第5話 謎を探して雨霧へ





「ん……」

「ミナ。早い目覚めね?」


「一回しか一緒に寝てないのになんでわかるのよ…」

「結局気持ちよく眠れなかった。そう描いてあるわ」

「どこによ」

「顔によ、ミナ。慣れない環境だったんじゃない?」


「…まあ。一回目だものっ」




『間も無く、メーリカ園駅、メーリカ園駅』

『お出口は左側デス』



開かれたドアが外の音を大きく通して、湿気も同じように入り込んできた。

それは梅雨時のような雨の様子を伝えるものだった。


「ほら、ルナも起きて」

「んにゃ…」

「冒険二日目ですよー、センパイ」


「んにゅうぅ…」

「あーもう…どうしましょうこれ」

「二人ともどいて、私に任せなさいっ」



「ねえ…起きないと…このまま食べられちゃうわよっ…」

「んんえ…んなわけないでしょミナぁ…なにいってんの…」


「やっと起きましたか。ほら!」

「ああっ、ちょっと…!」


慌て気味で駅に降り立つ頃には、寝ぼけ眼はすっかり消えていたようだった。



「んーー…!気持ちがいい雨水の音…!」

「って雨水の音ぉ!?」


「やっと復活しましたね?センパイ」

「もー瑠奈だいじょうぶよ!水も滴る良い女になれるかも!」


「ルナさあ…さっきからテンション変だけど大丈夫なの?」

「ええっ。そうかなあ」

「ま、それを咎める理由はないわっ。ちょっと心配しただけよ」


自分の心は、確かに浮き足立ってワクワクしているようだった。

考えてもみれば、成り行きで出かけた昨日とは打って変わって、今日は大人にも許可をもらった冒険が始まるのだ。

これを前にしてワクワクしない理由があろうか。

友達を連れて、サファリエリアの中を旅することができるこの瞬間には、テンションを上げる全てが詰まっていた。


「ルナ…ミナ。三人とも…傘は持ったかしら?」

「もっちろん!」

「旅の必需品だから当然よっ」

「ワタシも念のため持ってますよ」


「よろしい…足元に気をつけて」



どこかアメリカのような雰囲気を感じさせる街並みには、すでに普通の雨が降りしきって地面を濡らしている。

ここは米国、特に南米モチーフのエリアだろうか。

雷雲の影響による雨に打たれる、熱帯のジャングルがゲートの奥にお出迎えしていた。

傘に身を守りながら、先導するウェアウルフについて行く。


「ルナルナ、雨の日っていつもどうしてるの?」

「え…かたつむり眺めてる」

「かたつむり!ルナの庭にも生えてくるのねっ!」

「いや生えてくるって何!?」


「このジャングルにもいないかしら…いたら愛でて梅雨を感じたいのに」

「それもバケツリスト?」

「梅雨を感じるのも良いけれど…歩きはないからそうじっくりと楽しんでる余裕はないわよ」

「てことは、また乗り物に乗れるのね!」


ウルフの言う通り、彼女が指差す先には数台のバスが見えた。

稼働しているものがないのは僥倖であるといえよう。


「ターミナルにバスがあるわ…それで近くまで運転してもらいましょう」

「はーい!」

「当面の目標はアルゲンタヴィスの調査です。っていってもしゃべるだけで良いのかどうかは分かりませんが」

「それは多分、もっかいあってみれば分かるかもね」


四人がターミナルへ向かう最中に、子供たち二人は別のものに目を引かれることになる。

その別のものとは、コンビニエンスストアだった。


「ん…じゃ、ジャパリマート…」

「ごくっ」

「どうしたの?置いてかれちゃうわよっ」


「ああいうさ、遠い場所にもあるコンビニってすごくロマンがあるんだよ」

「コンビニ…私が住んでる場所にはないわね?」

「ええー!もったいない!一回入ってみようよ」

「面白そうっ!」




* * *




気になる場所があれば突っ込んでいきたくなるのが子供の性。

意気揚々、るんるん気分で二人で買い物に走った結果は…ご覧の有り様だ。


「ふっふふーん。朝ごはん♪朝ごはん♪」

「どれから食べようか迷っちゃうわっ!」


少しの遅刻、後部座席の真ん中に戦利品の食料を置き、それを囲むように二人で歓談。

完全に遠足に行く子供の雰囲気を醸し出していた。


「ガキども〜〜〜っ…」

「カリカリしないの…勘弁してあげなさい」

「むう。まあ無事だったから良いですけどね」

「心配料としておにぎり一個献上しなさい」

「ツナとかシャケとかあるけど!」

「シャケくださいシャケ」

「はーい!」


パリ、とのりの砕ける気持ちのいい音が鳴る。

車内にいるものたちは、ミナも含めておにぎりを摂食していた。


「それにしてもミナがおにぎり好きなんて意外。てっきり優雅に紅茶飲むんだと思ってた」

「伯爵がケンコーにうるさくって、よく作ってくれるご飯の中におにぎりがあるの」

「伯爵?」

「お世話になってるフレンズの事よ。訳有りで、伯爵のお家が拠点なのっ」

「へえー!会ってみたいな!」

「どうかしらねー?条件が合えば行けないことはないけど…」


ジャングルの中を走り、川に差し掛かったところで声がかけられる。

川で遊んでいたワニのフレンズたちからだ。


「おーい!そこのバスー!」

「イリエワニさん!どーしたんですか?」


「この先に行くなら気をつけたほうがいいわよー!でっかい鳥のフレンズがさっき通ったから!」


「きっとアルゲンタヴィスだわ!」

「私たち、そのフレンズに用事があるの。どこに向かったかわかる?」


「この先を真っ直ぐだよ」、と告げようとしたイリエワニの言葉を、みんなが逃さぬようつんのめって注目していた。

運悪く、上空から轟音が響いたのはそのタイミングだった。


「ぎゃああーーー!!!?」


誰かの叫び声も聞こえないほどの轟音。甲高く、耳を鋭く裂くような種類の音。それはすぐに風切り音、いや、エンジンの声だと知った。

最初にその形が「三角のなにか」と告げたのは、ウェアウルフだった。


「何あれ!?」

「すぐ追いかけましょう!」


大急ぎでバスを動かし、戦闘機らしきものを追いかける。

だが観光用のバスと、マッハの世界に旅立つ戦闘機とではその速度に広すぎる差がある。それを示すように、戦闘機はすぐさま分厚い雲の中に侵入していった。


「あいつ、雲の中に飛び込んだわよ!」

「ひえーっ、ワタシは一生雲とは無縁でいいですよ!」


一行の目的は、龍が住んでいてもおかしくないような雲を追いかけることになっていた。

瑠奈とミナの二人が、窓からその様を見ようと必死になっている。

二人とも、突然現れた謎の存在に釘付けになって居るようだった。


「さっきのあれ、どことなく見おぼえがあるわっ」

「また出てくるかも、しっかり見張って!」


瑠奈の言葉通り、雲から影が現れる。──アルゲンタヴィスだ。

大きな分厚い雲を裂いて、アルゲンタヴィスが一閃のごとく飛び出す。

続けざまに後ろからも、大きな光の球が次々に飛んでいく。

それを追うように、黒い戦闘機も姿を表した。


「見て!あそこで戦ってる!」

「おおお…!」


互いに背後を取ろうと、背中合わせに回転しながら硬度を下げていく。

一足先に煽ったのは戦闘機だ。

機首から放たれる光の機銃から逃げ、それを追う両者のドッグファイトは広範囲に渡った。

バスの直上を、アルゲンタヴィスと謎の戦闘機が通過。

凄まじい音と風圧が、バスを巻き上げかける。


「きゃああっ!?」


二度の風圧でバスは一時停止。だがその元凶たちは止まることはなかった。

戦闘機の上下から、フレアチャフのような光の群れが恐ろしく素早く、数を持って鳥に殺到していく。

その全ても、一つの放電で軽々と爆砕される。

爆砕された瞬間に、アルゲンタヴィスは霹靂の如き速さで機体を引っ掻いて、ぐるぐるとコントロールを失わせた。


『ちっ!』


その背後をとり、電力を背後にチャージする。

鳥が強烈な青い閃光を放つ。

あわや撃墜…と思われたのも束の間、戦闘機はコブラのように機体を立てるマニューバをとり、虹色のフレアを撒いて荷電粒子砲を逸らしたのだ。

息もつかせぬ空の攻防に、四人は目を離せずにいる。

チャフを吐き出した三角形の機体も負けじと、背後から高出力の光を撃ち放つ。

ミサイルよりも早く、銃のように速攻で届くそれは如何に雷の速さを持ってしても避けるのは困難だった。

そのうちの一つが直撃、大きな音を立てて爆煙を立てる。

その煙から飛び出したアルゲンタヴィスは落雷を解き放とうとするが、それよりも先に機体がぶつかる。

機首に突き上げられる形で姿勢を崩されたのを逃さず、機体の下からウェポンベイが開かれる。


『EMPネット発射』


速攻で飛んでいくミサイルが分割され、中から出てきた大きな網に包まれるアルゲンタヴィス。

網を引っ張るミサイルはやがてドローンのようにホバリングを開始。

その電力が封じられたターゲットを運び上げていく。

力の拮抗した勝負が、戦闘機の勝利に終わった瞬間だった。


「あ…?!あれみてっ!」


ホバリングするものたちの頭上に、黒い影が現れる。

なんと、驚くべきことに黒い大きな円盤が存在するではないか。

その中央部に手際よく、獲物と狩人の両者が格納されていった。


「な、何よあのでっかい円盤!?」


「あれ…モスマンのお家よっ!」

「お家!?アレが!?」


「見失わないで…行き先を探るにはそれしかない」


円盤の中央を成す赤いハッチ。それが二人を迎え入れてしっかりと閉じられた後、円盤は忽然と消えてしまった。

──まるで四人の追跡を嘲笑うように。


「えっ…消えた!?」

「あれは光学迷彩!確か騒ぎにならないようにって…!」

「こーがくめーさい!?何それ!?」

「カメレオンみたいに周りに擬態する技術よっ!」


もしや雲の間に隠れているのでは、とずっと空から目を離すことができなかった。

だが、やがてそれは無意味なことと突きつけられることになってしまったのだ。


「だめね…完全に見失ってしまったわ」

「今度は南に向かってったのはわかるんですが…どうしましょう、それ以上のことがわからないと八方塞がりですよ」



「一度駅まで戻って、対策考えよ!」

「そうしましょう…カコさんに聞いてみてもいいかもしれないわね」


大慌てという様子で、バスは来た道を戻って行く。

空で起きた動乱を経て、いつしかメーリカの空からは、分厚い雷雲がいなくなっていた。




* * *




「…という訳で、消息がわからなくなっちゃった」


これまでのことをカコたちに報告する瑠奈。

ラッキービーストの通信越しにも、互いの空気は重々しいものがあった。

ミナの見解を信じるならば、王手をモスマンに先取りされた状況だったからだ。


『私たちも、昨日からモスマンと連絡が取れていなかった』

『その戦闘機がモスマンと関わりがあるのなら、少し話を聞かなくちゃいけない事態ね』


優しい口調をまだ残そうとしているようにも見えた。

その口調に隠れて、声色そのものは怒りであれ悩みであれ、本気の大人のそれだった。


『この件は本格的に探検隊に引き継ぐことにします』

『あなたたちも何か見つけたものがあれば、些細なことでもいい、私たちに教えて』


「もっちろん!なんとしてもこの事件を解決しなくちゃだしね」


自体は大きく急変してしまっていた。それを解決するには、自分たちと探検隊の双方向からのアプローチが必要になるだろう。

スケールも大きくなる事件に、いよいよ大詰めの雰囲気を見出していた。


「そういうわけだからパパ、ママ。せっかくだしもうちょっと観光してから帰るね!」


『もうすっかり探検隊気分ね〜』

『熱中できることが見つかってなによりだよ』

『でも気をつけてね、何かあったらすぐに呼ぶのよ』


ラッキーとの通信が終わり、車内に沈黙が戻る。

ふう、と一息をつきながら、晴れの気候が戻ったアーケードエリアを眺めていた。

水溜りの残る駅前の広間といった場所には、いつも通りの活気があった。


「…という、事になったケド。これからどうしよ」

「探検隊の情報を待つしかないと思いますよ」

「それまで何もしないで過ごすの?私は嫌よっ!」


「手がかりになりそうなのは、この雷の石だけかな」


鞄から取り出した青い羽が宝石になったような石を見上げる。

その中には膨大な雷のエネルギーが溜まっているようだったが、剥き出しの状態の羽とは違い、触れても感電する心配はない。

だが、下手に強い刺激、例えば落としたりすれば大爆発を招くのは間違いないだろう。

その宝石を眺め、鞄に再びしまう。

そんな矢先に、声が響いた。


「やっと見つけた〜〜〜〜!!!」


子供の女の子のような高く元気な声。

その声に一番早く反応を返したのは、ミナだった。

「ラビ!?」と、元気よく飛び出すように、驚きを持って出迎えた。

その少女は青い質素なドレスと長い袖を揺らし、ぴょこぴょこと長い耳を跳ねさせながら、忙しなくバスに近づいた。

彼女の元に、バスから四人が降りると口が開かれた。


「ミナ!はよ帰れって伯爵がお呼びウサよ!」

「ええー!ちゃんと遅くなるって言ったじゃない!」

「ちょっとやそっとなら分かるけど、流石に二日は長すぎなのだわ!!」

「これは、おなじみスペイン異端審問式おしおきはいつもの3倍ウサね!」


「そんなあー!」と不満を漏らすミナをよそに、ラビと呼ばれた少女はキョロキョロと近くの建物を一瞬一瞥する。

何も出てこないことに、まるで安堵したように見えるが、このウサギの正体がなんなのか、瑠奈たちはわからずにいた。


「えーっと…だれ??何ウサギ??」



「あっ。申し遅れたのだわ!わたし、エーリスアイランドのキラーラビットなのだわ!」

「ミナちゃんのおうちのメイドさんウサ!よろしく!」


きゃぴりんっ。効果音にするならそんな音が弾けて出てきそうな、可愛らしさの権化といった見た目。

その見た目に、可愛い物好きの瑠奈の心は早速捉えられてしまった。


「すっごく可愛い〜〜!!お洋服も絵本の中に出てきそう!」

「おっ!いい目をしておりますよ!でも今は別の用事があるのだわ」

「ミナのこと迎えにきたんだ?」

「というよりアイスキャニオンで入れ違いになっちゃったらしくて、ラビがお迎えに上がりましたのだわ」


その言葉に1番の驚きを見せたのはミナだった。


「えっ!?あそこに伯爵いたの!?」

「そうなのだわ!わざわざ棺桶まで引っ張り出してきて…おかげでラビが一人ぼっちでお城を…よよよ…」

「そうだったの…ごめんね、ラビ…」

「ささ。そうとわかればしんみりムードは無用!ちゃちゃっと船を目指すのだわ!」


「じゃあ、瑠奈たち…ここでお別れ?」

「そうみたいね」

「あー申し訳ないんだけど。そちらの三人も城に来るようにと命令を受けてるのだわ」

「えっ、瑠奈たちも?」

「べっ別に!寂しくないように招待するんじゃないんだからねっ!」

「勘違いしないでよね!みんなが見てるでしょ!」


「4名さまごあんなーい!」と意気揚々と、ラビはジャパリラインに向かっていく。

ぴょこぴょこ跳ねる彼女の案内を追いかけること数時間、一行はアントチホーの港湾エリアにたどり着いた。

近くには大きな水族館もあったが、二人の目の前にあるのは、大きめの黒いプレジャーボートだった。

船首にはコウモリのようなマークが、国籍識別マークのように象られている。

四人は早速、船の中にあるソファの上でくつろぎ到着を待っていた。


「ていうかモスマンも来てたと思うのだけれど、ミナのことは連れてかなかったのだわ?」

「あいつはアルゲンタヴィスに夢中よっ」

「あのヤロー…ついでに連れてくって言ったのに…」

「まあまあ、もしかしたら私が居るとは思わなかったと思うし」


「ちょっとまって、もしかしてモスマンもエーリスってとこに居るの?」

「アイツはエーリスの技術開発担当で、ミナともたびたび面識があるのだわ」


「だからアイツの発明品に詳しかったんだ」、と瑠奈が納得したように呟く。

ミナもまた、「ふんっ、未来を生きる淑女の知恵とでも言っておくわ」と力強く返した。

そんな彼女に対して身を乗り出して、もしかしたら何をするのか心当たりでもあれば…と希望を投げかけるように問うた。


「ミナ。モスマンがアルゲンタヴィスを捕まえて…何をする気だと思う?」

「決まってる。アルゲンタヴィスが持つパワーを解析するのよ」




* * *



実験室の内部。

そこでは傷ついたアルゲンタヴィスがジャパまんと一緒に回復ポッドに入れられ、体力の回復が行われていた。

その傍らでモスマンが、研究結果を目に嬉しそうな声を漏らす。


「…このようにして解き放たれるわけだ、いやしかし…」


「凄まじい力だ」



「この力が、僕の最新作にどれほどの力を与えるというのか」

「フランケンシュタイン。キミが目覚める日もそう遠くはないぞ」


モスマンは微笑む。

そして、闇に紛れ、彼の道具の整備を始めた。

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