第6話淵上高校
「おはよう、優香ちゃん。昨日は初陣だったけど、良く寝れた?」
「おはようございます。あ、はい。おかげさまでぐっすりと眠れました」
翌日、俺は学校の玄関で優香ちゃんを待ち伏せして、なんでもないように挨拶をした。
優香ちゃんは急に現れた俺に驚いたように目を見開いたが、やがて優しい笑みを向けると挨拶を返してくれた。
「ほ、本当に天塚先輩が話しかけてきている……!」
優香ちゃんの隣にいた女子生徒が、何かショックを受けたような顔で立ち尽くしていた。
「行こうか、一年生の教室は上だったよね」
「は、はい」
急に近づいて来た俺に困惑したような様子を見せた優香ちゃんだったが、すぐに笑顔を見せてくれた。
並び立って歩く。優香ちゃんの小さな肩に引っ付くようにして、俺は歩いた。
廊下を歩いていると、他の生徒の視線を感じる。元々俺は、この学校では有名人だ。撃破数ナンバー1のエース。誰も寄せ付けない孤高の一番星。
注目を浴びるのはいつものことだったが、今日の視線は、優香ちゃんにも向いていた。
いつも誰ともつるまない俺を歩いている新入生。あれは誰だ、とひそひそ話が聞こえてきた。
「……あの、天塚先輩は、どうして優香にそんなに関わろうとするんですか?」
そんな様子を懸念したのか、優香ちゃんの隣にいる元気そうな子が、警戒したように前に出てきた。
……まずい。もしかして俺の下心がバレているんだろうか。優香ちゃんの曇った顔が見たい、という歪んだ思考がバレているんだろうか!?
心の中は動揺の嵐だったが、外面の俺はあくまで冷静なままだ。これこそ女になってから培ったポーカーフェイス。本性がバレないための擬態だ。
「ああ、彼女とは義姉妹の契りを交わした仲だからね。一緒にいるのも当然だろ?」
「なっ!?」
何やら大きく目を見開く女生徒。衝撃を受けている彼女を放置して、俺は優香ちゃんと話を始める。
「優香ちゃんはクラスには馴染めそう? 他の戦乙女に会うのは初めてでしょ?」
「はい。でも、意外と皆普通の良い子みたいで、仲良くなれそうです」
「そっかそっか。でも、ちょっと気を付けた方がいいよ」
「はい?」
俺は優香ちゃんの顔にぐっと近づくと、彼女の顎にそっと触れた。
「この学校には、女の子が好きな生徒が多いからね。油断してると、食べられちゃうよ?」
俺の目の前で、優香ちゃんの白い頬がみるみる赤くなっていく。目を見つめると、そっと視線を逸らされた。
「ゆっ……優香から離れてください!」
突然の声。見れば、さっきの女生徒が俺たちの間に入り込もうとしていた。
「ああ、ごめん、ところで君の名前は?」
「小野寺果林です! 優香の幼馴染です!」
果林ちゃんが彼女が俺の前に立ちふさがった。その様は、まるで邪悪な心を持つ魔王から姫を守る騎士のようだ。勇ましい。
「幼馴染かー。それはいいね。素晴らしい。でも、それは義姉妹の関係を邪魔できるほどのものなのかな?」
「ッ!」
俺が義姉妹、の部分を強調すると、果林ちゃんの顔が歪む。
いい顔だ。美少女の苦しそうな顔は見ているだけで寿命が伸びる感じがするので最高だ。
「あ、あの天塚先輩。果林ちゃんをあんまり虐めないであげてください……」
おっと、優香ちゃんに引かれるわけにはいかない。少しは自重しなければ。
「そうだね。じゃあ、優香ちゃんが私のことを名前で呼んでくれたら、やめようかな」
「えっ!?」
その言葉を聞いて、優香ちゃんが頬を赤らめる。可愛らしい反応だ。
しばらくの間、彼女は考え込んでいるようだった。やがて、おずおずと顔を上げた優香ちゃんは震えて唇で言葉を紡いだ。
「えっと、燐火、先輩?」
「お姉様は?」
「へっ!? 燐火お姉様……?」
……いい! めちゃくちゃ可愛い!
真央先輩がお姉様って呼ばれて喜ぶ気持ちが分かったかもしれない。年下の女の子にそう呼ばれるのは、言い表しがたい感動がある。
「ゆ、優香が……優香が先輩に取られた……!」
何やらショックを受けている様子の果林ちゃん。そんな顔をしても、俺が喜ぶだけだぞ?
そんなことを話しているうちに、気づけば一年生の教室に到着していた。
「おっと。もう教室についたのか。優香ちゃんといる時間はあっという間だね」
「は、はい」
じっと見つめてやると、簡単に頬を赤らめる優香ちゃん。可愛らしい。
「じゃあ、連絡先を交換しておかないか?」
「あ、はい。先輩が良ければ」
おずおずと携帯端末を差し出した優香ちゃんの連絡先をゲットする。
「じゃあ、困ったことがあったらいつでも私を頼ってね。なんていったって、私は君のお姉様、なんだからね」
お姉様、のところを強調して、俺はその場を後にした。背中に、複数の視線を浴びながら。
◇
「み、光井さん! 天塚先輩とどういう関係なの!?」
「『
教室に入った優香を迎えたのは、質問の嵐だった。あまり面識のないクラスメイトの興奮した様子に、優香はどうしたらいいのか分からず困惑していた。
「はいはい、皆落ち着いて。そんな興奮してたら優香も答えられないでしょ?」
そんな様子を見かねた果林が声を張り上げクラスメイトたちを制止した。それを聞いて、ようやくクラスが落ち着きを取り戻す。
「うん、じゃあ、優香。説明してあげたら?」
「うん。私、燐火先輩と義姉妹になったの」
「き、キャアアアアアアアアアアアアアア!」
甲高い声。先ほどとは比べ物にならないほどの興奮だ。それもそのはず、義姉妹になった、とは今の学校ではほとんど恋人になった、と同義だ。
ここいるのは、皆十代の少女。恋バナに飢えているのは当然と言えよう。
これは収集つかないな、と果林がため息を吐いた。
「なんで!? どうやってあの方と義姉妹の契りを交わすほど仲良くなったの?」
「えっと、ていうか向こうから?」
「えええ!? きっかけは? 告白の言葉は!?」
「こっ、告白ってわけではなかったけど……その、真剣な顔で右手を差し出して、『私と義姉妹の契りを交わしてくれないか?』って」
「うわあああ! あの美しいお顔でそんなこと言われたら私なら卒倒しちゃうかもっ!」
優香の言葉を聞いたクラスメイトが、顔を赤くする。
「それで、光井さんは天塚先輩のことをどう思っているの?」
やや静かな声が、優香に問いかけた。それに対して、優香は少しだけ考えるような姿勢を見え、やがて答えを紡いだ。
「うーん、放って置けない人、かな」
その言葉に、クラスメイトたちは意外そうに目を見開いた。
『魔の者共』と戦う戦乙女の所属する淵上高校では、普通の学校と変わらない通常授業が多い。これは、戦いが終わった後に戦乙女が困らないように、という配慮から行われたものだ。
戦乙女は、その圧倒的な力から『自衛官として採用するべき』という声は根強い。スポーツ選手を優に超える膂力、脚力、反射神経。彼女らの持つ武器は、時に現代科学を越える力を見せることすらある。優香の杖がいい例だ。
その他にも、警察から海外のPMCまで、戦乙女は引く手あまただ。
けれど、淵上高校を運営する大人たちの思考としては、彼女らの進路を狭めたく無いと思っていた。
普通に進学したり、普通に就職したり、普通に結婚したり、普通に子どもを作ったり。戦乙女たちにそういうことを諦めて欲しくない、という思考を持った良識ある大人たちが、学校を運営していた。
「うわあああ! 授業めんどくさいよー! なんで私たち戦乙女が勉強しないといけないわけー!」
しかし、そんな大人たちの思惑など知らない果林は、嘆きの声をあげた。相変わらずな幼馴染の様子に、優香は苦笑いを浮かべた。
「まあまあ。これでも普通の高校よりは楽な方だよ?」
平日週5日、だいたい5コマの授業。しかし『魔の者共』との戦いのある彼女らに配慮して宿題などは少なくなっているし、留年、なんてこともない。
「優香はいいよねえ、昔からコツコツ勉強するの得意だったもんね」
「ま、まあね。あ、分からないところがあったら、私が教えてあげるよ。寮に帰ってからでも、遠慮せずに声かけてね!」
「本当? 優香ありがとう! ふふ、同室なのは天塚先輩にはない特権だからね……存分に活かして先輩に勝つぞー!」
「あっははは……」
何やら張り切ってしまった果林の様子に、優香は苦笑いを浮かべた。彼女としては、あまり親しい人のいなそうな燐火と果林にも仲良くしてもらえたら、と思っていたのだが、現実はなかなか難しい。
「そういえば、普通の授業の時の燐火先輩はどんな風に過ごしてるんだろ……」
ふと気になった優香が、ぼそりと呟く。その言葉を聞いた果林が、嫉妬のあまり能面のような無表情になっていたことに優香は気づかなかった。
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