第14話 必死闘2

 スリ切れ眉がインステップで瞬間的に貴士との距離を詰めた。速い! 打撃格闘技に習熟した者が見せる、さっと入るきれいなモーションではないのだが、なんというか、ビデオの早送り映像を観させられているようで、不覚にも、相手のタイミング先行でパンチの間合いに入られた。貴士にパンチをくり出す。まるでなってない、手打ちのビンタの様なパンチだが、バカほど効いた。当たったアゴがのけぞり、貴士はヒザを着きそうになった。

「っおおおっっ」

 なんとか踏ん張った貴士は、今度は左足で相手の左内ももへのインローを放った。一瞬、上体のバランスを失い、ぐらついたスリ切れ眉に、すかさずパンチの連打を喰らわす。左のボディーダブルアッパー、右ストマックブロー、顔面への左フック、つないで右アッパー。正拳五発をモロに当てた。だが。

「効かねえ、効かねえ、しぇしぇしぇー」

 打たれながらも嗤っている。サディスティックに、にこにこ顔で貴士の顔面をパワフルに殴る。どう見ても素人パンチだが、当たるたびのダメージがデカい。勝負は五分五分とは言いがたく、四分六分かそれ以下。

 勝輔にしても、戦況は同様だった。腫れ鼻相手に悪戦苦闘している。倒しては起き上がられ、倒されては立ち上がるを繰り返している。

 折れそうな心を気合でごまかす。奮い立たす。今、折れる訳にはいかないのだ。

 全身が痛んだ。特に、スネが無数の針を刺したような激痛だ。

 スリ切れ眉が右のミドルまわし蹴りを貴士に放ってきた。関節部が固く、きれいに真横から回らず、斜め横から入る三角蹴りに似た、下手な見本のようなものだが、やたら速い。ステップバックが間に合わない。咄嗟にステップインで対応し、左ヒザを上に上げ、飛んでくる相手の足をヒザでブロックした。

 しっかりと受けてはいるのだが、何せ、今の敵は破格のパワーを発揮している。貴士は蹴りを受けきれず怯んだ。

 その隙を見逃さず、スリ切れ眉は貴士の首を両手で締めあげてきた。恐ろしく力が強い。

「ぐ、ぐごぇ!」

 口から言葉にならない声が出る。意識が次第に遠のく中、貴士は気力を振り絞り、金的蹴りを出していた。当たってはいるが、やはり効いていない。息が苦しい。相手の手を振りほどこうにも、指先に力が入らない。

 深闇に落ちつつある意識の中で、突然、圭子が映った。幻の中の圭子も首を絞められ、整った顔を苦痛にゆがめていた。眼から涙をこぼしながら、助けを求めるように見つめていた。

「ぐ、ぐお……」

 貴士は霞む眼を見開き、スリ切れ眉を睨んだ。朧にしか見えないが、貴士は渾身の力をスピードに込めて、右手人差し指と中指で目潰しを喰らわせた。絶対必中、外せば完全に終わり。

「ギエーー!」

 スリ切れ眉の叫びが聞こえ、一瞬で貴士の喉から加重圧力が消えた。

 二度、三度と透明な空気を身体いっぱいに吸い込みながら、貴士は両目を押さえて棒立ちのスリ切れ眉に、左右のローキックを浴びせかけた。そのたびに、自分の足がギズーンと痛む。その痛みをショッ、ショッと気合を吐き、こらえて、蹴りに蹴る。

 すると次第に、スリ切れ眉が貴士の蹴りを嫌がるように、蹴られている足を内側に曲げだした。ローが効きだしたのだ。連中が浴びてきた特殊ビームの効果が薄れてきたようだった。

「ヒッ、ヒィッ、ヒッ!」

 黒ずくめのスリ切れ眉は、ローキックをもらうたび、悲鳴を漏らし、蹴りを避けようと、飛び跳ねながら後ずさりした。真っ黒人間のピョンピョンダンスが始まった。

 勝輔の方も状況は好転しだした。シャツはズタボロ、瞼は腫れあがり、顔中血だらけの勝輔が、呼吸が荒れだし、余裕のなくなってきた腫れ鼻を追い詰めている。腫れ鼻の右手にはいつの間にかジャックナイフが握られていた。それをガムシャラに振り回してはいるものの、そのスピードもさほど速さはない。ワザが効きだした勝輔にもはや怖さはなかった。

「デェェーイ!」

 怒号一吼、鼻血を振り飛ばしながら、勝輔は右バックスピンキックを放った。瞬発的なキレが決め手となるこの大ワザは、上体を背中側にひねる際、よく脇を絞り込み、回転速度を上げるのがポイントである。

 腫れ鼻のミゾオチに勝輔のカカトが鮮やかにズドーンと決まった。ぎょえーっと叫んだ腫れ鼻は、二メートルほど後方へすっ飛んでいった。したたかに身体を地面に打ち付け、口から血とよだれを垂らしている。

 貴士もほぼ同じ時、トドメのジャンピングヒジ打ちを相手頭頂へ突き落し、スリ切れ眉をのばした。

 敵ふたりを夕闇の中に沈め、汗まみれでハアハアと肩で息をしている貴士と勝輔に、時おり吹く夜風は心地よかった。

「勝輔ェ、ケガ、大丈夫かァ!」

 ビッコを引きながら、貴士は勝輔に駆け寄った。

「あ、あー大丈夫大丈夫。まちょっと血が止まんねえが」

 言う通り、勝輔の左腕はタラタラと血を流し続け、シャツの袖は真っ赤になって、腕にへばり付いている。

「お、おま、大変じゃねーかよ!」

「へっ。人のことよりてめえの心配してろ。足、だいぶいかれてんだろ」

 勝輔がシャツの袖をまくり上げながら、言った。「骨、折れてねえか」

「いや、折れてはない、……と思う。それよりも、あいつらに緑川さんらの居場所、訊きださなきゃよ」

 貴士は倒れて動かなくなった黒ずくめの男二人を見やった。

「ああ、そうだな」

 勝輔は言った。

 その時、勝輔は背骨辺りに突き刺すような殺気を受けた。

 瞬間、勝輔の右後ろ蹴りが相手のボディ中段に跳んだ。蹴りざま、後ろを振り向いた勝輔は躊躇した。その分、蹴りが鈍った。

 相手はライトサーベルを右肩上段に構え、勝輔に向かって振り下ろそうとしているルミィだったのだ。

「ぎゃあ!」

 かん高い絶叫を上げ、勝輔の足裏で弾き飛ばされたルミィは、一メートルほど後方で尻もちをついた。そのまま苦しそうに、うずくまる。手から飛んだライトサーベルは、ルミィのすぐ横の地面に深々と刺さった。

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