第18話逸る一等星
「……優香ちゃん、今日はちょっとハードかもしれないよ」
「え?」
優香ちゃんに警告を促して、俺は前を見る。その先には、『魔の者共』の軍勢があった。その姿は、いつもよりも恐ろし気に見えた。
「優香ちゃんは突出するのはちょっと抑えて、厳しそうなチームの援護に当たろう。随時指示する。私が一番ヤバそうなのを叩いてくる」
「そんなに、厳しい戦いなら、私を連れて行ってください! お役に立てます!」
「――ダメだっ!」
俺の口から大声で出て、優香ちゃんがびくりと肩を震わせる。それを見て、俺は己の失態を悟った。
「……あ、ごめん。でも、今日は危ないから。私一人で前に行く優香ちゃんはちょっと離れてついてきて」
「……はい」
優香ちゃんは少し考えるように下を向くと、やがておずおずと問いかけてきた。
「先輩、なんだか少し様子がおかしくないですか? 多分あの日、一緒にレストラン行った日からだと思うんですけど、何か気に障ることがありましたか?」
「ああ、ちょっと夢見が悪くてね。気が立っているのかもしれない」
あの日からしばらく、真央先輩の夢を見るようになっていた。真央先輩が俺を否定する夢だ。
そして、現実の真央先輩も忙しいらしくてあまり話せていない。顔の広いあの人のことだから、きっと誰かのために働いているのだろう。
真央先輩は、お姉様は、俺の居場所だ。
それが揺らいで、ちょっとだけ動揺している。
過去を語るなんてらしくもないことをして、少し感傷的になっただろうか。反省する。
「さて、どうでもいいおしゃべりはここまでにして、行くよ」
「はい」
眼前に広がるのは、異形の軍勢。『魔の者共』と呼ばれるそれは、今の俺の家族を奪ったらしい。
正直記憶はないが、そのことに対して不思議と怒りがあるのだ。この体の記憶、と言えばいいのか。天塚燐火の体が、家族を殺されたことを覚えていて、『魔の者共』に復讐したいと叫んでいるのかもしれない。
体と心が乖離しているなんて自我の危機な気もするが、俺みたいな楽天的な人間にとってはわりとどうでもいいことだ。結局のところ、自分が気持ちよくなれて、皆が曇ってくれればそれでいいのだ。
「――天塚燐火! 推して参る!」
叫びを上げ、前に出る。こうして俺の動きを伝えておけば、夏美も指揮を取りやすいだろう。あとはまあ、ファンサービスみたいなものだ。かっこいい俺を見せておくことで、傷ついた時に心配してもらうため。
走る。超人的な脚力で走る俺の視界の端では、景色が高速で流れていく。
後ろを走る優香ちゃんは、言いつけ通り少し距離を取っているようだ。……この分なら、ちょっとハッスルして叫んでも大丈夫そうだ。
『魔の者共』の群れを前にして、俺は自分の直感が正しかったことを悟る。足並みが揃いすぎている。前方には、耐久力に優れた種族が並んでいる。スライム。丸々と肥えたオーク。キメラ。生命力に溢れるそれらは、一刀で斬り伏せる、とはいかなそうだ。
その後ろに高い攻撃力を持った種族が控えている。巨人族。ゴースト。……隣にいるのは、落ち武者だろうか。幽霊に分類されているそれは、高い知性を持つ厄介な相手だ。
二段構え。近づかないと攻撃できない俺にとっては少々厄介だ。
しかし。
「――この程度で止められるのなら、最強なんて名乗ってない」
飛び込み、一撃。スライムの弾力のある体に、小太刀がめり込む。予想通り、核となる部分までは届かなかった。すぐさま反応した『魔の者共』が押し寄せてくる。
「ハッ!」
左手の刃はスライムに突き刺したまま、俺の右腕は閃く。最初に飛び込んできたのは、ゴースト。半透明で素早く動くそれに、刃が突き刺さる。(戦乙女の武器は幽霊などの実態のない敵にも有効だ。しかし、たとえば戦乙女がゴーストを素手で殴り付けようとすると、すり抜けることとなる)
「おおおおおお!」
手ごたえは確かだった。断末魔の悲鳴を上げて二度目の死を迎える半透明の霊。しかし、俺の刀は二本しかない。次に襲い掛かった落ち武者の刃。それを俺は肩を突き出して受け止めた。
「グッ……」
「燐火先輩!?」
肩口に、刃が浅く突き刺さる。落ち武者の刀は手入れされていないらしく、刃がギザギザしている。まるでのこぎりでも押し当てられたような痛み。全身を駆け巡る痛覚という麻薬に俺は歓喜した。
「ふ……あっはははは! ――なまくらっ!」
右手の小太刀を手元に戻し、袈裟斬り。先ほどの彼と同じように肩口から斬り込んだ刃は、そこで止まることはなく落ち武者の上半身を斜めに真っ二つにするような傷跡が出来た。
「ミゴト、ナリ……」
うわ言の如く呟いた落ち武者は、命を失うと霧の如く消えていった。どれだけ外見が人間に近くても、やはりあれは人間とは異なる存在、『魔の者共』なのだろう。俺は確信を深めた。
そこまで来て、ようやく俺の左腕に貫かれたスライムがうごめきだした。水色の体が一瞬で姿を変えたかと思うと、俺の左腕を飲み込んだ。すぐに、俺の左腕に奇妙な感覚が走る。ぬるぬるとした感触。おそらく、少しずつ溶かされている。
スライムの攻撃方法はほぼ一つだ。捕食と、融解。その粘性の体に飲み込まれた戦乙女は、肉と骨をしゃぶりつくされることになる。
……俺は、この生き物が嫌いだった。分かっていない。
「毎回思うけど……お前らの仕事は服を溶かすことだろうが!」
叫びながら、小太刀を突き刺す。既に弱点である核の位置は確認している。突き出した刃がそれを貫くと、スライムは液体となり、地面のシミになった。
「燐火先輩、もう一体です!」
優香ちゃんの警告。大丈夫、もう見えてる。
背後をつき、斧を振りかぶったオークが、俺を叩き潰さんと襲い掛かってきていた。
けれど予めそれを分かっていた俺は、左手の小太刀を投擲した。
「ハッ!」
「ぶおっ!?」
予想外の反撃だったのだろう。戦乙女の武器は戦いの必需品。手放せば無防備になるだけだ。しかし、俺の武器は二本。一本くらい、くれてやる。
小太刀が凄まじい勢いで飛ぶ。弾丸の如く空を切ったそれは、オークの鼻っ面に突き刺さると、脳天をぶち抜いた。
「ぐお……」
力なく倒れ伏したオークを一瞥して、あたりを見渡す。いち段落。周囲の『魔の者共』は、今の一幕を見てやや怯えているようだ。オークの頭から小太刀を回収して、血ぶりをする。
「燐火先輩、治療します」
近づいて来た優香ちゃんの言葉と共に、温かい光が俺を包んだ。そこまで来て、ようやく俺は先ほど肩を斬られたことを思い出した。
「優香ちゃん、他の皆も交戦を始めた。危なそうなチームがないか観察してあげて」
「危なっかしいお姉様ならここにいますけどね」
ふくれっ面の優香ちゃん。可愛い。
「前も説明したけど、私にとってはピンチはチャンス。傷つくほど強くなるから、見た目ほどヤバい状況でもない」
「でも……痛いんですよね?」
「痛いよ」
痛くないと意味がないではないか。気持ちよくない。
「先輩……自分を大切にしてくださいね」
「フフッ、心配してくれてありがとう」
できるだけ優しく微笑みながら返事をする。
ああ、この前弱みなんて晒したせいで、いらない心配をさせてしまっただろうか。これでは最強の戦乙女失格だ。
……でも、興奮してきた。
うおおお、優香ちゃんが心配そうにこっちを見ている! これならいくらでも戦えるぞ!
「じゃあ、行くよ」
「あっ、燐火先輩! 待ってください!」
走る。敵の殺意を身に浴びながら。楽しみはまだまだこれから。この群れの奥に、ボスがいるはずだ。
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