第3話ドMが輝く場所

 21世紀、世界中に「大穴」が出現した。各国の中心都市に突如として現れたそれは、そこに住んでいた多くの住民を飲み込み、帰らぬ人とした。そして大穴からは、人間を襲う異形の軍勢が侵略してきたのだ。


 日本にある大穴は二つだ。東京の大穴。これはここ、淵上高校が対処を担当している。もう一つは京都。こちらはもう一つの高校の担当だ。


 大穴から這い出る敵、「魔の者共」の姿はさまざまだ。ゴブリン、オーク、リザードマン、といったファンタジー世界から飛び出してきたようなモンスターがいると思えば、河童、ぬりかべ、ろくろ首、といった妖怪のようなものまでいる。その他にもケルベロス、魔猪など、人とはかけ離れたものまでいる。


 彼らの進軍してくるさまは壮観だ。姿形のバラバラな異形の軍勢が、足並みを揃えて歩いてくる。彼らは皆、大穴から湧きだしてきている。


「優香! もたもたしないで! 死ぬよ!」

「か、果林ちゃんっ! そ、そんなこと言ったって……! はぁッ! みんな早いよお!」


 戦乙女はだいたい5人程度のグループで行動する。単独行動や少人数での戦闘行動に慣れたもの以外は、だいたい固まって行動しているものだ。(燐火などは、常に単独行動している)


 今日初めて戦場に立った優香は、前を行く四人の戦乙女の背中を必死に追っていた。果林が時折優香を振り返り、心配そうな顔を向けている。

 まだ敵からは遠い。けれどこのまま軍勢に近づけば、孤立した優香が殺されることは目に見えていた。


「総員、減速! 光井と足並みを合わせるぞ!」


 号令がかかり、部隊が減速する。しばらくすると、先頭を走っていた戦乙女がこちらに近づいて来た。優香の隣を走っていた果林が、背筋を伸ばす。


「光井! 大丈夫か?」

「は、はい! すいません、黒崎先輩!」

「いいから、落ち着いて行動しろ。私たちの今日の仕事は、初陣のお前を守ることなのだからな」


 隊長を務める戦乙女、少し怖い顔立ちをした黒崎夏美は優しく優香に語り掛けた。

 しかし優しい顔をしていた夏美は、急に厳しい表情になると、並走していた果林に話しかけた。


「おい小野寺! お前の幼馴染、守れるか!」

「はいっ! もちろんです!」

「いいか、絶対に目を離すなじゃないぞ! 光井は私たちが責任を持って守る。期待の星だ! 死なすなよ!」

「当然ですっ!」

「よし」


 夏美は満足したように頷くと、再び列の先頭へと去っていった。

 それを見送った果林は、露骨に肩の力を抜いた。


「はあー、緊張したー」

「……優しい人に見えたけど」

「それは優香が新人だから! いい? 最近入った戦乙女は、皆一度は黒崎先輩に怒られるものなんだからね!」

「そんなに偉い人なの?」

「なんてたって撃破数ナンバー2の猛者だからね! 『血みどろ一等星ブラッディエース』の次に強い人! チームで動く時は、あの人ほど頼りになる人はいないね! なんてったって、一度も隊員を死なせたことがない伝説の『切り込み隊長ブレイブキャプテン』様だからね!」


 果林の言葉からは、深い尊敬が感じ取れた。


「そんな人が、私なんかを先導してくれてるの?」

「あんたが新人だからこそ、だよ。護衛する上であの人ほど頼りになる人いないって!」

「おい一年生! そろそろ戦域に入る! 集中しろ!」

「はいっ!」


 優香が前を見据える。禍々しい姿をした、『魔の者共』。その近くには、一人の戦乙女がいた。


「あれ、でももう戦ってる人いるよ?」

「あいつ……また一人で……」

 夏美が忌々し気に呟く。その視線の先には、一人で『魔の者共』との戦闘を始めている天塚燐火の姿があった。彼女が目で追うのも困難なほどの速さで動くたび、血飛沫が上がる。


「……すごい」


 その様を見た優香の胸には、不思議な感情が湧き上がっていた。



 ◇



 大穴から這い出た直後の『魔の者共』は、人間を見つけると殺しに来る。その性質を利用して、戦乙女たちは大穴から這い出た『魔の者共』を引き付け、民間人に被害が出ないように勤めている。


 後方に防衛壁と呼ばれる防衛機構もあるが、その迎撃能力は、とても『魔の者共』の総攻撃に耐えられるものではない。そのため、手前で数を減らす必要がある。


 俺が切り込んだ異形共は、軍勢の中でも特に強そうに見えた奴らだ。

 俺は、あいつらいい攻撃持ってそうだなー、とまるで食い物の香りに引き寄せられる空腹の女の如く近寄って来た。……一応、他の戦乙女のために間引きしようという意図もある。本当だ。


「アッハハハハハハハ! 来い、化け物共!」


 唸り声と共に、『魔の者共』が俺に襲い掛かって来た。


 魔狼の振るった爪が俺の腕をひっかき、鮮血をまき散らす。鋭い痛みに喘ぐ。

 トロールの振った手が頭を掠り、意識を朦朧とさせる。酩酊の如き感覚に、俺の全身の細胞が歓喜する。

 攻撃を受けるのと同時に、両手の小太刀が閃き、化け物共に致命傷を与えていた。


 本当は、どれも避けられた攻撃だ。けれど、最短で敵を倒すのなら、避けない方が効率的だ。だから避けない。刺し違えるくらいの気持ちで戦う。


 ……半分噓だ。気持ちいいから避けてないだけ。


「ぐふっ……いたいいい! ふははははは! ヤバい! 気持ちよすぎて失神しそう!」


 特に強そうな敵、オーガに狙いを定める。全身の筋肉が隆起していて、切り刻むのには苦労しそうだ。パッと見た感じ、コイツが今日一番強い敵だろう。

 懐に入り込み、拳も届くくらいに密着する。こうでもしないと、俺の持っている小太刀じゃ届かない。リーチが短いのは不便と言えば不便だが、攻撃を食らいやすいという点は俺にとっての利点だ。気持ちいい。


「ぐおおおおおお!」


 雄叫びと共にオーガの体が動く。俺の二倍はあろうかという体躯は、剛腕を振るい俺の腹部を殴りつけた。


「ガハッ……! ハッ……あっはははははは! 腹パン……! やっぱり王道だよな!」


 ちょうど鳩尾のあたりに拳が突き刺さり、唾と一緒に酸素が強制的に吐き出される。痛みが全身に伝わり、一緒に快楽が頭を支配する。


 いい! やはり美少女は腹パンされてこそだよな……! 


 けれど、俺は殴られるのと時にオーガの突き出した右腕を切断していた。


「ぐお!? おおおおお!」

「おお、痛そうだな。いいなー、四肢を斬られる感触。それをさせると戦えなくなっちゃうからなー。いやでも皆曇ってくれそうだよなあ。惹かれるなー。四肢切断」


 言いながら、俺は両手の小太刀を次々と振るっていた。右手の横なぎ、左手の突き。右手の袈裟斬り。

 俺の操る二本の小太刀は、次々とオーガの体の表面を傷つけていった。傷が増えるたびに呻き声をあげるオーガに羨望を抱きながら、俺は攻撃を続ける。


 コイツはいいパンチを持っていたのでもう一回くらい腹パンしてくれないかなーと思っていたのだが、どうやらそんな余裕もなさそうだ。


「ぐお……おおおおお……」


 やがてオーガの巨体が倒れ込む。それを見送った俺は、前に向き直った。


 まだまだ敵は多い。他の戦乙女よりも遥かに前に出ている俺には、大穴から這い出た敵が一番集中している。ざっと見えただけでも三十以上。殺意に満ちた瞳が、俺を睨みつけている。


「……おお、壮観だな、涎でそう」


 嘯き、小太刀を構える。こう見えても真剣にやっている。

 こんなところで油断していたら死んでしまう。死ぬのは嫌だ。死の痛みってやつは死ぬほど気持ち良いに決まっているが、一度それを味わってしまえば、他の快感を味わうことができなくなってしまう。

 だから、死ねない。攻撃を受けるのは、あくまで勝つために。


「ッ!」


 異形の軍勢が、息を合わせて突撃してくる。地面からゴブリンが、空からハーピィが、地面からすら気配がする。


「おおおおお! 美少女ライフ最高! 戦い最高!」


 歓喜の言葉と共に、俺は『魔の者共』へと斬りかかった。

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