episode 007:再来
「おにぃ、起きなよ!!」
それと同時に、腹部に衝撃。
「ぐはっ!」
お腹の中の空気が抜ける。瞼を開けると、目の前には悪い笑みを浮かべた陽花がいた。彼女の右手は布団の上に置かれていて。瞬時に、腹を叩かれたのだと理解した。
布団越しでこの威力。相変わらずの馬鹿力だ。
「おはよう。おにぃ。早く起きないと学校遅行しちゃうぞ」
ニコっと笑う。殴ったことを悪びれる様子もない妹に、湊斗は呆れた。だが、起こしてもらったことも事実だったので、強くいうこともできず。
「あぁ。おはよう。今度からは、もっと優しく起こしてくれ」
無難にそう返した。だが、その返事を聞く前に、四度目の鐘の音が響いた。
♢♢♢
気づけば、あたり一面砂漠の世界。目の前には、栗色の髪をした少女がいた。
いきなり、右手がやわらかい感触に包まれた。シグリチェが手を握ってきたのだ。
驚き、体を反応させた。けれど、前回、挨拶をして握手をしようとしていたことを思い出して、妙な緊張を解く。
「じゃあ、行こっか」
「どこに……?」
「そりゃ、さっきも言った通り街に決まってるじゃん?」
「あ、あぁ。そうだよな」
会話がうまくつながらない湊斗に、シグリチェは首を傾げた。
「その街っていうのは、ここから近いのか?」
「全く近くないね。結構離れてるかも」
「そこまで、歩いて行くのか?」
「そんなわけないよ。ドリーに乗っていくの」
「どりー?」
「そう。私の相棒。出てきていいよ。この人は大丈夫」
シグリチェがモグラの方に視線をやると、モグラの陰に隠れていた黒色の馬のような生物が現れた。
「ドリマンタ。人になつきやすくて、砂漠化したこの国でも悠々と生きられるのが特徴。大きくて、丈夫だから、荷物を持ってもらったり、移動の手段として使われせもらったりしてる。私たちは、彼らと共に生きているの」
素人からしてみればどう考えても馬。そういう道に詳しければ、違いがわかったのだが。モグラや、馬。どうやら異世界にも、元いた世界と似たような生物が生息しているらしい。
湊斗たちの前にやってくると、ドリーは長い首を下ろした。
「え?」
「『よろしく』だって。ドリマンタは賢いから、挨拶なんてお手のものだよ」
「そう、なのか」
少々困惑しつつも、湊斗はドリーに視線を合わせて。
「よろしく。ドリー」
頭を下げた。
それに呼応するようにヒヒーンといななく。
「よいしょっと」
シグリチェが、ドリーにまたがる。
「ほら、手を貸して。引き上げるよ」
鞍に足をかけ、彼女の手をひっぱりドリーに乗った。
「じゃあ、出発しよー! 目標は、王国最後の集落──アテストラ!!」
ドリーは、砂の大地を歩きはじめた。
「あ、ちょっ」
「どーしたの? 怖い?」
苦笑が込められた言葉。自分がだらしなくて少し恥ずかしい。
「怖い、です……」
湊斗がそう言うと、「だよね」と一言共感してくれた。
「じゃあ、ぎゅってしてくれれば」
「……?」
「困惑してる?」
シグリチェは首を動かし後ろを向いた。
「まぁ、恥ずかしいよね。私は、慣れているから大丈夫って言ってもそう言う問題ではないんもんね」
首を縦に振る。
「でもさ? 今でも割とくっついてるみたいなもんだから、あんまり気にしなくてもいいと思うよ」
言われてみれば。
ドリーが大きいと言えど、流石に二人も乗れば鞍はぱんぱん。出来るだけ彼女に触れないように気をつけてはいた。だが、ところどころ触れてしまっていた。
「本当に大丈夫……?」
俯瞰してみても、覚悟が決まらない。
「ミナトがドリーから落ちるよりも、だんっぜん良いから。さっきも言ったけど、そういうのは慣れているから。本当に気にしないで」
「なら……」
少し、戸惑いながらも湊斗はシグリチェにくっつく。なんだか、いい匂いがする。後、柔らかい。すっごく居心地がいい。
「あ、でも。変なことはしないでね?」
「しない。約束する」
「即答だね。安心したよ」
冗談っぽく笑うシグリチェ。
「なんか、涼しいな」
「そりゃ、そうだよ」
意味深な発言に首を傾げる。
「だって、アーティファクトを使っているからね」
「アーティファクト?」
「そう。魔術を使えない役立たずが、この世界で生き抜くために必要なもの」
言葉が濁った。
「……」
初対面で、シグリチェのことをは全く知らなかった。けれど、これだけはわかった。彼女が重い何かを抱えていることを。
「魔術なんてものが」
どうにか話題を変えようと絞り出した。
「魔術を知らないの?」
「──」
冷や汗が浮かぶ。
「じ、実はさ。記憶喪失で……。あんなところを歩いていた理由すらもよくわからないんだ」
苦しすぎる言い訳。流石におこれが通用するとは思っていない。だけど、何かの間違いで通ってくれるなら、嬉しいに越したことはない。
「そう、なんだ……。それは、大変だったね」
「──信じて、くれるのか? 俺が言うのもなんだけど、はめっちゃ馬鹿らしい話だぞ」
「うん。信じる。信じさせて」
良心が痛む。シグリチェは本当はわかっているのだろう。湊斗が嘘をついていることに。嘘に付き合ってもらっている。
だけど、ごめん。罰を受けたくないんだ。自分の弱い心が恐怖している。神という圧倒的な力の持ち主に。
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