第8話 月光の下
キラーラビットのフレンズによって霧に包まれた幻の島エーリスアイランドに招かれたウェアウルフ一行は、エーリスを治める城主ドラキュラにその力を示すべくちからくらべを行うことになる。
王国騎士キラーラビットとの初戦、そしてモスマンの治療を受け全快したアルゲンタヴィスとの試練を経て、二人はいよいよドラキュラと対面する…!
ステンドグラス越しに照らされる赤い月の光。
それはより一層、目の前の怪物の王の迫力をおぞましいものとしていた。
自分の近く、目の前でその強さを証明した二人に対して、いよいよ持って怪物は歓喜を隠せずにいる。
まるで長い間、自分に匹敵する力を恋焦がれていたかのようであった。
「これで胸の支えも取れたか」
その言葉にハッとするように、顔を声の主の元へと向けた。
彼女はまたも、口だけを笑顔にしていた。
そうだ、私は友と一緒に乗り越え、焦がれた瞬間にたどり着いた。だがそれは終わりではない、その先にももう一つ超えるべき壁があるのだ。
「なぜ雷帝と因縁があるか…そんなことは問うまい」
「…いつも、次こそは勝つと決めていた」
「だけれど、今回は仲間がいたから勝てた。それだけよ」
「仲間もまた実力の内だと、言わせてもらおう」
「アナタの望む結果とは少し違う…ということはない?」
「万に一つもありはしない」
二人を前にしても臆する事なく、逆に二人を後退りさせんばかりに歩いていくその姿は、まさしく高位の者。
暗く染まる髪の色とマントをはためかせ、中央まで迫り歩くその姿は、伯爵に相応しい威厳を存分に持っていた。
「二人で私に食い下がるのなら…その二人と戦うつもりでやるまで」
「こちとら、多勢に無勢には慣れているんだ」
「やっぱ…こうなりますよねえ」
「良いじゃない…彼、ノリノリだもの」
お互いに遠慮無用、一切の恐れもなく睨み合い戦いを予感させる。
この場合、彼ら両者の守るべき子供がこの場に居ないことが幸いしているのかも知れなかった。
「…どぞ!」
「えっ、どうも」
ラビが差し出してきた差し入れを受け取り、手早く食べていく二人。
洋風な場所には合わないような、シャケの入ったおにぎり。それを包むパッケージから、それがドラキュラのハンドメイドであることはすぐに察せられた。
「おいしい〜〜〜!!」
「…これで、彼とも戦える」
それらを食べてすぐ、疲れが癒やされ、気力が取り戻されていく…ような気がした。
準備も整い、万事良好となって夜は輝いた。
「ルールは変わらず。どちらがその頂へと指をかけられるか競争だ」
「望むところよ」
「さあ来い…夜闇の中で演舞を刻もう」
盗賊の鴎と人成らざる狼、対するは死を忘れた怪物。
いざ、尋常に──勝負。
* * *
「最後の相手はドラキュラ…なんだか強そう」
「ふふっ。でも強いだけじゃないの伯爵は。可愛いとこあるんだから…例えばこれよこれ」
「フォトだ!ええと…あれ、料理食べてる?!」
「そう、久方ぶりのお料理の味にガッツポーズとる伯爵」
「かわいい〜〜!」
「ボクが見てても気にせずポーズ取ってたからな。相当嬉しかったみたいだ」
「ドラキュラの食事に関しては安心していいわよ、お昼の間なら普通のお料理食べれるみたいだし」
「それにモスマンがよく言ってるの。セルリウムは命の反物質であり、その死骸は命の物質といえるって」
「夜ご飯の選択肢も増えてるから、伯爵はやりやすいんじゃないかな」
「思えばあれからだな、キラーラビットが料理作り出したの」
「やっぱり、ここのみんなって凄く仲良しなの?」
「まあ、そうじゃないと国は運営できんだろ」
「ゼロから国を作っていくんだ、仲間との助け合いと結束が要になるからな」
「…もしかしたら何もないとこから始めたから、仲良しでいられるのかも」
「なるほど、それも一理あるな」
「あとは今、テンション上がってるアイツに確固たる目的があったのが良かったのかもな」
気がつけばモスマンとの間にも奇妙な縁というか、友達に慣れているような感覚を見出していた。
とても大切な談笑の時、映像からただならぬ気迫を感じて言葉が止まった。
団子やお菓子をつまみに談笑していられるのは、今のうちかもしれない。
* * *
戦闘が始まった、誰もがそう思った次の瞬間には、鳥と狼は分断されていた。──床から無数に飛び出した、赤い槍の織りなす死の赤い絨毯によって。
間一髪で二人は回避したのも束の間のこと。飛んだトウゾクカモメの元に黒い公爵が、瞬きするうちに現れたのだ。
「──遅い」
「んなっ、ぐ!?」
急所に襲う攻撃を腕で防ぐトウゾクカモメ、しかし力の勢いのままに大きくぶっ飛ばされ体制を崩される。
すかさずドラキュラの影から、無数のコウモリの兵隊が追撃にかかったのだ。
「ちょ、ヘルプヘルプ!!」
「─────────ッ!!!」
コウモリは大きな音に弱い、狼が遠吠えを吐いて兵隊を黙らせ、そのうちにカモメは逃げ出していく。
赤い結晶の槍たちも砕け消えた頃、狼の元に纏い付くようにドラキュラが存在した。
「はあっ!!」
「無駄無駄ッ!!」
拳がぶつかり合う、その次の拳を繰り出そうとしたのはお互いの共通点だった。
それは短い間で幾度と繰り返され、拳同士のぶつかり合う戦乱が生まれでていくのだ。
互いの拳に伝わる衝撃から、お互いの力量が身体に送られ脳に伝達される。
そうしてようやく、両者の間には本気の戦いという認識が生まれていった。
「っく…!」
「言っておくが、容赦はしないぞ」
強烈な拳がウェアウルフを再び吹き飛ばす。
身体に受けただけでも、アルゲンタヴィス並かそれ以上の力を持っているようにも感じられた。
「いきなり攻めてくるとは、貴方らしいじゃない」
「笑止!ありったけをぶつけずに勝てる戦など存在しないのだよ、人狼!」
「なら…私もそうするわ」
ウェアウルフもまた、自身の野生を再び身に纏っていく。巨大な月の光を帯びた狼となって王の前へと走り、腕を振りかぶる。
「はあッ!!」
それは三日月を描く斬撃だった。手刀として重ねた爪を振り上げ、威力を集中させた斬撃。
それはまさしく夜を照らす月の光であり、誰よりも先立って、ドラキュラの身体に届こうとしていた。
轟音とともに、光は土煙となっていた。
臆することも構えることもなく、ウルフは再び飛びかかって攻め込んだ。
奴がこの程度で倒れているはずがないからだ。
「──がっ!!」
その予測は正しかった。
彼女の腕よりも太い、翼による殴打が顔面に叩き込まれる。
急ぎ姿を戻した人狼が見たのは、左腕と胴体が黒い『影』によって繋ぎ止められ再生していく瞬間だった。
「くっ…!」
「うっそ自己再生…!?」
「惜しかったなあ、あと数秒早ければこの私の体を入刀されたウェディングケーキのように真っ二つにできたものを」
つくづくズルい能力だと、そしてこの戦いの勝敗を決するのが互いのどちらかの死でない事に対する感謝を、今になって痛感した。
「伝承通りの力ね…だけど、貴方の力も相応に消費されているはずよ」
「つまり私がどうするかも想定済みというわけだろう」
「ちょ、まさか伯爵…!?」
ドラキュラが床を腕で貫き、引き抜く動作とともに地面が大きく捲れ上がって、その正体が玉座の間に引き摺り出される。
「地面からセルリアンが出てきた…!?」
「うおおお?!それもでかい大物ですよ?!」
大きな恐竜の化石のようなセルリアンは、引き摺り出されたまま動くことができずにいるあたり、おそらくは保管されていたのだろう。
極端なまでに動きを見せないその姿に刻まれた、赤い目の蛾が刻まれた拘束具が、それがドラキュラの「非常食」として確保されていた事を示していた。
ドラキュラはそのセルリアンを見据え、マントをたなびかせた。
「お前たちを相手取るのだ、今ここで使ってしまおう」
「かの者は…今は吉。今が吉なり!」
そう言って、ドラキュラは動けぬセルリアンにそのまま噛み付いてみせた。
するとどうしたことか、驚くべきことにセルリアンは悶えながら、体の末端から岩になっていくではないか。
「なっ…?!」
セルリアンが完全に物言わぬただの黒い溶岩となったところで、ドラキュラはその口を離した。
その直後に彼女は再びマントに身を隠し…翼へと変じさせ、さらなる漆黒の黒を曝け出した。
「ちょうど、腹が減っていたんだ」
夜の力、夜にのみ引き出すことのできる吸血鬼としての輝き。
それはサンドスターを得て、より禍々しく沈みゆくまでの深さを持って、暗黒へと身を染める。
唯一の灯火となる赤い星を撒き散し、闇の王の帰還を祝した。
* * *
その驚愕の瞬間は研究室にも流れ、声を一番に挙げたのは戦いを見守っていた瑠奈だった。
薄々感づいていた、ドラキュラは吸血鬼なのだ。命の輝きの詰まった血を吸い取って生きる、不便な所がある怪物のフレンズだから、想定のうちではあったのだ。
それが、サンドスターも栄養となっていることまでには考えが及んでいなかったのだ。
「す…吸い取った!?セルリアンの血を!?」
「いや、正確には奴らの体が壊死して出来たサンドスターを取り込んでいるんだ」
「セルリウムはあまりの吸引力に、吸われるたびに死に絶えサンドスターと変えられる…これにより、ドラキュラはより強力な野生解放を促す!」
原理はアルゲンタヴィスのような、ビーストがサンドスターを摂取しその寿命を伸ばす手段と同じようなものだろう。
頭の中では分かっていても、瑠奈の脳は処理をするだけで精一杯だった。
一時的に感覚が麻痺して、まるでドラキュラの魔眼に魅入られたような気さえした。
「あ、頭の中が混乱してる…赤い血の槍、すばやい動き、コウモリ、やたら強いパンチ、未知の能力、未知の生態…あの子、実は強いんじゃ…!?」
「その通りよルナ。伯爵は一味も二味も違うフレンズなの」
「吸血鬼…それは、世界で一番恐れられた、人間大の怪物よ」
「今にその強さを伯爵は晒すでしょうね」
「…思ったんだけど、吸血鬼がどうしてフレンズになったんだろ」
「それこそ神のみぞ知るってところじゃない?」
* * *
「ぐっ…!!」
「ウルフさんッ!」
助けに向かおうとしたトウゾクカモメの前に現れ、その翼の鉤爪の斬撃が目の前を大きく掠める。
彼女はその威力の程もそうだが、自分とウェアウルフを十分に相手取ることができるだけの素早さと反射神経に、目を見開いて驚くばかりだった。
「くそうっ、チャンスがない!一晩中パソコンとノートの目の前で座ってリミッター壊したヒトみたいに、手がつけられなくなってるっ!」
彼女が語るように、その伯爵の動きはより鋭さと精密動作性を増していく一方だった。
この戦いが始まってから、自分に対してやってくる攻撃をあらゆる手段でいなしてきた。
回避、瞬間移動、変身、自己再生、そして普通の防御。
二人から投げかけられる攻撃を次々に対応し、後隙に自らの猛攻を押し込んでいく。
降りかかる力には技を、そして彼女たちが技を講じれば、圧倒的な力で襲いかかる。
そのやり方には、ドラキュラが秘めるプライドと勝利への執念が大きく現れていた。
「このっ…!」
空からの主導権を取ったトウゾクカモメであっても、その攻勢は苦戦を強いられていた。
敵が動く前に離脱して逃げていくやり方へと、次第に追い詰められている。
そして、最大の武器である「連携」を、ソードブレイカーのように悉く折りにかかられている状況は、劣勢という他なかった。
「はあっ!」
「っち!」
ウェアウルフがドラキュラを大きく吹き飛ばし、防戦一方の状況が止まる。
ようやく二人の攻勢が始まろうとしていた。
真っ先にドラキュラへ忍び寄った彼女が、迎撃にかかった翼を捕まえる。
目一杯の力をかけ、万が一にも空へと飛ぶことができないように封じ込めているのだ。
「捕まえた!!」
「ほう!」
背後から接近したトウゾクカモメ。だがドラキュラは首へ胸へと殺到するその両手を捕まえてみせた。
「うそッ!」
「言葉を交わさずにその連携、見事だ」
「まさか、それで満足する訳ではあるまい!」
トウゾクカモメの腕を掴み、その動きを制限する。自分の細腕から力強く握りしめられるのを、彼女は感じただろう。
それでもどうにかしようと、彼女の小さな手が懸命に吸血鬼の腕を掴む。
「こんのッ…!」
「貴殿らの働きには報いなくては」
影に飲み込まれ、彼女の体が弾き出される。
超速のそれはウェアウルフにぶつかり、両者互いに壁に叩きつけられていった。
その直後、月光に照らされ伸びていく影が二人に殺到する。
赤い目の狼の群れとして。──だがその役目を果たせていたのも、人狼が光を放つまでの間だった。
光に照らされ、たちまち主の元へ影が逃げ出していく。
「クウカっ…!」
ここまで有利に戦いを進めているドラキュラは、態度に一切の揺らぎも見せずに近づいていく。
その目はみるからにもこの時間を楽しんでいるような目つき。
ともすれば幼い子供が笑う顔のような、煌びやかな顔だった。
「獣は警戒が時に命取りとなる。人と獣の戦いは、いつもその知恵のレースだからな」
「貴殿らは確かに知恵が回る…だが、先に見せた技たちを頭に入れたせいで、臆しているな」
月光を背に、纏い付くように足音を立て…自分の頭を指差す。
その動きにさえも、どうにもし難い蠱惑的な視界の違和感が感じられた。
その動きから彼女の本質を見ることは…不可能に近い。
「…初めから技を曝け出したのは、その為だったのね」
「戦は如何に相手へ送る情報を選ぶかで決まる。かつての私は、相手の恐怖を煽ったがね」
そうとわかればもう怯む必要はない。
ウェアウルフは赤く輝く目の前の大きな月に手を翳し、叫んだ。今一度私にも力を授けるのだと。
彼女の身体を包む光が大きな獣へと変じた時、すでに蚊柱の如き蝙蝠の群れが、一斉にその体へと噛み付いていく。
サンドスターが奪われていく感覚に、ウルフは即時離脱を余儀なくされ…早くもその衣を脱いで飛び出した。
「ドラキュラ…ッ!」
コウモリたちが全てドラキュラの元へと帰還する。彼らが盗み出したサンドスターを受け取り食するように、気品あふれる所作で翼がその口元を隠していた。
まるでマントで食事をする瞬間の口を拭うかするように。
その都度、黒い髪の艶と赤い輝きがさらに増していく。
「どうした、それがお前の最後の切り札か!」
余裕を崩さぬ宿敵を前に人狼は諦めずに立ち上がっていた。
その意思はもはや意地であり、そしてドラキュラへの誠意であった。
力が示される瞬間を望んだドラキュラへ対して、如何な状況であっても勝利を諦め全てを放棄するのは、礼儀を失せる行為となるのだと。
その上で、彼女の目指す場所は勝利であった。
そして、自分の大切な友を守るのみ。
ただそれだけが、自分を動かす炎となる。
そして、吸血鬼との肉弾戦という無謀を行なっている理由だ。
「その顔を剥いでやろう!」
「毛筋一本さえ触れさせるものですか…!」
ドラキュラを背負い投げ、隙を逃さず殺到する。
彼もまたすぐさま優雅に立ち上がり、瞬時に連打を加え猛攻を制止した。
「無駄だッ!」
「ぐはっ!」
蹴り上げられ、上空に打ち上げられたのも束の間。ドラキュラは凄まじいまでの風圧と共に上空の敵へ瞬きするうちに肉薄。
回避のいとまも与える事なく、翼の一撃によって叩き落とした。
二つの翼による殴撃をもろに受け、身体が地面を転がり大きく体制を崩されていった。
「疲れているなら、このまま良い夢を見せてやろう」
降下の勢いに乗せられ襲いくる翼撃。だが翼の感覚がある地点で止まり、力が拮抗した。
土煙の中で、すでに輝かしい金色の瞳がこちらを睨みつけていた。
「まだよ……!」
「立ち上がるか。だがそれでこそよ!」
翼を弾いて再び弱点に手を伸ばす。その手をドラキュラも捕まえ、互いの力同士が再びぶつかり合う。だが時間はそう長くはなかったのだ。
「戦いという本質を噛み締めろ!」
拮抗の中翼が地面に踏ん張り、ドラキュラは片脚を振り抜く。その鋭い蹴りが直撃し、再び人狼が引き離されていった。
それを見逃すはずもなく、ドラキュラは翼で地面を撫でるように振り抜いて、黒き突風によってその五体をさらに追撃した。
「がはっ…!!」
続け様の強力な一撃を直撃して、衝撃と痛みが人狼を支配する。
やはり吸血鬼に近接戦闘は、たとえ人狼であっても無謀そのものと言える挑戦だった。
しかして諦めるという選択肢は、すでに彼女の頭にはなかった。
例え相手がどれほどの力を持っていたとしても…。
* * *
「めちゃくちゃ強いじゃないあんたの友達!!」
「だから言ったでしょっ!強いんだってっっ」
「動きが速すぎる、まるで二人の時が止められてるみたい…!」
「どういう原理があって…」
「ただ力持ちだからよ」
「ち、力持ち?」
「そう。吸血鬼はいろんなところが人間と違うのよ、ルナ」
「反射神経 集中力 第六感 身体能力 特殊能力 耐久 性 吸血能力 変身能力 不死性…だけど、吸血鬼を最も恐るべき怪物にしているのはその純粋な暴力……………力よ」
「私たちと変わらない華奢な腕と脚は敵をボロ雑巾のように引きちぎり、翼は突風を巻き起こし爪は地面を砕く……」
「伯爵はその暴力を自覚し、彼の理性をもって行使するの」
「…だ、だから、スピードも担保できるの?」
「凄まじい怪力を野獣のような反射神経、経験則、知性により物理法則も頭に入れている結果だろう」
「アイツは勉強熱心でね、ヒマさえあればこの城の図書室によく籠ってる時期があったんだ」
それはドラキュラが、現代において発見された知恵も頭に入れて戦っているという事の証拠と言えるような物だった。
古い時代ゆえ許された存在、それが現代に現れ、挙句知恵まで更新している事の恐ろしさを、本能が強く感じ取った。
「それって…弱点なくない?」
「落ち着いて、"伯爵"がそうかは知らないけど"吸血鬼"自体の弱点は結構あるから」
「それに伯爵は…自分を大切にしてないから、心配なの」
「どうして?」
「真面目だからよ」
「肝に銘じなさい。ルナ。真面目は行き過ぎれば毒となる。それは自分を供物にし、他人を際限なく飲み込む毒の海」
「正しくなければならない、みたいなのは…逆にたくさんの良い人を、悪い人に変えてしまったの」
「あの人のことだ、きっと人間でいられなかった自分も許せないと思う」
彼の姿を語るとき、ミナはどことなく別の世界にいるような雰囲気を纏っていた。
その友達の顔に、言葉が出てこなかった。
同じ歳の友達がある日、自分がいる場所から遥か遠い別の世界に居たと同じような疎外感が、そこにはあった。
「…お、おいてかないでよ」
「ミナが言ってる事、難しいよ」
「…ん」
そのとき自分がどんな顔をしていたのかはわからない。
多分その顔を見たのだろう。ミナは面食らったような顔をしばらく浮かべ、目を閉じた。
そしてその手が肩にぽんと、優しく降り立つ。
「ごめんね」
「…いいよ、今は見届けようよ」
「後で、あんたとも話したい」
この島でつけるべき決着はもう無い物だと思っていた。
だがその目測は違い、実際にはより近くに、とても大切なものがあったのだ。
そして瑠奈は再び、戦いに目を通す。
この戦いが終われば、次は自分とミナが対話する番だと。
* * *
玉座の間の戦いはなおも続く。
1人は負傷、1人は気絶と戦局はドラキュラに傾きかけていたが、ウェアウルフは未だに諦めず食らい付いていた。
その目に灯された輝きは、闇の中でも消えていなかったのだ。
「はあああッ!!」
勝利を求める貪欲な攻撃。単純なその動きを速度、力、重みでカバーし付け入る隙を極限まで減らしたそれは、彼女の本気の一欠片ともいえた。
それが伯爵に届く白木の杭と言えるかは不適切だった。
「どうした、さっきから獣のように唸ってばかりじゃないか」
「それでいい。その瞬間が最も、命が輝く瞬間なのだよ!」
ここにきて再びドラキュラが闇に身を隠し、双眸から伸びた残光を引いて背後を取る。
遅いくる手の攻撃を、奇跡的に捉え受け止めたが、その衝撃は体を痛みとして蝕む。
「っぐゔ…!!」
「命の輝きとは素晴らしいものだ」
「赫赫と輝く大洋と河川、それが肉体と何億もの小さな生物の群れを動かし、全てを作り出す」
「今のお前たちがそうだ、違うか」
「っまだ…喋る余裕、あるのねッ!」
狼とコウモリ、それらの人影が縦横無尽に広間を暴れ回り、殴り、そして斬り合いを演じた。
その最中で、伯爵は余裕の誇示として言葉を連ねていく。
「余裕を失い、言葉をすて、生きることに全てを賭ける生物の生き様…この世の何にも勝る宝だ」
「そうして掴み取った正しき未来と老いは、何もかもが美しいのだよ」
「私はそう感じた、この姿となる前、人間の男たちに負けたその時から」
「私とお前を分けるのはそれだよ。私は死体で、お前は足掻こうと今なお生きる獣だ」
互いの斬撃、打撃がぶつかりあい、再び掴みあいとなって流れが硬直する。金と赤の眼光が、再び同じ物を見る瞬間が訪れた。
間近で見えた怪物の顔は、どこか退廃的な望みを孕んだ笑顔を貼り付けていた。
「お前には何が残っている。あとは何ができる?」
「さあ、あとはただ、まっすぐに進むだけだ」
互いに離れ、再び接近しあう。
「示してみろ!私の前にその力を!」
「ヒトにもけものにもなれない屍の自惚れに、完膚なきまでの否定を突きつけよ!」
「違うッ!このジャパリパークに来た以上、望まれて生まれてきた!私もあなたも!」
「誰にも自惚れだとは言わせない!あなた自身であっても!」
二つの光がぶつかり、離れ、それは弧を描いて高度を上げた。
天井近くまで登った時、それらは最後の衝突を起こした。
「ぐっ…!そらっ!」
「うぁっ!!」
空中での激しい揉み合い、そして落下。
その最中にドラキュラが顔を掴み、激突に生じるダメージを加えていく。
室内のど真ん中に倒れるように叩きつけられ、攻勢は再びドラキュラが握った。
「間髪など容れん!これより10秒以内に貴殿を仕留めよう」
宣言を残してドラキュラは、何故か姿を消した。
天井に穴をぶち破り、幾分かの風を残して。
だが、ウェアウルフは考えるのをやめた。
攻撃とサンドスターの放出により消耗した自分を、彼女が如何にして攻撃をしようとも。
──闇纏う王が次に姿を表した瞬間。自分に与えられたその一瞬の間に、ありったけをブチかますだけだ。
(来なさい…ドラキュラ!)
──そして、その瞬間はやってきた。
「──こ れ で 終 い だ ッ ! !」
天井の風穴を通り急降下したドラキュラ。
その翼を支える腕は、その力を込められ筋肉が丸太のような太さにまで膨張していた。
ドラキュラの力と落下速度、そして二つの力の重さがウェアウルフを襲う!
「──お゛お゛お゛お゛お゛ぁ゛あ゛っっ!!!」
人狼は今、遠吠えをも置き去りにし、雄叫びを響かせた。
自らの全てを、ただ拳に乗せて何発も攻撃に叩き込み始める。
それはまさに、相手に襲いかかる数多の“猛雷”のようだった。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッッ!!!」
ドラキュラもまた自身の拳と翼の猛打を彼女の攻撃に叩き込み、より上回る力と速度、手数で押しつぶしにかかる。
かつて神を信じたもの。神を信じるものによって迫害されたけもの。
それら二人の相反する全力が、己のプライドをかけてぶつかり合う。
「ぶッ潰れろォ゛ッ!!」
その全ての全力を持って、ドラキュラは…彼女の守りごとその胴体を床に沈めてみせた。
力を込めた翼の、渾身の一撃によって。
「お゛っ………」
ついに人狼の攻撃が止まる。
あたりには土埃と静寂のみが、世界を作っていた。
「やった、か」
「っく…あ…」
ドラキュラの影がさす。それが彼女の上半身を包み込んで、闇を与えていた。
意識の朦朧とした彼女の視界へ現れるのは、ただただ大きな闇。
勝者となった闇は、傲岸不遜にその場を動こうとしていなかった。
「…さて。」
「──待たせたな」
言葉の刹那、飛びかかった何者かの一撃を両手で掴み取り、互いに競り合いを始める。
月の狼は見る、その闇へと対抗するべく、闇を纏った鳥の姿を。
「読まれていたっ…!」
髪が黒く染まり、目までも血のような真紅に輝き…それはカラスと言うより、夜闇に紛れ飛ぶ鳥であった。
その姿は、トウゾクカモメもまたドラキュラと同じ存在になっていたことを示唆する。
力が先ほどと違い均衡が止まったままとなり、手を解いて苦し紛れに放った拳。その全てがドラキュラの胴体に──届く。
「っっぐ…!!」
壁に叩きつけられたドラキュラを、凄まじい速度でトウゾクカモメがくらいつく。
両者の間で、互いの腕が最後の一線の上で、鍔迫り合いを引き起こす。
強化された彼女の力を感じ取り、ドラキュラは歪んだ笑いを向けた。
「そうか、なるほど…私の力を盗んだか」
「輝き溢れる技を「盗み」、一度だけ「使う」。それがお前の特別か。トウゾクカモメ」
「我が力の味はどうだ、盗賊よ!」
それがいつ盗まれたものか、ドラキュラは考えなかった。
今この場で重要なのは、敵対する対戦相手が投入した切り札の存在なのだ。
自分に触れたあの時にはもう、使うことができていたのだろう。だが彼女はタイミングを欲した。
だからこそ、ウェアウルフはそれに応えたのだ。
でなければあれだけたった1人で、この自分に食らい付いていたはずがないのだ。
チャンスに飛びかかったクウカが、戦意の消えぬ笑みを曝け出して叫んだ。
「最悪ですよッ、ええ!二度とゴメンです。餌を探し回って10日ぐらい寝なかったような感覚ですから!」
「アンタと戦うのも吸血鬼になるのも、これが最後だっ、ドラキュラ!」
そして懐から何か丸いものを取り出し、それを斬る勢いで擦りながら勢いよくふりかける。
見よ、彼女が出した切り札はニンニクだったのだ。
* * *
「あーー!あの時買ったやつ!!」
「どうしてそれ買おうと思ったのよルナ!?」
「出先でハンバーグ食べたくなったら必要でしょ!?」
「てかなんでそれがコンビニに売ってたのよ!!」
* * *
「ッこいつ…!いつの間にニンニクを隠し持った!?」
「コンビニ帰りの友達からちょいと拝借しましてね!」
弱点とはいえニンニクを浴びた所でドラキュラというフレンズが死ぬことはない。
しかしてそれの出す臭いは鳥獣避けにも使われ、獣のように五感を鋭くさせたドラキュラにとってはまさに寝耳にかかる水にも等しい衝撃をもたらした!
隙を突くようにトウゾクカモメが飛び込む。
咄嗟に腕で首と左胸を守るドラキュラの動きを見て、今こそが確実に勝機へと近づいていると確信できた。
もう迷う理由もないのだ。
自分の中に残る吸血鬼の力を振り絞り、バルカン砲のように拳の雨を叩き込んでいく!
「ぬおおおおお…ッ!!」
守る一方だったドラキュラ、だがその最中から拳を振り始め、一瞬で相手の繰り出す連打に対応していく。
互いのラッシュが月光の下、数十秒にわたり演じられていた。お互いがこの一瞬の間に、思考と精神の全てを注いでいたのだ。
そして手が掴まれ、そのラッシュが止まる。
「っはっ…はあっ…!!」
息を漏らし、髪と目の色が戻っていく。
ここまでしても、あと一歩のところで越えることは叶わなかった。
戦意と絶望の混じった、荒い声が吐き出される。
「っっ…やっと、届いた…ってのに…!」
「──いえ、ありがとう」
月明かりに照らされ、その手のうちに集めた「月光」。
輝かんばかりの柔らかな光のありったけを、ドラキュラにぶつけ…その胸に拳を沈めた。
下剋上とも言えるその輝きの拳が、とうとう、不死の王に届いたのだ。
ドラキュラが息を吐く。自身の負った大きなダメージ。
それだけに、彼女に力を理解させるには十分なモノだった。
「っ…」
そして戦いは終わる。
吸血鬼が玉座の間で倒れ込み、その肢体を月明かりの元に晒した。
「……さて、あとは心臓の上を触るだけですね」
倒れた吸血鬼に2人がそれぞれ、首と左胸を掴んだ。
2人同時に手にする、勝利の瞬間だった。
確実たる勝利の瞬間が、2人を気高いものとして彩る。
「…すごかった、ただただ、すごかった」
戦いを見守り、言葉を漏らしたうさぎの従者に2人が笑いかける。
そうして空気が和やかなものになりつつあった刹那、夜が声を上げる。
「…素晴らしい」
「!」
その場から動かず立ちもせず、ただ結果を認めながら、ドラキュラは続ける。
「戦とは…いかに相手に情報を握らせぬか、あるいは偽の情報を握らせるかも肝要となってくる」
「お前の力を正確に見れなかった、その時点で私の負けなのだ」
だが果たしてそうだろうかと、思考を巡らせたのは2人だった。
たった一度の戦いでも2人は彼の、相当な実力を理解しているのだ。
その鋭いカンさえあれば、トウゾクカモメの持つ切り札にも気付いていたはずだ、と。
「いえ…初めから…ワタシが持ってる特別に気づいてたんじゃないんですか?」
「……おそらくは触れたのみで、それを盗めるまでには思慮が至らなんだ」
「私にそうさせたのは、この瞬間まで手札を見せなかった、貴殿の知恵と根気だ」
2人の連携、力と技による対抗…なによりわずかな要素においても上回ろうとしたその姿勢。
それが掴み取った勝利という結果を鑑み、国の主は賛辞を惜しまなかった。
「貴殿たちが必死の思いで伸ばしたその差が…見事、私を越えたのだ」
「この出会いと勝敗に、感謝を捧げる」
「それでこそ…私が出せる力を、出した甲斐はあった」
その戦いの結果は、彼が抱く負い目を肯定する形となったのかもしれない
だが鬼は笑っていた、とても満足そうに。
彼もまた、どこかで自分を超えられたのだろう。
燻って消えずにいた自分という壁を、二人と共に。
* * *
その戦いの結末を前に、子供たちもようやく心からの明るい声を思い思いに発していた。
モニターの映像越しからでも伝わり侵食してきた一触即発の重圧から解放されたとでも言うべき歓声は、研究所には少し似つかわしくないようにも見えた。
「ウルフ…みんな…いいチームワークしてた!」
「やった、やったあ!」
「私からも言わせてもらうわっ。おめでとう、ルナ!」
「えっへへ…!瑠奈は何もやってないよお」
「なるほどねえ…トウゾクカモメもなかなかヤバそうだぞ…自分の能力をこの最後の一戦まで取っておいてた所に根性と戦術を感じるよ」
「こりゃ、本腰入れるか」
戦いがひと段落つき、モスマンも何か準備を始めた。
その様子を見て、瑠奈は自分たちが計画への参加を提案されたことを思い出した。
「…モスマン」
「なんだ」
「さっき瑠奈たちをスカウトしてたけど、どんな仕事して欲しいの?」
「ただ安全圏で突っ立ってる仕事。エキストラのようなものだ」
「ボクはこれからでっかい試作ロボットを使って探検隊に試練を与えるつもりだが…考えてみたまえ。ただでっかいのを倒すだけなら探検隊はきっと攻略するだろう」
「だからこそ味付けを加えたい」
「どーするつもりなのよ」
「君たち二人には人質役としての出演を願いたいんだ」
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