第2話 調査1

「誘拐な……」

 貴士が言った。勝輔は無言だ。黙って前方のある場所を見つめている。白い三角塔が立ってあり、その前に赤、青、黄、緑と色数豊かな花時計がある。太陽光が照らし出す昼間に見れば、きっとその鮮やかさは感動ものだろう。

 昨日、テスト終了後に貴士と勝輔は、駅前のバーガーショップで謎めいた怪混線について相談した。ヒントは清麗女子大学、花時計、十一時の三つ。

 貴士はさっさとバーガーを食べ終わり、きれいさっぱり何もなくなったテーブルの上に、持参してきた都内の地図帳を広げて見せた。

「清麗女子大学、清麗女子大学っと……。あったここだ」

 貴士は地図のある一点を指さした。「ここからそこそこの距離で花時計が有名な場所って、勝輔、知らねえか」 

「そうだな……、このあたりだと、確か最寄りの地下鉄の駅に泉水が丘緑地公園ってのがあった筈だな。あそこの地下駅前広場にきれいな花時計があるぜ」

「うんうん、あったあった。けど、あれは去年のクリスマス前の改装工事でオシャレな水時計広場に変わってるぜ。何度かテレビで見たんで間違いねえ」

「そうか。じゃ、違うな……。うーっむ。……近くと言えるかどうか知らねえが、俺の知っている花時計が有名な場所って言うと、ここなんだが……」

 勝輔の人差し指が地図上のある位置に止まった。「子供の頃、何度か親に連れてってもらったのよ、ここ」

 勝輔の指の先には白城スーパーパークと印字されていた。

「おー、白城スーパーパークか。俺も覚えてるよ。パークの入場券売り場の前にあったわ。懐かしいな。……まあ、地図でざっと見ると、女子大から三、四十キロほどあるが」

「あんま大学との距離って関係なくねえか。大学なんて、結構な距離でも通学するもんだぜ」

「そ、そうなのか。知らんかったわ」

「高校だって、そうなんだぜ」

「へー。し、知らんかったわ。みんな、歩きか自転車通学してるんじゃないのか。はは」

 貴士は今まで、小、中、高校は徒歩範囲で行くものだとばかり思っていた。

「お前の脳みその成長は小学生レベルで止まってんのかよ。お前らしいわ。……まあ、他に花時計のある場所って思いつかんし、ここ張るか」

「うん、そうだな」

 最終的にふたりの結論として、事件の起こる花時計の前とは白城スーパーパークの入場口の前に設置されている花時計のことであろう、十一時とは人目を避けるため、深夜の十一時であろうということになった。 

 幅八メートルほどの砂利道が続いている。その中央部にイチョウの街路樹が一定の間隔をもって植えられている。その砂利道を国道側から離れるように進んでいくと、アーチ状の黄金色の門にぶち当たる。遊園地の入り口だ。それにはアーチの曲面に沿って合わせるように、「SHIRAKI SUPER PARK」と白抜きの文字が刻まれてあった。パークの前は砂利道が扇状に広がっていて、その解放された空間の中央に塔と花時計がある。

 貴士と勝輔はガクラン姿のまま、ボックス状になっている入場券売り場の陰に隠れていた。夜の十時五十分である。黒いガクランが夜のとばりに溶け込んでくれるので、身を潜めている二人には都合が良かった。電話の混線を聞いてから二日経っている。

「でも、一体何なんだろうな。一旦、ここで待ち合わせるってのは、な」

 と、貴士は言い、勝輔を見たのだが、依然として勝輔は何も言わずに花時計の方を注視している。勝輔からの返事がないまま、仕方なく貴士は言葉を続けた。

「こんなとこ、何があるってわけじゃなし、人さらいした現場から一直線にてめえらのアジトへ帰りゃいいもんだろうがよ……」

 夜気がひんやりと冷たい。見上げれば、澄んだ夜空にいくつもの星々が煌めいていた。きっと明日はいい天気だ。

「……もうすぐ十一時になるな」

 今まで黙っていた勝輔がぼそっと言った。

 花時計の長針が、間もなくⅪのところに来ようとしていた。

「おおッ、きれいな流れ星見っけ!」

 貴士は言い、一瞬、空を見上げた。

「お前、何しにここへ来たんだ。天体観測じゃねえんだぞ」

 勝輔が呆れたように、貴士の顔を一瞥した。

「へへ、すまんすまん」

「ったく、現場に集中しろ、集中」

「悪ぃ悪ぃ」

 瞬間的に人がいた。ほんの少し、ふたりが目を離した僅かなうちに、花時計の横のストリートライトの下に急に人影があった。男一人と女一人、いきなりいた。

「れ?」

「……⁉」

 女はジャケット、スカートとも赤で上下を揃えている。見た目の年恰好から、さらわれたのはこの女子大生のように思えた。男にもたれかかるようにして立っている。意識が失われているようだ。その女を支えている男は身長160センチ、体重70キロといったところか。横幅のあるがっしりとした体格の、まるで目立たない焦げ茶色のスーツ姿だ。

「おい、勝輔、あの二人、いつの間にいるんだ⁉ お前、気づいたか」

 貴士が訝しげに言った。

「……い、いや、分からん」

 勝輔が言った。

 まるで魔法で現れたようなふたりだったが、再び驚くことになった。

 女を支えている男の前方三メートルあたりに突如、大きな銀色の物体が現れたのだ。袋状の物のように見える。その中から、三人めの人物が現れた。

「オ、オイ、勝輔!」

「ああ……、見た!」

 そいつも地味なグレーのスーツ姿だ。細身の体つきの男だった。そして、銀色の物体はやはり大きな袋だと言ってよいものだった。グレースーツの男がそれを両手で持って、二、三度はためかすと、簡単に小さく折りたたまれていき、あっという間にポケットサイズにまでになった。男はそれを、スーツのポケットに仕舞い込んだ。もしかしたら、初めのふたりもこの不思議な銀の大袋から出てきたのかもしれないと、貴士は思った。

「何をやる気なんだ、あいつら。おい勝輔、たす……」

「助けに行くぞ!」

 貴士の言葉を待たず、勝輔が言うなり、入場券売り場から飛び出そうと足を踏み出した。が、その瞬間!

 ゴッ!

 ガツッ!

 何者かが彼らの後頭部をしたたかに強打した。

 痛みを感じるよりも先に二人は意識をなくし、その場に倒れ込んでしまった……。

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