第5話 持ち主探し2

「……でも、誘拐だなんて……」

 圭子は、眉根を寄せた心配げな表情を崩さず、ひたすら前方を向いたまま、かなりの急ぎ足で歩いていた。貴士の話を聞いた圭子は、いてもたってもいられなくなり、とにかく、今すぐにその知人のところに行ってみると言い、急いでバーガーショップを飛び出して行った。もちろん、貴士と勝輔のふたりもその後を追い始めた。

「まさか、違うわよ。そんなことない……」

 圭子の後ろを貴士と勝輔が続いていた。まるで、二人がついて来ていることなんか忘れているような、圭子の速足ぶりだった。

「その人はしおりさんと言って、あたしが小さい頃から仲良くしてもらっている人なの。一人っ子のあたしにとって、優しいお姉さんの様な存在の人」

 ハアハアと息を切らしつつ、圭子は後続のふたりに説明して言った。「だから、だから絶対違う! そうであってほしくないの!」

「う、うん。そうだね」

 貴士はそう言うしかなかった。勝輔はただ、無言でついてきている。

 ニ十分近く道を急いだ圭子の足は、とあるアパートの前で止まった。特別に古くもなく、新しくもなく、安アパートならこんなもんだろうという物件だ。表札には「懐風荘」と書いてあった。

「ここなの」

 はあはあと息を切らしながら、圭子は言った。

「よし、行こ」

 貴士が促し、三人は圭子を先頭に、所々錆びかけた階段を上がっていった。皆、緊張気味に無言のまま、ガン、ガン、ガンと、複数分の靴音だけが響いている。

 圭子は二階の廊下を一番奥の部屋まで歩いて行った。その部屋のチャイムのボタンを押す。

「田辺さんか……」

 表札を見て、貴士が言った。

「いるといいが……」

 勝輔が言う。

 しばらくして、こん、と錠の外れる音がして、チェーンロックされたままのドアが薄く開いた。

「はい。どちら様……?」

 澄んだ奇麗な声がした。

「しおりさん! あたし!」

 圭子が答えた。早口になっていた。

 もう一度、奥から、あら、圭ちゃんねと声が聞こえ、チェーンが外される気配の後、ドアが大きく開かれた。

「なあに。どうかしたの」

 少女というより、もう立派な大人といえる人が出迎えた。ロングヘアで、彫りの深い秀麗な美人である。赤いセーターにジーパンという軽いいでたちだ。

「しおりさんよかった! やっぱり人違いだったんだわ!」

 そう言った圭子の声は、かなりの興奮で上ずっていた。そのまま、しおりの胸に体を預けるようにして、倒れ込んでいった。

「ど、どうしたのよそんなに嬉しがってくれて。何が良かったの、人違いって、誰と」

 圭子の様子に驚いて、しおりは言った。それから、貴士と勝輔に気づいて、圭子に訊いた。「それはそうと、今日はお友達もつれてきたの? 男の子ふたりもなんて、圭子ちゃん、モテモテね」

「んー、違うって……。ふたりは今村君と松木君」

 貴士と勝輔はぺこりとしおりに頭を下げた。「こんにちは……」「こんにちは……」

「どうも、初めまして。私、田辺です。……なんか込み入った事情がありそうだから、どうぞ中へ入って。ね、圭ちゃん」

 しおりに誘われて、三人は部屋に上がっていった。

 

 

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