第5話悪い女
「それでですね、その優香ちゃんの心配してくれる健気な顔が、もう、可愛くって可愛くって! ああ、妹ってこんな感じなんだなって興奮しちゃいました!」
「ムムムー」
初めてできた妹分、優香ちゃんについて話すと、俺の姉貴分である真央先輩は可愛らしく頬を膨らました。
「燐火ちゃんが他の女の話してる……妬ましい……でも普段遠巻きに見られてる燐火ちゃんを慕ってくれる後輩は貴重だし……ムムム」
悩ましい、と真央先輩は呻いていた。その様子が可愛らしくて、思わず頬が上がってしまう。
「でも、義姉妹の契りなんて優香ちゃんあっさり受け入れてくれたんだね」
「はい、多分詳しい意味を知らなかったんでしょう」
「うわああ! 燐火ちゃん悪い女!」
俺の言葉を聞いた真央先輩は、大声を上げた。
義姉妹の契り。一年ほど前までは、それは戦場で共に戦うチームメイトのことだった。
五人一組になる以前の、ツーマンセル、ツーマンセルで戦っていた頃、先輩と後輩で肩を並べて戦う。そういう存在だった。俺と真央先輩もそういう関係だ。
けれど、今では義姉妹制度は形骸化している。ペアなんて決めなくても五人組の中で連携を深めればいいだけだからだ。
形骸化した結果、義姉妹制度は、副次的な意味だけが残った。
すなわち、友人以上の関係。命をかけて戦う戦場にあって尚千切れない、赤い糸のようなもの。
端的に言えば、疑似的な恋人関係だ。
「自分の義妹だって言えば、優香ちゃんを連れまわしても誰にも文句言われないですよね?」
「たしかにそうだけど……燐火ちゃん、本気で悪い女だね?」
「まあ、趣味を優先させるクソ野郎の自覚はありますよ」
「そこまで言ってないけど……」
だって、優香ちゃんは最高の後輩なのだ。可愛いし、健気に俺を心配してくれるし、治療までしてくれる、男だったら放って置けないタイプの優しい女の子だ。元男の俺が言うのだから間違いない。
できれば、手元に置いておいて、反応をじっくりと眺めていたい。愛でたい。
「まあ、本当に恋人になりたいなんて図々しいことは思っていませんよ。ただオレについてきて、色んなことに可愛らしい反応をしてほしいだけです」
「燐火ちゃんが悪い顔してる……」
「フッフッフ。オレから逃げられるとは思わない方がいいよ、優香ちゃん」
これからの日々を想像して、笑う。多分その時の俺の顔は、めちゃくちゃ気持ち悪かっただろう。
◇
「それでさ、果林ちゃん、義姉妹の契りって、どういう意味なの?」
「へ? なんで急にそんなこと?」
優香に与えられた寮の部屋は、果林と同室だった。元々の知り合いと一緒の方が気も休まるだろう、と学校側が気遣ってくれたのだろうか。
「いやあ、なんかそういう制度があるなら、果林ちゃんとも姉妹になりたいかなー、なんて」
えへへ、と笑う優香に、果林は急に顔を真っ赤にした。見開いた目には、わずかに涙すら浮かんでいるように見える。それは、恋する乙女のような顔だった。
「へぁっ!? 待って、それって……え、あ、うん。その、優香さえ良ければ、私は望むところっていうかバッチコーイっていうか、え? 本当にいいの? じゃ、じゃあ、よろしくお願いしましゅっ!」
急に狼狽しだした果林は、わちゃわちゃと両手を動かしながら早口で話していた。その顔の赤みは引くことを知らず、熱でもあるようだった。
「……果林ちゃんどうしたの?」
「へっ!? むしろなんで優香はそんな落ち着いてるの!?」
「いや、え? 義姉妹ってそんな重たいものなの?」
「…………え?」
ピタ、と果林が動きを止めた。ポカンと口を開けた彼女は、呆然と優香を眺める。しばらくの、沈黙。
優香もどうすればいいのか分からず、ただ能面のような無表情になってしまった果林をじっと見つめていた。
やがて、果林が深々とため息を吐く。それは、例えるなら、一世一代の告白を断られた直後のような、深い深いため息だった。
「……優香はいつもそうだよね。持ち前の優しさとちょっと抜けた言動で、どんどん人を誑かして。自覚がないのは分かってるよ? 優香は優しすぎて、困っている人がいたら誰でも助けちゃうからね。まあ、下心なく助けるその姿勢に私は救われたから、それを止めろなんて言わないよ?」
ブツブツと、焦点の合わない目と暗い口調で話す果林。それを心配した優香は、おずおずと彼女に近寄った。
すると、急に果林がガバ、と立ち上がり、優香の肩をガッシリと掴んだ。
「でもさ! せめて自覚はしよう! 優香は結構な頻度で人を誑かしてるんだよ!? 私とか! 私とか!!」
「えっと……」
困惑する。優香は、急にハイテンションになった幼馴染になんと声をかけたらいいのか分からなかった。
しかし果林は勝手に落ち着き始めた。一通り叫んだことで、スッキリしたらしい。
優香の言葉を、自分がどう勘違いしていたのか冷静に振り返った彼女は、優香が望んでいた説明を始めた。
「……優香、今の義姉妹っていうのはね、簡単に言えば恋人同士、みたいなものだよ」
「こいっ!?」
今度は優香が赤面する番だった。みるみるうちに赤くなっていく優香の顔が面白くて、果林は少し笑ってしまう。
「で、でも! 淵上高校には女の子しかいないんでしょ!?」
「そうだよ? でもさ、私たちは命懸けの戦いをしているわけでしょ? そのことに怯えたり、不安になる人とかもいるわけ」
「まあ、それはなんとなく分かるけど」
優香自身、今日初めて戦場に立ってその恐怖は分かった。異形の化け物たちが目の前で殺意をまき散らし、鮮血が飛ぶそこは、今まで普通の生活をしていた戦乙女を怯えさせるのには十分すぎるほどだ。
「そういう不安とかを、信頼できる人と共有したい、っていう気持ちになる戦乙女も少なくないわけ。たとえば、信頼できる先輩とか、背中を合わせて戦う友達とか。それが恋愛感情になっても、不思議じゃないでしょ?」
「うん。言われてもみればそうかもしれないね」
あるいは、死ぬまでの刹那を恋人と過ごしたいという想いなのかもしれない。
「ああ、でも元々は正式に学校で決められる制度だったみたいだね。今の五人一組みたいな。……それで、優香はどこでそんな言葉聞いてきたの?」
「それがさ、今日天塚先輩と話していたら、『私の義妹にならない?』って」
「え? えええええええええええええ!?」
今日の果林はよく叫ぶな。優香は吞気にそんなことを思っていた。
「あの天塚先輩から!? なんで!? 優香、あんな人をどうやって誑かしたの!?」
「いや、誑かさないし……」
人聞きの悪いことを言わないでくれ、と優香は果林を睨んだ。
「でもさ、果林の話聞きながらずっと天塚先輩はなんで義姉妹の契りなんて言ったんだろうって考えてたんだけど、もしかして単に戦う上でのバディみたいなものになってくれって意味だったんじゃないかな?」
「……そう?」
果林はあくまで懐疑的だった。
「私の能力なら、怪我ばっかりする天塚先輩の役に立てるかもしれないからね。それに、話してみた感じ、天塚先輩は不器用な人だと思った。だから誤解されるんだと思う」
「天塚先輩が不器用……?」
果林は何を言っているのか分からない、と言いたげに首をかしげた。
「皆に恐れられているのも、きっと勘違いなんじゃないかなーって」
「そう? ──でも私は、あの人が怖いよ」
果林は、かつて見た燐火の姿を思い出していた。
「普通の戦乙女は、あんなに恐れを消せるものじゃない。そもそも私たち戦乙女は、数年前まで普通の女の子だったんだよ? 私は一年生だけど、もう結構な時間戦ってきた。それでも、あんなに『魔の者共』と直面できない。だって、五人で一緒にいても怖いんだよ? それを一人であんなに戦えるなんて、同じ人間とは思えない」
畏れ。果林の中にあるその感情は、簡単には拭えないようだ。いつも勝気な彼女ですらそう思うのなら、きっと他の戦乙女も近いことを考えているのだろう。
優香は少しだけ、燐火を取り巻く状況を理解した。
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