第6話 事情説明
部屋の中は、女性の部屋らしく、奇麗に整理されていた。若い女性は汚部屋が多いと聞くが、この部屋の主に限ってはそうではなかった。必要以上の飾りつけもなく、より、清潔で落ち着いた雰囲気がある。
「コーヒーでもどうぞ。インスタントでもよければ」
台所から、しおりが四人分のコーヒーをお盆に乗せて運んできて、一つずつ、ちゃぶ台の前に座っている一人ひとりに配って置いた。
「しおりさん、一週間前、どうしてたの?」
コーヒーを配り終え、自分も腰を下ろしたしおりに、圭子が訊いた。
「どうしてたって、一週間前の今日ね……、いつも通り学校へ行ったけど」
「本当?」
「ええ」
「それからぁ?」
「それからったって、そんなに憶えてないわ。一週間前のことだもの」
しおりの言葉を聞き終え、圭子はコーヒーカップを取り上げ、口に運んだ。
「白城スーパーパークってところに行ってないですか」
貴士が言い、時々チラ見していた圭子を真似るように、コーヒーを一口すすった。
「ええ? 行ってないわ……」
しおりはちょっと困惑気味に軽く苦笑して見せた。「その場所がどうかしたの?」
圭子が学生カバンを開け、中から星型ウォッチを取り出した。
「ほら、これ……」
テーブルに置き、しおりに見せた。「前にしおりさんに貸してあげたでしょ」
「ええ、そうね。借りたことあるわね。ええと……、確か試験期間に入った時に、私の腕時計が壊れちゃって、これでこれ、借りたのよね」
「しおりさん、この時計、まだあたしに返してくれてなかったでしょ」
「あら、そうだった⁉ ごめんごめん。ひょっとしたら、そんな気もしてたんだけど、身の回りになかったもんだから、もう返したもんだと思ってたわ。ごめんごめん」
しおりは少し恥ずかしそうに照れ笑いをしながら、二度、ごめんごめんを繰り返したうえで言葉を続けた。「じゃあこれ、どうしたの。どこかに落ちてたとか。それが白城スーパーパーク?」
「そう。正確には、パーク入り口前の花時計のある場所」
ね、今村君、と言って、圭子は貴士の顔を見た。
圭子と突然、視線が合った貴士は目をぱちくりさせ、口に含んでいたコーヒーを危うくこぼすところだった。慌ててごくりと飲み込み、「そうそう。な、勝輔」
「ん」
短く返事をし、勝輔はゆっくりとコーヒーをすすった。
「ふーん。それで、さっき人違いで良かったとか言ってたけど、そこで何かあったのね」
しおりは両肘をちゃぶ台に突けて、身を乗り出すような姿勢になり、貴士に訊いた。
「そうなんです。実は、女の人が誘拐されたんです」
「ええ! 誘拐⁉」
「でも、スーパーパークで誘拐されたんじゃなくて、どこかで誘拐されたその人を怪しい男たちがパーク前の花時計まで連れて来たんです。その理由はわかりません。で、その女の人がしおりさんと同じ清麗女子大学に通っている学生さんなんですよ」
「な、なあに、それ……!」
「俺たちがその現場を調べたところ、落ちているこの時計を発見したんです。このことを緑川さんに話したら、誘拐されたのはしおりさんじゃないかっていうんで、俺たち急いでここに来たっていう訳なんです」
「まあ、そうだったの……。でも、どうしてそのことを今村君たちが知っているの」
そこでまた、貴士はまた混線電話のことから話していった。
「そう……。なんだかとってもミステリーね。忍者みたいなサラリーマン風の犯人、か。ブキミで怖い」
しおりはしかめた顔を左右に振りながら言い、それにより乱れた髪をさっと横にかき上げるしぐさをした。
「でもそれじゃ、さらわれた人って誰なんだろう。しおりさんには心当たりはないの?」
圭子が訊いた。
「さあ、ないわ……。たぶん、私が学校でそれを落としちゃって、拾った誰かじゃないかしら。ひどい目に遭ったドロボウさんね」
しおりは答え、続けて言った。「もしかして、犯人は宇宙人だったりして」
「宇宙人⁉」
「宇宙人⁉」
貴士と恵子の声が揃った。お互い、顔を見合わせた。
勝輔はニヤッと細めた目でそれを見て、無言のままコーヒーをすすった。
「まっさかぁ」
圭子が笑った。
「そうですよ。真夜中に廃墟同然の無人のビルで、誰かのむせび泣く声が聞こえたり、念力でスプーンが曲がることはあっても、宇宙人が人さらいですかー」
貴士が言った。
「お前、今、同レベルのこと言ってるぞ」
勝輔がはじめて口をはさんだ。
「え? アそうかそうか。本当だな。ははは」
貴士は頭をかいて笑った。
その様子を見て、しおりは口許に手をやり、くすっと笑った。圭子も肩をすくめてふふっと笑った。貴士は照れて、また笑った。「へへへへ」
「今村君って面白いのね。でも、急に人が現れるなんて、普通の人にはできないことじゃない?」
しおりは言った。
「宇宙人かどうかはともかく、まだ世の中には科学では説明のつかないことがたくさんあって、これもそのうちのひとつかも知れないわね」
圭子が言った。
その時、ピピッ、ピピッと貴士と勝輔の腕時計のアラームが鳴った。時間表記は5:00となっている。
貴士と勝輔が頷き合った。
「今から用事があるので、俺たちはこれで失礼します」
「どうも、お邪魔しました」
ふたりは自分たちのスポーツバッグを持つと、立ち上がった。
「まあ、ごめんなさい。あたし、今村君たちに予定があるなんて知らなかったから、無理に付き合わせちゃった。言ってくれればよかったのに……」
圭子が謝った。
「いやいや、全然」
貴士は手のひらを顔の前で左右にパタパタと振って、言った。力のこもった手の振りだった。「全然の 全然!」
「そう。緑川さんは何にも気にすることはないんだぜ。こいつが、すーきーで、やってるんだからさ。な、貴士」
にやけながら、勝輔が言った。
「そそ。そゆこと。てか、今、お前、なんか変な言い方してねーか」
貴士が軽く勝輔を睨む。若干、頬が紅潮しだしていた。
「はて。なんか俺、間違ったこと言ったっけ」
「こーこーせーにもなって、ひとのいやがることをいうのはやめましょー」
「まーまー、いいじゃねーか。別に悪かねえよ。いいことだ」
勝輔はそう言って、貴士の肩から上腕部の辺りをポーン、と軽く叩いた。
そそくさと二人が帰ろうとしたとき、圭子も立ち上がって、言った。
「あ、待って。あたしも帰るから」
「そうね。男の子二人が一緒の方が安心よね」
しおりが言った。
「うん。しおりさんの無事もわかったことだし」
圭子はちゃぶ台の上のポケットウォッチを学生カバンに仕舞い込み、それを手に持った。
「それじゃ、失礼します。しおりさんも宇宙忍者に誘拐されないよう、気を付けてくださいね」
貴士が言った。
「ええ。十分、気をつけておくわ」
しおりはそう言って、三人を見送りに出た。
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