第12話 失態
浩一と並んで、しばらく一緒に自転車を走らせていた貴士は、適当な分かれ道で、「俺んち、こっちだから。じゃあな」と言って、別々の道に入っていった。が、すぐさまUターンし、一目散に懐風荘へと戻っていった。
西田のことはひとまず大丈夫っと。何とか信じさせたぜ……。
「ただいま。緑川さん……」
しおりの部屋の玄関ドアを開けながら、貴士は言った。だが、圭子の声がなかった。ドアを閉めて貴士は部屋に上がり、もう一度呼んだ。「緑川さん……?」
誰もいない。ちゃぶ台に置かれたコーヒーカップやクッキーを載せたお皿はそのままだ。
何か小さな買い物にでも出ていったんだろうか。だがそれなら玄関の鍵は掛けていくだろう。四人とも、合い鍵は持っているのだ。
不意にがちゃっ、と音がし、玄関ドアが大きく開いた。
「緑川さん?」
貴士はドアへ振り向いた。
勝輔だった。ハアハアと肩で息をし、突っ立っている。紅潮し、大量の汗が噴き出た顔で言った。「貴士! 緑川さんは!」
その声は、まるで怒っているような緊張感があった。
「それが、今ちょっと目を離したすきにいなくなったんだ。ほんと今」
「えっ! お前、何やってんだよ! 何のために一緒にいるようにしたんだよ!」
「す、すまん。言い訳もねえ……」
貴士の眼は落ち着きを失くしていた。
「畜生ッ。やられたなー」
勝輔は乱暴に靴を脱ぎ捨て、部屋に上がってすぐ横のキッチンでグラス一杯の水道水を汲んだ。一気にぐいぐいぐいと飲み干す。
「しおりさんが……、奴らに捕まったようだ……」
ぼそっと言った。
「なにい! お前こそ何してんだよぉ!」
今度は貴士が驚いた。
「うるせえ! んなこと言っても、どうしようもなかったんだよ!」
勝輔は怒鳴るように言い、ちゃぶ台の前にどかっと胡坐をかいた。
貴士も勝輔と並んで胡坐になった。
「しおりさんが捕まったって、詳しく話してくれよ」
貴士は言った。ふたりとも、座ることでほんの少しだが冷静さを取り戻したようだった。
「ん。……いつも、校門の前で待ってるんだよ、俺。すると、しおりさん、すぐに来るんだ。俺より早い時もあるくらいなんだな。ところが今日は、いくら待ってても来ねえ。人もだんだんまばらになる一方で、来る気配がねえ。四、五十分待ってたんだが、あんまり遅いんで、学校ん中入ったんだが、大学なんてやたら広くて探せるもんじゃなかった。こりゃ、やられたって思って、だとしたら、お前と緑川さんもヤバいんじゃねえかって思って、慌てて帰ってきたんだが、やっぱりこっちもか……」
貴士も勝輔も、心に鉛のように思いしこりを感じていた。ちゃぶ台に残ったふたつのコーヒーは、今はもう冷たい。
「緑川さんは、近くに何か買いに出ただけかも、しおりさんだって予定外の急用が……って、ごめん、あるわけねーよな……」
貴士の声に力がなかった。
この後、しばらく沈黙が続いてしまう。じわじわした怒りと、じりじりした恐怖感……。じりじりの方だけは、次第に込み上がってくる。
「どうやって、ここが分かったんだろ。それに、しおりさんにまで手が回るなんてよ、何もかも見透かされてたってことか」
無言のままの勝輔に貴士が言った。
続けて貴士が言う。「こんなことなら、緑川さんやしおりさんに話すんじゃなかったな」
「言うなッ!」
吐き出すように、勝輔が言った。
「とにかく、こんなところで胡坐かいてても仕方ねえ。今から探しに行くぞ! 貴士!」
勝輔がすっくと立ちあがり、言った。
ああ、と力を込めて言い、貴士も勝輔に続く。暮れなずむ街路を、ふたりは圭子としおりを探し求めて走った。それは、一晩中続いた。この上なく不快な長い夜だった。
次の日から、本格的に、圭子としおりの捜索が始まった。学校は無断欠席だ。
貴士と勝輔はいろいろなところを探し回った。人通りの少ない、狭い裏路地、真夜中の住宅街、探し回ったというより、異元人たちがこちらを襲ってくるように誘っていたのだ。人目を避けて、ぶらついていれば、そのうちに奴らは姿を見せる、そう踏んでいた。だが、一向に事態の展開はない。その行き詰まりに焦る。もう、何度も何度も同じ場所を行き来している。無駄に思えてきた、が、その気持ちを打ち消す。
真夜中、その日の時刻が変わるころ、今や探索拠点となったしおりの部屋にふたりは戻ってきた。どちらも一言もしゃべらない。ふたりして、どかっと大の字に寝転んだ。溜息も出ない。心がくたびれ過ぎていた。沈んだ静寂感。
突然、電話のベルが鳴った。瞬間、貴士、勝輔とも半身を起こす。貴士が電話に駆け寄り、受話器を取った。「もしもしッ! 緑川さん⁉」
「明日の午後六時、花時計の前だ」
男の声でそれだけ言うと、ガチャリと切れた。
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