第2話 時と場合は待ってくれない
隊長とドールの2人がやってきたことによって、セントラルで今何が起きているのかを知ることになった。
庭の中で倒れていたウェアウルフが関係していることも。
目線を傾け彼女本人に注視していた。
そこから何かが出てくるような予感のままに、目は釘付けとなっていたのだ。
「…それで、現場に来てた子を探してたのね」
「でも、ウェアウルフは何も覚えてないって言うの」
「大丈夫です、匂いを嗅いで確認するだけですから」
副隊長のドールが早速行動を始めた。
その横目にトウゾクカモメからの手招きに応えて耳を傾ける。
一体何の話をしようというのか。あまり大したことのない話という予感は、いつもの調子の顔からうかがえた。
「…やべーですよ、今ワタシたち超有名人に出会ってますよ」
「ね」
「…変な気分ね…何回もパークを救ってる英雄に匂い嗅がれるの…」
「それを見てる瑠奈はもっと変な気分だから」
「…どう?ドール」
「…さっき嗅いでた匂いの一部と、似てます」
「ウェアウルフさんがあそこにいたのは間違い無いと思います、隊長さん」
「でももしかしたら…あの場にいたフレンズさんは2人かもしれません」
二人が真面目な口調で話し合っているのを見る様は、さながらアニメに出てくる偉い大人の会話シーンのような雰囲気があった。
その雰囲気をじっと眺めていた刹那、少女の中で予感が走った。
(それってもしかしたら…?)
「そっか!それが分かっただけでも収穫だねっ」
「これでやることは終わりなの?」
「そうだね、まさかキミのお家にこの子がいるとは思わなかったけどさ」
「公園で何回か会ってるの。友達よ」
「そっか、素敵な友達だね」
「ま、友達第一号はワタシですけどね!」
「…えらいわ…」
「なんでアンタが褒めるんですか!撫でられてるし!」
「それじゃあ、そろそろお暇するね」
「あっ、待って!」
「どうかしたんですか?」
「帰っちゃう前にさ!庭にある羽見て欲しいの」
「羽?」
* * *
問題の羽の前。
周囲の焦げとともに一際目立つ青色は、いまだに佇んていた。
再度見ることとなった今になって、まるで落雷と一緒に落ちてきたように地面に寝そべっている状況は、奇妙なものに思えた。
「羽の周辺が焦げてるように見えるんだけど」
「雷を纏った羽ですよ。昨日の嵐と関係あるかも」
「ドール!」
「はい!」
羽をそっと手に取り、鼻を近づける様子を見守る。
少しバチッとしたのか跳ねた後、ぶるぶると身体を揺らし始める。
精悍な雰囲気で忘れかけていたが、彼女もまた愛らしい動物なのだということを思い出させてくれた。
「ちょっとばちばちした焦げ臭い匂い…これです。さっき現場からしたのは!」
「そうか、ウェアウルフとこの羽の主が、昨日の嵐の中にいたんだ!」
「その羽の主と戦ってたみたいなんだけど、どうも思い出せないみたいで…」
「ごめんなさい…」
「いいんだよ、無理に思い出せなくたって」
「しかしこれ…今は小さくなってますけど、ほんとに雷纏ってますね」
「確かに小さい子の手には負えないと思います」
「あっ…そういえば、もう痺れないの?」
「よく見て、羽から光が消えてるでしょ」
「…本当だわ!電池切れみたい」
「この状態なら多分大丈夫。今のうちに絶縁体のパックに入れてしまおう」
手際良く2人がパックの中に入れて、瑠奈の元に手渡してきた。
しっかりと大切に抱えて、2人と目を合わせる。
これで漸くこの騒動に対して、自分たちの手が届く範囲では一安心といったところだ。
「…って、つい瑠奈ちゃんに渡しちゃいましたけどこれどうしましょう…持たせたままでいいんですか?隊長さん」
「…」
妙な沈黙が、瑠奈はもちろんドールからも怪訝そうな顔を向けられることになった。
隊長の悩みはどこか、躊躇するような仕草によって隠されていたが、視線がすぐに扉を開くことになる。
「な、なに?」
「いや、この羽は瑠奈ちゃんが持ってた方が今は良い」
「ええっ?」
「あたしのカンなんだけど。さっき話した赤目のあいつ、どうも胡散臭くて」
「彼女の手の内がわかるまでは、この子達に託すよ」
「瑠奈はそれでいいけど…」
「…分かりました。隊長さんの判断を信じます」
「もし何かあったら、どうしましょうか」
「勿論助ける。何があろうともね」
「責任はちゃんと取るから、瑠奈ちゃんたちが持っててほしい」
「誰にも渡さず、そのまま持っているんだよ」
「ちょいちょいちょい、急にシリアスな感じで託されてもですね…」
トウゾクカモメが困惑しながら、沈黙を貫く狼に目を向けた。彼女から放たれる答えに縋るように、その目は少し開いていた。
「……私は、そうね…私たちが、預かっておくのがいいわ」
次の所感を語る前に、狼は一息をゆっくりと吐いた。
含みのある一息からちょっとした因縁が彼女にはあるようだった。
「……モスマンと言ったわね。あの子とは知り合いなのよ」
「え、そうだったの?」
「ええ。あなたのカンは、おそらく正しいわ」
「…何をしでかすかは、私にも読めないから」
彼女とモスマンの間には何があったのか。今それを知る由は誰にもないが、少なくとも今会わせるべきではないのは、誰の考えにも明白なことだった。
「じゃあ、せめてこれも持っていてください」
ドールが鞄の中から取り出した、可愛らしい人形のような物体が机の上にでかでかと踊った。
「わあ!これ…ラッキービーストじゃない!」
「これすっごい可愛くて好きなの!」
「ラッキーさんが私たちと繋いで連絡してくれますから、何かあったらすぐに呼んでくださいね?」
「命綱…ってわけね。わかったわ!」
「よし!ビリビリの羽もしっかり持っててね」
「任せといてください。ワタシがしっかり見守っていますので!」
「あははっ、頑張ってね!お父さんお母さんも帰ってくるだろうから、心配はいらないかもしれないけど」
「…そういえば、私を探していたのよね…?連れて行かなくてもいいの?」
「ううん。それよりもその子のそばに居て」
「そう…分かったわ」
* * *
「あー…嵐のようなひとときでしたねえ」
「…とりあえず、ここで何もしないで待ってれば良いのかな」
「その方がいいわ。モスマンも大っぴらにことは動かさないでしょうし…」
「でも正直気になるんですよね、その羽の持ち主」
「私たちでその持ち主を探して連れて来れれば、もしかしたらパークの人たちの助けになれるかもしれないじゃないですか?」
「それは…確かにいい考えかも!」
「センパイならそーいうと思いましたよ」
「だけど…この子は幼い子供よ。連れて行くのは…」
「そんなこたあ分かってますとも。パパさんママさんに尋ねてから決めましょう」
「それなら2人とも今セントラルのお洋服屋さんにいるかも」
「そういうことなら善は急げですね」
「…気をつけてね」
「何言ってるの。2人こそ気をつけてよ」
2人が外に出たその時だった。
家の中一帯から、空気が一変したかのように音も何もしなくなったのだ。
「…!?」
無音の世界。自分の真後ろの中に、無音無振動に逆らう、一つの脈動する有機物が存在した。
「漸く1人になったな」
赤い目を持った黒いのっぽ。その頭には髪と翼を携える。
突然の異質なる来訪者に、ただただ、固まって見上げるほかなかった。
「え…あ…っ!?」
名前を名乗られずとも、自ずと頭が答えを導き出した。
普通の動物とは全く違う雰囲気、静寂に閉じ込められた自宅。
その全てに警戒を始めた脳が、本能で呼び寄せた知識のストックの一つ。
目の前にいる存在は、間違いなく有名な未確認生物『モスマン』であった。
* * *
(い…いきなり来たって、嘘でしょ!?)
気づけば部屋は、極端に暗いように見えた。
カーテンは完全に締め切られて、微かに漏れる光だけが部屋の中を照らしている。
「ボクの名は、ここ地球生物からはモスマンと呼ばれている生命体なのさ」
「念のため、ストリクスといった通名も用意してある。好きに呼びたまえよ」
赤いグラスに目を隠したそれは、我が物顔で部屋を闊歩していく。
その視線の先に、もう1人の人物が来るように顔を向けながら。
「ど、どうしてここに来たのよ」
「キミと、キミが持つその羽について話がしたいのさ」
「わざわざそんな事のために来たっていうの?」
「じゃなきゃ、ボクがどうして準備までして家に上がってきたと思うんだい?」
メガネの下の口元が、歯を見せて細く笑う。
どこぞの映画に出てきそうな、極めて怪しい雰囲気に気が呑まれそうになる。
刺激だけはしない方がいいだろう。
「…この家に何をしたの?」
「透過性粒子バリアにより外界と一時的に隔離している。ボクの発明ならば容易いことだね」
「話し合いが済んだら解除する」
「…もう、とにかく座ってよ。飲み物持ってくるから」
「ありがとう地球人。その気持ちだけは先に受け取っておこうか」
「急いでボクの前にかけてくれよ。お嬢さん」
椅子を引き、ぎしりと鳴る椅子の声が静寂に響く。
今この場はいよいよもって、会談の様相を醸し出してきていた。
このような場に出会したのは珍しいことで、おまけに今回に限っては両親は居ない。
当事者は自分であるのだ。
「…それで、瑠奈が持ってる羽がなんだっていうの?」
「手短に話すなら、それをボクにくれないか。当然対価は払うとも」
目元が見えない分、その表情は掴み取ることができない。
身体が少しだけ、恐怖を本格的に覚え始める。
振り払うように声を出した。
「これは…瑠奈が持ってるって約束したんだから」
「約束を破るなんてできない。だから渡せない」
「そうだろうねぇ。今回の話し合いで、落とし所が見つかれば良いのだが」
「話し合う気があるんだったら、まずバリアを外すかしてよ」
「話し合いを邪魔する輩がいる以上は仕方のない対応だ」
「瑠奈の友達を邪魔者呼ばわりするっていうの?!」
思わず、机に乗り出して否定しようとする。
先程まで抱いていた恐れも嘘のように、張り上げられた声は怒りに満ちていた。
「そうだ。ボクの用事は初めからその羽にしかない」
それを、モスマンは予感していたように受け流した。
手で隠された口元にはどんな感情が浮かんでいるのか。
いっそう、その声色の抑揚が無機質になったように感じた。
「さあ、その雷羽を渡しておくれ」
「たった一言、あなたにあげますと言うだけで良いんだ」
「そうすれば、約束とやらも破ったことにはならない。キミが上手く話をつけさえすればね」
「寧ろ、ボクと…秘密の約束をしようじゃないか。ボクと君だけの」
取り出してきた言葉に、子供を釣るための餌の存在を感じた。
こいつと自分だけの『秘密』という、なんと甘美な響きなことか。
普通の子供ならこれで契約を結んでしまうだろうと、目の前の動物は理解して投げかけてきているのだ。
「ふん、そんなお為ごかしでハイそうですかって渡すと思ったの?」
「誰だって大人との約束は違えたくないもんだ」
「だがその約束なんてさらりと捨ててしまえば、ボクはそれ以上の利益をキミたちに提供する用意が出来ている」
「大人は信用できない。大人ばかり信じていては、時に利益を失うことになる」
「ボクを信じてほしい」
「嘘ね。羽が欲しいだけでしょ」
2回目の返答も、決して譲らない。
それを見たモスマンは呆れたように首を揺らした。
「よく聞くんだ。それはキミが扱うには難しい代物なのだ」
「自分の立場を思い出せ。キミは学者そのものでも学者の娘でも無い」
「資金余るパートナーとコストコ・カードの入手が人生の目標、それがキミが居る立ち位置」
「一般的中流家庭が使用可能なレトルトの食料で育成される幼体が、扱える代物ではない」
段々と声に抑揚がなくなり、さりとて機械的にもなりきっていない、感情の存在しない人間の声になっていくのがわかる。
こちらに脅しをかけているのか、それとも、人間の感情の「真似」を辞め始めたのか。
「…ママはいつも手料理作ってくれるけど」
「言うね。ボクがペットフードしか食ったことないのを知ってのことか」
声は揺らがない。
脳裏に感じるイヤな予感が、現実味を帯びていった。
「再三告げるが、これはキミには危ないものだ。ボクに渡せば、明らかになったことを真っ先に教えると約束しよう」
「それを提供すれば、キミは飛躍を歩む事が可能だ」
「利益は提示した。この取引に応じるかは任せる」
モスマンが提示する報酬は、情報なのだろう。
それが最も人間の大人にとって重要なものだからだ。
それを自由に使う代わりにこの羽を渡せというのだ。
一見、こちらに不利は無い取引だった。大人がこの場にいれば、きっと飲んでしまいそうなモノ。
「イヤよ、絶対に渡さないから!」
自分の答えは初めから決まっていた。
その答えを繰り返し、心は変わらないことを伝える仕事だった。
三度も取引を拒絶されてか、モスマンの口から息が漏れた。
「フム。感情はともかくその意思に変化は無いようだ」
「幼体相手ならと侮ったボクのミスか。仕方あるまい」
翼をたたみ、立ち上がるその姿。
漸く諦めるのか…?そう思ったのも束の間だった。
「んむぐ!?」
自身の脳が危険信号を発する。
胴体から伸びる手に口元を掴まれ、拘束されたからだ。
解こうともがく腕が動く理由も見透かすように、声が投げかけられた。
「"月島瑠奈"…無駄は止せ」
「キミはもうボクのモノだ」
助かる手立てはないかに思えた。
だが彼女の目がキョロキョロと激しく動く。
五感が一気に鋭くなっているのだ。
(あ…音が…!)
敏感になった耳も、その中に入る「小さな雑音」を察知した。
それがどういうことか。
考えるよりも先に、瑠奈は行動に出た。
「んぐっ、んーー!!ん゛ー!!!!」
(た、たすけて…!!)
「んー!!んーー!!!」
口を塞がれていようが全力で叫ぶ。喉を張り上げて。
自分が感じた小さな変化を悟られぬように。
言葉を発することはもう無かった、瑠奈を黙らせようと左手を伸ばしにかかるモスマン。
だがその黒い手がたどり着く前に、叩きつける音が響いた。
「ふぐおっ!?」
鈍い音ともに殴られたモスマンが倒れ込む。その先には、トウゾクカモメと少し様子の違うウェアウルフが立ちすくんでいた。
モスマンを思い切り殴ったと思しき彼女の姿は、いつもの姿より獣寄りに変化しているではないか。
例えるなら、その姿はパークのマスコット『スタービースト』のアニマルガールに近かった。
「ウルフ…!?姿違う!」
「それよりセンパイ逃げますよ!ほら!」
「う、うん!」
荷物の入ったカバン、それとラッキービーストを急いで抱えながら、外に連れ出される。
道路に出た段階でウルフの大きな身体に背負われ、走り出すがままになった。
「ママたちに連絡は!?」
「急いでセンパイがやってください!」
横の上を飛び、追いかけるトウゾクカモメが遥か後方の自宅を見ている。
きっとおいかけてこないか探っているのだろう。
自身の身体に感じる、いつもと違う姿のウェアウルフも見て、確信に至る。
あの時の読み通り、バリアを破壊してくれたのだと。
「さっきのあいつ、センパイを攫おうとしてましたよ!さっさと遠くまで逃げてしまいましょう」
「だったらパパとママの元に連れてってくれればいじゃない!」
「バカ!そうしたら2人まで巻き込まれる可能性があるんですよ!」
「今は私たち2人で守った方が安全です!」
「ああもう…!」
今更どうしても親元に向かって欲しい、といっても無駄だろう。
すでに彼女たちは家を離れて別の場所を走り出してしまっているのだ。
落ち着いた連絡は、ウェアウルフの休息を待つほかないようだった。
* * *
一瞬の動乱の後、静寂の中で起き上がる影があった。
先程殴打されて気絶していたモスマンだ。
「…てて…」
「逃げられたか…あの羽がアルゲンタヴィスの位置特定に必要だったのだが」
「急いては事を仕損じる、か」
服の裾からほこりを払い、袖を整える。
いまだに暗闇が残るこの部屋の暗黒が、妙に憎々しく思える。
この部屋の惨状は自分の失敗そのものである。
近くにあるテーブルを気晴らしに破壊したい願望が湧き上がる。
だがそれは、すぐに無意味だと知り霧散する。
「さて、彼らへの言い訳と別の道を模索するか」
「…凡人なら捲土重来は成せない、凡人ならな」
これ見よがしとばかりに床を軋ませる。
そして、殴られた際に地面に落ちたメガネを拾い上げ、元の場所に付け直す。
その一連の行動が、仕切り直しにとって大切なものだった。
「ボクは違う」
「力を解明し、伯爵の国を母体として将来的な地球人との交渉に役立てる」
「その為には、ビーストが必要なのだ」
静かな目つきが暗闇の中に消える。
再び光がリビングを覆うときは、黒い鳥は忽然と姿を消していた。
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