第13話 必死闘1

 ふたりは白城スーパーパーク前、花時計のある広場にいた。今回の事件のスタート地点である。時刻は午後五時二十三分。秋の夕日が遠くの山陰に沈もうとしていた。辺りはほんのりと紅い。

 貴士も勝輔もガクラン姿だった。下手に、厚手の生地の衣服やジーパンなんかよりも、学生服のカッターシャツや黒ズボンの方が、身体を動かしやすい。格闘戦に向いているのだ。大昔から、番長同士の喧嘩はガクラン姿と決まっている。

 貴士の右手には、あの銀のステッキが握られていた。

 今日は、白城スーパーパークの定休日だった。この辺りには、スーパーパーク以外に何もめぼしいものはないので、本当にひっそりとしたものである。 

 時おり、かなり強めの風が吹く中、貴士と勝輔は花時計の手前、五メートルほどのところに立っていた。

 二人はただ立ったまま、時間の経過を待った。

「ほう、約束時間の少し前。感心かんしん」

 不意に、背後から声がして、貴士と勝輔は振り向いた。奴らはいた。男二人と女が一人

「おう、待ってたぜ……」

 貴士が言い、勝輔が言った。

 男のひとりは以前にバトったスリ切れ眉だ。女は黒のハンター帽子を深めに被り、その上にサングラスを掛けている。

「やっぱりそうだったか……。そこにいるのは何とかって名の女探偵さんだな」

 貴士が言った。

「帽子とサングラスなんか取りなよ。今さら知らねえ間柄でもねえんだし、別に顔を隠さなくてもいいだろう、ええ、しおりさん。てか、名探偵ルミィ・ヒシカワさんよぉ」

 ニヤリと笑い、勝輔が言った。

 ふふ、と笑った女はそれに呼応するようにおもむろにハンター帽子とサングラスを取り外した。

「そうね。バレてたんじゃあ、顔を隠すこともないわよね」

 今まで、しおりとして振る舞っていた、ルミィが言った。「でも、良く分かったわね」


 話は一旦、前日の夜に戻る。

「明日の午後六時、花時計の前だ」

 男の声でそれだけ言うと、ガチャリと切れた。

「オイ、貴士、なんだ。誰からだ⁉」

 勝輔が早口気味に訊いた。

「男の声だ。たぶん、前に俺たちを襲ってきたおっさんだろう。明日の夕方六時に例の花時計の前に来いだとよ」

「ついに誘ってきやがったか」

「まあ、そうなんだが……。なあ、勝輔、なんか俺、……なんか、変なこと言うかも知んねえけど、勘弁してくれよ……。今のおっさん、あの野郎、なんでここの電話番号、分かったんだろう……。誰が教えたんだ……?」

「……」

「俺らが前に襲われたのも、初めてここへ、しおりさんのところへ来たちょうどその日なんだよな……」

「……まあ……」

「俺らが花時計の前で最初に目撃した、あの誘拐された女子大生って、実は、本当はしおりさんだったんじゃないか。あの時、本物のしおりさんと、あっちの世界の多元宇宙のしおりさんである、えっと、何て名前だっけ、あの女探偵……」

「確かルミィ・ヒシカワって名だ。……じゃ、俺たちははじめっから、しおりさんとすり替わってた連中の女ボスに会ってたってことか……? オイオイ、どうなんだ、それ」

「しおりさんが姿を見せず、緑川さんが失踪した日だって、しおりさんであるルミィ・ヒシカワがどこか隠れたところで俺たちのことを窺っていて、俺が緑川さんと離れたすきに、さらっていったんじゃないか」

「うー、ん……」

「もちろん、そうじゃないかも知れない。しおりさんはまったく本当のしおりさんなのかもそれない。ここの電話番号だって、奴らの超科学力なら、例えば、俺の脳内をスキャンして盗み取るとかもできるんだろうし。でも、俺の仮説はいろいろと腑に落ちるんだよな」

「んー……、図星ついたのか、それとも、ただの考えすぎなのか、だな」

 まあ、お前のその意見、おれも頭の隅っこにちょっと置いとくことにするぜ、と言い、勝輔はその話を終わらせたのであった……。


「緑川さんをどこへやった」

 貴士が吼えるように言った。

「さあな」

 スリ切れ眉とは違う、もう一人の男が言い、ふふんと鼻で嗤った。腫れぼったい、団子鼻をしている。男ふたりは上下とも黒いトレーニングウェア姿だ。指をボキボキ鳴らし、自信ありげに貴士たちにズイズイと近づいていった。

 貴士は相手が素手で来るのを見て、持っていたステッキを背後へ遠く放り投げた。それから、さっと素早くガクランのボタンを外す。勝輔も同様だ。

 無造作にガクランを脱ぎ捨て、最強の高校男児たちが組み手の構えを取った。

 ボクサーやキックボクサーのファイティングポーズに似ている。違うのは、両掌が広げられたまま、目の高さにまで上げられていることだ。これには、顔面ガードの意味合いと、素早く、サバキに応対するためという意味合いがある。

「ウリャーッ!」

「ウイシャアッ!」

 怒りのこもった気合が響いた。

 一瞬、スリ切れ眉と腫れ鼻に顔がこわばり、足が止まる。だが、すぐに口許だけでニヤリと笑い、再び歩き出した。

 遠慮しらずにズカズカと近づいてきたスリ切れ眉が、貴士の蹴りの射程距離に入った。瞬間!

「シャアアア!」

 貴士の右前蹴りがスリ切れ眉の下腹部めがけてスピーディーに繰り出された。左足の前方向への軸足ステップを使い、ウエイトが無駄なくつま先に集中している。一撃必殺と呼ぶに十分な威力だ。

 蹴りは狙い通りに深々とスリ切れ眉の下腹に突き刺さった。

「ぅおえ!」

 スリ切れ眉は呻きながら、上体をく゚の字に曲げ、数歩後ずさった。間髪入れず、さらに追い打ちをかける。上体を前方向に折り曲げたため、ちょうどいい位置に来たスリ切れ眉の顔面に、思いっきり左回し蹴りをブチかました。貴士の左スネにしびれるような軽い痛みを残し、スリ切れ眉は後方へばんざいをするような格好で倒れた。鮮やかな二連蹴りコンビネーションである。

 腫れ鼻が勝輔に襲い掛かっていた。下手な左前蹴りを放ってきた。ただ足を突き出すだけの、棒蹴りだ。勝輔は待ってましたとばかり、相手の蹴り足の伸びにタイミングを合わせ、半歩ステップバックをしながらの左下段払いで難なくそれをサバいた。サバかれ、払い落ちてきた腫れ鼻の左足太ももに、強烈な右ローキックを見舞った。ただ太ももの表面をバチンと叩くのではなく、骨のズイまで効くような、相手の太ももの肉を相手の大腿骨と自分の鍛えに鍛えた固いスネとでサンドイッチにし、ぐしゃりとへしゃげさせるようにして蹴るのである。勝輔の、巨躯であることが最大限に活きてくる得意ワザ、強烈無比の一言だ。 蹴った足を着地ざま、そのスムーズな体重移動を活かして右ストレートを腫れ鼻の鼻へ叩き込んだ。

 びしゃ、と音がし、鼻血を吹きながら、腫れ鼻もまた後方へ吹っ飛んだ。

 だが、貴士と勝輔のペース通りに行くのはここまでだった。

 まったくの手加減なしだったにもかかわらず、敵ふたりの黒いボディーは地面からむっくりと起き上がった。腫れ鼻の鼻血はもう止まっている。

「ししししししし」

 スリ切れ眉が気味悪く嗤った。

 腫れ鼻は首や背中を廻して、ボキボキ音を聞かせる。余裕だ。

 貴士は不用意にステッキを手離したことを悔いた。自分に軽率な性格を恨んだ。

「緑川さんをどうした」

 貴士は腫れ鼻を睨みつけ、言った。

「知らんと言ってるだろ」

 腫れ鼻は貴士の睨みに怯まずに言う。

「かえせ」

「おっと、子供が駄々をこねだした」

「しぇしぇしぇしぇしぇ」

 嬉しげにスリ切れ眉が嗤い、貴士に近づいて行った。見よう見まねのファイティングポーズをとっている。貴士はがごんと右ローキックを見舞った。効いた素振りがない。

「駄目だぜ。今の俺たちの身体は、お前らよりはるかにタフな状態になっているのさ」

「キワメテ、科学的ニ、な。天才ドクターが開発した、筋細胞超強化セル・アップグレイドビームを浴びてきてるんでね」

 スリ切れ眉と腫れ鼻が言った。


 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る