第15話 種明かし

 いつの間にか辺りはすっかり暗くなり、花時計そばのストリートライトには明かりが青白く灯っていた。

「女なんだからさ、そんなに無理すんなよ。おっと、女性蔑視って意味じゃあねえぜ」

 勝輔は、下腹を押さえたままで立ち上がれずにいるルミィに近づき、言った。「苦しくねえか? まだ、痛えか?」

「だ、大丈夫よ。わたしも一応、セル・アップグレイドで強化済みだから……」

 それでも、ルミィの息は切れ切れであった。

 貴士は、地面に横たわっているスリ切れ眉を見た。「けど、どうやらこれで、あんたらのすり替え計画もパーだな。さあ、緑川さんを返してもらおうか」

「できない相談だわ」

 ルミィが言った。

「なぜだ」

「彼女は今、こっちの世界にいないのよ。Dr.ユウゾウ・サイゴウの研究所なのよ。そして今、私はパラレルマシンを持ってないわ」

「誰が持ってる」

「Dr.カツキ・サイゴウが持ってるわ」

「よし。そいつを呼べ」

「ふふ。わざわざ呼ばなくったって、ちょうど今、来たわ」

「え?」

 ルミィは、くくくと含み笑いを漏らした。「レーザーガンであなたたちを狙っているわ。あなたたちの後ろから」

 貴士と勝輔は振り向き、カツキを見た。

「ええッ!」

「な、なんッだと!」

 驚くふたりに、カツキが静かに話しだした。

「今村君、それから松木君、ごめんなさい……。いままで、ずーっと騙してて。あたしは、ほんとうは、緑川圭子じゃないの……。カツキ・サイゴウ、西郷香月があたしの名前なの……」

 レーザーガンを自分たちに向けて構えているのは、自分たちが探していた少女だったのだ。

「こっちを向いて立って、今村君。そして、ふたりとも動かないで!」

 圭子、否、香月の持つレーザーガンがしっかりと狙いを定めようと、ゆっくり動いた。銃身が鏡面反射でストリートライトの光をキラリとはねた。

「緑川さんッ!」

「えめえ! このアマぁ!」

 貴士と勝輔は、動けないまま口々に声を張り上げた。

「さあ、Dr.カツキ、ふたりをさっさと片付けて」

 ルミィが声を掛けた。

「ちょっ、ちょっと待って! ねえ、緑川さん! どうして!」

「畜生! よくも騙しやがったな! きっさまぁぁ!」

 香月は無表情で引き金を絞った。カチッという音だけがした。と同時にルミィがどたっと地面に伏した。ぐったりと動かない。

 香月はレーザーガンを下に向けた。

「弱光線で気絶させただけよ……」

 貴士と勝輔は香月に近づいて行った。

「……緑川さん、緑川さんがカツキだって、どういうこと?」

 貴士は訊いた。

 香月は話していった。

「あたしは緑川圭子さんじゃないわ。西郷香月。この世界の歴史にある、明治維新で活躍した西郷隆盛の西郷に、香るお月さまと書いて、香月。あまり響きが可愛くないね、西郷香月なんて。えふふ。……ルミィとしおりさんのすり替えが行われた夜、あたしは少し早めにあの場所に瞬間移動してきてたの。もし、誰かに見られたら、このすり替え計画の障害になることに間違いないから、人がいないか調べるためにね。目撃者がいれば必ず殺すように、という決め事があったの。そしたら、パークの入場券売り場の陰に人がいるのを見つけて、隠れながら、様子をうかがっている、明らかにここで何かが起こるということを知っている素振りでね。あたしは気づかれないようにそっと、その二つの人影の後ろに回り、レーザーガンを撃とうと構えた時、それが今村君と松木君だって気づいたの。驚いたわ。いつも昼休みになると、校庭の隅っこで空手の練習をふたりがしてるのを知ってたから」

 香月は一旦、言葉を切った。暫し、俯いたのち、また話し出した。

「……撃たなきゃ、撃たなきゃいけないんだって思うんだけど、でも、どうしても撃てなくって……。結局、レーザーエナジーを微弱にセットして、気絶するように後頭部を撃ったの。あれくらい見られたからって大丈夫だって自分に言い訳して。あたしはそれから、仲間のいる花時計のそばへ行って、そこで、大変なミスを犯したの……」

 俯いたまま香月はスカートのポケットから星型のポケットウォッチを取り出した。

 吹く風が香月の髪のほの甘い、いい香りを貴士にまで届ける。貴士がこれまで、圭子のものと、憶えていた香りだ。貴士の胸は複雑な思いに疼いた。

「この時計を落としてしまったのよ。実はこれがパラレルマシンなの。あの時、これでこの世界のしおりさん、本当のしおりさんをパラレル移動させた後、落としたのね。あたし、そのことに全然気づかなくて。それで、学校で今村君からこれを見せられた時、どうしようかって思って、咄嗟に話を作ったの。しおりさんに貸してあるって。ルミィも賢い人だから、あたしたちが懐風荘へ行った時、すぐに何かあるなって感づいて、ひと芝居、打ったってわけ……。でも、彼女、目撃されたらほっとくのは良くない、あなたができないなら、こっちで始末するって言って、手下の人が襲ったの。ごめんなさい。本当にごめんなさい! 今村君たちを殺そうとしたのは、あたしなの!」

 香月の声が小刻みに震えている。貴士の顔を見てはいけない、その資格がないと決めているかのように、伏した顔を上げない。

「……でも、これで決心つきました。あたしたち、元の世界へ帰ります。本当の圭子さんやしおりさんたちもこっちへ戻します。だから、許してください……。自分勝手な、恐ろしいあたしたちを、どうか許して……」

 俯いたままの香月の足元の砂地が、ぽつ、ぽつと落ちる水滴でところどころ色が濃くなっていった。

 香月はレーザーガンの銃口に消音器サイレンサーを取り付けるような感じで星型ウォッチをはめ込んだ。それを倒れたままのスリ切れ眉と腫れ鼻に向け、引き金を引いた。星型ウォッチ中央の、時刻をデジタル表示するパネル部から、虹色の光線が放射状に拡散発射され、ふたりの男を包み込んだ。夜の闇に散らされたその光は、まるできれいな花火のようだった。

 男たちの影は次第に虹色の輝きの中に溶けて行き、数分後、彼らの実体はこの空間には存在しなくなった。

 同じく、ルミィの身体を多元宇宙移動させた。近くにあるライトサーベルもろともに。

「……じゃあ、あたしの番ね……」

 香月はそう言うと、自分の胸に銃口を当てて構えた。「さようなら、今村君……、そして、松木君……」

 泣き濡れた紅い瞳で、じっと貴士を見つめた。瞬きもせず、零れる涙を拭おうともせず……。「さよなら……」

 

 

 

 

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