第4話 おおいかずちぬし




アイスキャニオンに辿り着いたその日の夜。

ラッキービーストの中継により、ようやく瑠奈は両親との連絡をつけることができた。


『なるほど、そんなことがあったのね…』

「そーなの。色々大変だけど、たのしーから安心して!」


長い状況報告と生存確認を経て、これからの予定を話し合っている最中だった。


「…それで、羽の持ち主さん探さなきゃだから帰り遅くなっちゃうかも」

『どれぐらい?』


「…多分、明日とかは無理かも」

『そう…』



『…』

『ううん…』


沈黙が長く走る。

この状況を飲み込むのに時間がいるのは、仕方のないことだった。

だがその沈黙を目にして、やはり自分は大切にされているのだと、複雑ながら確信することができた。



『瑠奈はどうしたいの?』

「えっ?」


『一番の問題よ。瑠奈は…どうしたいと思ってるの?』

『そうだな…決めるのは瑠奈だよ』

「…」



「……このままじゃ、いけないって思う」

「今周りにあるモノ、片付けてからじゃないと」

「多分、今帰ってもずっとモヤモヤしちゃう。だからね…」


『…』


「…やっぱり、帰るなら決着つけてから帰りたい」

「お願い、ゼッタイ帰ってくるから!」



『トウゾクちゃん、それにウェアウルフさん。ミナちゃんだったかしら』

『瑠奈のこと、よろしくお願いします』

「ママ!」

「…任せて、私たちが責任を持って守るわ」

「いざって時は二人抱えてそっち飛んでいきますんで!」


『ありがとう』


「ありがとうはこっちのセリフだよ、パパ、ママ」


「ありがとう。本当に…」


今まで自分が本当に大切にされてるのか、すこし疑ってかかっていたところもあった。

それが杞憂だと分かっただけでも、この旅に巻き込まれた甲斐は十分に感じられた。


「よかったわねぇ…ふわ…」

「ミナ、先に寝てていいよ?」

「うんっ…ごめんあそばせ…」


たくさん遊んだ分、疲れて眠るのも早いのだろう。

早々にミナはベッドの上に沈み、そのまま寝息を立てて眠り始めた。


『楽しんできてね』

『お土産話、楽しみにしてるからな』


「まっかせて!いっぱい持ってきちゃうから!」


決意を新たに、元気な声を二人に聞かせた。



その直後に眩い閃光が視界を走り、


轟く轟音が外の世界を一触に撫でた。


「きゃあ!?」

「うひゃあー?!な、なんですかこの雷!」


先程の閃光とは打って変わり、周りの電気も失われたこの場所は、暗黒の世界となっていた。


「…あ、あれっ、通信が切れてる!?」

「さっきの電磁波で回線がダウンしたのかも。しばらくは電話できないと思います」

「こんなタイミングで〜!?」


「…この匂い…」

「…間違いないわ、あの時の…」

「ウルフ、それって…!」

「三人は部屋にいなさい。いいわね」


まさか、と腰を上げる。

それを見て、そこに居ろと促す目つきはさらに強くなった。

そのままウルフは窓を開いて、そこから果敢に飛び出していった。


「っ!」

「待って!いくらなんでも雷が轟く中に外に出るのは危険ですよ!」

「ウルフを放って置けない!」


「ミナのことお願い!」

「っ…あぶなかったら、すぐ戻ってくるんですよ!」


ラッキービーストと鞄を引ったくるように抱え、瑠奈もまたドアから外に飛び出していく。

見送るその瞬間まで、騒がしい時間は続いていた。


「さてと…ごめんなさい、めちゃくちゃ騒いでしまって」

「うにゃ…もおなによ…人が気持ちよく寝てる時にぃ…」



「…あれ、ルナ?」



* * *



友を追いかけて、勢いのままホテルの外に飛び出した。

雪に包まれた世界の上から、ひっきりなしに轟音が轟く。

それだけでも、身体の帰巣本能が引き摺り出されそうになる。

だが友達の安否も確認しないまま、戻るわけにはいかなかった。

少なくとも瑠奈の中ではそうだった。


『警告!けものプラズムの強力な発散を確認。ビースト出現の可能性あり』

『客様は直ちに距離を空け、避難してください』


「ビースト…?」


ラッキーが瑠奈の身体を離れ、近くの机の上に着地する。



『上空にセルリアンと分類不明のビースト個体発見、報告のため録画を開始します』

『録画はボクに任せて、安全な場所へ』


雷が一際強く上空で呻き始める。

上を見れば、黒い夜の空に混じる、赤い翼竜。

囲い込むような放電に逃げ道を防がれ、声とも取れぬ声を放つ。

落雷の大きな柱を目の前に、その逃避行は止められる。


「──────!!」


一際、大きな落雷が直撃した。

青く力強い雷の鉄槌に跨り、輝かんばかりの蒼い鳥が翼竜の首を掴む。



「きゃああっ!?」


鳥は獲物をとらえ、そのままホテルの前に降り立つ。

落雷に等しい衝撃の凄まじさを見せつけ、当たりには灰色に包まれる。

曇った世界の奥で、雷雲の如く雷の瞬きを見ることになる。


ぼり、ぼり、ぼり。と、硬いものを喰らう、歓喜の快音。

霧が晴れて全容が晒されるまでもなく、生き物ならざるものの末路を知る。


「──────」


口から虹を取り込み、力を増して、雷を預けられた虚の鳥は、少女の視界に現れた。



「ふ、フレンズ…!?」


それと呼ぶには異なる威容を持っていた。だが、それ以外に適切な呼びが頭にはなかった。

大きく、捕食者に抱く原初の恐怖が形になったような身長のアニマルガールは、街のど真ん中、建物の間のメインストリートを我が物顔で立っていた。



「…あの時と、やはり変わらない」

「自分を狙うものに怖れ、気を立たせているのね」



「あっ…」


「入っていなさい。少し彼女とケンカするから」


ウェアウルフが気合を入れる声を出し、彼女の身体からもまた虹色の粒子と、光が強く漏れ始める。


『警告!けものプラズムの強力な発散を確認!』

『新たなビーストの可能性、警告!』


「新しいビーストって…まさか!?」


遠吠えが響く。雪に紛れて、見覚えのある毛色の、大きな獣が姿を表した。

力強く二足で大地を蹴り、鳥に襲いかかる。

鳥もまた大地を踏み締め、ほぼ同じ体格の狼ともみ合いを始めていた。


「…!」


互いに突き飛ばし、互いに振るわれた爪が周りに傷痕を残す。

ここに来るまでの疑問が、解消された瞬間だ。

自分の頭の中で想定していたものが、今まさに目の前で激闘を繰り広げている様は、決して小さくない衝撃だ。

それよりも大きな衝撃は、友達が二足の大きな狼となって戦いを繰り広げているところだ。

気づけば、危機さえあるというのに、その白熱としたぶつかり合いに熱中していた。


「───!!」


狼が荒々しく鳥を地に伏せ、食らい付く。

鳥もまたそれを、己の腕力を持って無理矢理にこじ開けて投げ倒す。

攻勢を崩されたのはほんの一瞬。その一瞬に鳥は、狼を凄まじい殴打の猛攻で叩き伏せにいく。

地面を何度も打ち付ける雷の群れのように、その攻撃は続く。

強引に、それは止められた。

狼の後ろ足が鳥を蹴飛ばして、向かいの建物に吹き飛ばす。

追撃の手が向けられるも、再び鳥は身体で受け止める。

状況は完全に拮抗していた。



「ルナーっ!」


「よかった!まだ外に出てないのねっ。このまま中でやり過ごすのよ!」


「でも、ウルフが!」

「よく見て!」


一声上げた後に、雨霰の如く雷が天から振り下ろされる。

招かれる雷の数々は、オオカミの抵抗を悉く押し崩していく。

国へ兵へ向けられる凶弾のように。

大きな体に向けて一方的に打ち付けられる。

その度に、普段より強烈な閃光と衝撃が周囲を飲み込む。


「え…!?何あれ?!いつもより強い…!」

「冬季雷よっ。寒冷地に生まれる雷雨は夏のものと比べて地上との距離が近いわ」

「放電時間も長く、エネルギーが非常に強化されてるのっ!」

「ええっと、フツーの雷が一億ボルトで…50日間は家の電気が賄えるぐらいで…」

「その数百倍のエネルギーよっ!数百倍!」


「戦いが止まるのを待った方がいいのっ!今でていくとケシズミよっ!」


連れ戻されるように腕を引っ張られる。だけど激しさを増す雷を前に友達がどうなったのか。

それを見ずに帰るという考えは彼女にはなかった。


「───!!」


雷の煙か、それともプラズムの粒子か。

狼の身体がところどころ霧のようになっていく。

時間は少なかった。それでも果敢に、雷を呼ぶ鳥に組み付き、頭部に頭突きを喰らわせる。

一撃に初めて怯み、隙を逃さず狼が背中に乗り上げていく。

噛みつきが首に殺到するが鳥は慌てず騒がず、爪を立てる腕を両手で掴み、背負うように地面へと投げ落とした。


「ぐはっ…!」

「ウルフっ!」


鳥の足が倒れ伏した身体を押さえつけ、戦いは制された。

蒼の雷の主が、変わらずその無慈悲な眼差しを持って睨む。

倒れ伏す狼に向けて、その結果を誇示するように翼を広げた。


「な、なんて強さなの…っ!」


喧騒は雷を除いて、収まったように聞こえた。

周りからすでに扉が開く音と、話し声が聞こえ始める。

流石の騒ぎに叩き起こされたものも少なくは無いと言ったところか。


「…行ってくる」

「なにする気?」

「返してくるの」


ミナの静止も聞かずにホテルの玄関を開け、雪の積もった外に飛び出した。

気づけば、周りには強く雪が振っていた。

白い息を漏らしながら、友を抑える大きな鳥に走り寄った。


「ちょっとルナ!無茶…っ…!」


「……」


じろり、と片目がこちらを見据え、背筋を伸ばして翼を広げる。

鳥の脚そのものとなった脚もまた威風堂々とした佇まいで、覇者の風格を感じさせるほどの威容に満ちていた。


「うっ…」


目の前に近づいたところで、ミナ共々脚が止まる。

身体を纏う雷は、元気よく鳥の肌にまとわりつき跳ねていた。

ウェアウルフよりも高いその背丈に圧倒される。

自分はまるで獲物だ、簡単に連れ去られる晩餐だと。

その声を振り払い、鞄から羽を取り出した。


「───…?」


自身のものを捧げられた鳥は、訝しむようにこちらへと身体を向けた。

変わらずに脚で挑戦者を抑えながら、今の所こちらに牙を剥く様子はなかった。


「…分かるかどうか、わからないけど」

「私の庭に落ちてたこれ…返すからね」


言葉の後に、鳥は手を伸ばして羽を摘み、受け取る。

それを一瞥する様子を見て、一抹の安堵を浮かべた。


その直後に、鳥は自身の雷を羽に集約した。



「え…?」


雷に虹色の光と粒子が混じり始め、やがて羽は一つの、雷を閉じ込めた石になった。

出来上がりを見つめる鳥は、やがてそれを手渡すように瑠奈の手に置いた。


「え、ちょっとまって!?これ、返すつもりなんですけど?!」


慌てて返そうとしたのも束の間、鳥はすぐさま消えてしまった。

霹靂の如き韋駄天の速さで空へと戻り、この場所を離れていく様を見届けるしかなかった。



「…いっちゃった…」


「…る、ルナ……羽は…」

「…分からない。突き返された」

「落ちたものは要らなかったのかな」


「…さあ、ね…」


「…彼女は、どうして、石にしたのかしら」


手元で輝く雷の石を見て、はるか彼方に飛び去った空を再び見上げた。

気づけば雷雨は、次々にアイスキャニオンから離れていく。

空には、再び静寂と輝かんばかりの夜空が戻った。



* * *



戦いの後の朝。

戦闘の疲れが拭えぬ一行は、暁が過ぎたということも忘れそうなほど、睡魔により寝床に縫い付けられていた。

約1名のトウゾクカモメを除いては。



「うーん…うにゃ…」

「すぴー…すぴー…」


「ふあ…」

「三人ともあくびしてどーすんですか」



「にしても、今回は引き分けとはいきませんでしたか」


「…面目ないわね」

「たまたま運が悪かっただけですよ」



「それにしても、どうしてあんなに抵抗したんでしょうね」

「…獣は、生きるためには手段も力も持ち腐れにしないものよ」

「そこに理由はない…ただ生きようとしているだけ」



「…ていうかあんなボコボコに雷撃たれたのに何でピンピンしてるんですか」

「たまたま運が良かっただけよ…」


ウェアウルフは二人を寝かしつけ、ラッキービーストの前に合流する。

その時ちょうど、パークからの連絡が入った。


『おはよう。よく眠れた?』


「ううん…るなまだねむい…」

「寝ていなさい。ワタシたちが聞きますから」


『昨晩の映像は確認済みよ。あなたにも聞きたいことはあるけれど…今は鳥のビーストね』

「ええ、何かわかったことはあるの?」


『この映像からビーストが向かった場所をキャッチした』

『現在雷雨が確認されているメーリカ園よ。最終目的地の候補はアンインエリア近辺、リクホクエリア近辺、とのこと』


「そこで止まっているの?」

『ええ、恐らくはセルリアンの捕食のためでしょうね』

『モスマンも非常に興味を持っているようだったわ』

「私たちの暮らしは、そんなに奇抜なものかしらね?」



『…ビーストはセルリアンを捕食することで、サンドスターを摂取し…その寿命を伸ばすことが出来ることが発見されているわ』


「…クラーケンの話?」

『ええ。確認されたビースト事例の中では最大のもの…探検隊が最終的に彼女とのちからくらべに勝利したことで、解決に至っている』

『だけれど、クラーケンは相当広く友達を作っていたみたい』


「確かウルフさん生まれたのその事件の後ですよね」

「ええ…たびたび、彼女には相談乗ってもらってたの」

「“いざとなったらセルリアン食っときゃなんとかなる”って」


『彼女は、昨日のビーストにもそれを教えていた可能性はある』

『もしかしたらあの子の他にもそれを知っているフレンズがいて知恵を授けたのなら別だけれど』


「有り得なくはない話ね」



『それと…ビーストの個体判別が完了したわ』

『今後は彼女を『アルゲンタヴィス』という猛禽類を基幹に置いたアニマルガールと判断し、その呼称を用います』


「随分回りくどい言い方をしてますが、そのわけは?」

『雷を操ると言う性質は、アルゲンタヴィスには存在しないものなの』

『それはどちらかといえば、アメリカの先住民族が伝えてきた神『サンダーバード』に見られる特徴』

『1997年7月25日アメリカのイリノイ州で目撃された未確認動物にもその名称が使われていて…』


「その正体がもしかしたらアルゲンタヴィスじゃないか、ってことですか!」


『まだ仮説だけれどもね』


「…ってそんな仮説でしかないモノまで反映されてるんですか!?」


『事実がどうあれ、いま私たちが対面するアルゲンタヴィスという動物は、雷の力を預かっている』

『刺激は避けて、彼女の調査をお願い』


「うへー…まあ、やってみましょう」

『9時発のジャパリラインへ乗ってちょうだい。次の駅がメーリカ園よ』

「ですって。聞いてました?」

「ええ」


「ん…お話終わったのお?」

「終わったわよ。後で詳しく話すわ」



「…」


「よかったあ」


「…何が?」

「ウルフ、なんともなくて」

「…そう」


「もう少し寝ていなさい」

「やだあ、一緒にごはんたべるー…」

「しょうがないわね…」



* * *



「ふああ…アイスキャニオンともお別れかあ…あっという間だった気がする…」



「私、こういう乗り物に乗るの初めてなのっ」

「ジャパリラインっていうんですよ。景色を見ながらの旅が楽しめます!」


「で…これからどこいくの…?」

「メーリカ園ですよセンパイ。そこにアルゲンタヴィスが来てるんです」


「むにゃあ…」

「しばらくダメそうね」


座席に寝転がり、寝ぼけ眼で蠢く瑠奈の姿から、これからの道に難題が多く有りそうだと、一抹の不安を感じた。


「…それにしても、ここからでも見える雷雲とはね」


メーリカ園の方角に見える雷雲はとても、とても大きく見えた。

それはまるで、これからの冒険の規模を思わせるようなものだった。

風に混じる雨の匂いに、ウルフは再び身を引き締めた。

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