第7話 襲撃者

 貴士と勝輔は圭子を家まで送り、その後、自分たちが所属しているカラテ道場へ向かった。用事があると言ったのは、カラテの稽古のことであった。

 ストレッチ、約十五分。基本稽古、約三十分。汗だくになった体を、持参したタオルで拭き、その後、正座。暫し黙想。茶帯を締めた者がひとり、全員の出欠を取る。約十分。後半、移動稽古(コンビネーション、フットワーク、サバキ)、約三十分。二人一組になってのサバキ・コンビネーション、約ニ十分。最後にスパーリング、組手で締める。

 正座一礼をして、一旦稽古は終わる。が、そこからは、サンドバッグを蹴り込んだり、ベンチプレスなどのパワートレーニングを行ったりの自主トレの時間である。約一時間後、貴士と勝輔は帰路についた。

 稽古のおかげで、ふたりとも身体全体が芯から温かかった。間もなく午後十時になろうかという夜気の冷たさがちょうど気持ちいい。学ラン姿で歩く貴士と勝輔の後ろを、スーツ姿の男がひとり、五メートルほどの距離を保ち、付けてきていた。ステンレス製のような、銀色のステッキを手にしている。この距離では、流石に人の気配に敏感な貴士と勝輔でも気づかない。人ごみに紛れるのではなおさらだ。

 二人が暗い一本道に差し掛かった時、男の足の運びがテンポアップした。少し長めになっている柄の部分を、男はバットを握るように両手で持ち、全速力で貴士に向かって走り出した。

 その、走り寄る足音と、異様な雰囲気の中に殺気を感じた貴士は刹那、振り返った。

「イイイイイイッ!」

 必死の形相で、男はステッキを大上段に振りかざした。

 瞬間、ステッキは剣に変わった。それも、普通の剣ではなく、刃が青白く光っている。SF映画でよく見る、ライトサーベルそのものだ。貴士に向かって、伸びてきた!

 貴士は反射的に左アウトステップで男を躱した。肩、首、頭部はさらに左に避けるように曲げている。左手でサーベルを振り下ろす男の右肩を押し出し、刃がこちらを向かないようにフォロー。同時に右の拳は強く固められ、自分のアゴをガードする位置にあった。

「ィッシャアアア!!」

 気合もろとも、貴士の右正拳が男の顔面をブチ抜いた。右足つま先の、地面を弾くような蹴り出し、身体の中心軸を素早く素直に回す腰の回転のキレ、ただ腕を伸ばすのではなく最後にグッと肩を差し込む意識、この意識はパンチをぶち込む方向への体重移動のためだ。これらが同瞬時に重なることで、全身のバネと自身の体重が拳一点に集約され、驚異的なストレートパンチのヘッドスピードと破壊力が生まれる。一朝一夕で簡単に手に入るようなものでは決してない。この一撃で、いかに貴士が日々の鍛錬を怠ることなく積み重ねてきたかがうかがい知れた。

 男はライトサーベルを飛ばし、地面に突っ伏した。飛んだサーベルはいともやすやすと柄近くまで地面のアスファルトに刺し埋まった。

「オッ、大丈夫か! 怪我はないか!」

 勝輔が貴士に言った。

「……ア、ああ……」

 呆けた声で貴士は答えた。

 男の顔面、鼻と口から血が流れだし、アスファルトに徐々に広がっていった。

 勝輔は素早く男を引きずって、人目につかない細い路地裏の奥まで運んだ。長身のその男を壁にもたれ掛けさせる。男は鼻血をボタボタと滴らせながら、ぐったりとしていた。

「貴士! その刀、抜いてこい早く!」

 勝輔は、まだ自分の命が奪われかけたことがショックで放心状態のままの貴士に声を掛けた。

「……ん。ああ……」

 貴士はサーベルの柄を握って引いた。なんの手ごたえもなく、すーっと簡単に地面から抜けた。

 貴士はその青白く光るサーベルをもって、勝輔のところまで駆け寄った。徐々に気持ちが落ち着いてきた。が、心臓の鼓動の高鳴りはまだ続いている。

「オイ、こいつよ、見覚えあるだろ」

 勝輔が言う。「花時計の前で、不意に現れたおっさんリーマンだぜ」

 貴士はサーベルを壁に立てかけ、男の前にしゃがみ込み、顔を覗き込んだ。

「お……、本当だ。確かにあんときの……」

 男は面長で、眉が擦り切れたように薄くなっているのが特徴的だ。鼻血はようやく止まっていたが、顔一面のみならず、スーツ、カッターシャツとベトベトの真っ赤であった。

 一方、壁に立てたサーベルなのだが、その自重でまたもや柄の先数センチのところまでアスファルトの中に沈みこんでしまっていた。

「うへっ、こりゃ切れ味ってどころじゃねえな」

 貴士が驚いて言った。

 勝輔も口を半開きにして、感心して見入った。

 ニ十分ほど、男の意識は戻らなかった。。スリ切れ眉を一瞬しかめ、無思考な眼を半開きにさせるまで、貴士と勝輔は待った。

「ようやく、気が付きなさったか」

 貴士が言った。

 スリ切れ眉は、一度うおおと低く呻くと、貴士のパンチでえぐい紫色になって腫れ膨らんだアゴに右手を被せた。掌のネバつく感触で、自分が多量に出血したことに気づいたようだった。

「おい、おっさん」

 勝輔がスリ切れ眉の正面にしゃがんで言った。重低音でドスが効いた、迫力のある声だ。「何の真似だよ。ん。てめえ、何者なんだ」

 スリ切れ眉の髪の毛を鷲掴みにし、ぐいと顔を上に向けさせた。ギロリと睨みを利かせた勝輔の顔は、更に迫力満点だ。スリ切れ眉の眼は完全に怯えきっていた。が、言葉を発しようとしない。

「何のつもりで俺たちを襲った?」 

 貴士が言った。

「おっさん、もっと痛い目見せてやろうか。ええ、ゴラァ」

 勝輔が凄んで言った。

 その威圧感に圧倒されたのか、スリ切れ眉は口を開いた。

「……お、おれは、お俺たちは、……」

 スリ切れ眉は、腫れてしゃべりにくい口を何とか動かせて、話し始めた。

「俺たちは、こ、この世界の人間じゃない……」

「何ぃ。この世の人間じゃないって、あの世のオバケかよ」

 貴士が言った。

「ち、違う」

「じゃ、やっぱ宇宙人か」

 勝輔が訊いた。

「いや、そうじゃない。……俺たちは、こことは違う、別の次元宇宙から来た……」

「!」

「?」

 貴士と勝輔は顔と顔を突き合わせ、お互いの困惑した表情を見せあった。

「お、おい、おっさん、どういうこと言ってるんだよう」

「俺たち、見ての通りのバカなんで、分かるようにちょっと詳しく教えてくれねえかな」

 スリ切れ眉は話し始めた。

 

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