episode 008:昔話
「ピリピリしているのは、これが原因。皆んな怖いんだよ。得体の知れない化け物に再び生活を追われてしまうのではないかって。さっきミナトがモグハに襲われていたみたいに」
話をするシグリチェの元気がない。
「モグハ?」
「さっきの大型の化け物のこと。悪魔が召喚した眷属ってことになってる」
あのモグラは、こっちではモグなハって言うのか。名前、似すぎだな。
「それで、話を戻すね。私はこの国を救いたい。一体何ができるのか分からないけど。それでも、私はこの状況を壊したい。悪魔を倒したい」
言葉にこもった力は、怒りかそれとも、勇気か。少なくとも、シグリチェの正義感が強いことだけはわかる。
「話しているうちに見えてきたね」
シグリチェの言葉に反応して、彼女の見る方に視線を向ける。
そこには、大きくそびえ立つ灰色の壁が見えた。
「ようこそ。アテストラメント王国、最後の砦へ」
シグリチェが言葉を重くする。けれど、その言葉は決して暗いわけではなく。覚悟が詰まった声だった。
「もう、日が沈み始めてる。さっさと、街に入っちゃおう」
「わかった」
「それで……。慣れているとは言ったけど……」
シグリチェは何かを伝えようと、気まずそうにしていた。
「ご、ごめん」
なんのことか、察知して湊斗はシグリチェから離れる。
もう少しそうしていたかった。なんて、雑念が浮かんでしまった。
大きな門の前で、ドリーから降りる。シグリチェはありがとうと、ドリーをひと撫で。
「予想とは、違った?」
「あぁ。うん。なんていうかもっと……」
「──覇気がはないと思ってた?」
「……」
石畳の道を並んで歩く。道の両端にはたくさんの屋台がちょっとした市場のように栄えていた。街ゆく人々も元いた世界と同じような表情をしていた。
「ここに住んでいる限りは、危険はない。少なくとも今まではそうだった」
「だから、休息を楽しんでいる。ってところか」
こくりと頷いたシグリチェ。
しばらく歩いて大通りを抜けると、街の風景が少し寂れる。先ほどよりも人の数が減った。
「その建物が、私たちが暮らす家」
目の前には、少し古びた建物があった。大きさは、陽花の家よりもひと回り小さい。
「結構、大きいんだね」
「一人で暮らす分にはね。孤児院としては、もう少し大きくてもいいかなって思う」
「孤児院?」
「そう。私は、孤児院をやっているの。街には、さまざまな事情で住む場所がなくなった子どもたちが多くいる。だから、私たちは教会と協力して、彼らの保護に取り組んでいる。犯罪を増やさないためにもね」
「シグリチェは、偉いな。俺なんて、何にもやってない」
「ううん。私がやっているのはただの気休め」
「気休め?」
「うん。もっと、しなくちゃいけないことが私にはある」
「そっか」
また暗くなった声。何をしなくちゃいけないのか気になったが、聞いてはいけないことのような気がして、声が出なかった。
「急に話変わるんだけどさ」
シグリチェは俺の正面に立つ。
「ミナト。帰るところないんでしょ? なら、私たちと一緒に暮らさない?」
「いいのか?」
「いいに決まってる。困っている人を助けるのが今の私の仕事。子どもたちの面倒を見る人がすくなって困っていたから、逆に来てくれると嬉しいかも」
にっこりと笑顔を浮か下手後、少し心配そうな上目遣い。
そんな顔を美少女にされたら──
「──断れるわけがない。ぜひ住まわせてください」
「ふふ。ありがとう」
吐息のような笑い。それをする彼女の顔がどうしようもなく可愛くて。心臓がドキリと跳ねる。
「──!! 西門だっ!!!」
突如として響いた怒声。声の持ち主は孤児院の建物の方に。
赤髪の短髪をした屈強な体つきの男が大きな斧肩に乗せ、数人の武装集団を指揮していた。
「どーしたの!? アンドラ!」
「!? シグリチェ、帰っていたのかっ!」
建物前の庭に立っていた二人と一匹にアンドラと呼ばれた青年は気がついて、距離を詰めてくる。
「そいつは、誰だ? なんて言っている暇はないから、状況だけ話す。西門で眷属が出たって話だ。それも、一体じゃなくて、複数」
「後はもうわかるな?」そう言わんばかりの目をシグリチェに向ける。そして、小隊に合流し、孤児院を出て行ってしまった。
先ほどとは打って変わり、シグリチェは緊迫した表情を浮かべていた。それだけで、緊急事態なのだとわかる。
「私も、行く。ドリーとミナトはここで待っていて!」
「あ、あぁ。わかった」
言葉を強くして、彼女はそう言うとアンドラたちを追いかけていった。
「俺は、どうすればいいんだろうな」
呆気に取られ独り言のように漏らした言葉。だが、ドリーはそれに答えるかのように両前足を地から離し、一度大きく嘶いた。
前足を着地させると、トコトコと歩き出す。その光景をじっと見ていると、ドリーは湊斗を睨みつけた。
「なんだよ。いま、俺なんかしました?」
怒られたのだと勘違いをして、その目に困惑の色を浮かべる。
それを見て、ドリーはクイっと首を振った。その行動が誘っているようにしか見えなくて。
「ついてこいってことですか」
なんとなく意味を察した湊斗。
太陽が沈み始め、オレンジに世界が染まって行く中。迷いなく孤児院の敷地内を進んでいくドリーに湊斗は呆れながら着いて行った。
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