Dear

有理

Dear

白石 鈴音(しらいし すずね)

高梨 未空(たかなし みそら)


名前のみ

白石 礼(しらいし あや)

白石 恭平(しらいし きょうへい)


※別台本「愛の雨に差す傘は」のスピンオフ作品です




鈴音N「残暑お見舞い申し上げます。」


未空「すずー。こっちの方がつぼみ多いよ。」


鈴音N「暦の上では秋ですが、暑さ衰え知らずの今年の夏いかがお過ごしでしょうか。」


未空「すずー。ビールどれ?どの色?」


鈴音N「お陰様で私はつつがなく暮らしております。」


未空「すずー。」

鈴音「もう!すずすずうるさい!」

未空「だってさー。墓参りとか初めて行くんだもん」

鈴音「張り切らなくても大丈夫だから!」


鈴音N「ねえ。ママ、今年も晴れたよ。」


未空(たいとるこーる)「Dear」


________________


鈴音N「両手には結露の伝う銀色の缶、小脇にユリの花束を抱えた高梨 美空はこの8月にスーツを着て立っていた。」


未空「すずー。他は?他にいるものは?」

鈴音「別に絶対持っていくものなんてないんだよー。親族集まってやるわけでもないんだし。」

未空「今日、恭平さんは?」

鈴音「今日はオンライントークイベントだってさ。」

未空「へー。珍しいね、この日に予定入れるの」

鈴音「担当さんがどうしてもって土下座してたよ。」

未空「うわぁ、」

鈴音「恭くん、怒ったら怖いんだもん。」

未空「それで、いいって?」

鈴音「うーん。随分ゴネてたけど午前中だけならって渋々。」

未空「それでもよく粘ったね。その担当さん。」

鈴音「ちょっと大きめのイベントだったんだって。」

未空「そうなんだ。さすが間藤(まとう)先生。」

鈴音「今回のは藤間菖(ふじま あや)の方。」

未空「あー。官能小説ね。」

鈴音「そう。相変わらずよく書くよ。」


未空N「すずは淡い水色のワンピースにつばの広い帽子をかぶって縁側でラムネを片手に涼んでいた。吊るされた風鈴がキラキラ光を反射する。」


鈴音「…なに?」

未空「…俺のは?」

鈴音「なにが?」

未空「それ、ラムネ。」

鈴音「冷蔵庫にあるからとってきなよ。」

未空「勝手に開けられるわけないだろ!」

鈴音「恭くんいないってば!」

未空「そういう問題じゃありません!」

鈴音「もおー。」


鈴音N「恭くんの脱ぎ捨てられたスリッパを揃えて廊下に置く。その足で冷蔵庫のラムネをとり振り返った。さっきまで私が座っていたところに腰掛けた未空は吊るされた風鈴に向かって必死に息を吹きかけていた。」


鈴音「間抜けー。」

未空「俺この音好きなんだよ。今日無風だからなー。ぜんっぜんならない。」

鈴音「ん。」


未空N「差し出された瓶は掌を刺激する。」


鈴音「あーあ。暑いなー。」

未空「本当にこの日雨降らないのな。去年も一昨年も晴れてたし」

鈴音「絶対ってわけじゃないよ?あ、ねえ、ほら見える?」

未空「なに?」

鈴音「恭くんの部屋。」

未空「…何あの白いの」

鈴音「てるてる坊主。」

未空「え、あそこの壁のは?」

鈴音「ぜーんぶ、てるてる坊主。」

未空「…凄いな。」

鈴音「我が父親ながら、感心するよ。」

未空「でもさ、雨降ってても墓参りはできるじゃん。」

鈴音「うん。」

未空「でもここまでやっても晴れてて欲しいんだ。」

鈴音「うーん。多分ね、昔ママがここで飲んでてさ」

未空「うん。」

鈴音「晴れてる日に飲むのが1番気持ちがいいって言ったからだと思うんだよね。」

未空「それだけ?」

鈴音「…たぶん?」

未空「はあーーーー。」

鈴音「なによ。」

未空「すげーなー。恭平さん。やっぱすげーよ。」

鈴音「へ?変なのー。」


未空「なあ。すずもユリが好きなの?」

鈴音「えー。うーん。ママの花瓶にさすからよく買うけどさー。」

未空「うん。」

鈴音「別に花って好きでも嫌いでもないんだよね。」

未空「よく花屋行くから詳しいだけなの?」

鈴音「本当にそう。」

未空「ふーん。ひまわりは?」

鈴音「え?うーん。綺麗だとは思うけど花言葉怖いのあるしなー。」

未空「じゃあ、桜!」

鈴音「うん。日本の風景によく合うよね。」

未空「あー、すずらん?」

鈴音「…それ、名前から持ってきただけでしょ。」

未空「…」

鈴音「なんなの急に。」

未空「正直言うとさ、サプライズで花、贈りたかったんだよ。」

鈴音「え?誰に?」

未空「すずに!」

鈴音「えー?!なんで?」

未空「いつも礼さんの為に買ってるから、すずの為にって贈られたことないんじゃないかって、思ってさ。これ買う時。」

鈴音「…まあ。」

未空「贈るなら好きな花贈りたいじゃん。」

鈴音「うーん。」

未空「…本当にないの?」

鈴音「うん。ない。」

未空「はあーあ。俺のサプライズが。」

鈴音「肉ブーケがいい。」

未空「…ん?」

鈴音「肉ブーケ。」

未空「なにそれ。」

鈴音「知らない?肉でできたブーケ。」

未空「いや、そういうことじゃなくて」

鈴音「一緒に食べようよ。」

未空「…ムード」

鈴音「だめ?」


未空N「傾く首に思わず生唾を飲んだ。こういうところが可愛らしくて憎らしい。」


未空「うん。肉ブーケ、うん。わかった。」

鈴音「やった!」

未空「うん。そっか。うん」

鈴音「…ふふ。」


鈴音N「空を見上げ遠い目をする未空は呆れ笑いを浮かべている。私はこの横顔に惚れたんだ。太陽みたいなあったかい人。みんなに優しくて当たり前にそばにいる。私の寂しさすら掻っ攫って抱きしめてくれた。」


未空「な、本当に買うぞ?肉」

鈴音「うん。ありがと。」

未空「本当にいいの?」

鈴音「私、未空と恭くんとママと食べるご飯好きなの」


鈴音「花なんかより、ずっと好き。」


未空N「ニカっと笑うすずに思わず目頭が熱くなる。母を早くに亡くし、血の繋がっていない父親と2人で暮らす彼女。最初は同情だったのかもしれない。でも今は、この家族が羨ましくて仕方がない。泣き顔を思い出せないくらいよく笑うすず。このまま、目尻に笑い皺ができるまで、一緒にいたいとそう思った。」


鈴音「…おい。聞いてる?」

未空「うん。聞いてる。」

鈴音「なに泣きそうな顔してんの?そんなに花がよかった?」

未空「ううん。食おう!肉ブーケ!」

鈴音「あはは。うん!焼肉しよ!」

未空「恭平さんって肉食べるの?」

鈴音「食べるよ。」

未空「あんなほっそいのに?」

鈴音「焼き肉とハンバーグは気が狂ったように食べる。」

未空「え?!うわー肉ブーケ何個用意すればいいんだろ」

鈴音「恭くんに焼き肉セット用意してもらわなきゃ!」

未空「俺手伝うよ!」

鈴音「そ?」

未空「あ、」

鈴音「ん?」

未空「あー。その日に言おうかな」

鈴音「何?」

未空「いや、その、」

鈴音「もー。何?」

未空「け、けっ、結婚の挨拶!」

鈴音「あー。今日するんじゃなくて?」

未空「だって、絶対恭平さん怖いじゃん。後日肉ブーケ持ってみんなで飯食うって絶対機嫌悪いじゃん。」

鈴音「うーん。分かんないよ?微笑ましく終わるかもしれないよ?」

未空「…本気で言ってる?」

鈴音「…まあ、終わらないか。」

未空「はあーー。どうしよう。」

鈴音「言うのやめる?」

未空「は?」

鈴音「だから、今回は言うのやめる?また今度にする?」

未空「それは嫌だ。」

鈴音「別にさ急いでるわけでもないんだし」

未空「大切な娘さんなんだぞ!ちゃんと考えてるって言うのが筋だろ!」

鈴音「じゃあ、言えば?」

未空「ぐ、ぅ」

鈴音「大体、多分今日聞かれるよ?なんでスーツなの?って。」

未空「お、お墓参り行ったことなくてーって、」

鈴音「僕の服貸してあげるよ、暑いでしょ?って。」

未空「ううう」

鈴音「別に怒ってるんじゃないよ?たしかにすっごい勇気いることだと思うし。」

未空「…うう」

鈴音「…未空。」


未空「…いや!やっぱり今日言う!!」


鈴音N「急に立ち上がった未空は両膝で挟んでいたラムネの瓶を落とした。」


未空「うわ!ごめん!」


鈴音N「炭酸のぱちぱち弾ける音とひびの入った青い瓶。拾うと中のビー玉がカラン、と音を立てた。」


未空「…すず?」


鈴音N「その瞬間、私は青い瓶を地面に叩きつけた。」


未空「すず?!何やって、」

鈴音「ビー玉!」

未空「え?!ちょっと、え?怪我してない?ガラス、ええ?」

鈴音「みて!ビー玉!」

未空「え、なに?!う、うん、ビー玉ね、え?」

鈴音「頭、スッキリした?」

未空「…へ?」

鈴音「もやもやしてたから。未空。」

未空「…未だに現状を理解できていないよ?」

鈴音「ふふ。」


未空N「俺の掌に無理矢理ビー玉を握らせると、クスッと笑って見せた。」


鈴音「箒とちりとり、取ってくるね!」

未空「え、あ、うん」

鈴音「待ってて」


未空N「ぱたぱたと、裸足で走る音がする。少し都会から離れた平家のこの家はあたたかくて、いつも花の匂いがする。遊びに行くとぶっきらぼうにお茶を出してくれる恭平さん。ケーキは?プリンは?と甘えた声を出すすず。両親と不仲な俺にとって、とても居心地がいい大好きなこの家はどの季節でも縁側の風鈴が寄り添うように鳴いていた。」


鈴音「みそらー」

未空「んー?」

鈴音「アイス食べるー?」

未空「うんー!」

鈴音「持ってくるねー!」


未空N「少し離れたところから叫ぶすず。脇に箒とちりとりを抱え、両手にカップのアイスを持ち小走りで寄ってくる。」


鈴音「はい。」

未空「あ、ありがと。」

鈴音「解放された?」

未来「へ?」

鈴音「もやもや晴れた?」

未空「…うん。」

鈴音「そっか。」

未空「俺、すずと一緒になりたいっていうのも勿論あるけどさ。ここの仲間に入れて欲しいんだ。」

鈴音「…ふふ。」

未空「すずを連れ出すんじゃなくて、俺がここに入りたい。恭平さん、許してくれるかな。」

鈴音「さて、どうかなー。」

未空「う、…通うよ!許してくれなくても!俺通う!」

鈴音「ありがとう、未空。」

未空「うん。ありがとう。」


鈴音N「残暑お見舞い申し上げます。」


未空「あ、き、恭平さん帰ってきた、あ、お、お邪魔してます!」


鈴音N「暦の上では秋ですが、暑さ衰え知らずの今年の夏いかがお過ごしでしょうか。」


未空「え?あ、スーツ?は、えっと色々あって…このままで大丈夫、」


鈴音N「お陰様で私はつつがなく暮らしております。」


未空「あの、…え?これ、恭平さんのアイス…そうなの?すず?!え?!ご!!ごめんなさい!!俺買ってきます今すぐ!!」


鈴音N「いつママが帰ってきても自慢できるような、あたたかい毎日を過ごしています。今年はいつもより賑やかになりそうです。」


未空「すず…知ってて食わせただろ…」


鈴音N「吹き上げる風に、りん、と鳴る。」


未空「はあーー。俺、今日言えるかなあ…」


鈴音N「ねえ、ママ。今年も晴れたよ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Dear 有理 @lily000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ