第2話ターゲットロックオン
最近力が発現したばかりの戦乙女、光井優香は、今日初めて淵上学校を訪れた。
淵上高校。人類の敵である『魔の者共』と戦う戦乙女たちが集められている学校。
閉鎖空間であるそれについて、世間では様々な噂が飛び交っている。いわく、人類の防人たちの基地。いわく、百合の花咲き乱れる秘密の園。いわく、軍役を課された少女たちの牢獄。
恐る恐るこの学校を訪れた優香の第一印象は、意外と普通の女子高っぽい、というものだった。
見渡すばかりの、女子女子女子。廊下を歩くだけでも肩が触れていないかと気を遣う。人類を守るための戦いに明け暮れているはずの女子高生たちは、存外明るい表情をしていた。談話をしながら歩く集団。時折互いに小突きあったりして、楽しそうに笑っている。
しかし、あまりにも混沌とした廊下は、どこに行けばいいのか分からない。今日初めてここに来た優香には、なかなかハードな場所だった。
正直、幼馴染の果林が案内を買って出てくれなければどうすればいいのか分からず立ち往生していたかもしれない。
果林は優香の手をしっかり握って、代わりに人混みを掻き分けてくれていた。果林の温かい手は、初めての場所に緊張していた優香の冷たい手を温めてくれた。
「すいませーん、通してくださーい」
「あれ果林、見ない顔だけど、その子がもしかして?」
廊下を歩いていた女子生徒が果林に話しかけてくる。上級生らしく、果林は丁寧に対応していた。
「はい、コイツが噂の治癒能力持ちの戦乙女です。でも今は手続きしないとなのでまた後で……はい、はい」
果林は優香と同じ一年生のはずだが、慣れた様子で人混みを捌いていた。上級生相手でも物怖じせず話して、道を開けてもらう。どうやら、昔から勝気で社交的な彼女の性格は変わっていないようだ。
「ありがとね、果林ちゃん。私一人だったら、今頃立ち往生してたよ」
「へへっ、いいってことよ。これからも、何か困ったことがあったら私を頼ってね!」
元気よく答える果林は、いつもの勝気な笑顔を浮かべていた。
自分にはない、そんな顔に、優香は羨望を覚える。ああ、あなたのように心が強かったなら、もう少し自分に自信が持てるのに、と。
しかしそんな果林が、突如として表情を変えた。
「優香、脇に避けるよ! 『
「『
穏やかな響きではない。果林の言葉には、畏怖が滲んでいた。
「それだけ物騒な人だからそう呼ばれてるの。ここに来たばっかりのあんたは知らないかもしれないけど、『
「か、果林! 来てるよ! 本人っぽい人来てる!」
「え? ──ヒッ」
果林が恐怖に息を吞んだ。
『魔の者共』との戦いを潜り抜け、数多くの戦いを生き抜いてきた勇敢な果林。一年生ながら、彼女は未来のエースと目されているほどだ。
しかし、そんな彼女でも、背後に迫る存在はたまらなく恐ろしかった。
天塚燐火は最強の戦乙女だ。
果林は、その鮮烈な後ろ姿をよく覚えている。
同じ人間とは思えない身体能力。駆ければあまりの速さに旋風が巻き起こる。振るう刀の速度は、同じ戦乙女でも目で追えないほどだ。
戦闘スタイルは、近接一辺倒。二振りの小太刀を握り、敵に体当たりでもするみたいに近づいていく。しばらくすれば、彼女の目の前にいた敵は八つ裂きにされているのだ。
『
敵に近づくあまり、彼女はいつも返り血で真っ赤だった。あまりにも血を浴びるので、彼女が出血していても誰も気づかないことすらある。
そして何よりも、手傷を負うたびに、彼女は恐ろしい笑顔を浮かべるのだ。果林には、それが一番恐ろしかった。
その笑みは、凄惨で、狂暴で、そしてどこか恍惚としているようにすら見えた。どうして手傷を負ってもそんな表情ができるのか、果林には分からなかった。
魔の者共と戦う力を得た戦士、戦乙女と言えど、負傷すれば痛いし、血も出る。少なくない実戦経験のある果林には、それが良く分かっていた。
けれど彼女は、どれだけ血に浸っても歩みを止めることはない。
それは、とても同じ人間とは思えないほどに恐ろしいものだった。
「……」
果林は恐怖のあまり固まってしまっていた。天塚燐火が、果林と優香の前で止まる。疑いようもなく、燐火は果林と優香のことを見ていた。
それを見て、優香は静かに前に出た。それは、昔から果林の影に隠れてばかりの気弱な彼女らしからぬ、毅然とした態度だった。
「その、果林が無礼な事を言ったのは謝ります。だから、この場は許してくださいませんか?」
「優香……」
優香は、恐る恐る、無表情で立っている天塚燐火の言葉を待った。近くで見ると、彼女は美しい少女だった。凛とした顔立ち。引き締まった体。無言で立つその姿からは、威厳すら感じる。
やがて口を開いた燐火は、意外なことを言った。
「君の、名前は?」
「は、はい! 今日からこの学校に転校してきた、光井優香です」
「なるほど、君が例の治癒能力者か」
興味深い、と言いたげに燐火が顔を近づけてくる。美しい顔がグッと近づいてきて、優香は動揺する。
「えっと……?」
「……期待しているよ。何か困ったことがあったら、私を頼るといい。これでも実戦経験は多いんだ」
それだけ言うと、燐火はあっさりとその場を立ち去ってしまった。残ったのは、呆然とした顔で彼女の背中を見送る優香と、ようやく正気に戻り、幼馴染に彼女とどういう関係なのか問いただす果林だけだった。
「フフッ……君はいい曇り顔を見せてくれそうだね、優香ちゃん」
燐火の呟きは、誰にも聞き咎められることはなかった。
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