げられる。机に腰掛けた女は銀色の短髪を揺らし、黒い布で隠した目元を緩めた気がした。
生きていたら。
単語は私の脳内をゆるりと回る。
思い出したのは椅子を振り下ろした苛烈な衝動。理不尽に対する恐怖と、それを包むほどの激情。
私は女からフォークを取る。彼女は細い顎に指を添え、体重がないかのように揺らめいた。
「レリックは容赦がないからねぇ。私達を引き剝がす為なら、焚火ちゃんなんて何の迷いもなく殺しちゃうわ」
「レリックの目的は貴方達ですもんね」
「そういうこと。だから貴方はバクを食べるの。狩って、食べて、アルカナを使うの。私を自由にする為に」
お前が自由になるかどうかなんて、私にとってはどうでもいいんだが。
勝手に全部を進めて勝手に感覚を奪っておきながら、この女は「だから頑張ってね」なんて。身勝手にも程がある。だから中身と皮が違う奴は信用ならないんだ。
私に勝手を押し付けて、こっちが何も理解しない間に物事が進んでいく。伝えられるのは全て決まった後で、私に残された返事は「はい」か「YES」
やっぱりコイツも同じなんだな。両親のような奴らと。こいつら全員、皮の下に何を潜めていやがるんだか。
だけどコイツはまだ
私の指先はフォークを回し、女から目を逸らすことはしなかった。化け物は笑っている。
「あぁ、いいわ。だから私は焚火ちゃんを選んだの。素敵な色を持って、苛烈な火種を持ってる子。ハイドで貴方が輝く時を、私は楽しみにしてるわ」
女が指先で持ち上げた私の髪は重力に従って肩に落ちた。白く清らかな手は小気味よく打ち鳴らされる。
「もちろん、私達だって一方的なお願いは駄目だって分かってる。私達が今までされてきたのと同じことだもの」
「ですね。そして私は、その話が一番聞きたかった」
私は再びフォークを回す。女は指を一本立てて歌うように宣言した。私が夢だと諦めた灯を、再び灯す為に。
「焚火ちゃん達がレリックを全て倒し、私達が自由になったその日。貴方に味覚と痛覚を返す日。焚火ちゃんの願いを一つだけ、私が叶えてあげる」
――願い。
私の願いを叶えてくれる。この化け物が。自分勝手な化け物が。
この化け物を自由にすれば、守り切れば、私の願いが手に入る。
灯った希望に、一気に喉が渇く。
私の脳内で欲が爆ぜる。
目の奥が発光して、理不尽が反転する。
「なんでも、叶えてくれるんですね。私の願い」
「えぇ、そうよ」
心躍る返事に私はゆっくりと口角を上げ、片目に溜まった涙を流すのだ。
何でも叶えてくれる化け物が、自由と引き換えに私の願いを叶えるなんて。
なんて幸運。なんてチャンス。降って湧いた人生一度きりの希望。
それを手放すな。何がなんでも手繰り寄せろ。
バクを狩る? やってやろう。それで私の願望が叶うなら。
レリックを倒す? なりふり構わず喧嘩しろってことか。手足が吹き飛んでも、今の私は平気なのかね。
やってやる。何が何でもやってやる。やり遂げてやる。私は魔法のランプを捨てたりしない。化け物の選別を信じてやろう。私を選んだと言う事は、私に勝算を見たんだろ。
だから、だから、あぁ、だから。
私の願いを叶えてくれ。
私の願いを聞いてくれ。
一人ぼっちのこの部屋で、私の願いを受け取ってくれ。
両目から溢れた涙を化け物は笑う。高らかと両腕を広げ、口角を裂けるほど引き上げて。
「さぁ、聞かせてちょうだい、焚火ちゃん。貴方が叶えたい願いを。貴方が熱望する欲求を!」
フォークを回す。歯を食いしばって口角を上げる。涙を拭う趣味はない。
私の話を聞いていたか。私の語りを忘れたか。
私が化け物に願う事なんて、決まってるじゃないか。
私は左手を机に起き、回していたフォークを叩き落とした。
尖った先端が貫いた手の甲に痛みはなく、絶叫したのは女の方だ。
絶叫しながら聞けばいい。痛みをその手に覚えさせ、私の願いを刻み付けろ。
なんでも叶えられると言うならば、お前が有能だと言うならば、私は拳を握ってやろう。
「私の願いは――温かい心に抱き締められること」
口にした瞬間、涙の量が一気に増える。趣味を堪能した後のように、大粒の涙が溢れ出る。
フォークを握り締めた私は関節を白く浮き上がらせた。
温かい心に抱き締められたい。
それは有償であり、本当に温かい心であるかも分からない。冷たい心でも人は人に触れられるのだろうが、それでは私は嫌だ。
温かい心がいい。心はあると信じて、前提にして。
心はあるんだ。温かい心だって、きっとあるんだ。
欲しい、欲しい、触れたい、心に触れたい。
温かい心に私は触れたい。
抱き締められたい。
温かさに、触れていたい。
だから真心くんを作っていた。だが、いつ花開くかも分からなかった願望を化け物が叶えてくれると言うならば、私はいくらでも動いてやろう。化け物の願いを叶えてやろう。
私は手に刺したフォークを時計回りに回し、苦悶を笑いへ変えた化け物を嫌悪した。
「聞き届けたわ」
高笑いする女が恭しく頭を下げる。左手から黒い液体を垂れ流しながら。
私の両目からは、止められない涙が流れ続けた。
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