第10話最強の『特徴』

 現在、淵上高校の『魔の者共』との戦いは二週間に一度程度行われている。

 これはかなり頻度が減った方だ。現在は大穴から這い出てくる『魔の者共』の数が少なくて、余裕がある。(大穴から出てくる『魔の者共』の数には波のようなものがあるが、研究者たちは未だにそのパターンを解析しきれていない。大穴に関する研究はロクに進んでいないのが実情と言えた)


 そのため、新入生たちが経験を積むにはちょうど良い時期である、と言えよう。


「優香ちゃん、準備は大丈夫?」

「はい。……でも、緊張しています。初陣とはまた違った緊張ですね」


 身の丈にも近い杖を手に、優香は大穴の方を真っすぐに見つめていた。けれど、その顔は少しばかり強張っているようだった。胸の鼓動が少しだけ早い。


「とりあえず今回は、私が指示するところに飛んで行って、治療することを最優先すればいい。私が守る」

「はい!」

「じゃあ、走ろうか」

「え!? もうですか?」


 見れば、他の戦乙女たちはまだチームで何事か話し合っていた。


「私が戦う時間が増えれば、それだけ皆が死ぬ可能性が減る」

「先輩……」


 優香が目を見開き、燐火を見る。ああ、やっぱりこの人は、分かりづらいだけで本当は優しいんだ、と胸が暖かくなるような感覚を覚えた。

 凛とした顔で敵を見やる燐火の立ち姿は、いつも以上にかっこよく見えた。


「離れないでね! 切り込む!」

「はい!」


 小太刀を両手に、駆け出す燐火。その速度は並みの戦乙女ではついていけないほどだったが、鍛錬を重ねた優香はそれにぴったりとくっついていた。

 それを見ていた他の戦乙女は、驚いた表情を見せていた。



「こいつがこの群れのボスだと思う! 優香ちゃん、コイツからは目を離さないでね!」

「はい!」


 燐火が最初にターゲットにしたのは、三つの首を持つ犬、ケルベロスだった。燐火の言う通り、周囲の『魔の者共』はケルベロスに付き従うように進軍してきているようだ。


 ケルベロスの大型犬よりも一回り大きな体躯は威圧感がある。あれにのしかかられたら最後、押し倒され、喉笛を嚙みちぎられるのも待つしかないだろう。

 凶暴な表情をした三つの顔は、殺意に満ちていている。


 三つの顔が勇ましい鳴き声を上げ、燐火に嚙みつかんと迫ってくる。よく見れば、三つの攻撃は絶妙にタイミングがずれていて、簡単には搔い潜れないように工夫されていた。


「ガウッ!」

「小賢しい! ふっ!」


 しかし、最強の戦乙女である天塚燐火には関係がない。一つ、二つと噛みつきを避けた燐火は、三つの口に小太刀を差し込んで止めると、右手の小太刀で胴体を抉った。


「グルル……」


 弱りを見せるケルベロスに、連撃を仕掛けていく燐火。三つの首が絶えず攻撃を仕掛けてくるが、燐火は紙一重でそれを避けながら、体を刻んでいた。


「クッ……硬いな」


 しかし、ケルベロスの体は発達した筋肉に守られていて、なかなか倒せないようだ。

 そもそも、燐火の小太刀は短い。刃はたしかにケルベロスの体を切り裂き鮮血をまき散らしていたが、どれも浅い傷に留まっていた。


 優香はあたりを警戒しながらも、それを心配そうに見つめる。何もできない自分がもどかしい時間が続く。


 そして、遠くから見ていた優香だからこそ、ケルベロスの攻撃の前兆に気づいた。


「燐火先輩! 何か来ます!」

「ッ!」


 一瞬遅れて、燐火もそれに気づく。素早くバックステップで下がる。しかし、三つの口から放たれた炎の奔流が、燐火の体を包んだ。


「先輩!?」


 炎のブレス。御伽噺のようなそれが、小さな刀しか持たない燐火を襲った。優香が悲鳴のような声をあげる。

 轟轟と燃え盛る炎は、遠くにいる優香の方まで熱を伝えてきた。であれば、中心にいる燐火はどうなってしまうのか。


「先輩、燐火先輩!」


 炎が晴れる。燐火は、その場に立っていた。灼熱の中を、ただ顔を腕でガードするだけで乗り切ったらしい。しかしよく見れば、両手は真っ赤に焼け爛れていた。

 ひとまず生きているらしいことに安心した優香は、すぐに声をかける。


「待っててください! 今治療を!」

「いらない!」

「先輩!?」


 燐火の体が躍動する。目にも止まらぬ速さで、ケルベロスの目の前に。炎に焼かれていたダメージを感じさせない軽快な動きだ。


 先ほどまでとは明らかに速度が違った。一歩、二歩、と走るたびにどんどんと加速していく燐火の体。

 その最高速度のままに、右手から突きを放つ。中段から放たれたそれは、先ほどまで硬くて仕留めきれなかったケルベロスの体に突き刺さる。


「──とどめ」


 刀を突き刺し、獣の体を固定したままで左手の小太刀が閃く。ケルベロスの首が三つ同時に地面に落ちた。


 刀の血ぶりをする彼女の両手は、火傷の上からべっとりと血がついていた。よく見れば、服にも返り血の跡がそこら中にある。赤くないところの方が少ないくらいだ。

 優香は、燐火の『血みどろ一等星』という二つ名を思い出した。なるほど、戦うたびにこんなに真っ赤になるのなら、そう呼ばれるはずだ、と彼女は納得した。


「って、違う! 燐火先輩、治療します!」

「うん、ありがとう」


 思考を一旦断ち切った優香が詠唱すると、優しい光が燐火の体を包む。腕の火傷跡が、かすり傷が、みるみるうちに治っていく。


「先輩、どうして戦いの途中に治療するのを拒んだんですか?」


 どこか責めるような口調で、優香が問う。それに対して燐火は少し気まずそうに顔を逸らした。


「私の『特徴』のせい」

「『特徴』?」

「言ってなかったっけ? 一部の戦乙女が覚醒している、それぞれの強みみたいなもの」


『特徴』を発現させる戦乙女は、百人に一人いれば良い方だ。そのため、その存在はあまり知られていない。


「初耳ですけど……」

「そう。まあほとんどの人に関係のないことだしね。私の『特徴』は、傷を負えば負うほど強くなる」

「そ、そんなリスキーな力で戦ってたんですか!?」


 正確に言うならば、燐火の力は本人が興奮すればするほど身体能力などが上昇するものだ。戦いの興奮でもいいし、性的な興奮でもいい。


 傷を負えば負うほど強くなる、とは燐火に限っては嘘ではない。どんな傷であれ、燐火は興奮するからだ。そしてそれを仲間に心配されるともっと興奮する。

 困った性癖を持った奴にピッタリの『特徴』だった。


 この『特徴』を得た時、燐火の頭には『心身合一』、という名前が頭に思い浮かんだ。どうやらそれが、燐火の『特徴』の名前らしかった。しかしあまりむやみに名前を教えると、『特徴』の本質がバレてしまうのでごく一部の人間しか知らない。


「ただ、負傷したまま駆け回ると、出血がひどくてパフォーマンスが落ちる。だから優香ちゃんがいてくれると助かるよ」

「あ、ありがとうございます。……って! 今までは負傷して血を流しながら走り回ってたんですか!? ダメじゃないですか!」


 優香に怒られ、燐火が少しだけシュンとした表情を作る。

 ──この時、燐火は『心身合一』の力で身体能力が上がった。心配されて興奮したのだ。


「とにかく、今日一番ヤバい敵はもういない。後は、皆の援護に徹しよう」

「はい!」


 ここから自分の本領を発揮できる、と優香は張り切った。



「負傷した前衛は下がって! 援護する!」

「あ、天塚……! 山中、下がれ!」


 最初に向かった先にいるチームは、前衛にいる剣を持った少女が右腕から出血していた。傷が深く、絶え間なく流れる血に、顔色が悪い。


 周囲にいる敵の数が多すぎて、なかなか下がるに下がれないらしい。

 燐火はその場に突っ込むと、少女たちに群がっていた化け物たちをまとめて吹き飛ばした。


「優香ちゃん!」

「はい! 『癒しの光よ、彼の者に安寧を──キュア』」


 剣を持っていた少女の出血が一瞬で止まる。少女は信じられない、と大きく目を見開いた。


「じゃあ、優香ちゃんはしばらく他の子の傷も見てあげてね」

「燐火先輩、どこに行くんですか!?」


 優香の言葉も聞かずに、燐火は先ほどまでチームを苦しめていた化け物たちへと斬り込んでいった。一瞬でその姿が群れの中に紛れ込み、優香からは見えなくなる。

 呆れたようなため息を吐いた優香は、気持ちを切り替えて、他の負傷者の傷を確認し始めた。



「フーッ……やばい! 優香ちゃんに心配されながら戦うのめちゃくちゃ気持ちいい!」


 燐火は、この上なく清々しい表情で言いながら、目の前の虫型の化け物を切り裂いた。その刃の切れ味は、最初にケルベロス相手に苦戦していた時よりもずっと増していた。

 端的に言えば、先ほどよりも興奮していた。


「しかし、思うままに叫びながら戦えないのは盲点だったな……」


 燐火にとって、気持ち良く戦えることは何よりも優先されることだ。それは『特徴』的にもそうだし、何よりも己の快楽のためには大事だった。


「しかし虫型……! 優香ちゃんが直面したらいい悲鳴上げてくれそうだなあ。うう、いい感じに気持ち悪い」


 目の前の巨大な芋虫を切り刻みながら、燐火は一人ごちる。一人で戦うようになってから、燐火は喋りながら戦うことがすっかり癖になっていた。


「はっ……んん? 悲鳴?」


 遠くで、甲高い悲鳴が聞こえた。間違いなく、先ほど助けたチームのものだろう。


「……優香ちゃんと皆が心配だな」


 燐火が見たいのは美少女の曇り顔であって死に顔ではない。周囲の虫たちを一瞬で殲滅した彼女は、素早く優香の元へと戻っていった。

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