第3話

 見ず知らずの相手からの、心のこもった贈り物ほど怖いものはない。

 先日受け取ったのが、それだ。

 手作りという点も恐怖をそそる。何が入っているか、わかったもんじゃない。


 さらに恐ろしいことに、相手は自分を好いていて、俺からの好意を得たいらしい。

 押し付けられたピンク色の箱を突き返したかったが、ここは真っ昼間の学食だ。

 連れと楽しいランチタイムを過ごすはずが、衆人環視に晒されている。

 友人たちは悪気なく囃し立ててくる。なんせ相手は、色々差し引いても美人だ。俺もこんな状況じゃなかったら素直に喜んでいた。


 返事は、その場では照れくさいからと適当に言い訳をして待ってもらうことに成功した。

 答えは勿論、ノーだ。


 学食の惨事の後、俺は返事を持ってその女を探した。

 名乗りもせず、気がついたら目の前から消えていたのだ。

 その場にいた連中に聞いても、誰一人として行方を知らなかった。

 女のことを知っているやつも、いなかった。


 授業をサボりたくはなかったが、狭くないキャンバス内すべてをくまなく探したのに見つからなかったから、余計不安になった。

 出席日数をギリギリまで削って、来る日も来る日も探し歩いた。


 女を探して訪ね歩く俺に、今は使われていない校舎の話が飛び込んできた。


 大学の北東にある、北館だ。


 鬼門の方角にあって、そこに何かが出るなんて噂は聞かなかったことにして、早速行った。

 不穏な噂は気にしちゃいなかったが、応援を呼んでおいた。

 最近まで病気で休学していて、例の女の話を一切耳に入れていなかったやつだ。

 その女について公平なジャッジを下せる唯一の人材として、無理を言ってついてきてもらった。


 北館の造りは他の校舎に似ていた。

 十二階建てで、一階部分はエントランスと喫茶コーナーでできている。

 エレベーターは動いていないから、階段を使うしかない。

 一番上まで行ってから降りてくるほうが効率は良いのは分かっている。だが、あの女にこれ以上労力をかけたくない。

 病み上がりの幼馴染もいることだしな。


 四階を隅々まで巡ったところで、後ろを付いてきていたはずの幼馴染の姿が見えなくなっていた。

 曲がり角の向こうや階段付近を探しても、どこにもいない。

 俺を残して帰ってしまったのだろうか。

 そんな薄情なやつじゃなかったはずなのだが。

 無理やり連れてきた俺が言えることじゃないかもしれないが、帰る前に一言くらいほしかった。

 もともと病弱な体質だから、建物四階分を歩いた後じゃ疲れて速度はでていないだろう。きっと近くにいるはずだ。

 そう考えた俺は、今日は女を探すのを諦めて、そいつを追いかけることにした。


 来た道を戻り、階段を降りようとして……階段がなくなっていた。

 消えたわけじゃない。階段は崩れ落ちていて、昇降できる代物じゃなくなっていた。

 はっとして、あたりを見回す。

 長年使われていなかった、大学の校舎だ。内部は不届きな学生たちの手によって、無様なリフォームを遂げている。

 女のことで頭がいっぱいで、周囲に気を配る余裕がなかった、と言い訳もできる。

 だが、俺の視界には、壁の落書きが、廊下の隅に落ちている酒瓶が、煙草の吸殻が、片方だけのスニーカーが、ネズミの死骸が、剥がれた壁が、割れた蛍光灯が、赤黒い染みが、急に動いたような黒い影が急に飛び込んできた。


 そもそも、階段が壊れていたのなら、俺はどうやってここへ登ってきた?

 俺?

 あいつは?

 あいつ?


 あいつって、誰だった?

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