最終話 ブラック・フー・ファイター


目の前のヘリはもうすぐで、あそこに二人を乗せれば試練は終わり、ミッションは完了するはずだった。

だが、それは後方からの謎の攻撃によって尻尾を叩き折られ、望むべくもなくなってしまった。

無惨にぐるぐると回転しながら堕ちていくヘリを目に、三人の間に緊張が走る。


『落ち着いて!落ち着いてこっちにまで戻りなさい!』

「カコさん!ちょっと待ってくださいね!」


瑠奈のラッキービーストから指令が出されるが、この時点でトウゾクカモメと、スタッフらも集まる探検隊陣地の間には大きな距離があった。

すぐにたどり着く、といってたどり着けるような距離ではない。


「二人とも!後ろになんかいますか?!」

「わかんない!でも変な音がする!」

「まって、この音…!」


ミナが何か気づいたように後ろを見る。

それと同時に、何もない空間から突然ミサイルが飛んできたのだ。


「ちょ!ミサイル来た!ミサイル来た!!」


ミナの声にトウゾクカモメが緊張を覚える。

突然のことに身体が対応しきれていない今、ミサイルと言われても最適な回避コースを導き出せる余裕はない。

その状態で、目の前にあるものを確認する。

比較的近くを落ちる、撃ち落とされたかつてのゴール。

トウゾクカモメの決断は早かった。


「お許しください!」

「え?!」

「捕まってて!!」


翼を畳んで落ちるように増速し、奇妙な軌道を描いて落下するヘリに急接近する。

開きっぱなしのハッチからは、操縦席のラッキービーストが飛び降りて離脱していた。

一体何をする気なのだ、二人はトウゾクカモメが下した判断に、身を縮こまらせて恐怖し、しがみついた。


「わあああああ!!」


瑠奈が怯える声に腕をぎゅっと抱きしめて、彼女がしがみつく感覚もしっかり脳に伝わる。

この時ほど恐ろしく、すべての体の体温がなくなったような瞬間はなかった。

回転するヘリコプターの、開いたハッチを通りぬき追い抜いた刹那だった。

爆発音が響く。

背後の煙を吐いて飛んでいく飛翔物の音が消え、爆ぜる音が背後で大きく響いた。


『えええええええ!?』


「っっし!!」

「えっ何!?何っ!?どういうこと!?」

「ちょっとっ!?何やってんのマジで?!」


トウゾクカモメはすでに堕ちゆくヘリを使い、ミサイルからの盾としたのだ。それはヘリに乗る存在はラッキービーストのみで、それがすぐにパラシュートと一緒に脱出した姿を見たからこそ取れる手段だった。

予想だにしない、誰もやろうとは思わないような防御に、ミナたちや地上にいる仲間たちは、驚愕を曝け出した。

ミナが慌てて後ろの状況を見る。するとそこには黒い煙を纏う大きな無機物が。空にあって異質な飛行物体が煙のベールを脱ぎ去ると同時に光学迷彩を解いて、その不気味な黒い正三角形の機体を空に表す。


≪G-ディフューザーシステム、オールグリーン≫

≪これがボクからの最終試練だ、勇者たちよ!≫


正三角形の黒い機体───TF-1F Astra───が鋭い軌道を描いて、トウゾクカモメたちの背後を追跡する。

先のミサイル攻撃により、探検隊の航空戦力はすぐさま加勢には行けない状況のうちに彼女たちの敗北を認めさせようと言うのだ。

それは、先の戦闘で本気を駆り立てられたモスマンの熱そのものだった。


『不明機確認!』


「やっぱり!エーリスに来る前見たやつ!」

「アレはアストラ!?モスマンの実験機よ!」


鋭い機動で追い縋ってくるそれは、アルゲンタヴィスを空中戦で下した戦闘機であった。

彼女を単一で仕留めた存在が、今後ろにしつこく取り憑いている。

状況は最悪に緊迫していると言う他になかった。

後ろでその戦闘機がロールし縦で止まって、ミサイルを吐き出す。


「もう一つ飛んできた!!」

「んぐっ!!」


翼を大きくはためかせ上昇、高度を稼いで逃れようとするトウゾクの元にミサイルは執拗なまでに追跡を続けていた。


「そうら!」


彼女の羽から落ちた羽毛が光って、ミサイルの近くで爆ぜる。虹色のファンシーな爆炎はすぐさま漆黒の硝煙と混じって、空に生み出されることになる。

それを察知して、トウゾクカモメは羽を閉じ身を丸め、落下した。


「顔全部塞いで!!」

「んっ…?!」


ぐるぐると落ちながら、再び翼を広げる。

煙から抜け出したタイミングであり、追跡者の背後を取った瞬間だった。

しがみつく彼女たちの顔を塞いでいた手を、今一度離して羽を抜き取った。


≪ふうん…?!≫


モスマンがコックピットの中で後ろを振り返り、好敵手の手腕に驚きの笑みを浮かべる。


「今!今今!!やっちゃえ!!」

「喰らえっ!!」


瑠奈がしがみつきながら叫ぶ。それに応えるように大きく振られた手から、ミサイルのように羽毛が虹の粒子を伴いアストラに向かっていく。

だが目の前の敵も、黙ってそれを受け入れるほど愚かではない。

それは急に機首を挙げ姿勢を縦にしたかと思えば、コブラマニューバを維持し回転していく。

その奇天烈な機動が羽を回避して見せたのだ。


「んなっ…!?」


巨大な黒い三角の機体とトウゾクカモメたちがすれ違う。その際の風圧と風切り音に吹かれ、少女たちの髪が大きく揺られた。


「Holly Shit!?」

「もうUFOの動きなんですけど!?アレ!!」


遥か後方で敵機がすぐさま姿勢を水平に戻すまでの動きにぎこちなさは無い。

それは地球の戦闘機では不可能な機動を軽々とこなす、正真正銘のモスマンの切り札なのだ。


「どうすんのこれ!?絶対勝てないじゃん!!」

「くそ…あっ!」


「落ち着いて!試験開放区のビル群に誘導します、ヤツのスペックも幾分か減少させられるはず!」


ぐるりと背骨を軸に回転するロール機動を行い、速やかに試験開放区のビル街へと逃げ込む。

トウゾクカモメには考えがあった。

あの機体性能でわざわざコブラ・マニューバを使い背後を取ったモスマンのやり方を見るに、不利な場所であっても向かってくるだろう。


「きますよ…!」


狙い通り、日本の東京に見られる物に似た都市区画の空間にもモスマンは突っ込んできた。

速度は速いが確かにスピードは減速し、安定策を取ることを余儀なくされていた。


≪ちっ…!≫

≪Sandstar Pulse Activate≫


程なくして、アストラの機首に備える4基のパルスレーザー砲口から、光弾が発射される。

ビルのガラス面が焼かれるような音が耳を撫でて、全員により逼迫した緊張を与える。


「瑠奈っ、状況!」

「撃ってきた!食いついてる!」


交差点の地点で右折し、振り切りを試みる間もアストラの光弾は止まらなかった。

さながら、空中で行われるカーチェイスのような瞬間。

だが自然に生きる鳥と、人類の技術を軽く飛び越えた航空機との間ではその実力差は歴然だ。

普通にやっていては勝てるはずもないだろう。


「ミナ!敵はまだいますか!」

「居る!あいつ、あんたの誘いに乗ってる!」


フレンズたち、そしてスタッフが次々に声を上げて見上げる。

上空を猛スピードで飛んでいく小さな影と、巨大な三角の未確認飛行物体。

ビルの屋上、そこにある展望カフェテリアでは、席のすぐ真横を飛ぶ二人が観察できた。


「あっつ!?」

「ちょ、やばいやばいやばい!」


光弾がトウゾクカモメの尾羽に掠める。

このままではまずい、集中力が切れかかって被弾率が上がってきている。

圧倒的な技術の差を埋めるには欠かせないものが、無くなろうとしていたのだ。

ビル街を飛び回るトウゾクカモメは、完全にジリ貧に追い込まれていた。

だが、救いの手はまだ残されていた。


「どうにか後ろを取れれば勝ち目はあるんですが…!」

「いい考えがある!しっかり抑えて!離さないで!」

「は、はい!」

「ミナ!パラシュート開くわよ!」

「っ!」


幼い子供二人が背中に背負うバックパックに手を触れて、紐を引いてパラシュートを開く。

突然の空気抵抗にトウゾクカモメの身体が二人ごと後ろに持っていかれ、風に煽られていく。

あまりにも危険すぎる瞬間だったが、彼女たちの狙い通りアストラは、その下方を通り過ぎていったのだ。


「うわっわわわわわわ!?」

≪何ぃ!?≫


二人は急いでパラシュートのホックを外し、トウゾクカモメを解放する。

一連の流れで浮き上がった身体をもう一度飛行に乗せるには、工夫が要る。それを短時間で要求され、正確に成功させなければならなかった。

トウゾクカモメが歯を食いしばって翼を広げ、風に乗ろうとする。


「おおおおああああああ…!!!」

「っ!」


堕ちていく中で風に乗り、スピードが復活する。

パラシュートを解放した先にビル風が吹いていたのも後押しする要因となって、トウゾクカモメがアストラの背後に食らいついた。


「取った!」

≪甘い!≫


勝機を見出し翼を振るい、多数の羽を勢いよく飛ばす。

だがモスマンもそれで諦めることなく、ビルの谷間で踊るようなバレルロール機動を繰り出しながら飛んでいると思えば、羽が着弾する瞬間に高速回転。

弾かれた羽が全てあらぬ方向に飛んで爆発したのだ。


「ウッソでしょ!?っくそ!!後すこしでっ…!!まだ届かないって言うんですか!!」


危機を脱したアストラが方角をかえ、セントラルへ郊外へと戻るコースを取る。

その時住宅街でよく遊んでいる公園のすぐ真上を飛んで、子供やフレンズたちと目が合う。それを見て、もう残された時間は少ないと感じた。


「くそっ、これ以上羽を飛ばしたら、飛べるかどうか…!」

「ケジメは私たちがつけるって事ね。ルナ!」

「えっ!?」


トウゾクカモメが驚く間に、二人はカバンからそろって光線銃を取り出す。

そこから、さっきの光線機銃の意趣返しが如く猛反撃が始まった。


「いけいけいけいけっ!」


多くの光弾が被弾し、機体には傷が、煙がそのダメージを示していく。

だがアストラはまだ余裕で飛行できる状態のようだ。

ぐるぐると踊るように回転しながら、ビルの合間を縫っていく。


「すごい…!ミナの弾全部当たってる!」

「いえっ!まだ落ちてないわ!」


尚も光線銃がアストラに直撃していくが、撃墜には至らない。

二人は敵機の頑強さに喫驚するほかなかった。

だがここで無理にでも勝たねば、負けてしまう。

ここで全てに決着をつける必要があったのだ。


「嘘でしょ、アレでもまだ飛ぶの!?」

「エンジンを狙い撃つしかないわ!」

「こっちはもう弾が…あっ」


ふと瑠奈は、カバンの中にある青い石を思い出し、すぐさまそれを前に構える。

構えた後で、認められた証であり、冒険の思い出を使うことに葛藤し、ミナがいる左側に目を逸らした。

その瞬間に、彼女は叫んで声をあげる。

それは飛行する風の音にあって、はっきり聞こえるレベルだった。


「考えないで!自分の勘を信じるのよ」


前を見やればアストラの腹部がこちらに見えた。

三つの赤いエンジンに真ん中のメインエンジン。迷う必要はなかった。

そのまま願いを込めて、青い石に込められたエネルギーが解放される。

引き絞られた分、凄まじい力と速さで飛んだ雷は、メインエンジンを貫いた。

青い閃光が黒を撃ち抜く姿は、アルゲンタヴィスの雪辱を晴らす格好となった。


≪何…!?≫

≪G-Diffuser system lost.≫

≪Eject. Eject.≫


機体制御を失い、機首の天井が開かれたと同時にモスマンの乗っているであろう座席がまっすぐ上に射出される。

機能を停止したアストラが郊外の草むらに墜落、爆発した。

後一歩遅ければ脱出されるギリギリの戦いだったこと、そしてそれを下したことに、瑠奈が大きな声を上げた。


「お、落ちた!落ちたーっ!!」

「っし!!」


三人は全身に凄まじい高揚と、戦いの疲れを感じ取った。

それを祝うようにミナと瑠奈が拳を突き合わせた後、互いに指でトウゾクカモメの頬をついた。

兎にも角にもこれで、危機を圧倒的な勝利によって下すことができた。


「これで安全に降りられますね」

「すごい…瑠奈たち、勝ったんだ!」

「乗り越えたのよっ、私たちは!」


フレンズと人間の子供二人が、超技術により作られた実験機を叩き落とすという無茶をこなしたことの衝撃と大事は彼女たち自身も理解していた。

理解していたが故に、脱力と達成感が同居する、大変な事態となっていた。


『おつかれさま、三人とも』

「カコ博士!…でもワタシが至らず、ヘリを破壊してしまいました」

『確かに問題だけれど、危機的状況にあってあの判断は確実に評価できるわ』

『よく、その子達を守ったわね』


『すごかった。ただただすごかった…』

『捨てられたパラシュートは後で回収しておくわ』


『すごかったわよ、瑠奈、クウカ。…それにミナちゃんも』

「ママ!」

「胸の支えが楽になりますよ、ママさん」



通信越しの会話にも祝勝ムードが沸き立つ中、瑠奈に残る気がかりはモスマンの安否だった。


「モスマンは?誰か見てない?」

「ベイルアウトするのが見えた、大丈夫だと思うけど…」


その答えは、三人を包みこむ影とともに現れた。

どこからともなく、素早い身のこなしで。


≪彼女なら、回収したよ≫


二人が真っ先に見上げる。

その影の正体は、大きなコウモリの翼を開いた、フライトヘルメットを被るフレンズ。

そのフレンズが、モスマンを両手でしっかりと抱えながら飛行していたのだ。


「あ…!?」


空と地上の全員が、完全な新手の登場に目を剥いて釘付けになる。

あの時、エーリスの地にて彼女と面識を持った五人以外は。


≪ごきげんよう英雄。こちら、影国公立空軍≫

≪この度は我が国の民の、突然の非礼と暴力沙汰を心よりお詫びする≫


顔が隠れていても、声で完全に分かった。

ドラキュラが、わざわざここまで飛んで迎えに来てくれていたのだと。

ミナが、眩しい笑顔を弾けさせて、横に移動した彼女に手を振り回した。


≪ヒトの子を危険に晒して申し訳なかった≫


大きな翼を持つフレンズの姿。それに運ばれるモスマンがバタバタ暴れながら、勢いよく親指を上に立てた称賛を投げつける。


≪おい!月島瑠奈、ウィルヘルミナ!それにトウゾクカモメ!≫

≪実に見事だったよ。良くぞ、ボクの本気を捻じ伏せた≫

≪君たちの勇気と知恵と生命力に敬意を表する!≫


「こんなのはもうこれっきりだからね!」

「次あったらちゃんと遊びましょ!」


≪ミナ・ヘルシング。───夕飯までには、戻るように≫

「コピー。…ありがと、伯爵っ」


空を飛ぶための仮面を被り、素性も明かさぬまま、雲の霧の中に消える二人。

彼らのことはこれから、友達と一緒に話していくことになるのだろう。

二人が帰るその先の海は、夕日につながる道が海に敷かれていたのだった。

彼らの黒い影は、どこの誰よりも明るく輝いている気がした。



* * *


モスマン事変から二日後。

あれから瑠奈はウェアウルフとも別れ、ミナともその道を後にし…トウゾクカモメと二人で過ごす家の、日常を再び謳歌していた。

帰ってきたあの日はスタッフから、親からも静かに絞られた。そりゃそうだ、あれだけ危険な目にあったのだから。

自分も当分空を飛ぶのはゴメンだ、と思った。

だけど、あの空を飛んで戦った話題になった時についこぼしてしまった自分の笑みは、自分でもわかるぐらいに、心が清々しくて、楽しいって気持ちがどうしても抑えられなかった。

それを見た大人たちはそれ以上、何も言わずにいてくれた。

だからこそ、もうあんな無茶はしないって思える。


「瑠奈ー、誰かきたから一緒に行こー」

「はーい!」


そんな冒険の終わりを経て、数日とたたない朝。

あの日からエーリスに引っ越したウェアウルフ。それと見ない顔が玄関先に立っている。

その姿は、西洋の悪魔の一人「バフォメット」を彷彿とさせるフレンズだった。


「ウェアウルフ!…と、誰?!」

「エーリスからのお届けものでーす♡」


バフォメットが持っている箱を手渡す。母と娘はそれに向かい、丁寧に頭を下げる。

コウモリを象るマークの書かれた箱は、その重さと冷たさから恐らくはケーキの入った箱だった。


「これ…ケーキ!ケーキだあ!」

「持っただけで分かんの??」

「迷惑を掛けたお詫びですって」

「買ってきたの?」

「ううん、あの子ってば自分で作ったみたいよ?」

「えっ!」


「あの後ヒートアップして傷つけかけたって凄い気にしてるみたいで…熱心に作ってたわ」

「そんな、もう気にしてないのに!」

「そうは彼女自身が行かないみたい。さっきもあたしたちで探検隊の分を届けたばかりよ」


「ミナは?元気なの?」

「ええ、色々とパークとの手続きがあるから忙しくなるみたい」

「うまくいくといいなぁ」


「ウルフ!せっかくだからケーキ食べてこうよ。いいでしょママ?」

「そうねえ、せっかくだし上がってきなさいよ」

「えっ…それじゃあ、お邪魔するわね」

「じゃああたしはこの辺でお暇〜。ラビちゃんには連絡しておくからね」

「ありがとう…バフォメット。何かあったら連絡して」


そうして、ウェアウルフは久しぶりに瑠奈の家にお邪魔することになった。


「あっ、ウルフさんおかえりなさい」

「ケーキを食べに立ち寄っただけよ。すぐエーリスに帰るわ」

「えーっ、つまんないです」

「そんなにウルフと仲良くなってたんだ」


家族と友達と囲む机は、本当に賑やかだ。

そのど真ん中で主役を飾るケーキの箱からは、今か今かと待ちきれないように輝きが漏れているように見えた。


「瑠奈の友達が作ったケーキかあ、どんなケーキなんだろうな!」

「あけてみよ!」


開かれた先には、なるほど確かに。手作りということが分かるようなオリジナルのケーキが立っていた。

基本的な材料で作られたケーキは、形がどことなくあのフランケンシュタインの顔のようにも見える。

そしてその上に飾られた、トウゾクカモメと瑠奈、ミナがモスマンと戦うプラスチックの看板。

一番上には、「STAR SLAYER」の文字が、カッコよく刻まれており、モスマンからの最大級のお詫びと賛辞が感じられた。


「わあ…!」

「お城みたいでかっこいいな!」

「あじみしよっ」

「あっ」

「美味しい〜!」

「あー!ママ抜け駆けずっこい!」


瑠奈の母に続いて、トウゾクカモメとウルフもまたその柔らかい城壁をつまみ食いした。


「んん…」

「どんな味なの?!」

「ネタバレだから言えないわ」

「ず、ずるい!瑠奈も一口…」


このやりとりがあって、やっと帰って来れたような気がした。

広い目で見れば、あの時の短い冒険は一瞬の時に過ぎず、平和に家族と遊ぶ一日の方が多くあり、長く存在するのだろう。

それでも、知らない場所に足を運び、親友を作り、空で戦ったりもした、あの二日三日の大冒険は絶対に忘れられない思い出になるだろうと感じた。

このケーキの味と同じように、二度とは体験できないあの思い出が、これからの歩みを手助けしてくれるだろう。

夏休みの思い出の中で、とっても濃密に語ることができる瞬間だと、瑠奈は確信していた。


「あむっ」


再びケーキを口に運ぶ。

スポンジとクリームとイチゴの味は、たくさんの優しい輝きが詰まっていた。



* * *




数日後。



「ええと…バフォメット!今日も注文の材料を納品しに来たウサ〜」

「ありがとねっ、ラビちゃん!んも〜偉い子なんだからほんと」

「ぬわー!急に触らないで欲しいのだわ」


「それにしても、あたしがいない間に色々あったのね」

「ぴょ?分かっちゃう…?」

「だってほら、雰囲気変わってるし」


「きっとこの変化は、この島にとっても、あの子にとっても…良い未来の要因になってくれそう」

「ミナにとっても?」


「あの子は、自分の親はもういないと思ってる。だから、自分の親をもう一度探そうとしてる」

「それは…新しい親、ってこと?」


「彼女はずっと、その辛さを呑み込んで、頑張って生きてきた」

「それに対して、大きなご褒美はあっていいんじゃないかな」

「…もしかして!?」



「ラビちゃん、あの時あなたが言ったこと。覚えてる?」

「ミナがパパとママに会えるように…なんてラビちゃんもほんとに優しいよね、殺人ウサギなのに」

「ほっとくのだわ!!」


「…もしかしてバフォメット、そのお願い…」


「ううん、かなえてない。叶えるまでもない」

「なぜなら、もうすぐそれは現実となるから」

「それも…もっとも良い未来となって、あの子の元にやってくるのだから」


満面の笑みで応える悪魔に、白兎は不覚にも釣られたような喜びを漏らした。

そして、黒山羊は見る。

少女が書き連ねた、自分の一つの願いに線をつける瞬間を。


「さ、ウロボロスちゃんに差し入れ持っていきましょ」

「私たちの国は、これからも歩み続けるのよ!」


“今日”は終わり、また“明日”が始まる。

吸血鬼に拾われた少女も、例外ではなかった。




* * *





「伯爵、色々とありがとう」

「一緒に、この島に住んで良いって言ってくれて」



「お前が求めた二人が、この島を見てそう望んだ」

「ならば、私は答えるだけだよ。ミナ」

「あの二人で育つお前も、私の元で育つお前も。同じミナだよ」

「よーく分かってんじゃない」



「それはそれとして、学校通いはどうするつもりだ」

「いつも外に出てた時と変わんないわよ」

「お前ってやつはホントにもう」



「私、絶対幸せになるから」

「伯爵も、自分の幸せが見つかるといいわね」

「そうだな」



「だが、まだ気を緩めてはいられないよ」

「我々の前にそびえる問題は多く、解決には程遠いからな」











* * *



















「心臓核起動最終確認 開始」



「損傷箇所75%。エネルギー残量3%」




「AD 2045 08 09。深度15000m地点。指定地点に到達」






「ホシワラシ。ナミ、ナギ、両2名共に 個体名ホシノスメラギ 大隊と共に現着」








「これより、時空制圧用最終プロトコルの復旧作業に入る」

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三大怪物と蒼き鳥の雷羽 さちほこ @Sachihoko

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