第16話 かぐや姫
「どうしてさ!」
貴士が叫んだ。
「どうして帰っちゃうんだよ! 緑川さん……、じゃねえ、西郷さん。香る月で香月だなんて最高じゃん! 西郷香月、めっちゃ可愛いよ! 俺、今一瞬で気に入った! 西郷さんもこの世界に居ればいいじゃないか! ルミィやあのおっさんらだって、この世界にふたりずつ居てもいいじゃないか! 全っ然困らないよ!」
「い、いまむら、くん……!」
香月は驚いた。貴士の言葉が信じられず、騙されているように聞こえた。
「ゆ……、許してくれるの……?あ、あたしたち、今村君たちを、殺そうとした、のに……」
「いいよ! いいんだって! 元の世界に戻ったら、死んじゃうんだろ。滅亡するんだろ」
貴士は早口でまくしたてる。
「ここにいていいと俺も思うぜ!」
勝輔も説得した。
「あ、ありがとう……」
香月は天を仰ぐように顔を上げ、瞳を閉じた。おもむろに、引き金に掛けた指の力を入れた。レインボーカラーの光線が香月の胸に当たり、そこから広がりながら、全身を包んでいった。「これで心残りなく、帰れるわ」
「帰っちゃ駄目だ! 帰るなッ!」
貴士は香月に触れようと手を伸ばした。だが、虹色の光がシールドとなって、それを拒んだ。貴士はシールドを両掌でバンバン叩いた。
「おじいちゃんの研究所には、三百人の研究員があたしたちの成功を、そして、この移動計画の本格的実行を心待ちしているわ。他にもたくさんの人が待っている。その人たちを裏切って、自分たちだけ助かるなんて、出来ないわ」
香月の声が、七色の光の中から聞こえる。香月の身体は美しい光彩に霞み、もう、立体感を失くしていた。徐々に輪郭が滲むように朧になりだしていく。
「……緑川さん……。緑川、さん……」
シールドを叩きながら、貴士はつぶやいている。
「ありがとう、今村君。確実に滅びるって決まったわけじゃないし、あたしたちみんなで頑張ってみるわ。本物の圭子さんと楽しいお付き合いをしてね。圭子さんは、付き合いを深めるほど、今村君のことをどんどん大好きになっていく女の子だから。だから、今村君は彼女のことを、心から、大切に、大切にしてあげてね……。さようなら、たかしさん……」
満月の夜だった。貴士と勝輔は空を見上げて、初めてそのことに気が付いた。
「丸いなぁ……、満月って」
ぼそっと言った貴士の目はジイっと天空を見上げている。
「そして、真っ白な犬は面白いってか。……ほら」
勝輔が貴士に何か手渡した。缶コーヒーだった。パーク入場券売り場の横に設置されている自動販売機で買ってきたものだ。「飲めよ。気持ちいいぜ」
「ああ、サンキュ」
貴士は缶のプルタブを開け、一口ぐい、と飲んだ。「うげぇ。お前、これ、超ブラックじゃん! マジ苦っげえー」
「バカ野郎。これはなー、一気に飲むもんなんだよー。こうだ、見とけ!」
勝輔は右手で缶を持ち、左手を腰に当てた格好で、言った通り一気にゴクゴクと飲みきって見せた。
「あ゛ー、気持ち゛い゛ーっ。オイ、貴士、苦みなんてなー、全部、腹ん中に収めちまえばいいのさ。ホラ、お前もやってみろ!」
「ちっ、ホントかよ」
貴士も真似て超ブラックコーヒーを一気飲みした。
「どうだ、スッキリしただろ」
勝輔が言った。
「どこがだよ! こんなの苦げーだけじゃねーか。超ブラック超苦げーぜ。あんまり苦すぎてよぉ……」
涙が出て来やがった……。
ボーイズ ビー ブレイブス 朝倉亜空 @detteiu_com
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