第10話 秋の新生活スタート
放課後、午後四時過ぎ。
下校時刻のピークは過ぎ、校門を出ていく者はいない。その時、二台の自転車がまるで周囲の様子を窺うように、静かに門から市街へ出ていった。運転しているのは、貴士と圭子だった。貴士は黒の、圭子は真っ白い通学用タイプだ。目立つところのない、ごく一般的なものである。ハンドル前のバスケットに、貴士はスポーツバッグをボンと無造作に、圭子は学生カバンを真っ直ぐ丁寧に入れていた。二台の自転車は貴士を先頭にして走っていた。
貴士たちは気づいていなかったが、いつの間にか、ふたりの後をさらに一台の自転車が追いかけてきていた。色は青、男が乗っている。見るからに頭が良さそうな黒い極細縁のメガネをかけていた。青色の自転車は、約十メートルほど離れて、尾行してきている。
貴士と圭子は懐風荘に到着した。自転車を錆びかけた階段の下に止め、一緒に階段をのぼり、しおりの部屋の前まで行った。圭子が学生カバンの内ポケットから鍵を取り出し、玄関ドアを開けた。ふたりは中へ入った。
玄関隅っこの傘立てには、何本かの傘が立てられている。が、その中に、例のステッキが混じっていた。あの日、あのまま放っておくわけにもいかず、貴士が持って帰っていたのだ。柄の端っこがひねりスイッチになっており、そこでサーベルとステッキとを切り替えるのだ。
一方、黒縁メガネの男は懐風荘に沿った曲がり角で、身を隠すようにして、貴士と圭子の様子を窺っていた。冷ややかな目つきで、貴士がドアが閉めるのを確認すると、男は音をたてぬようにゆっくりと階段を上っていった。
「今村君、お待たせ」
圭子はそう言って、トイレのドアをコンコンコンとノックで知らせた。「着替え、終わったわ」
カチャ、とドアが開き、貴士が出て、代わりに普段着になった圭子が入った。薄手のピンクのセーターに、クリーム色の下地に、白と黒ラインでチェック柄をあしらったスカート姿に、貴士は胸の中で、今日も可愛いなとご満悦だった。
「うん」
今度は貴士が着替える番だ。
今、この部屋には四人の人間が住んでいた。
貴士と勝輔がスリ切れ眉に襲撃された翌日、二人は圭子を連れて、しおりを訪ねた。そこで、四人で話し合った。
誘拐犯は異元宇宙から来た人間で、自分たちの地球が滅亡寸前なので、こっちの地球へすり替わってきた。そのすり替えを貴士と勝輔に目撃されたので、ふたりを殺そうとした。ある程度、このことに関わってしまった圭子としおりも危険にさらされる可能性が出てきた。なので、四人一緒に一つ所に固まるのが安全ではないか、ということになったのだ。
それで、貴士と勝輔はカラテ道場の強化合宿だと家族に告げ、圭子は仲良しのしおりのところへ暫く泊まり込むと家族に告げて、出てきたのである。それから、六日経っていた。
何せ、台所と一部屋の小さなアパートである。服の着替えもままならない。女性陣が着替えるときは男性陣がトイレにこもり、男性陣の着替えは「俺ら隅っこで勝手に服着るから」と言ったのだが、その逆をすることになっていた。
自分の私服が入っているゴミ捨て用の大きなビニール袋から、貴士は適当に上下を選んで着替えた。脱いだ制服はハンガーにかけ、洋服ダンスの中に吊るす。
「もういいよ、緑川さん」
貴士はトイレの中の圭子に言った。
はい、と返事が返ってきて、圭子が出てきた。
貴士が、脱いだ制服をハンガーにかけ、洋服ダンスの中に吊るしている間に、圭子は窓際に歩いていき、そこに足を折り込んで立てかけているちゃぶ台を持ち上げ、部屋の中央で足を広げて立てた。
「今村君、座ってて。コーヒー淹れるね」
「サンキュー」
ちゃぶ台の上に、コーヒーが二杯とハンドメイドのクッキーが盛られたお皿が用意された。ふたりはその小さなちゃぶ台をはさんで座り、暫し、くつろいだ。
「うーん、美味い! これ、昨日の夜、緑川さんとしおりさんで焼いてたやつだろ。メッチャ美味いじゃん!」
貴士がクッキーを食べて言った。
「そう? 気晴らしのつもりで作ったんだけど、趣味が役に立ててよかったわ」
「へー。お菓子作りが趣味なんだ。スゲー。またなんか作ってよ」
「いいよ。オッケー」
圭子はふふ、と嬉しそうにほほ笑んで、満足げな貴士の顔を見ていた。
「じゃあさ、緑川さん」
「なに?」
「クッキーのお礼にさ、俺が緑川さんのことを守るから!」
そう言って、貴士は圭子の目を見た。
「悪の異次元宇宙人野郎どもから、絶対に守るから。死んでも守るから」
見つめたままで言った。
「死んでもって……、オーバーだなぁ……」
「本当だから。俺、もう、決めてるんだ。へへへ」
見つめ続けて言い、最後に嬉しそうに笑った。
圭子は小さく、うん、ありがとうと言ったきり、うつむいて黙ってしまった。
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