第7話 翼は責務の証明


「わひゃ!?」



雷が夜空を照らす。夜の魔王城の廊下を歩いていると、それは普遍的なものだった。

外から響いてくる雷の音が印象的な雰囲気を作り出し、装備があれば自分も立派な勇者になりきれただろう。

ただ、今の自分は一人の少女に過ぎない。雷の音には跳ねて驚くのみだ。


「すっごい雷…ほんとになんか出てきそう…」


ぶもっ、とでも形容できる感触が存在することに、彼女はぶつかるまで気づくことができなかった。

後ずさって見上げると、見覚えのある青色の存在が立っていた。


「…あっ!アルゲンタヴィス!」

「…」


先程撃墜されてしまった姿を見ていただけに、もしやひどい怪我を負っているのではないか…とも考えていた。

ただ目の前にいる彼女は、万全な設備で治療されたのだろうか、傷一つ残っていない全回の状態だった。


「怪我の方はもう大丈夫なの?」


大丈夫だ、問題ない。とでも言いたげに、そのビーストは腕を上げた。


「…だいじょぶっぽいかな…良かったぁ…」



「ぅわっ…!」


鳥の足のようになった手が、瑠奈の頭の上に置かれる。

あわやそれは握りつぶす…なんてこともなく、ただただ、優しく頭髪をかき分けた。

ちょっとした驚きのまま、瑠奈は再び目を開ける。

嘴のような前髪から見えるその目は、いずれ何かを思い出すことを促されている…そんな気がした。


「…もう行っちゃうの?」


その問いにはしばらくの沈黙が与えられたのち、こちらから見て正面の方に指が刺された。

おそらく自分がやってきたであろう方角をだ。

それが意味することは、自ずと気づいた。


「モスマンの研究所はあそこなんだ…ありがと!」


指の示す方角に導かれるがまま、城の中を走っていく。

簡易的に置かれた案内看板の通りに進んで行って、モスマンが待ち受ける秘密の研究所まではすんなりと、怪しいぐらいにたどり着くことができた。

そして彼女は寄り道もすることもなく、一直線に目的地へと足を踏み入れる。

そこは未来的な内装で、所々に青色に光るラインのようなものがより近未来的な雰囲気を醸し出している。

左右のさまざまな機器と奥の大きなモニター。それに囲まれたど真ん中で立つモスマンは、どちらかといえばメンインブラックの男たちのようにも見えた。


「ルナっ!待ってたわ!」


「ミナ!こんなところに研究所があったのね」

「伯爵とモスマンの本気がね、すんごく高くてデカくて広くて複雑なお城作っちゃったのよ」

「どーりで辺な仕掛けいっぱいあると思ったわ」


友達と抱き合って存在の実在を確かめ合い、お互いに喜び合う。

いつまでもこうしていたいぐらいの安心感と幸福感がその一瞬で流れ込んできたのを、どうにか離れて振り払うことができた。

そのままの流れで、忘れないうちにモスマンに相対する。


「モスマン…おひさ。二日ぶりね」

「モスマン今お電話中よ、静かに」


ミナが忠告したように、モスマンはモニターに表示されるフレンズと会話していた。

それは映像にかかる色から推測するならば、濃い茶色の頭を持った、クジラのようなフレンズだった。


「ムカデクジラ。約束通りビラは探検隊に渡してくれたかな?」

『あったりめーなんだよ!色々と知ってること聞かれたけどとりあえず黙っといたんだよ』

「あー、そうだったんだ。まあそれは良いんだ」

『少なくとも予定の時間に探検隊は来るはずかも。それまでちゃちゃっとモスマンも仕事するんだよ』

「分かってるって。すまないね」

『良いんだよ良いんだよ!このアエリア、エーリスアイランド宣伝大使として働くんだからこれぐらいはしなきゃ』

「このまま情報を彼女らに繋いでくれ。頼んだよ」

『注文多いんだよー、まあ任せてよって。オーバー』


おそらくは自分の知らないフレンズ。通信していた相手は意外な存在で、おおよそ現在地の物々しい雰囲気とは無縁そうな存在だった。

彼女ともいつか喋ってみたい、そんな気持ちを胸にしまって、とうとうモスマンと相対する。


「ふう…すまないね、案内ぐらい出せなくて」

「話ってなんなの?」

「ボクの目的だ。試合の様子でも見ながら話そうじゃない」


彼女の黒い手袋が、光る端末のような映像の上で踊る。ちょうどそれらが連動したように、モニター城に玉座の間の様子が映し出された。


「ちょうど始まるところね…!」

「初戦はラビットとトウゾクカモメか」


「クウカなら負けないもん。少なくとも、あんたのお話に集中できる余裕はあるのよ」

「かっこいいところはそりゃ見たいけど!」

「はっはっはっ。いいね…君もなかなかどうして肝が据わった奴だ。これは評価を改める必要があるな?」

「おもてなしを受ける以上は、好きにしたまえよ」


自分の心は、ひとまずは戦おうとしている友達に釘付けになっていた。

隣にいるミナの手が握ってきて、温もりが現実世界に引き戻す。

これから先なにを見せられようと、これで現実世界に居ると考え直せるわけだ。


「さあ。何か口のお供でも持っていこうか?」

「ちょうど、この国の特産品「紅月だんご」があるんだ」


そして机に飲み物と、赤い月見団子が置かれる。

戦を見る酒のつまみ、とばかりに。

その存在を思い出したら、食べておこうと瑠奈は考えた。



* * *



「さーて…軽くひねれれば良いんですけどね」

「硬くならないで良いウサ。こちとらそっちのウォーミングアップのつもりなんだから」


出先での戦いや争いなど、南極を飛び回っていた時は日常茶飯事だった。

自分の力を思い出していたトウゾクカモメは笑みを浮かべる裏で、面倒ごとになったと危惧していた。

そして一つ気になったことがある。


「ちなみにこれ、バリアないですけど勝敗どうすんですか」

「……」


ドラキュラは思案に入り、その口から言葉を発することはなかった。時折歪ませる口と眉からは葛藤がうかがえる。

それを見守る人狼は、それが本気の戦いをしてみたいという事なのだと見据えていた。

それが暫し続いたのち、溜息を挟んで、彼女は告げた。


「首、左胸に触れた方の勝ちだ。そこに当てる攻撃は最低でも殴打までとする」

「猛攻を凌ぎながら、急所に触れる技量を示すのだ」


彼女の下した結論は、このようなものだった。

単純そうに見えて、ただ相手を完膚なきまでに倒すよりも難易度が高いとトウゾクカモメは感じている。

それがドラキュラの下した妥協案であることも、彼女の顔が後押ししていた。


「ふっふっふ、首を狩るのはあたくしの十八番なのだわ」


目の前で準備運動をしている殺人ウサギからは、その付け入る隙を餌に近寄ってくるのを待たれているような気さえした。



「では…初め!」







「びょーん!!」

「おわっ!?」


先手を打ったのはキラーラビット。ウサギの健脚が生む瞬発力で、早速レギュレーション違反の攻撃を振りかぶってきたではないか。

自分の翼から抜き取った羽が硬質化し、そのヴォーパルソードの一撃をなんとか受け流す。

衝撃の後、その先端が欠けているのに気づきながら、即座にウサギの左胸に向かって手を伸ばす。


「ぴょぉお!?バカッ!!」


大慌てでその手を払い除けて飛び退くウサギ。彼女の足元目がけ、茶色い羽を投げ飛ばす。

「ぎゃん!?」などと、素っ頓狂な声を上げながらウサギは、その歩みを止めた。

その好機を、トウゾクカモメは貪欲に捉える。

それが自分のチャンス、ともすればこの戦いを数秒で終わらせられるという高揚感に賭けて。


「なっ!」

「ほらほら!」


すぐさま振りかぶられる虹色の剣に、ふとした恐怖を覚える。

覚えていられるのも身体がすばしっこく避けてくれているおかげだろう。

振り下ろされた腕を絡めるように腕を巻きつけ、後ろを取る。


「こんのっ!」


だがすぐさまキラーラビットは剣を持ちかえ、腕に組みついた敵を投げ払う。

身体が叩きつけられるが、序の口の痛みだと堪えた。

次の瞬間に見た姿を見て、驚愕する。

甲高い声を上げて叫びながら斬りかかるウサギの姿が見えた。

その姿はどちらかといえば、猪のような猛々しさがあったのだ。


「腹がガラ空きですよっと!」

「わぎゃーー!!」


一か八か、その胴体に肘を入れて弾き飛ばした。

倒れ込んだラビに駆け寄って触りにかかるも、強烈な蹴りが腹に刺さり、再び吹き飛ばされる。


「ごふっ…!」


互いに立ち上がる頃には、両者の間に距離ができていた。

それは戦いが振り出しに戻ったことを意味し、互いの心理の中にほんの少しの苛立ちと、焦りが生まれる。

どちらも抑えて、忘却に帰すべき感情であった。


「前に出過ぎないで、一度引いて!」

「っと!」


後方からの言葉に、翼を前に羽ばたかせて距離を取ると同時に、ただでは離れるものかとプラズムの羽を指で掴み投げ飛ばす。

初っ端からの勢いにラビは対応できないわけではなかったが、ペースをもってかれている状況にご不満の様子だった。


「全くなんてやつだウサ!!」

「アンタに言われたくないですね!いきなり剣振るようなやつに!」


地団駄を踏んだのち、ラビは真っ直ぐにこちらに飛んで突っ込んできた。

まるで上からワイヤーでも吊るされているかのような動きは、思わず避けるのを躊躇させそうな間抜けさがあった。


「おわっ!」

「そっちがその気なら、ラビだって!」


振り上げられた剣が、次の瞬間には振り下ろされる。

その迷いのなさと速度に、遅ればせながらウサギの少女の実力を感じ取ることになった。

こいつは相当に強いぞ、舐めていれば本当に首を跳ね飛ばされてしまう、と──。

彼女が剣を振り回した周りには、虹色のキラキラした光が多く集まる、ファンタジックな光景に似つかわしくない思考を、トウゾクは抱いた。


「その人形のような見た目に惑わされぬことだ」


その考えを見据えていたような言葉に身体がはねる。

だがそんな暇はない。ラビの剣とナイフのぶつかり合い。あるいはそもそも腕を邪魔して攻撃を防ぐ至近距離での弱点争いが続いたのち、ラビは後方に飛びのいた。

彼女は一体なにをしようというのか。


「ラビはおーきなおーきな個性があるのだわ。それは…」


ラビはステッキのように剣を掲げ、グルグルとふり始める。

するとかき混ぜられていくように光が集まって、やがてそれは爆発を起こし、トウゾクカモメを襲った。


「ちょわあ!?」


「ラビのキラキラに魔法をかければ、大爆発だウサ!」

「これぞ芸術!笑いの基本のキだウサ!」


玉座の間に引かれる、巨大な爆炎のカーテン。

その煙の壁の内側で、ラビは早々にドラキュラを背にして構えた。

そして、警戒を厳とする。

背後に実質的な壁を見たててしまえば、やってくるのは正面のみというわけだ。

そこに剣を叩きつけ、首を掴む。

勝利の方程式の完成に、彼女は手応えの笑みを浮かべた。


「カモンだウサ!!その首の皮を剥いでやるのだわ!」


意気揚々と身構えたのも束の間、上方から跳ね返るようなを耳がキャッチした。

白く可愛らしい耳が動いたのも束の間、羽のナイフが二本も飛んできた。

すぐさまそれを剣ではじき、左手を胸の前に構えた。

刹那、視界の下に鳥の羽毛の姿が見えた時には、遅かった。


がっ!!


「っぐ!?しまっ…」


左胸を警戒していた。だが実際には首を掴まれてしまった。

爆発で作り上げた煙幕を利用したつもりが、まんまとトウゾクカモメに利用されてしまったのだ。

そして、自分の警戒という行動すらも。


首に感じる手の感触とともに、彼女は失意に顔を歪めた。

そして判定が下される。


「其処までだ」


トウゾクカモメが顔を上げる。

その顔は自分が見てもムカつくぐらいに、ニヒルな笑みを見せつけていた。

思わず、悔しそうな目でドラキュラに振り向いた。


「第一試合は、トウゾクカモメの勝利だ」

「ぬあ゛ーーー!!!」

「おっしゃー!!!」


歓喜と慟哭が聞こえたのはほぼ同時だった。

その頃には爆炎も消え、残るのは静かに拍手をするウェアウルフだけだった。


「彼女に一本「盗られた」わね」

「ぐぬぬっ…!天晴れの強さだわ!!」

「どーですか。いかな状況だろうと冷静に対処すればやれないことはないんです!」


「…美しい!」


広い空間に一声。一際黄色くなった声が、玉座から響いた。

ドラキュラが両手を仰ぎ広げ、目を輝かせていた。


「躊躇を捨てたやり方、あるのは勝利への貪欲な姿勢のみ」

「そして、貴殿の翼から自らの使命への飽くなき意欲を感じさせてもらった…何もかもが美しい」

「貴殿の戦いを見れたことを誇りに思うよ」



* * *


トウゾクカモメの勝利に終わった、第一戦目の試合。

その結果にまず嬉しそうに反応したのは瑠奈だった。


「ふっふん…!!」


「やっぱり、仲間が勝つって嬉しいもんかな?」


「あなたも応援する側になればわかるわよ、モスマン」

「それはまたの楽しみにしておこう」


「トウゾクカモメ…彼女の動きは経験則に裏打ちされているものかな」

「元動物時代も、フレンズになってからも、踏んだ場数は多そうだ」


モスマンが推察しているように、トウゾクカモメにも、自分には語ってないような経験がいっぱいあるのかもしれない。

今度暇があれば、その話も本人から耳に入れたいものだ。


「次はドラキュラと戦うのかな」

「いや、どうやらゲストが乱入してくるようだ」


彼女の言う通り、モニター越しにもわかるほどの迫力と異質な空気が玉座の間を一瞬で撫でた。

そのピリピリとした静電気の感覚のリフレインで、次に何がやってくるのかは自ずと想像がついたのだ。




* * *



三人は直感的に、この空間へやってくる存在の強だな力を悟った。

外で鳴り響く舞台装置のような光と轟音。それが窓も壁も突き破っていくように、堂々と部屋の中央を照らす。


「っ…!」



そこに雷とともに現れたのは、あの蒼い巨鳥であったのだ。

目の前で叩き落とされたのを目の当たりにしていた二人は、その再来に驚きを持って安堵した。


「うわ!?」

「アルゲンタヴィス…無事だったのね」


「…どうした」


その青い鳥は、息を吐きながらドラキュラに目配せを、粘着質高くしてみせた。

その沈黙に、二人の注目が集まる。あの二人の間にはどんなやりとりがなされているのか。


「……なるほど」


「今度はお前たちに試練を課すようだ」

「ヴィクターの奴に与えたのと同じようにな」

「えっ…アイツ、アルゲンタヴィスを襲ってたわけじゃないんですか!?」

「ああ。あいつは…彼の雷帝に対抗するべく新しい翼を作った」

「そして見事打ち勝ち、その褒美をすでに賜った後よ」


ドラキュラは再び玉座に腰をかけ、その目を見開く。


「さあ、獣が雷を下す姿を見せておくれ」

「お楽しみはこれからだ…hurry!」


先程の戦いで興が乗っているのか、ドラキュラの顔に明らかなテンションの高まりがうかがえる。

これはどう考えても、アルゲンタヴィスとの戦いに対して想像以上の期待をされているようだった。


「それで…私が戦うの?」

「二人で来い、だそうだ」

「…そう」


第二試合の相手を前にして、ウェアウルフが自ら戦場に出てくる。

大きな雷と、おそらく何度も戦ってきたであろうフレンズの堂々たる佇まいは、自分の恐怖も和らげてくれると感じさせてくれた。

突き出した拳に、狼は同じ手を突いて答えた。


「今度は負けないわ…あの子のためにもね」

「二人相手でどれだけ戦えるか…あんまり想像はしたくないです」


空気が電気か気迫か、その両者によって張り詰めた一触即発のものになる。

その空気の最中であっても、まるで故郷にいるような笑みを絶やさずにいるドラキュラ。二人はその笑みを見ていた。

いずれアルゲンタヴィスののちに、最後の試練として立ちはだかることになる存在なのだから。


「ラビ。お前は持ち場に戻れ」

「ここがあたくしの持ち場なのだわ」

「…好きにしろ」


青い賢者が現れて以降、その様子を窺っていたウサギが吸血鬼の隣前に立ちはだかるようにして待機した。

二人のいう持ち場がどのようなものか…ラビが戻る意思を見せない以上は、些細なものだった。


「雷帝。勝ち負けはどちらかが急所に触れたかで決めるぞ」

『───…』

「雷の壁を掻い潜って、果たして頂きに触れられるか?」

「第二試合…初め!」


黒い石壁に赤いカーペット。闇と血の2色で彩られた黒い空間に、青い閃光が無秩序に曝け出した。

ただ翼を広げ、腕を天に掲げるだけの動きで、何億ボルトもの雷が、蜘蛛の巣のように部屋に殺到する。

その一瞬の死を二人は、掻き立てられる緊張と共に避けた。


「くっ!」

「おわっっちょお!?」



放たれる雷は枝分かれし、複数の牙を持って命に吸い寄せられる。

それは不死者たるドラキュラにも例外ではなかった。

だが闇の公は、脚を組み頬杖を着いて座するその姿勢を一切崩さない。その視線の先に、雷を防ぐウサギの従者の姿を見ていた。

雷かウサギか、あるいは挑戦者を見てか…「よい暴れぶり」と、笑みをこぼす始末だった。

二人は、その様子に誘われる暇もなく、吸い寄せられるようにアルゲンタヴィスへと向かっていった。


「これっ無謀では?!」

「私が押さえる!」


ウェアウルフの五体が巨鳥に掴みかかり、殴った掴んだの泥臭いぶつかり合いが始まる。

まずは互いに掴みあい、力が拮抗して臨む結果へと向かって前進しあう。


「アイスキャニオンでの貸しを、ここで返す」


互いに接敵し殴り合う。

その隙を縫うようにトウゾクカモメが飛んで、左胸を触れにかかる。

そのありふれた動きに、カモメよりも巨大な猛禽は翼による洗礼を持って返し、吹き飛ばした。


「あうっ!」


ウェアウルフは腕により力を込める、この戦いに勝利するためには、アルゲンタヴィスの動きを抑えることが重要だったからだ。

雷の気配が腕を通して撫で伝わってくる、相手はまさに冬の雷雲そのものだった。


『───!!』


先に小競り合いを払ったのはアルゲンタヴィスだった。

両腕を振り払うように弾き上げ、直後に激しいショルダータックルで、狼を突き飛ばした。

両手を大地に突いて爪跡を築く。受け身にしては大きいものをとって様子を伺った。


「こっちは任せてください!」


トウゾクカモメが飛びながら、羽を複数投げ飛ばしていく。

それが飛んでいられたのは一瞬であり、瞬きをする頃には音と閃光が、再び空中を支配した。


「うわあっ!」

「くっ…!」


それは再び彼方此方の壁に黒い焦げを刻み、玉座の近くにも衝撃を持って襲いかかった。

このまま戦いが続けば、こっちも無事では済むまいとラビは悟る。


「な、なんという…!」

「感電してくれるなよ。お前もまたけものなのだ」

「き、気をつけてお守りいたします!」


この雷の猛撃に、ウルフは一瞬、全ての解放を選択の視野に入れかけた。

今の自分を捨てねば勝てないと、本能が予感していたからだ。

その思考に、茶色のフレンズが羽を揺らして割り込む。


「ふう…!」

「落ち着いてウルフさん、ワタシが付いてますから!」

「ええ…ありがとう!」


息を整え、二手に分かれてアルゲンに向かっていく。

それは焦る様子もなく、仁王立ちをしたまま雷を放った。

それを回避し、二人はなんとか前進していった。

だが接近すれば雷は止まる。引き寄せられるように二人は接敵し、アルゲンの持つ強靭な膂力との戦闘を余儀なくされた。


「っぐ!」

「うわあっ!」


試合制限も空間の制限もないアイスキャニオンと比べて、アルゲンの動きはその激しさを抑えていた。

対照的に、雷の力はより増しては二人に襲いかかっていく。

課せられた条件の中でもアルゲンは、なんなく対応していたのだ。

その勝利条件に対してとっている行動は、おそらくは「防衛主体」であるようだった。


「ガードに集中してますよあいつ。このままジリ貧を迎えるのは危険です」

「…なら、私にいい考えがあるわ」



* * *


激しい雷が部屋の中を容赦なく飛び交うデスマッチに、二人は驚きの声を上げていた。

あの中にいなかったのは幸運だったかもしれない。


「わわっ!ホントにパワー全開じゃない!」

「モスマンの回復ポッドもなかなかのものねっ」


「美容にもすこぶるいいぞー?それに、彼女のようなビーストとは相性がいいんだ」

「ビーストは常に野生解放をしているような状態だからね…そんな彼女たちの力を引き出せる技術は、素晴らしいものであると信じているのだよ」


そういえば、と切り出す前にモスマンが神妙な顔を見せてきた。

「聞き流しても構わないよ」と前置きをして、口を開きこう続けた。


「ボクはアルゲンタヴィスとの試練に打ち勝ったことで、ビーストへと至るプロセスを彼女から見つけ出した」

「そのプロセスを参考に、フレンズを構成する物質の暴走作用を食い止める方程式を導き出したのだ」


彼女が語るのは、あのビーストとの試練に打ち勝って得た褒美の話だった。

ひいてはそこから、目的についても話すつもりだろうということがわかった。


「…その野生大解放っていうやつの制御が、ホントの目的だったの?」

「そうだ。この技術を確立し、どのフレンズにも扱えるようにすることが、この島にとって膨大な利益となると判断した」

「その第一被験者がボクというわけだ」


その一言に衝撃を覚えた。流石に、おもてなしをするようなフレンズが誰かを実験台にするなんて非道に手を染めている事はないだろう、とは思っていた。

だが、彼女は迷いなく自分の身を、新しい世界への鍵として捧げていたというのだから驚きだ。


「自分を実験台にしてるってこと!?」

「当然じゃないか。一番乗りしたいもん」


「ビーストはいわばアニマルガールというシステムのバグのようなものでね、寿命も長くない」

「それを、セルリアンを倒したり食べたり等により可能となるサンドスターの摂取で、本来の寿命を超えて身体を維持。本来消えてしまうタイミングを凌ぐことで肉体組織が適応し、ビーストとしては安定した状態になる」

「一度その状態で安定してしまえば、正常なアニマルガールに軌道修正することもできる」

「それが、ルナの友達…ウェアウルフってことね」


ミナが投げ入れた答えを聞いてから、笑みを作って頷く。

それがただ一つの答えであるとでも言うように。

端末からの赤い光が、振り向いて語る姿をより、禍々しく演出していた。


「ただ、時間をかけたくない場合の抜け道が今回の探し物なのさ」

「そこで、ビーストへと至るプロセスにおいてサンドスターの偶発性による効力の最大発揮を促すことで、その強大なパワーの制御という「奇跡」を引き起こす形での安定化を図った」

「実際、実験は成功した。あとは探検隊を相手に試すだけなのさ」


「…?????」

「も、モスマン。流石にルナがよくわかってないみたい」

「難しい言葉を濁流のように浴びせたのは良くなかったか」



「簡単に言えば、野生大解放した際にもんっっっっのすごく強く願って持ち堪える事で消滅するはずのタイミングをコンマ1秒でも過ぎればサンドスターの奇跡を発生させることが可能なんだ」

「そうすることでより強大な力の行使が可能となる。自分の身体を残した上でね」


「要は気持ち次第じゃん!」

「そう。単純な事だが、意外に難しいんだ」

「恥ずかしながら、ボクも彼女に勝つまでその結論に気づけなかったしね」


「アンタのことだからもっとこう、サイエンティストなやり方だと思ったけど…薬を飲むとか」

「検討はしたが基礎が立証されなければ宝の持ち腐れじゃないか?」

「それに、奇跡を起こすのはいつだって、知性が生み出した類まれなる強靭な心なのだよ」

「それが人間の持つ無限の輝き。最も、それを扱える存在はまだ少ないがね」



「…それを見つけ出したいから、戦ってたんだ」

「それでも…アルゲンタヴィスを攻撃したのは酷いと思う」

「自分が酷いことしたって自覚はあるの?」


ミナがこちらに目を向けて、モスマンにも目を向けた。

モスマンは表情を変え、あどけなく笑った。


「ぐうの音も出ないね。それを必要に迫られて行うのはそう言うことなんだよ」

「彼女にもキミにも、ひどいことをしたと思う」

「いくら合意とはいえ、だ。無くてもいい暴力が存在した」


ゆらりと歩き回る黒い影の手が、瑠奈の頭の上に乗る。

実家で口元を掴まれた時とは大きく違った、不器用な優しさの残る手つき。

彼女なりに慈しんで、または罪悪も感じているのだと分かるような冷たい温もりが伝わった。


「問題解決にはゆっくり時間をかければいい。だが、この星の現住地的生命体には時間がない」

「地球が持つたった3割の陸地ですら、彼らにとっては広すぎる箱庭だというのに」

「人間が掴み取った100年という寿命は、残酷にも彼らにとっては短すぎるし、長すぎるのだ」


「話し合う時間もない、問題と向き合う時間もない、金というコミュニティの血液を充填する時間もない」

「だから、今の人間と国同士の交流というものは、常に相手に時間を与えなくなった」

「時にひどいことをしなければ成り立たない、そんな世界なんだよ」

「弱肉強食蔓延る原始的な世界から依然として変わらぬ部分が残っているんだ、残念ながらね」


「いずれ荒波は来る。この島の資源と奇跡をめぐって、人間はタイムリミットを携えやってくるだろう」

「人間という自然災害を相手取るには、何もかもを濁流のように巻き込み、勢いを増して戦わねばならない」

「我らが人間と共存していくには、多少は彼らのやり方に合わせ、その上で一歩先を行かねば」

「そのためにドラキュラは、わざわざ国という名前でこの街を作り上げたんだ」

「ボクが思うに、ドラキュラがやってきた理由とはそれなんだよ」

「ドラキュラの魂がこの島に招かれたのは、かつて救国の英雄だったという点が決め手になった」

「その手腕がきっとパークに役に立つモノの一つになる…とね」


彼女の目には何が写っているのか。

少なくとも彼女なりの、未来への希望である事は確かだった。

彼女にとってのそれは、おそらく自分で作り出すきっかけと、ドラキュラそのひと。

だがそこまでドラキュラに敬意を払い、忠義を見せているのが意外といえば意外だった。

その疑問の答えはすぐに出ることになる。


「…」


「ボクは感謝しているんだ」

「ボクは何もなかった。従うべき主君も、誇るべき故郷も。思い出すべき過去もだ」

「ナイナイ尽くしのボクを拾った、あのドラキュラには恩義があるんだよ」

「だから、ここに作られた国を強固にするための力を手に入れなければ」

「伯爵が提唱した、国として抗う手段を用意するためにね」


だが、ここまで責務を背負って生きるモスマンが、瑠奈には辛そうに見えていた。

このまま思い詰めた時を過ごして、本当に大丈夫なのかと、心配は尽きない。

その時の彼女には、どうにかモスマンを安心させようとしていたのかもしれなかった。


「ここは…ただの、大きな動物園だよ?」

「世界中から、色んな動物たちが集められた場所なの」

「それを自分たちの手で壊しちゃうことは、しないと思う」


それを聞いて、モスマンは少しだけ目を細めて笑った。


「万が一はあるんだよ。月島瑠奈」

「万が一がなかったら?」

「それで良いじゃないか。誰も困らない」

「ああいやでも…君達とアルゲンタヴィスは困らせたか」


彼女はそう言ったが、子供心にもこれ以上責める気にはなれなかった。

残っているのもまた、心配の感情だった可能性もある。


「…傷つけたことには…謝った方がいいよ」

「アンタのことだもん、きっとどこかでそれがずっと…心の中に残るかも」

「そうだな。例えあいつが許しても、それで終わりじゃない」

「その前にまず…申し訳なかったね。怖がらせてしまって」


もういい、もう二度も謝られたらいいんだ。

三度目の謝罪が来る前に、精一杯の許しとして彼女の体に抱きついた。

そこにミナもなぜゆえか加わって、賢者の困惑を見えぬ頭上から感じられた。

仲直りのおまじない、小さい頃から母に教わった言葉が今でも頭をよぎる。

そのおまじないを終えて、再びモスマンの顔を見据えた。


「…どうして、みんなと一緒にいないの?」

「一緒に居すぎてもいけないのさ。彼らがボクらに依存するのは良くない」

「この星の平和は、この星の住民が掴むことで価値がある」

「ボクらがやれるのはどうしようもない脅威に対して助け舟を出すことさ」

「かつてこの星を侵略しようとした外星種セルリアン「デウテロニルス・レクス」…パークはカイオウと呼んでいる奴らが、目下最大の脅威」

「そして、今後パークに接触する人間と…課題は山ほどあるがね」



「そのためには、ボクもアルゲンタヴィスと同じことをするべきじゃないかってね」

「彼女は雷を操る力を野生大解放で使いこなしているが…曰く、天から雷を預かっているだけと言っていた」

「彼女自身は雷神でもない。だが、自身の持つ力に責任と責務を感じ、自身に挑んだ存在に試練を与えているようだ」

「ならばボクも対外星種駆除を想定したエーリスの軍備増強…その過程で同じような力を手にするなら、同じような責務を果たすのは全く自然だ」


ここに招かれて言葉を聞き、そのはっきりとした、使命を背負う声を耳にしてようやくモスマンの本質が見えた。

この黒い羽の賢人には、力を求める私欲ではなく彼女なりの考えがあったのだ。


「あんたのことやっとわかってきた気がする」


さりとてモスマンは自身の手荒なやり口の非を認めた。瑠奈もまた、自分が生じた誤解を、それとなく認めるような言葉を返した。それが彼女に対する敬意になると思ったからだ。

その言葉に、モスマンはただ頷いてそれ以上は何も言わなかった。

ただ、肩を叩いてモニターに指を刺し、戦いを見届けることに意識を引き戻すことだけは行なってきた。

戦いは、いよいよ最後のスパートとなっていた。


* * *



「こんっ、の!」


次々に遅いくる雷に対し、大量の羽で応戦しているトウゾク。

投擲する頻度と速度を上げていく彼女に、やがてアルゲンは注視していた。

少なくともこの一瞬にヘイトをとり、アルゲンから脅威と見做されてから、振り分けられる雷が多くなっていく。

その量たるや凄まじく、限界はすぐにも訪れる気配がしていた。


「くそっ、ダメ…!」

「いえ、もう、大丈夫!」


防御が崩れたトウゾクカモメの前に、霧と共にウェアウルフが飛び出していく。

その体から俄かに光る、月光のような輝きがもれ始めていた。

彼女が勝利への意思を強めるたび、呼応して輝きは強くなっていった。


「必ず、あなたのことは超えてみせる」


そして、人狼は再び元の姿を取り戻す。

大きな二足の狼となって、雷をものともせずに、再びアルゲンの腕と取っ組み合いになった。


『───!!』


「──受けなさいッ!」


大きなオオカミの姿が、一転幻となったように、鳥の手がすり抜ける。

その大きな隙に潜り込んで、フレンズの姿の手が左胸に触れた。

勝負が決まり、捕食者から雷が鳴りを潜めた。


「…!!」


そして、大きな音の拍手が一組、部屋の奥から奏でられた。


「見事」


「自然の力を借りた戦いにも臆さず、仲間と自身の力を生かした王道の勝利」

「良い戦いであった」


ドラキュラから戦いの終了が宣言される。

お互いから戦意が収められ、ようやくの安堵の到来に、ラビが先に崩れ落ちるように座り込んだ。


『───…』



その褒美に、アルゲンタヴィスが二人に対して雷の石を授ける。あの時瑠奈が受け取ったものと同じだった。

中に羽が封じられた、青い琥珀とも言うべき風体を見て直感する。

彼女もまた、知らずのうちにアルゲンタヴィスから認められていたのだろうと。

眺めたあと、トウゾクカモメと顔を合わせ、静寂のうちにその石を懐にしまった。


『───…!』


そして、役目を終えた雷の鳥は、一瞬のうち空高く飛んでいった。

この度のきっかけとなった存在との不思議な縁が、一旦終わりを迎えた瞬間だった。


「…また、会いましょう」

「今度は一緒に飛びましょーねー!」


一件落着。

その言葉が、この場の空気にはあっていた。


* * *




「…決着、ついたみたいね」

「…うん。ウェアウルフもクウカも…すごく頑張ってた」


「ボクたちの決着もだね、月島瑠奈」


見下ろすモスマンの余裕の顔も、今ならちゃんと見ることができる。

その赤いグラサンに隠れていた目つきも、今みればどこか、ちゃんと可愛らしいものではないか。

目のクマがすごく気になるところを除いては、ちゃんと普通のフレンズであると思えた。


「…いろいろと、難しいけど。モスマンのこと知れて良かったと思う」

「怖いけどさ、パークのこと考えてるんだって、わかったから」


「…ボクは仕上げなきゃいけない仕事がある」

「準備を済ませたら、ボクは予定通り実験を始める」

「野生大解放、探検隊。それら全ての真価があの地で試される」

「本当に大切な仕事なんだ」



「こんなこと言うのもなんだけどさ…頑張ってね」

「はは…良ければ、そのプロジェクトに参加してくれたまえ。キミが良ければね」

「どっちがわで来いっていうの?」

「どっちでも良いんだよ。月島瑠奈」


そして、モスマンは自分たちの目の前で作業に入った。

モニターは展開されたまま、難しい内容の羅列された光の文字の板が次々に現れる。

私たちのような子供の目の前で実験をするというところに、大きな意味を感じた。

ああ、ようやくモスマンとも、ちゃんと友達になれたような気がした。


「ありがとう。瑠奈と話してくれて」

「…アンタも、これからはもうちょっとホントのこと話したほうがいいと思う」

「フン…痛いところを突く」


話が終わって、ミナの元に近づく。こちら二人に気遣ってか、ずっと聞き役に徹していた彼女は、自信満々の顔をしていた。

その理由はすぐにわかった。

なぜならモニターに、立ち上がる吸血鬼の姿があったからだ。

物体のない赤い光の映像越しにも分かる、夜を歩き回ってきた怪物の悍ましさに、本能が身震いした。

二人の世界に戻り、今度は全く知らない、ミナの育ての親ともいうべき存在との対決に移る。

さあ、ここからが本番だ。

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