第9話 潜む者たち

 ルミィ・ヒシカワは評判高い女探偵である。貧困階層住居地域ダウンタウンに生まれ、幼少の頃より探偵業を生業として、常に危険と隣り合わせに生きてきた彼女は、いわゆる天才の部類に入るであろう。まだ、二十歳を過ぎたばかりであった。貴士を襲ったスリ切れ眉はその手下のひとりなのであった。

 その彼女がDr.ユウゾウ・サイゴウに呼び出しを受けた。世の中がここまでの壊滅的状態なのに、依頼も仕事もなかった。だが、ルミィは行ってみることにした。Dr.ユウゾウ・サイゴウがワールド オーソリティの物理科学者だったからだ。何かある。ルミィの興味が優先された。

 ユウゾウは年齢七十を少し回っていた。見事な白髪が印象的な老紳士であった。但し、見た目は不老不死テクノロジーが超高度に発達した世界の住人なので、現代の感覚で言うと、四十台、ナイスミドルというところだ。

 彼はタイムマシンを研究開発していた。いつか時間を跳び越えてみたい。それがユウゾウの少年時代よりの夢であった。

 一万キロメートルほどの、短距離型瞬間物質移動装置ショートディスタンス・モーメント・トランスファーはすでに完成していた。サイズの縮小化も終えている。この技術を既存の研究結果にプラスすることで完成させることは出来まいか。

 何度も試行錯誤を繰り返した後、遂に一機のタイムマシンを造り上げた。大いなる自信と不安の結実。

 だが、それも失敗作だった。

 どういう加減か、時間線を越えずに、多元宇宙の平行線を超える物に仕上がっていたのだ。

多元宇宙移動機パラレルマシン」である。

 本格的な極ジャンプが来ると知ったユウゾウは、これを使い、滅亡に瀕している人類を多元宇宙の人類と総取り換えしようと思いついた。

 そこでまずは、自分の孫であり、また、非常に有能な助手でもある、若き天才科学博士、Dr.カツキ・サイゴウをテストケースとして選んだ。そのすり替え作業をルミィに一役買って、手伝ってほしいと頼んだ。

 ルミィはその相談に乗った。その報酬が自分とふたりの手下もその次にすり替えをさせるというものだったからだ。

 ルミィはまず、多元宇宙移動するのにふさわしい宇宙を定め、手下たちと、その世界についての、言葉、習慣など様々な調査をした。それがこちらの、この宇宙であった。それから、この世界にもともといるカツキやルミィたちを探し出すことにした。

 まず、カツキのすり替え人が見つかった。

 ユウゾウの研究所が建てられている場所は、こちらの世界ではあの花時計の前がそうであった。だから、ルミィの手下たちは、探し出したすり替え人を瞬間移動装置でそこまで持ってくる必要があったのだ。次に、パラレルマシンで研究所に運び込み、そこで、自我解析読解脳波測定機エゴ・プルアウターにより、その人物の癖、特徴、生い立ち、知能力などをコピーした。

 それらを今度は超記憶装置スーパーラーンナーでカツキの深層意識にまで浸透させた。人格の書き換えではなく、付け足しである。完全に別人格をも備えたカツキをパラレルマシンでこちらへ送り出した。

 約一か月後、ルミィの手下の男たちが同じ要領で多元宇宙移動パラレル・スリップした。

 最後にルミィのパラレル・スリップが行われることとなった。その時の男ふたりの電話のやり取りを、貴士が混戦で聞いたという訳である。


「それで、すり替えられた方の四人はどうしたんだ」

 貴士が訊いた。荒唐無稽、信じ難い、大ボラ、作り話……。笑い飛ばしたいが、笑い飛ばせない証拠がある。地面深く埋まっているライトサーベルの存在である。コウモリ傘が一瞬でビーム発光する剣に代わる、超科学力が生み出した武器。それ故、話を聞いている貴士も勝輔も目が真剣である。

「ユウゾウの研究所で、今のところ人工睡眠コールドスリープ状態だ」

 スリ切れ眉が答えた。

「勝手だな。そっちの宇宙の話だろうが。こっちにゃ、何の関係もねえ話じゃねえかよ!」

 貴士の語気が強い。

「しかたないだろ。え。こういう手は採りたくなくてもな、背に腹は代えられんのと違うか。土壇場に立たされちまった時の人間のエゴに、こっちだのあっちだのって違いがあるんかい。俺たちの立場だったらどうするよ。ええ」

 スリ切れ眉は自嘲気味に笑った。

「そりゃ、よ、人間だからな、弱い心もあらあ。けど、立場とかそんなんじゃねえ。俺はしちゃいけねえことはしねえぜ。まあいい……。それで、そのすり替えってのを俺たちが見たから、俺たちを殺す気だったんだな」

「そうだ。あんまり人に知られていい話じゃねえんでな」

「だが、これで、もうお前らの計画はパーって訳だ」

 勝輔がドスい声で言った。

「さあ、そいつはどうだかな……」

 スリ切れ眉はへへら笑いを浮かべ、素早くスーツの胸ポケットに指を滑り込ませた。そこから小さく折り畳んだ銀袋を撮み出すと、それをはたくようにして。一種のうちに大きく広げた。以前、花時計の前で二人が見た、中から男が現れた銀袋である。スリ切れ眉はそれを自分の頭上から手際よくスルスルと被せていった。貴士と勝輔の油断をついた早ワザであった。

「今日のところはな、失敗したがな、近いうちにまた、狙いにくるぜ……」

 銀袋が発光化し、それに伴い、段々と実体感がなくなっていった。

「……俺たちの嫌な手間が増えるだけだから、お前らも人に喋らねえほうがいいぜ。根っからの殺人鬼じゃねえんでな……」

「な、なんだとォ……!」

 貴士はとっさに銀袋を蹴り飛ばした。が、今や存在が希薄になっている銀袋にダメージはなく、蹴りはカラ通過するだけだった。

 数秒後には、スリ切れ眉もろとも、銀袋は完全に消滅していた。間違いなく、今の銀袋は、別の異元宇宙の超高度に進んだ科学力の産物である、瞬間移動装置なのだと貴士は理解した。

 貴士と勝輔が唖然として立ちすくんでいる足元に、ライトサーベルだけがアスファルトに突き埋まったままだった。

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